百十六話 私と皇太子さまと東方朔と・・・
前略。
星蓮、あなたは無事でいるでしょうか?
お姉ちゃんは現在、とても困った状況になっています。
「知らぬこととはいえ、無礼をお許しください。」
「あはははは!気にしなくていいよ。」
頭を下げる星影に、謝っている相手は笑顔で言う。
皇后のお見舞いに来たところ、賊と勘違いして皇帝の側近をブッ飛ばした星影。
「東方朔もこう言っている・・・それでよしとしましょう、安林山。」
「は、はい、衛皇后さま。」
優しくそう言うのは、少し顔色の悪い美人。
「あなたに会えてうれしいわ。」
そう言ってくれるのは、憧れの方の実の姉にして、迷惑な皇帝の正妻。
「私こそ、お会いできて感無量です・・・!」
ウキウキしながら言えば、上品に口元に手を当てながら笑う皇后。
「本当に・・・去病が戻って来たみたいだわ。ねぇ、水月?」
「はい!衛皇后さま!」
そう語る女官頭は、先ほどとは正反対の笑顔でいた。
「去病様は、それは利発な方で・・・!ああ、おなつかしや!」
「すみません・・・赤の他人なので、その表現はお許し下さい・・・」
手を握りながら言う女性に、本気でお願いする星影。
その様子に周囲は楽しそうに笑い、特に皇太子は機嫌よく話す。
「許せよ、林山殿。水月は、叔父上を可愛がっていたので、よけいに嬉しいのだろう。」
「若様!」
「すねるな、すねるな。懐古するのは後にして・・・林山に薬湯を作ってもらいたい。」
「薬湯?どういうことですか、拠?」
首をかしげる母に、皇太子は周囲を見る。
「悪いが、お前達さがってくれ。」
ついてきた護衛に部屋から出るように指示する。
それを受けて、母親の方も声を出す。
「あなたたちも下がりなさい。」
「はい、衛皇后さま。」
「皇太子殿下、我々は外で見張っていますので・・・」
「ああ、頼んだぞ。」
数名の男女が部屋から出ていく。
残ったのは、皇后と皇太子と皇太子の女官頭と宦官と・・・
「あははは!薬湯かぁ~!」
にぎやかな男だった。
人の気配がなくなったところで、皇太子が言った。
「ここにいる安林山、公では腹痛による体調不良としているが・・・」
(腹痛なのか・・・)
確かに、毎月一回はお腹が痛くなるけど・・・
皇太子が話に心の中でツッコミをしていれば、真面目な顔で少年は言った。
「昨日、林山殿は毒を盛られたのだ。」
「えっ!?」
「毒、を・・・?」
「おやおやおや~」
これに水月が叫び、皇后が顔をゆがめ、太中大夫がニコニコする。
(なに笑ってんだよ、こいつ。)
こっちは死にかけたってのによ!
男の反応に、不謹慎だと思う星影の横で皇太子はさらに言う。
「まだ、本人から聞いたわけではないが、叔母上にお会いした後、口にした酒に毒が入っていたらしい。」
「平陽公主様と?」
「おやおやそれは~」
「平陽公主様に、毒を盛ら―――――――!?」
「めったなことを言うではないっ!」
険しい顔で言う水月に、厳しい声と口調で言う女性。
「母上!」
「衛皇后さま・・・」
「水月、平陽公主様への無礼は、私が許しませんぞ。」
穏やかだった顔が嘘のように怖くなっていた。
(怖いと言うよりも・・・)
「証拠もないのに、そのようなことを軽々しく言うでない。」
(悲しそう・・・?)
静まり返る部屋。
誰も何も言えない空気の中、怒った本人が星影を見る。
「毒を盛られたのは事実ですか?」
「へ!?あ・・・はい。」
静かに聞く皇后に、星影も素直に答えた。
「私と友である王琥珀、張空飛と一緒に、酒を飲み交わした際、私だけ毒にあたりまして・・・」
「他の2人は、大事なかったのですか?」
「はい・・・幸い、王琥珀は医術の心得があり、そのおかげで九死に一生を得ました。」
「では、酒に毒が仕込まれていたのか?」
「いえ・・・皇太子殿下。酒自体には入っていなかったらしいのですが・・・」
「じゃあ、杯だね。」
星影の言葉を、男の声が遮る。
「杯に、毒が塗ってあったのだろう。」
「東方朔!?」
「太中大夫殿!?」
言ったのは、呑気な顔をしていた男。
「東方朔でいいよ、林山。私も林山と呼ぶから。」
星影に向けて片目を閉じながら言うと、手遊びをしながら彼はしゃべる。
「きっと、酒の入れ物である杯の口部分・・・一部に、毒が塗ってあった。」
「え?」
(一部・・・?)
「しかしそれでは・・・・誰にあたるかわからないのではないですか?東方朔ど・・・東方朔?」
納得できそうでできないことを口にすれば、側にいた皇太子も口を出す。
「そうだぞ、朔?それではまるで・・・・犯人は3人のうちのだれもよかったというのか!?」
「いいえ、拠皇太子。おそらく犯人は・・・林山が必ず毒のついた器を使うとわかっていた人です。」
「わかりましたぞ!犯人は王琥珀か張空飛!あるいは共犯か!?」
「はあ!?冗談はやめて下さい、皇太子殿下!空飛は絶対に、そんなことはしません!琥珀だって・・・・!」
「その通り。両方不正解です、拠皇太子。逆に二人は犯人じゃない。」
「「「「え?」」」」
(空飛はともかく、琥珀は白だと!?)
仮にも命の恩人に、失礼なことを想う星影。
そんな彼女の心中を知ってか知らずか、東方朔は笑いながら言う。
(綺麗な杯を林山に→そう予想して毒塗る。)
「犯人ならば、助けません!聞けば、君とその二人は仲がいい。しかも、君を大事に思っている。わかるかな?」
「はあ・・・?」
「それはわからぬぞ、朔!」
東方朔の答えに、星影よりも拠皇太子が反応した。
「助けるふりをして、容疑から外れるという可能性もあるではないか!?」
「さぁーすが、皇太子殿下!疑うということを学んでらっしゃる~あははははは!」
「誤魔化すな、朔!」
「そうですわ、皇太子殿下に失礼でございますよ!?」
「あ、ごめん、ごめん!水月も!でもねー少なくとも、空飛君は、利用されたとは思うよ?」
「!?どういう意味ですか!?」
「だからね、林山。例えば・・・模様が同じ器でも、一番きれいなもの、新しい物を、自分ではなく、大事な人に使ってほしいという心理はわかるかい。」
「あ、それは・・・わかります。」
(星蓮には、良い物を上げたいもの。)
自分を例えに思い出していえば、東方朔は告げる。
「犯人は、そんな気持ちを利用した。林山の友達が、一番きれいな器を君に使わせるだろうと考えて毒を塗ったんだろう。」
「なっ!?」
「だから、空飛君は白だね。私は、そう考えてるよ。」
(・・・・・・・ありかもしれない。)
誰が犯人かわからないが、あの酒席の用意をしたのは空飛だ。
彼は私に親切にしてくれる。
仲もいいと思う。
私も、琥珀よりは空飛が可愛い。
妹みたいな弟で可愛く思う。
好意的に接してくれるから、こちらも同じ気持ちになる。
根がいい子だとわかったから。
(そんな空飛の気持ちを利用して、私を攻撃したと言うなら・・・)
「許せない・・・・!」
犯人よ、どうしてくれよう・・・!?
「まぁ、無視するのが一番だよ。」
静かに怒る星影に、東方朔はニコニコしながら言う。
「やった、やられた、やりかえす。宮中ではその繰り返しが、国を亡ぼす原因にもなったんだ、安林山君。」
「なっ!?変なことをおっしゃらないでください・・・!倍返しなど、考えていません。」
「『仕返し』ではなく、『倍返し』という時点で怪しいよ・・・。もうその話はいいや!腕を出して。」
ニッと笑った後で、星影へと手を伸ばす男。
「ほら、手を出しなさい。」
「え?ええ?な、なんのために?」
「直診だよ。」
警戒しながら聞けば、呑気な声で東方朔は告げる。
「解毒剤を作るにも、診察しなきゃダメでしょう?脈をとるだけでいいからさ~」
「えっ!?解毒って・・・あなた医術師ですか!?」
「仙人だからね。」
星影の問いに、側にいた皇太子が笑いながら答える。
「その者は、仙人でもあるのだよ。」
「はああ!?仙人!?空飛べるんですか!?」
「ふふふふ~あだ名だよ、あだ名。ひどい人は、僕が西王母から桃を盗んだって言うけど、人様の者に手は出さないよ~」
西王母とは、仙界の西の崑崙山に住む不老長寿の女神のことである。
仙界は東の蓬莱山、西の崑崙山の2つに分かれており、崑崙山の主人が彼女の娘の王母娘娘だ。そのため、『西』の王母ということで、『西王母』呼ばれている。彼女は3000年に1度しか実らない不老不死の桃の持ち主であり、それでちゅう樹の髪として有名なのである。ちなみに、不老不死の桃のサイズはとても小さく、現代の銃の弾ほどだったと言われている。
馬鹿な話だとは思ったが、聞いてみた。
「盗んだんですか?」
「あははははは!盗んでないよ~桃が手に入るのは、桃が実ったのをお祝いする『蟠桃宴』の宴会の時だけだよ?一流の神様ばっかり集まる場所に~無理無理!」
(うんさんくさい・・・)
冗談だとはわかってはいるが、そう言話が出るところで怪しい人物だ。
(こんな奴の薬を飲むぐらいなら、自力で治した方がいいんだけど・・・・)
そう思う星影の気持ちが伝わったのか、少しだけ真顔になった皇太子が告げる。
「心配しなくてもいい。東方朔は、母上の調子も見てくださっているんだ。」
「え!?衛皇后さまの?」
「そうですよ!今日も、様子を見に来てくださって~ご病気になってから、足しげく通って下さっていますの!」
「水月殿。」
「本当に・・・陛下にもそれぐらいして頂きたいですわ。」
「これ、水月。」
「あ、失礼しました。」
皇后が眉をハの字型にすれば、慌てて謝る水月。
(つまり・・・皇帝は皇后の元に通っていないと言うこと?)
他人の夫婦間の問題に口出す気はないが、なんとなくそうだと思っていた。
(殷の周王も、控訴も正妻はないがしろにしてる・・・。男って奴はよぉ~)
林山も将来そうなるのかしら。
(そういや、あの野郎・・・・桂連と会ってた理由、やけにもったいぶってやがったな・・・!?)
信じてはいるけど、怪しむ材料があるだけに、何とも言えない気持ちになる。
ないと思うけど、そんなことしてたら――――――――――――
(天に代わって成敗だっ・・・・・!)
まぁ、星蓮の旦那になるから、半分で許してやるけど。
もちろん、桂連は嫁にいけない顔にするけどね・・・・!!
眉間にしわを寄せ、最悪の予定を立てていれば、ニコニコしている顔と目が合う。
「さあ、手をお出しなさい。」
「あ・・・ああ、はい。」
東方朔だった。
それで頭の中の計画を一時中断する。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます・・・・!!
星影を心配した拠皇太子が、仙人・東方朔を紹介しました。
毒の症状が残っている星影を心配してのことです。
皇太子の申し出は嬉しい星影ですが、うんさんくささを感じる東方朔に警戒心は残ってます。
ファーストコンタクトがよくなかった2人ですが、どうなることか。
次回へ続きます。
この東方朔という人物、西遊記にも登場するほど題材にされやすいです。
不思議な力もあったのではないかと言われています。
※誤字・脱字がありましたら、こっそりでいいので教えてください(平伏)
たぶん大丈夫だとは思いますが、念のため・・・です(大汗)