第十一話 激突(前編)
血の臭いと死体の後をたどりながら、なんとか星影は庭の奥に着いた。
そこで彼女が見たものは、黒ずくめの賊らしい集団と、それを一人必死で対抗する男の姿だった。男は寝巻き姿で、一つに束ねられていた髪は乱れていた。
(一人で乱闘していたのか!?)
しかし、星影の思考はそこで止まる。寝巻き姿の男が手前の賊を跳ねのぞけた時だった。背後に別の賊が忍び寄ったのだ。寝巻き姿の男はそのことにまったく気づいていない。
あのままでは切られる。
そう思った星影は、近くにあったほうきを掴むと勢いよく宙を舞って飛び出すと同時に叫んだ。
「危ない!!」
すばやく、寝巻き姿の男の背後に着地すると、賊の刀を受け止める。ほうきの棒の部分が刀の柄に食い込み動きが止まる。止まったのを確認すると、勢いよく刀を払いのけた。
「大丈夫ですか!?怪我は?」
「あ、ああ。大事は無いが・・・お主は一体・・?」
「な、なんだ!?貴様は!?」
驚く賊達と、男をよそに星影は涼しい顔で言った。
「お前らこそ何者だ!?多勢に無勢とはずいぶん卑怯なのだな?さっきの兵の死体も貴様らがやったのか?」
賊達は、しばらく星影をマジマジと見ていた。ところが、やがてなにかに気づいたようにお互い顔をあわせる。そして目の色を変え、はき捨てるように言い放つ。
「お前その服装・・・・さては宦官だな?玉無しは引っ込んでいろ!!死にたいのか!?」
大声で馬鹿にするように笑いだす賊達。男達の蔑んだような物言いに、ここ数日間の星影の我慢が爆発した。鼻歌交じりに襲い掛かってくる賊の一人を蹴り飛ばすと鞘ごと刀を奪い取る。
「その言葉・・・後悔させてやるよ!!」
言ったと同時に、星影は剣を抜き斬りかかった。一振りのうちに三人が倒れる。たちまちに賊たちの顔色が変わった。
「な、なんだこいつ!?」
「どうした?威勢のいいのは口先だけか?」
「偉そうな口を叩くな!死ねー!!」
いっせいに飛び掛る男達。
すばやく星影は身をかがめると、先頭の男の胸倉に滑り込み投げ飛ばす。
「ぐわあ!!」
その隙に高く飛び上がると、大きく足をひろげて一回転する。二人の顔面に食い込み、倒れてしまった。なおも襲い掛かる男達を蹴り上げ、手とうで剣を叩き落す。その隙に空の鞘で腹を突いてやる。そのまま高く飛ぶと上段蹴りを繰り出す。すばやく着地した足を軸にすると数人を足払いする。
「くそったれー!!」
星影に敵わないと思った賊が数人、あの襲われていた男に狙いを定めて斬りかかる。
いくら男が刀を持っているとはいえ、四方から襲われてはたまらない。
「おのれ!」
自分が不利とわかりながらも、剣を構える寝巻き姿の男。その姿は、星影の視界にも入っていた。星影は軽く舌打ちをすると、足元に転がっていた塀の残骸らしい石を一、二個交互に蹴り、持っていた刀を勢いよく男たちめがけて投げつけた。残骸は賊達の背中や頭に命中し、刀に関しては賊の一人の腕に命中した。それぞれが倒れ、手から刀を落とし、地面に倒れる。それを見届けると、自分もすばやく襲われていた寝巻き姿の男のもとへと駆け寄る。
「すまん!またお主に助けられたな。それにしてもなかなかの腕だ・・・!一体何者だ!?」
「話は後です!ここは私に任せて、今のうちに逃げてください!」
「しかし・・・・。」
「逃がすか!!」
容赦なく打ち込んでくる賊達。人数的にこの人をこのまま逃がすのはよくないわ。少々不利でも側にいてもらう方がいいかもしれない。
「仕方ないな・・・!私の近くに隠れていてください!!」
落ちていた槍を持つと、それを頭上に回しながら襲い掛かってくる覆面の男達を蹴散らした。なおも襲い掛かってくる賊を、槍を使って上下左右に振り回し叩きつける。次第に二人に対する包囲は遠巻きなっていく。
「本当にただの宦官か!?強すぎるぞ!?」
次第に動揺し始める男達。その様子を見て星影は不敵な笑みを浮かべる。
「情けないな?宦官に負かされるなんて?腕を磨いて――――出直してきな!!」
槍をすばやく振り回すと威嚇してみせる。男たちが後ずさりしたその時だった。
「お前らじゃ無理だ!どいていろ!」
そう言って一人の男がゆっくりと歩み寄る。
「お遊びはここまでだ、小僧。」
冷たく言い放つ男。腰に下げていた刀剣をゆっくりと抜く。
「貴様がこの賊を率いているものか!?」
星影の問いに男は答えることなく、刀剣を彼女に向けて構える。青白く光る刀剣は、月明かりを受け、美しく輝いていた。男の動き一つ、一つに無駄がなく、なかなかの使い手である事は、星影もすぐにわかった。
(こいつ・・・できる。)
直感的に星影がそう思った時だった。
「うわあぁ!?」
鉄でできた槍が無残にも目の前で二つに割れる。
(早い!いつの間に!?)
視線を男に返すと、目の前に刀剣の姿。
「えぇえ!?」
慌てて頭を下げる星影。そのまま男の股を滑るように潜り抜ける。
「このガキ!」
男の股から潜り抜けると、素早く体制を立て直す。お返しとばかり、高く飛び上がると、ひねりの効いた蹴りを繰り出すが―――
「なに!?」
星影の蹴りは、相手の刀剣の柄の部分で受け止められる。
「―――馬鹿が!」
笑みを見せて言う男からは、余裕が見え隠れしていた。
(ここは三十六計―――逃げるに限る・・・!)
本能的に、自分が不利だと確信する星影。
(お荷物もあることだし――――逃げよう!)
音を立てて着地すると、敵に背を向けて走る星影。その足は、寝巻き姿の男に一直線で進んだ。
「な、なんじゃ!?」
「逃げます。」
短く答えると、寝巻き姿の男を抱きかかえる星影。そして、呆気にとられている賊達の頭上を飛び越えて庭を駆け抜ける。
「な、なんだ!?どこに行く気だ!?」
「今考えてます。」
「なんじゃそれは!?どうするつもりなんだ!?」
狼狽する相手をよそに星影は落ち着いた口調で言った。
「落ち着いてください。このままあなたが側にいたままでは、私が戦いにくいんです。なによりも、お互いの身が危ない・・・危険なんです。」
「では、安全な場所に逃げればいいだろう!?」
「どこですか、そこは?」
「――――――!?おぬしは後宮の人間だろう!?把握できておらんのか!?」
「申し訳ありません。ほんの数日前に来た新人でございます。」
「なっ!?」
「それ以前の問題に、あなたこそ、襲われる危険があるなら、事前に把握しておいてください。おかげで、何人もの人間が犠牲になりました。」
「無礼者!好きで狙われておるわけではない!!」
「無礼で結構、コケコッコーにございます。悪人に限って、そういう言い方をしますよね〜」
「下賎!いいたいことはそれだけか!?」
「その下賎に助けられたのは、どちら様でございましょうか?」
「お、おのれは〜!!」
青筋を浮かべる相手に、嫌みったらしく丁寧な口調で言う星影。
「それで?安全な場所はどこでございますか、お偉い様?」
「・・・!!・・・・このまま、庭を抜ければすぐじゃ・・・!!」
「ありがとうございます。それではしっかりと、掴まっていてください。」
苦々しく言う相手に、勝ち誇ったように笑う星影。
「後で覚えておれよ・・・!!」
「ご自由に。私はすぐに忘れますから。」
「なっ!?」
星影の言葉に、目を白黒させる寝巻き姿の男。呆然と星影を見つめるが、本人はそんな視線を気にすることはなかった。今の星影の頭にあったのは、この状況から逃げ出すこと。そして、
(星蓮を見つけるまで、死ねるか!!)
妹に対する思いのみ。木々の間をすり抜けて走る星影。自分が来た道とは別の入り口に差し掛かったときだった。突然、その目の前に無数の弓が降り注いだ。
「うわぁあ!?」
矢雨の前寸前で、急停止する星影。
「こ、今度はなんだ!?」
見れば屋根の上にいつの間にか賊の集団達がいた。こちらめがけてありったけの弓やら石やらを投げてくる。寝巻き姿の男を庇いながら必死にそれを防ぐ星影。
「逃がすな!まとめて射殺せ!!」
後ろから罵声が響く。振り向いた瞬間、青白く光る一太刀。
「逃げろ!!」
抱きかかえていた寝巻き姿の男を放りなげると、襲い掛かってくる刀を受け止める星影。
「お遊びはお終いだ!そろそろ死んでもらおうか!?」
「残念だが、まだこの世には未練がある!」
「では、力ずくでするまでだ!!」
男が刀を弾き返すと、星影は一気に飛び掛った。互いが刀を振るたびに高いが音が辺りに響く。
(さすが後宮に忍び込むだけあるわ。刀剣の方もなかなかだけど―――)
「―――私を倒すに値しない!!」
そう言って、星影が後ろに飛んだ時だった。
「ううっ・・・。」
唸り声がする・・・しかも聞き覚えのある声。見るとそこには・・・。
「お前、まだいたのか!?」
逃がしたはずの男の姿があった。
「なにやってんだ!?早く逃げろ!!」
「ま、まて・・・は、」
「よそ見するな!!」
襲い掛かってくる相手の攻撃をかわしつつ、星影は再度男に声をかける。
「いいから早く逃げろ!!死にたいのか!?」
「に、逃げろと、言われても・・・!」
息も絶え絶えに言う男。
どうして逃げないのだ!?抱きかかえていたから、走り疲れたというはずはない・・・。まさか、防いだはずの敵の刃が男に傷でも負わせたのか!?
目だけで見ると彼は腹を押さえたままその場に座り込んでいた。
「おい!しっかりしろ!!やられたのか!?」
「ああ・・・そうじゃ・・・。」
唸るように、寝巻き姿の男は答える。
「・・・やられたんじゃよ・・・!」
男の言葉に星影は舌打ちする。
(くそ、防げなかったか!)
彼女の中の怒りの矛先は賊の頭に向けられた。
「俺の防ぎ様が悪かったとは言え、お前のせいであの人は怪我をしたんだ!この代償は高くつくぜ!!」
「お主・・・・!」
苦しむ男の声をよそに、一歩踏み出すと賊の頭向かって斜めから切りつける。それは相手の頭の布をかすめ、数本の髪の毛が宙を舞った。
「このガキ!」
「怒るなよ。これくらいじゃぁすませないぜ・・・!?」
「待て!」
彼女の言葉に、うずくまっていた男がなにか言いかける。
「しゃべらないで!すぐにケリをつけますから!」
すかさずそれを静止する星影。
「あなたのかたきはとる!」
「違・・・!」
「いいからそこを動くな!こいつに怒りを感じているのはわかるが、動くと傷に―――」
「だから、違うと言っているだろうが!!」
寝巻き姿の男は、彼女を怒鳴りつけると、とんでもない事を口にした。
「お主に・・やられたのだ!!」
「へ・・・・?」
「放り出された時に、思いっきりみぞおちに肘鉄をくらったのだ!!いくら非常時といえども、人に肘鉄を食らわせる奴があるか!!?」
「ええぇ!!?」
どうやら星影は、男を庇った時、無意識のうちに、肘鉄を食らわせていたらしい。
「そ、そんな・・・仕方ないだろう!わざとじゃないんだ!!」
「だったら一言謝らんか!!」
「ああ悪かったよ!!申し訳ありません!!さあ逃げろ!!」
「お主は人の話を聞いてないのか!?痛くて動けないんだよ!!」
「よく言うよ!今這いつくばりながら少し動いただろう!?じゃあ少し休んでから逃げろよ!!その間は俺が防いでてやるから!!」
「お、お主と言う奴は――――――!いい加減に・・・!!」
「・・・すんのはお前達だぁ!!」
今まで黙ってことの成り行きを見ていた賊の頭だったが、あまりのばかばかしい話のやり取りに腹を立ててしまったらしい。無理もない、自分との真剣勝負の途中で相手が他の話をしていれば誰だって腹を立てるだろう。
「今までいろんな奴を狙ってきたが、お前らみたいな大馬鹿は初めてだよ!!」
「だ、誰が大馬鹿だと!?大きなお世話だ!!」
「その賊のいう通りじゃ!この無礼者め!!」
同感だとばかりに、星影が助けた男も大きく頷く。
「テメー!助けてやってるのに、なんだその口の利き方は!?」
「助けるなら、もっと丁寧に助けろ!!」
「二人対大勢で、どうやって丁寧な救助活動が出来るんだよ!?」
「だから無視すんじゃねぇよ!少しは真面目にやりやがれ!!」
「そんなこと、言われなくてもわかってるよ!大体、このおっさんがボーとしてるからいけないんだ!!」
「な!?誰がおっさんだ!?」
星影の言葉に、顔を真っ赤にして怒る男。
「本当だろうが!?賊も悪いが、おっさんの態度も悪い!!」
「なっ、なっ――――――口を慎め!!」
「そう思うなら、戦っている最中に話しかけ――――――!?」
そう言いかけた星影の目に飛び込んできた光景。屋根の上から弓を構えて狙う数人の男姿。その的は自分後ろに向けられていた。
「――――――おっさん!」
「だから誰がおっさんだと・・・!!」
弓を引く音がかすかに聞こえた。その音に男の頭も気づき声を上げる。
「なっ!?」
「危ない!!」
交えていた刃を跳ね返すと、星影は自分に抗議している男の方へ向かう。
「うわぁああ!?」
賊の頭をよけるように弓が放たれる。数本の矢が唸り声を上げて襲い掛かる。星影は寝巻き姿の男を抱えたまま廊下の方へと飛びのけた。
「ぐおおお!?」
星影と寝巻き姿の男は廊下に叩きつけられた。その足元には数本の矢が突き刺さっていた。
「これは・・・!」
「毒矢か・・・危なかった。」
矢先は黒光りしていた。
「この毒は――――鴆か・・・?」
毒性の高い毒。それを使ってまで襲ったということは―――――
(どうやら、厄介な男を助けたらしいな・・・!)
「怪我はありませんか!?」
「いや、大丈夫だ。・・・その、すまなかったな・・・。」
「いいえ。私の方こそ失礼なことをしてしまいました。」
照れくさそうにいう男に笑顔で星影は答える。
「クソ!はずしたか・・・。」
そんな二人を忌々しそうに見つめる賊の頭。
「卑怯だぞ!一対一の剣の勝負に弓を使うなど!!」
「黙れ!暗殺に卑怯もクソもあるか!!」
「あ、暗殺だと・・・!?」
賊の頭の言葉に、唖然とする星影。
(やはり、このおっさんを狙ったのか!)
「ふぜけるな!お前の思い通りにさせない!!」
「フン!お前も、あの護衛どもと同じだな・・・!」
その言葉に星影は、生暖かい死体の感触を思い出す。
「貴様が・・・・宮廷兵を殺したのか・・・!?」
「だったらなんだ?こっちは、報酬外のことをさせられて、いい迷惑だったぜ!」
「貴様!!」
(人の命を、金感情で決めるというのか!?)
「わかったらそこをどけ!その男と心中でもしたいのか!?」
「――冗談じゃない・・・!ここで死んでたまるか!!」
賊の頭の言葉に、星影の怒りが着火する。
「貴様のその首を叩き落して市街にさらし、その見物料を貴様が殺し者の遺族に渡す!!」
吠えるように言う星影に、一瞬、相手は目を丸くするが――――――
「そうかい・・・・どかないということか・・・・。」
ニンマリと笑うと、大声で言った。
「それならまとめて殺すだけだ!やれ!!」
賊の頭の声を合図に、星影と寝巻き姿の男目掛けていっせいに弓が振り注ぐ。
男を抱えて素早く柱の陰に隠れる星影。
「どうする気じゃ!?このままでは殺されるぞ!?」
狼狽する寝巻き姿の男。それとは対照的に、星影は落ち着いた表情で言った。
「大丈夫です。私の怒りが見事に点火しましたから。」
「お主の精神状態と、今の状況とどう関係あるんじゃ!?」
「ハッハッ!大有りですよ・・・・!」
そう言って笑う星影。その表情を見て、寝巻き姿の男は息を呑む。相手はさわやかに笑っていたが、その目は、笑ってはいなかったからだ。
「さぁ〜て・・・反撃といきましょうか?」
両手の関節を鳴らしながら、力強く星影は言い放った。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!!
小説を書いていると、どうしても、長々とした内容になってしまいます(汗)
ダラダラ書いてますが、どうぞ、お付き合いください。
※小説を読んでいて、誤字・脱字・文章のつなげ方がおかしいよ、という箇所を見つけられた方!
こっそり教えてください(苦笑)
ヘタレで、すみません。。。