第百十八話 皇太子となんちゃって宦官(前編)
重い足取り。
気だるい身体。
これも全部、毒のせいだと思いたいが、そうとは言えない。
「林山は、表情豊かだな?」
「・・・・いえいえ、皇太子殿下こそ。」
「拠でいい。そなたのことは、気に入った!」
そう言って隣で笑うのは、次期皇帝である劉拠皇太子。
今私は、彼と並んで宮中の中を歩いていた。
それも、皇太子の言葉もあって、2人きりでだ。
(まさか・・・助けたお礼に、皇后さまへの謁見だけじゃなく、私の体を治すためのお薬までご用意くださるとは・・・)
しかも用意してくれたのは、見た目が10代でも通るぐらいの40男。
名を東方朔。
「あははははは!これを煎じたものを、朝晩と飲みなさい。安林山君!」
「はい・・・」
独特のにおいがするせんじ薬を渡され、違った意味でも曲者臭い男にお礼を言ったのが半刻前だ。
(衛青将軍の昔話でも聞けるかと思えば・・・・皇后様お付きの水月という女官が、霍去病の話ばかりするから・・・疲れた。)
心が疲れた。
おまけに、東方朔を悪人と思ってぶっ飛ばしちゃったしね~
(まぁ、それは別にいいけど。)
林山が聞けば、「良いわけないだろう!?」と怒るところ。
満身創痍で落ち込んでいれば、不意に腕をつかまれた。
「え!?皇太子殿下?」
「拠だ。」
私の手を取りながら、彼は不機嫌そうに言う。
それで、言い方がまずかったと思って訂正した。
「申し訳ありません、レン皇太子殿下!」
「拠だけでよい。」
「え!?そうなると・・・レン様、になりますが・・・?」
「うむ、それでいい。」
そう言って、握った私の手をマジマジとみる皇太子。
「あの・・・・宦官の手を見ても、楽しいことはないですよ?」
「良い手だ。」
私の問いに短く告げる。
「鍛錬が出来ている手だ。」
「拠様・・・・!?」
そう語る眼は、少し覚めているように見えた。
(ヤバい!)
星影の本能が警戒音を鳴らす。
(なにかに、気づいた・・・!)
何に気づいたのか?
次に発した皇太子の言葉は、星影の想像通りだった。
「林山の手は、細かい積み重ねをしてきた武人の手だ・・・」
「・・・以前は、武芸をたしなんでおりましたので・・・」
「父から聞いた。妾腹ゆえに、正妻に妬まれ、男の証をなくしたそうだな?」
「っ!?」
(あの色ボケジジィ!皇太子にしゃべりやがったのか!?)
「い、いえ!あれは~」
「大丈夫だ。他の者には、話さない・・・。父のこと、悪く思わないでくれ。」
「え?どういう意味ですか?」
「あれでいて父は・・・ひどく神経質で、情に厚い。そうかと思えば、あっさりと人を見切ってしまう飽きっぽさもある。」
「あきっぽい・・・?」
「林山・・・・そなたが、何者でも私はいいんだ。」
「れ、拠様?」
「みな・・・私や父をうらやむが、いいことなどあまりない。私とて、心許せるものは少ない。」
「・・・心中、お察しします。」
「ははは・・・お察しする、だけか?」
「?その・・・・あなた様は、お父上様以上に、聡明でいらっしゃいます。物事の分別もついておられますので、今は少ないかもしれませんが、増えていくと思われますよ?あなた様を理解してくださる方々が。」
「では、そなたがなってくれるか、林山?」
「はい?」
ぎゅっと手を握られたかと思うと、引き寄せられる。
「ちょ、皇太子殿下!?」
「『レン』で良いと言っているだろう!?」
きつい口調でそう言うと、真顔で皇太子は言った。
「林山、私の腹心になるということも視野に入れ、この宮中で過ごしてくれないか?」
「・・・・はい?」
腹心?
誰の?
「・・・・・・なにを、おっしゃってるのですか?」
「将来のことだ。」
星影が理解しきる前に、皇太子はその計画を言った。
「父上が、陛下が・・・・そなたの素性を私に話したのは、私を世継ぎだとお認めになっているからだと・・・私は考えている。」
「はああ!?私の話にならなくても、あなたは立派な後継者ですよ、レン様!?」
「父上はそうは考えていない。」
そう言うと、星影の腕を掴んだまま、庭へと降りる皇太子。
「え!?どこに行くのです!?」
「私の部屋では、そなたにあらぬ疑いがかかる。あそこの東屋で話そう。」
「ええ!?疑いって、私はともかく、あなた様は~」
「あるのだよ。」
短く言うと、強引に星影を東屋の中へと連れ込む皇太子。
中はきれいに掃除されており、美しい細工がされた机といすが置いてあった。
その椅子に腰かけながら皇太子は言った。
「座りたまえ、林山。疲れただろう?」
「はぁ・・・」
(座ったら、座ったで、疲れそうな話が待ってそうだけど・・・・)
「では、失礼します・・・」
(拒めば拒めで、もっとややこしくなりそうだから従おう・・・・)
そう思ったので、口に出さずに腰を下ろした。
星影が席につくのを確認すると、皇太子は話しはじめた。
「父上は、林山と李延年は別物として考えている。」
「別物・・・?」
出てきた話題は、よりによって、めんどうくさい宦官の話。
(確かに私、あいつと同列扱いされたくないけど・・・。)
「おっしゃる通り、私は歌には優れておりませんが・・・」
「いや、そういう意味ではない。」
当たり障りが内容に現実を言えば、真面目な顔で皇太子は言う。
「延年は、今上が愛でている寵臣だ。年も、林山より上だ。」
「・・・なんとおっしゃりたいのです?」
(・・・年?)
寵愛はともかく、年齢を口にしたことが引っ掛かった。
(ますます、嫌な予感がする。)
黙って耳を傾けていれば、次期皇帝は星影を見ながら告げる。
「陛下は、自分が今上としている間に安林山を登用し、その次の皇帝にも引き継がせたい人材だと考えている。」
「!?」
皇族の言葉に息を飲む。
今までの流れを考えれば、なんとなくだが、彼が何を言いたいのかわかってしまった。
劉拠皇太子殿下の話そうとしている真意を。
「・・・・拠様、それは・・・・」
「父は・・・・李延年を自分の『私物』と考えており、安林山のことは自分と国が有すべき『国有財産』と考えているのだ。」
「――――――――――――――――――!?」
冗談じゃ、ない。
「冗談はおやめください!」
拒絶を込めて、きつく言う。
「いくら、陛下の後継者といえども、口にされてよいことと悪いことがございます!」
「これは、口しておくべきことだ、安林山。」
「おやめください、皇太子殿下!文官・武官ならまだしも、宦官相手にそんな冗談は、いけま―――――――――!」
「何が冗談だと?」
星影のいさめで、少年の表情が変わる。
「私が戯れているように見えるのか、安林山?」
少年から、『男』へと変わっていた。
「私が国政にかかわる冗談を、言っているとお前は言うのか?見えるのか?」
「・・・・・・・・・・・見えませんね。」
残念ながら、星影から見る皇太子は本気の顔をしていた。
(なにこれ・・・!?)
相手の本気を見せつけられ、動揺を隠せない星影。
(私はただ、強奪された妹を取り戻すために後宮に来たのよ?)
それが今、何が起こっている?
(どうして、私が国政に参加するような話になってるの~~~~!?)
「林山を・・・困らせるつもりはないのだ。」
「れ、拠様・・・!」
戸惑う星影の様子を見て、少しだけ皇太子の表情が元に戻る。
そして、両手を合わせて組、その上に顔を押し付けながら言った。
「身内を贔屓するわけではないが・・・父の代になってから、匈奴の討伐や馬の仕入れが上手くいき出した。国が良い方向へ発展しつつある。」
「え・・・ええ、国の民すべてがそうお考えだと思います。」
実際、武帝の代で生活は良くなっていた。
物資や商品の動きもいいと、大商人である父も言っているのを星影は知っていた。
「陛下は、国政に関しては歴代皇帝の中でも一番のお方だと思います。」
「それゆえ、私は父のような真似は出来ない。」
「は?」
(今度は何を言いだすんだ・・・・!?)
軽い頭痛を覚えながら、皇太子の顔を見る。
感情を読み取るため。
見てすぐに気づく。
(・・・そういうことか・・・)
どういう気持ちで、彼が出来ないと言っているのかを。
「陛下が・・・偉大過ぎるとお考えで?」
深刻な顔の相手に言えば、その目が星影を見る。
どこか、親しみのある瞳。
「そうだ・・・」
謙遜にしか聞こえない言葉。
「それは杞憂でございます、拠様!あなた様は、発展途上の身です!経験さえ積まれていけば、必ずや、陛下を超えられる立派な皇帝になれます!」
「・・・林山の言葉は温かいな。」
「拠様?」
「嘘偽りのなく聞こえるから・・・・」
「・・・拠様・・・」
この子は。
(どれだけの嘘を聞いてきたのだろう・・・・)
おのれの繁栄のためなら、平気でうそをつくのが後宮。
男同士、女同士、男女のドロドロした関係がひしめき合う魔宮。
(そんな場所で育てば―――――――――)
「何が嘘で、何が事実か、わからなくなる時もございますよね・・・」
「うん・・・」
星影の言葉に、少年らしくうなずく劉拠。
「だから、林山が必要なのだ。」
「拠様。」
「こうやって、私を理解してくれる・・・だから――――――」
その言葉に合わせて、自分へと伸びてくる手。
「よ、弱気はいけません!」
それから逃げるように、慌てて身を引きながら星影は言った。
「気を強くお持ちください!あなた様に足りないのは、強気だけです!」
「それもある。」
拒む態度の星影に、伸ばした腕を止めながら皇太子は言った。
「それもあるが・・・感情だけの問題ではない。」
「は?」
「私が気がかりなのは・・・霍光や叔父上、司馬懿の意見を聞く限り、財政面でのことだ。」
「財政?」
思ってもみなかった言葉に少し戸惑う。
しかし、そこは大商家の娘。
なにで困っているか、見当がついた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
2人きりになった星影と劉拠の話を書いてみました。
父が信頼する星影(林山)を側近にしたいと望む皇太子と、それを阻止しようとする星影です。
星影は皇太子の側近になってしまうのか・・・後半に続きます。
よろしかったら、感想を聞かせていただけると嬉しいです(汗)
※誤字・脱字を見つけられた方、こっそりでいいのでお知らせください・・・!
よろしくお願いします・・・(平伏)