第百十七話 私と皇后さまと東方朔と・・・
言われるがまま、利き手を差し出せば、身を細めて星影の手を取る男。
指で手首を抑えながら、静かにその音を聞いているようだった。
「なるほどなるほど・・・遅滞性か・・・」
口の中でそう言うと、星影から手を離して立ち上がる。
そして、少し離れた場所に置いてある行使を開ける。
途端に、独特のにおいが星影の鼻にも届く。
「う!?これは・・・」
「いろいろ薬草を持ってきたからね・・・干したカエルもあるよ。」
「そ、そうですか・・・!生きものまで・・・」
「ああ、捕まえるのが大変だよ。中には、凶暴な物もいる。探すだけでも大変だけど、今日は相手からきてくれた。」
「は?相手から・・・?」
「うん。」
怪訝そうに星影が聞けば、こちらを見ることなく指を鳴らす。
「ほら、それ。」
「え?」
「私の座ったところを、見てごらん。」
「すわ・・・」
言われて視線を移せば、悲鳴が上がる。
「きゃああ!?」
「さ、さっきのヘビ!?」
叫んだのは水月だった。
皇后を庇うように抱きしめていたが、問題はそこではない。
「さっき、ですと・・・!?」
「どういうことですか、母上!?」
ギョッとして聞く星影と皇太子に、青い顔の衛皇后が告げる。
「・・・先ほど、安林山殿は、私が襲われていると勘違いしましたね。」
「呼び捨てでいいですよ、衛皇后さま!東方朔殿をドスケベと思いましたが、なにか!?」
「それが、誤解なのです。東方朔は・・・毒蛇から、私を救ってくれたのです。」
「「え?」」
思わず、皇太子と顔を見合わせれば、その様子にため息をつきながら衛皇后は言う。
「私宛に・・・見舞いの品々が届くのですが、その中に毒蛇が紛れていたのです。」
「なんですって!?」
「幸い、東方朔が気づき、私がかまれる前に、ヘビを殺してくれたのです・・・」
「その通り!おかげで、よい酒が出来そうです。」
深刻な顔で言う皇后に対し、ケラケラと笑いながら言う東方朔。
「笑い事か!!」
気づけば、星影は怒鳴っていた。
「あなたね!皇后さまが、暗殺されかけたんですよ!?笑うところですか!?」
「あははは!失礼!あなたは、これ以上のことをご存じなかったですな~」
「これ以上だと?」
「序の口という意味だ。」
言ったのは皇太子だった。
「生き物を仕込むぐらいは、まだ軽い方・・・人を差し向けられたこともある。」
「えっ!?そうなんですか、皇太子殿下!?」
「そうだよ、林山。表には出ていないだけで・・・・・そういうことはよくある。」
「なぜです!?こんな優しそうな方が、恨まれるはずないじゃないですか!?」
「皇后ゆえの業でしょう。」
「皇后さま!?」
星影の言葉に、静かに女性は話す。
「皇后となれば、その子が皇位を継ぐ流れになります。我が子が一番かわいいのが親心。それだけです。」
「はあ・・・!?」
(なんだそれ!?)
「そ・・・そんなあほな理由で人を殺すんですか!?馬鹿ですか、そいつは!?」
「それが宮中という場所ですわ、安林山殿。女ばかりか、男までも権力に群がる者ですよ?」
「す、水月さん。」
「・・・私もいずれ、同じ道をたどるのかもしれませんね。前の・・・」
「そろった!!」
皇后の言葉を遮りながら、私を診ていた男が叫ぶ。
「皇太子殿下、そろいましたよ!解毒剤の材料!」
「東方朔!」
「水月殿、これを煎じるようにお願いしてきてくだい!」
「まあ、これで安林山殿の体が良くなるのですか!?」
「ええ!さぁさぁ、お早く!」
笑顔で東方朔が促せば、水月が皇后を見る。
「よろしいでしょうか?」
「・・・そんな顔されたら、ダメとは言えません。」
「はい!」
口元だけで笑う皇后に会釈した後で、星影を見ながら言った。
「すぐに持ってきて差し上げますから、お待ちになってね!」
「あ、ありがとうございます!」
「では、皇后さま、皇太子さま、すぐにもどります!」
そう言うと、走るように部屋から出て行ってしまった。
「おやおや~水月さんご機嫌ですね。」
「林山の話を、すごく気に入っていたの。」
「わ、私ですか?」
東方朔と皇后の言葉に、星影が聞けば、皇太子が笑う。
「そうなんだ!あの水月、去病叔父上と仲が良くて、幼い時の叔父上の遊び相手でもあった。」
「霍去病将軍とですか・・・・!?」
(そういえばさっき、親しかったという話をしていたが・・・・)
そう考える私の前で、静かに皇后さまが話す。
「・・・去病は物怖じしない子で、誰にでもすぐ甘えるから・・・水月もすごく可愛がったのよ。水月の子供も、去病と同じ年だったから、余計に・・・」
「そうでしたか・・・。」
(それは別にいいんだが・・・)
「あの~・・・この際なのではっきり申し上げますが、私は霍去病将軍とは一切関係ない赤の他人ですからね。あの噂、でたらめですからね。」
「え?生まれ変わりじゃないのかい?」
星影の言葉に、行使を閉めながら東方朔が聞く。
「君、生まれ変わってきたんでしょう?」
「違います。前世の記憶さえないのに、霍去病将軍の訳ないでしょう。」
「ふーん・・・拠皇太子、林山は去病が嫌いなのかな?」
「去病?」
東方朔の呼び方に、星影は眉をひそめる。
この時代、よほどのことがない限り、相手の字で呼ぶことはない。
ましてや、皇帝の話し相手と英雄と言われる将軍ならば、年齢に関係なく将軍を呼び捨てになどできない。
(この男・・・霍去病と懇意にしていたのか・・・?)
皇帝の話し相手なら、顔見知りかもしれない。
皇后の病気の治療までしている。
(もしかしてこいつ、官位に似合わない大物?)
警戒しながら見ていれば、側にいた皇太子が苦笑いする。
「嫌いというより・・・謙遜じゃないかな?ねぇ、林山殿?」
「あの・・・もう呼び捨てでいいですから、皇太子殿下。それと合わせまして、私などを尊い方、ましてや、あなた様のお身内の生まれ変わりなど言ってはいけません・・・!!」
「ほらな。宦官らしからぬ、謙虚な奴なのだ。」
「あはははは!!珍しい~」
(お前に言われたくない・・・)
男達のやり取りが、迷惑でたまらない星影。
その上、さらに困ることを皇太子が言いだした。
「どうも、君とは壁を感じるな~そうだ!それでは、こうしよう!私も君を林山と呼ぶから、林山も私のことを拠と呼べばいい!」
「呼べませんよ!言った瞬間、首が飛びます!」
「あははは!皇太子殿下、林山を相当気に入ってますね、衛皇后さま~」
「そうね・・・」
東方朔の言葉に、息子と宦官を見ながら彼女は言う。
「あなたのことは・・・拠だけでなく、青からも聞いています。」
「えっ!?衛青将軍からですか!?」
(衛青将軍が、私のことをお話になった!?関心がおあり!?)
期待を込めて言えば、優しい声で衛皇后は言う。
「そうね・・・平陽公主様の・・・『妻の怒りを買ってしまったみたいだから、なんとか穏便になるように協力していただけませんか?』と言われて・・・」
「迷惑かけてたんですね!?すみません!」
まさかの話に、慌てて頭を下げる星影。
(衛青将軍の中では、私は問題児!?)
「林山が謝ることはない!」
これに皇太子が不機嫌そうに言った。
「叔母上は、なにかるとすぐに『自分のおかげで、衛一族は皇族になれた』と言って母上と叔父上を困らせるではありませんか!?気にしすぎです!」
「拠!めったなことをいうものではありません。」
「事実ではないですか!?そうだろう、東方朔!?」
「うーん・・・難しいところですね。」
むすっとしながら聞く皇太子に、椅子の上に出した毒蛇の亡骸をしまいながら言う。
「平陽公主様の茶器もまずかったですが、お気に入りの侍女に手を出した方がまずかったですね~林山殿?」
「私と玲春殿の間には何もない!!」
「あなたがそう言うなら、そういう噂も流しておきます。」
「流すって・・・」
(こいつ本当に、只者じゃないかも・・・)
ニコニコしながら言う東方朔に、油断しないようにしようと決める星影。
「もうその話はやめましょう。」
微妙な場の空気を察した皇太后が、穏やかに言った。
「バタバタしてしまったけど・・・安林山、見舞わってくれたありがとう。」
「い、いえ!そんなことは!」
「体調もすぐれないでしょうに、私のところへきて・・・。拠が強引に連れてきたのでしょうけど、会えてうれしいわ。」
「母上!私は強引に誘っていません!父上と一緒にしないでください。」
「その通りです、皇后さま。全く違います。拠皇太子殿下さまは、そんなお方ではありません。」
衛皇后の言葉に皇太子は必死に、星影は本音で訴える。
「ほほほ!すっかり仲良くなって・・・・林山。」
「はい、なんでしょう?」
星影の仮の名を呼んだあとで、一呼吸ついてから彼女は言った。
「会って話すまで・・・いろんな方の話を組み合わせたあなたを想像していましたが・・・」
(ごちゃ混ぜにしたのかよ・・・)
「目を見て、顔を見て、話ができてよかったわ。安心しました。」
「え?」
「林山、これからも陛下のお側でつくしておくれ。拠とも、仲良くしてあげてください。」
「ええ!?そ、それはちょっと!」
両方困る。
皇帝陛下は願い下げ。
皇太子は人柄的に、問題はないが・・・
(そんなことしたら、星蓮を助け出せない・・・!!)
善人そうな女性の言葉に、星影は頭を下げながら言った。
「身に余るお言葉、私にはもったいなさすぎです!だから・・・。」
「だから・・・なにかしら?」
「・・・宦官の中には、良い者もいます。しかし、どうしても悪い部分ばかり目立ちます。私は、宦官という存在をさげすむつもりはありません。本当に、真面目な宦官だっているんです!だけど・・・」
「・・・だけど?」
星影の話の先を問う声に、彼女は静かに答えた。
「皇太子殿下を思えば、私は一宦官であるべきです。親しくしてはいけません。」
「林山!?」
「陛下に置かれましては、今は私に物珍しさを感じていらっしゃるだけです。時が過ぎれば、元に戻られます。」
「林山・・・それはあまりにも・・・!」
「潔癖だね。」
ひどい、という皇太子の声に、東方朔の言葉が重なる。
「まるで、他人を恐れているようだ。」
「東方朔・・・」
「取り入るつもりもないならば、普通に仲良くしていいと思うよ。」
「しかし、皇太子さまにあらぬ疑いがかかれば、毒蛇を仕込んだ馬鹿を調子に乗せてしまいますよ。」
「っ!?そ、それは林山・・・・」
「・・・林山あなた・・・」
その言葉で、皇太子と皇后が目を見開く。
東方朔も目を丸くしながら星影を見る。
「君は・・・・・・・・・・頭もいいね?」
「そういうわけでは・・・」
「皇后様とも仲良くなれて、いいことあるよ?」
「それこそ、できません。」
最初はそのつもりだった。
しかし、毒蛇に襲われたと聞いて気が変わった。
(下手に絡めば、ますます目立ってしまう。)
もうそろそろ、厳師匠が言っていた安全な滞在期間がきてしまう。
派手に動いたから、一度は中止された身辺調査を、裏でやり直す動きが出てきてるかもしれない。
かたくなな星影に、ため息をつきながら東方朔は言う。
「いいじゃないかぁ~仲良くしたら!君たち年が近いから、いいと思うよ~林山がお兄ちゃん的位置にいるわけだから~」
「無礼なことを言わないでください!兄役なら、あなたの方がいいでしょう、東方朔殿!?」
「私?あー無理無理!」
星影の言葉に、笑顔で手を横にふる男。
「林山も皇太子も十代。よくて父親だよ。」
「はああ?」
(父親だと?)
「それだと陛下に対して無礼だよね?」
「・・・。」
そう言って茶化す、肌がぴちぴちの男。
優男ではあるが、男まであるのは確か。
背が高く、細身で、髪には艶がある。
「失礼だが・・・あなたのどこが父親ですか?どう見ても、二十歳を過ぎたぐらいの兄的位置ですよ・・・!?」
嫌味を込めて意地の悪い顔で告げれば言われた。
「あははは!やだな~!二十代前半なんて~林山はお世辞も言えるんだね?」
「は?」
お世辞だと・・・・!?
「違うんですか・・・?」
「うん!少し前に終わった。」
「では、二十代後半?」
「それも終わった。」
「で、では!・・・・三十代?」
「終わった。」
「ちょっと待って!あなた・・・一体、いくつなんですか・・・!?」
怖々聞けば、東方朔は爽やかに告げる。
「ぴったり、40歳。」
よんじゅう?
え?よんじゅうって、よんじゅうって・・・!?
「よ、40!!!?」
「童顔だから、よく間違われるんだよね~あははははは!」
「ちなみに・・・東方朔が仙術を使えると言われるのも、この見た目のせいだよ。」
笑う東方朔と、苦笑いする皇太子。
皇后も困り顔で星影を見ている。
(これで40代って―――――――――!?)
宮中には魔物がいる。
権力だったり、金や女や男と、物欲な奴が多い。
わずかな間に、いろんな欲の塊の人間を見てきたが・・・・
「あははははは!お兄さんって言われちゃったよ~!」
今、目の前にいるのはある意味化け物。
女だったら美魔女といえる。
「さ・・・・・詐欺だぁぁぁっ――――――――――!!!」
(この見た目で、肌で、化粧もそんなにして、誤魔化してないのに――――――なにコイツっ!?)
皇后と皇太子の御前であるのも忘れて、心のままに叫ぶ星影。
「お、落ち着いて、林山!詐欺ではあるが、面と向かって言ってはいけない!」
「あははははは~!拠皇太子様、拠皇太子様、あなたのお言葉の方が、私は傷ついたのですが・・・?」
「これ、拠!林山も!東方朔殿に謝りなさい!」
「お待たせしました~安林山殿、薬湯が出来上がったので、めしあが・・・あら?なにかありました?」
にぎやかな皇后の部屋に、薬の入った器を持ってその女官頭が帰って来た。
「林山殿?林山殿、どうしたのです!?」
自分へとかけられ言葉。
近くから声をかけてきているはずなのに、星影にはひどく遠くに聞こえた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!!
今回のお話の内容は、東方朔が目立っています。
東方朔について勉強していますが、いろんな逸話の出てくる人です。
実際にいたら楽しいとは思いますが、星影はそうでもなさそうです。
次回に続きます(笑)
※読み直してアップしていますが、誤字・脱字・おかしい文のつなげ方を発見された方!!
こっそり教えてください・・・!!