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第百一話 狸(ヤマネコ)の乱入

目の前で捕まりそうになる義弟の安林山。

これに、彼に変装中の劉星影は、手も足も出ない状態で見つめるしかなかった。

ところが、捕まる瞬間となった時、事態は一変した。


「く、曲者だと・・・!?」

「そうだ!ありがたい仙狸センリ様だ!」


そう言いながら現れたのは、見た目からして怪しいヤマネコ面の男。


仙狸センリとは、約500年~1000年の長い年月を生きた妖怪のことで、仙人と同じように神通力を得た妖怪のことを言う。

発祥は中国で、

ここで誤解しやすいのが、【】を『タヌキ』と呼んで、考えてしまうことだ。

漢字は【狸】となっているので、『タヌキ』と思うかもしれないが、中国ではタヌキではなく、『ヤマネコ』、日本では【猫又】を指している。

これは、中国から日本に妖怪伝説が伝わるった際、日本に【ヤマネコ】に該当する動物がいなかったため、『野良猫・イノシシ・アナグマ・イタチ・ムササビ』といった動物をまとめて『タヌキ』にしたことが、現在の【化け狸】へと続く形を作ったのである。

元々狐と狸は、2つで1つと考えられており、中国の【陰陽五行説】、陰陽道では、狐を『陰』と狸を『陽』、仙狐は『女性』に化けて男性から陽の生気を奪い、仙狸は『男性』に化けて女性から陰の生気を奪うとされている。ただし、狐は陰と陽とどちらの精も吸えるので、昔から狐に魅入られると厄介であるとされてきた。

狐もヤマネコも、人間から吸い取った精の分だけ、強大な魔力を得て悪戯をするとされている。

しかし、今日まで伝承される【狐狸精】の話の中では、狐の方が評判は悪い。

狐の方が、人間に直接的な害を及ぼすことが多いとされ、狸の方はそういった話自体があまり伝わっていない。

あったとしても、同族や狐など化ける類の相手に何かする際に、間接的に人間を利用する程度だという。

知名度では狐の方が高いが、「狐七化け、狸八化け」という【狐より狸の方が化け上手】と言われるため、一般には『狐が化けるのは人を誘惑する』ため、『狸が化けるのは人をバカにするため』とされており、【狸】は化るのが好きだから化けているらしい。


は、遊び心で人に化けると言うが・・・!)


この男はどうだろう?


目に映る相手は、ザンバラ髪に、動物の毛皮を身にまとっているのだが・・・。


「衛青将軍、仙狸とはヤマネコの妖怪のことですよね・・・?」

「・・・そうだね。」

「なぜあの者は・・・の面をつけながら、狐の毛皮を身に着けているのでしょう・・・」

「・・・。」


はっきり言って統一感がない。


(・・・・普通そこは、どっちかに合わせろよ。)


「仙狸と名乗るならば、ヤマネコの毛皮を使えばいいのに・・・!」

「すまーん!!そうしようと思ったが、やめた!!」

「へ・・・?はあぁぁ!?」


星影の独り言が聞こえたのか、声を大にして話しかけてくる自称・仙狸。



「ヤマネコのつぶらな瞳に負けたのだ!!可愛いよな~!?」

「そんな理由!?狐が好きな者に謝れよ!!」



呑気な事を言う不審者にそう言いつつも、注意深く相手を見る星影。

冗談を言う仙狸の服、毛皮の間から見える筋肉は、普通の男とは思えなかった。


(かなり鍛えてる・・・武人が!?)


静かに星影が分析する中、騒然とする周囲の兵達が叫ぶ。


「なんだこいつは!?」

「仙狸だと!?妖怪気取りか!?」

「あの2人の仲間じゃないか!?」

「こらこら、仙狸様相手になんだその態度は!?無礼者め!」

「いえ、宮中にそんな姿でやって来るあなたが無礼ですよ?」


仙狸の言葉に琥珀が冷静に対応する。


「1人、2人仲間が増えたところで、状況は変わりません。宮中での不届きものは、まとめて獄についていただく。」

「な、仲間って、琥珀!?」


(こいつも、あなたの協力者なの林山!?)


琥珀の言葉を受け、目だけで林山を見る。




(そんなわけあるか!!)


これに林山は、縄の間から、瞳だけを横に動かして『違う!』と答える。

その表情は完全に引きつっており、親友が困っている時にする顔だった。



(なんなの!?林山が知らないとなると・・・凌義烈の知り合い?)


(なんなんだ!?俺は、あんな奴知らない!そうなると・・・義烈の知り合いか!?)



可能性のある相手を、義姉弟そろって見る前に琥珀が周囲に命じた。



「兵の皆様!先の曲者と共、捕えてくだ―――――!」

「―――――そうだ!俺は曲者だぁ!」

「へ?」



驚く星影の前で、琥珀の言葉を遮りながら、男は自信満々に再度叫ぶ。



「人間の男に化けた仙狸の曲者であり、強力な曲者だ!」



次の瞬間、仙狸と名乗った男の動きに、星影達はあっけにとられた。



「おりゃあ―――――――――――!!」

「「「「「えええええええ!?」」」」」



林山と義烈を捕えた網を引っ張ると、力いっぱい引き裂いたのだ。

荒縄は、ブチブチ!面白いようにちぎれて言った。


「ば、馬鹿な!?鉄も縫い込んであるのに・・・引き裂いただと!?」

「そうなの、琥珀!?」


焦る琥珀に聞き返せば、彼以外の声も怒声を上げた。


「全閉に告ぐ!!皇太子殿下を安全な場所へ!玲春もだ!」

「衛青将軍!?」


言ったのは、星影を腕に抱いた大将軍だった。

目を見開らいて動けない兵達に激を放つと、網の引きちぎられた音に反応して自分達から離れた小虎に星影を押し付けた。


「安林山殿、琥珀と紅嘉と共にいなさい!」

「衛青将軍!?」

「グルゥ!」

「心得ました!」


衛青の声に反応し、紅嘉は嬉しそうに、琥珀は礼儀正しく星影に飛びつく。


「大人しくするんだ、林山!」

「うわっ!?な、何の真似だ琥珀!?」

「衛大将軍のお言葉通りだ!大人しくするんだ・・・!」

「な!?だからって、馴れ馴れしく触るなよ!ほら、紅嘉も・・・!」

「ガゥウ~」

「だ、だからよせって!くっつきすぎだ!」


紅嘉に懐かれるのはいいが、時と場合による。


(今なら、どさくさに紛れて、林山を逃がせるかもしれないのに~!)


小虎に寄って来られては、目立って自由に動けない。

現に、服を引っ張られ、のしかかられて身動きが取れない。


「ちょ・・・頼むから、離れて!離れ際、紅―――!」

「いいや、それでいいぞ紅嘉!そのまま押さえていてくれ!」

「琥珀!?」

「ここは、衛大将軍に従いたまえ!君は目を離すと、何をしでかすかわからないからね?」

「お、おのれ・・・!」


(見透かしてやがる!)


言う通りではあったが、

子供の虎と大人の男に抱き付かれ、眉をへの字にする星影。


(これじゃあ、林山の側に行けない!)


荒れる気持ちで林山の方を見れば、縄を引き裂いた男が大声で騒いでいた。


「ははは!まじりっけのある縄など、小賢しいわ!」


自称・仙狸はそう告げると、網を自分の方へと引き寄せる。


「うわ!?」

「わわ!」


それで呆然と網を持っていた兵達が引きずられる。


「いかん!手を離せ!」


男の行動の意味に気づいた衛青が叫ぶが遅かった。


「竜巻でもくらえ!」

「うぎゃああ!」

「ぐは!」

「ああ!」


頭上に網を掲げたかと思うと、人間付きのまま回したのだ。

その吸引力と力に、多くの兵が地面や壁、庭の木に叩き付けられる。


「なんて奴だ・・・!」


(兵達では、手におえない・・・)


そう星影が判断した頃、衛兵や大将軍の配下は自称・仙狸に襲い掛かっていた。


「馬鹿力め!」

「全員で倒すぞ!」

「甘いわ!力のみと思うなよ!」


網から解放された林山達を背に隠すと、仁王立ちにして刃物を向けて襲い掛かってくる兵士たちを弾き飛ばす。


「はっ!ほっ!よっ!」

「ぎゃ!」

「げえ!」

「ぐう・・・!」

「本当だ!あれは力だけじゃない・・・・!」


(体術の心得がある!それも、達人の領域・・・!)


「強い・・・!」


その様子を呆然としながらも、はらわたが煮えくり返る思いで見守る星影。



「それまでだ!」



そんなヤマネコ男に、威風堂々の男が立ちはだかる。



「衛青将軍!」

「お相手願おう・・・!」


そう告げると、肩のマントを脱いで身構えた。


(体術で戦われる気か!?)



「ほぉ~やる気かね・・・?」



これに相手は、先ほどの義烈のように構えた。

不気味な沈黙が2人の間に漂う。


「え、衛青将軍!」

「叔父上!」

「衛大将軍。」

「旦那様・・・!」


固唾を飲んで見守る者達の中で、先に仙狸が動いた。


「おりゃあ!」

「―――――――――はっ!」


突き出した拳を、手刀で払うと、素早く仙狸の腕を掴む衛青。


「さすがっ!」


これにヤマネコ男は一声笑うと、掴まれた手を掴んで投げ飛ばす。


(やられる!)


「――――――――衛青将軍!」

「まだ、だ。」


これに衛青は、男の背に背負われた瞬間、自由な手を伸ばす。


「敵に背後を見せるな・・・!」

「ぐえ!?」


低く言うと、肘関節を仙狸の首に当てて背後から締め上げた。


「ぐっおお・・・!?」

「抵抗すれば、長く苦しむことになる・・・!」


ギリギリと締め上げる衛青の表情は冷たかった。


(本気で落とそうとしてる!)


そう星影が思った瞬間、仙狸がうっすらと笑う。


「ならば・・・流れに任せる・・・!」

「なに?」


これに衛青が聞き返した時、彼の脛を器用にヤマネコ面の男が切りつけた。


「くっ!?」

「―――――――大将軍の丹田は蹴りたくないからな!」


苦笑いしながら言うと、わずかに開いた自分と衛青の腕の間に手を入れて体を半回転する。


「はっ!」

「ぐっ!?」


手を押しのけた動作に身に合わせ、握った拳を衛青のみぞおちに叩き込んだ。


「叔父上っ!」

「衛青将軍!」


ギョッとして叫んだが、杞憂に終わった。


「やるな・・・!」

「ふっ・・・簡単にはやれないか・・・!?」

「あ!?」


見れば、仙狸の拳を手の片手で受け止めていた。

防いだ星影が安堵する前に、衛青は空いている手で仙狸の手首を掴んで投げ飛ばした。


「たぁ!」


その瞬間、星影は見た。


「なに・・・!?」


有利な立場で投げ飛ばしたはずの衛青の曇った表情。

それに気づいた時、投げられた態勢から仙狸は衛青の体に足を乗せて飛び上がっていた。



「なっ・・・踏み台にした!?」

「迷子の宦官、大正か――――――――い!」



星影の言葉に、楽しそうに言うと大柄な体を遠くに飛ばすように跳ねた。

体躯に反する身軽な動きで衛青から離れると、ちぎれた荒縄がかかっている男2人の元へと着地した。



「仙狸様、見参!」

「へ?」



舞い降りた男に呆然とする林山に、ニヤニヤしている義烈に手を伸ばしながら仙狸は叫ぶ。


「仙狸、退散!」

「えっ・・・?ええ―――――――!?」

「ひゃっほぉ―――――――!!」


陽気な言葉と共に、驚く林山の声と、ご機嫌な義烈の声がそれに続く。

素早く2人を両脇に抱えると、今度は自分が倒した兵士達の山を、踏み台にして飛び上がった。



「わははは―――――――――!時間切れだ!悪いなっ!!」

「う、嘘っ!?」

「ハヤブサ2匹はもらった!!」




仙狸がそう宣言した時、宮殿の屋根へと飛び上がっていた。



(大の男を二人抱えて、あんな上まで飛び上がるなんて!どんな脚力よ!?)



驚き、関心もしたが、そのまま見送るわけにはいかない。



「おい、貴様!その者達の仲間か!?」


(林山が知らないだけで、義烈と言う奴の仲間かもしれない!新手の助太刀の可能性だって―――・・・!!)



そう思って聞く星影に、表情のわからないお面の男は笑う。


「知らん!!」

「知らない!?」

「わしは主を持たぬ!」主―衛青、主―星蓮

「え?」


聞き返そうとした時、仙狸はこちらに向けて何かを落とした。


「なっ!?」

「―――――――――目くらましだ!!」

「衛青将軍!?」


そんな声と共に、あたりが真っ白な煙でおおわれる。

その言葉通り、火のついた塊を上からばらまく。


「ほらほら!どんどん落ちるぞ――――――!?」

「や、やめろ!」


それから発せられる煙に、星影をはじめとした者達が顔をしかめる。


「完全な目つぶしだわ・・・!」

「め、目に染みる・・・!」

「拠様!?」

「こ、皇太子さまを守れ―!」

「ど、どちらにおわす!?み、見えないぞ!」

「痛っ!?馬鹿!ぶつかるな!」

「ぐあ!?誰だ、足踏んだのは―――――!?」

「お、叔父上!!」


それが星影達にへと容赦なく降り注がれ、あたりは大混乱となる。


「ちょ・・・げほげほ!なんてことを・・・!?」

「ギャウ!グル・・・・!」

「ゴホゴホ!なんということを・・・!」

「あ・・・?」


それにより、紅嘉と琥珀の拘束もゆるくなる。


「逃がさないんだから~!!」

「林山!?」


そう呟くと、側で名を呼ぶ共を無視して、壁を蹴って屋根へと掛け上げる。


「待てっ!」


煙の間から見えた男を怒鳴れば、相手はこちらを振り返る。



「また会おう。」



そんな言葉と一緒に、銀色に光る物体が放たれた。


「わっ!?」



寸前でそれをよけ、反射的に利き手で掴む。


「刀!?」

「次合う時に使え。」


その言葉に、思わず仮面の男へと視線を向ける星影。

しかし、そこに仙狸の姿はなく、親友の林山もいなかった。



「・・・・あいつ、一体・・・・?」


(何者よ・・・・!?)


正体はわからない。

でも、はっきりとわかることはある。



「逃げられた・・・!」



なんだったのかわからないだけに、逃がした得物は大きかったかもしれないと悔やむ。

一方で、連れ去られたかもしれない林山の安否に、星影は胸が締め付けられた。


「林山っ!深追いはするなっ!」


謎の男が消えた方を見ていれば、下から自分を制止する友の声が聞こえた。


「だれが―――――――――追うものか!」


友の言葉に、絞り出した声で怒鳴りながら答える。


「―――――――追えるわけがない・・・・!逃げられたんだからなっ!!」


琥珀の言葉にいらだち、眼下を見下ろして絶句した。

目に映ったのは、自分達がいた場所以外の景色。

その中で、不自然な姿で倒れたまま動かない者達の姿。


「・・・ちくしょう・・・!」


悼む言葉を口にする前に、悪態がこぼれる。



(罪を憎んで、人を憎まず・・・悪事を憎んで、悪人を註するベし・・・!)



悪事だけを憎んで、悪事をした人を憎んではいけないと偉い人は言う。

間違ってるとは言わないけど、それで悪人が悪事をやめないから、こうやって傷ついて泣くものがいるんじゃないのか?


思い出されるは、林山達と一緒に倒した敵のこと。

見送ってしまったかもしれない、後々の禍の種。


「爪の甘いことをした・・・・!」


陛下を狙った時は、相手が死んでくれた。

しかし、今度は生きて追い払った。



「・・・殺すべきだったか・・・」



投げよこされた刀を見ながらつぶやく。


まだ、人を殺したことはない。

ひん死や重賞に追いやったことはある。

『あの外道達』でさえ、命だけは許してやった。


(殺した方が良かったのか・・・?)


刀の刃に映る自分を見ながら、星影は問いかける。


私達がひどい目に合ったのも、悪いことを企む奴がいたからだ。

星蓮が奪われたのも、あの子を欲望のはけ口にしようとした奴がいたから。



(祭勇武・・・・!!漢帝国皇帝・劉徹・・・!)


あいつらのせいで、妹も林山も私も・・・!



(悪事と一緒に悪人も裁かないから、悪の連鎖が終わらないんだろう・・・!?)



敵の卑劣な方法に、怒りと悲しみがこみ上げる星影。

同時に、もしかしたら、救えたかもしれない人々の命を思う。

そんな者達へ向け、投げ渡された刀を屋根にさして黙とうしたのだった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


林山&義烈の宮中侵入から始まった、皇太子を狙う暗殺者たちと星影の戦いはひとまず終結です。

いろんな謎を残して去った狸と、残された者達・・・

死者へ冥福を祈る星影を、待ち受ける運命はいかなるものか。

新たな展開を含む、次回へと続きます。

良かったら、見てください。




※大丈夫だとは思いますが、誤字脱字がありましたら、こっそりお知らせください・・・!!※


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