第百九話 四面楚歌を打開しろ
待ち焦がれた皇太子の味方達は、見慣れる黒衣の衣を着た2人を敵とみなした。
そんなことをされては困ると、琥珀や兵士たちの言葉をとっさに否定した星影。
「彼らの手を出すことは、この私が許さない!」
冷静に考えれば、もっと自分の立場を考えるべきだった。
ただでさえ、前回陛下を助けたことで目立っている。
さらに、平陽公主と争ったことで目立ちすぎている。
(それなのに、うっかり賊だと思われても仕方ない林山達を庇ってしまった・・・!)
失敗したと思って我に返るのと、呆れ気味に琥珀が声をかけたのは同時だった。
「わかったよ、林山。」
「林山・・・!?」
「おいおい・・・。」
(あのバカ!)
驚く琥珀や兵士、呆れる義烈をよそに本物の林山は唇をかむ。
(俺達を庇えば、お前まで疑いをかけられるだろう!?)
星影の行動に、多くの者がそう思っている中、目の前に立たれた琥珀が口を開いた。
「よくわかった。そういうことか・・・。」
静かな口調で琥珀は言うと、足元に転がっていた刀を拾い上げながら言った。
「手出し無用とは・・・・つくづく、武人の気質が強いのだな、林山?」
「え?」
「いいでしょう・・・。君は、陛下も認める武術の達人。」
「こ、琥珀?」
「決着をつけなさい。」
「・・・は?」
そう言いながら、落ちていた武器を差し出す琥珀に星影の思考は停止する。
「決着・・・?」
(誰と?)
「そこまで君が、自分の獲物を他の者に譲りたくないと言うなら・・・私達が見ているこの場で倒して見せなさい。」
「えっ!?」
「見つけた敵は、最期まで面倒見ると言うことだろう?短い付き合いだけど、わかっているよ。」
「わかってねぇよっ!?」
差し出される剣と、琥珀の生暖かい笑顔を見ながら抗議する星影。
「何お前!?宦官の俺に闘えって言うの!?」
「出来ないはずはないだろう?陛下をお助けした時のような手さばきで、すればいいじゃないか・・・?」
「琥珀!俺がそこまで戦い馬鹿だと思ってるのか!?つーか、常識で考えれば・・・」
そう言いかけて星影は思い出す。
「林山、私は何か間違ってることを言ったかね?君に普段の生活を見てきた上での、率直な意見なのだが?」
自分の日ごろの行いを。
「間違ってるかい?」
「間違ってませんね、この野郎・・・!」
(言い返せない・・・!!)
涼しい顔で言う相手に、至近距離で睨みながら認める星影。
今さらながら、常識を守っていればよかったと嘆くがもう遅い。
自分に刀の柄を向けながら言う相手に、最悪の事態は回避できたけど、とんでもない誤解だと思う星影。
対する林山は、宮中での星影の評価はそんなことになっているのかと、良くも悪くも最悪な気持ちになる。
しかし、いつまでも感傷に浸っている間はなかった。
「そういうわけで皆様、賊の捕縛、武名も名高い宦官の安林山殿が闘うそうです!」
「おいぃ!?勝手に話を進めるな!」
有能な友達は、星影の意思に反する状況を作り始めていた。
「違うのか、林山?皇族へ無礼を働いたものに、宮中の奴隷である私達が噴気しないわけがないだろろう?」
(こ、こいつ!)
冗談じゃないわ!
(琥珀の言う通りにしたら、林山と剣を交えることになってしまう!)
可愛い妹のお婿さんにして、親友である友と戦うなんてできない。
「馬鹿言うな!私は宦官だ・・・戦わ――――――!」
「それはいい!」
琥珀の言葉を否定する声を、歓声がかき消した。
「安林山殿!俺はあんたの戦う姿が見たい!」
「嘘か本当かこの目で確かめさせてくれ、武闘派宦官!」
「それ!賊が逃げれないようにしろ!」
「囲め、囲め!」
「我らが人の垣根となるのだ!」
「誰も、安林山殿と賊共の一騎打ちを邪魔するな!させんぞ!」
「「えええっ!?」」
まさかの周囲からの協力に、思わず声をそろえて叫ぶ星影と林山。
(せ、星影お前って奴は~!どこまで、俺の名前で無茶をしてきたんだ!?)
(待て待て!これはさすがの私も予想外だよ!?)
目で怒る本物の林山に、林山に成りすましている星影が必死に弁解する。
「さあ、林山。構わないから・・・」
「だ、だめだ、琥珀!それは――――!」
「出来ないのかい?」
「そうだ!」
「それもそうだね・・・それはいささか、私の言葉が過ぎたよ。では、従来通りのやり方で兵の方々にお任せしよう。」
「じゅ、従来通りって?」
怪訝そうに星影が聞けば、彼は笑顔で片手を上げる。
「この場で殺す。」
「もっとひどくなってるー!?」
「弓を持て!」
そして、琥珀の動きに応じるように周囲から弦を張る音が響く。
「男子禁制の宮中への侵入は死罪!!合図したら射掛けよ!!」
琥珀の声に合わせ、円陣となっていた兵達がその中心部の2人へと焦点を合わせる。
((う、あああああああ!?射殺決定!?))
声にならない心の叫びをする星影と林山。
しかし、まだ希望はあった。
「待たぬか!勝手な真似は許さぬぞ・・・!」
「衛青将軍!」
なんとか、紅嘉の体を押しながら頼りになる武人は言葉を紡ぐ。
「この騒ぎ・・・私に始末を任せてもらおう。」
「衛青将軍。」
「叔父上っ!」
「皇太子殿下を狙ったというならば、慎重にしなければいけない・・・。死んでしまっては、依頼主の情報を取れぬ。」
(そっか!そう言いくるめる方法もありますよね~)
衛青の言葉に、思わずうっとりしていれば、その思いを吹き飛ばす声が流れた。
「恐れながら衛青将軍。その可能性は低いと思われます。」
「琥珀ぅ!?」
頭の良い友が、武人の言葉を否定した。
「現場の状況からして、この者たち以外にも、賊はいたはず。彼ら以外は逃走したのでしょう?」
「そ、それが何だと言うんだ!?」
「安林山。」
焦る星影の言葉に、衛青が鋭くとがめたが遅かった。
「つまり、置き去りにされるような者に、有力な情報を持っている者はいないということだよ、林山。」
「あ・・・。」
(やられた・・・!)
自分の失言を後悔する星影。
こうなっては、もはや弁解する間もない。
それでも彼女はあきらめない。
「だけど、違うんだ琥珀・・・!あいつらは―――!」
「味方だとでも言いたいのか、林山?まさか、どなたかの子飼いの者だとでも?衛青将軍の配下だと言うのかい?」
「琥珀!」
厳しい表情で星影から衛青へと視線を移す琥珀。
「衛青将軍、あの2人は、衛青将軍の手の者ですか?」
「・・・。」
「とてもそうは思えませんよ。」
答えない衛青に琥珀はさらに言う。
「片割れはともかく、覆面の取れた方は・・・まるで町のゴロツキのようです。」
「おい、それ俺のことか?聞こえてんぞ?俺のことなんかよ?」
琥珀に義烈が文句を言うが、それを無視して背の高い宦官は言う。
「仮に、衛青様が手近に置いていられたとしても、十分な働きをされていないのでは?」
「琥珀!?なんて無礼なことを言うんだ!?」
「事実だよ、林山。通常ならば、我らを皇太子殿下の元へ誘導するぐらいの手配は出来るはず。それが出来なかった今、責任問題にも問われますぞ?」
「琥珀・・・!」
(くそ!馬鹿な男も困るけど、できる過ぎる男も困るのよねっ!!)
「それゆえ、もう一度お尋ねします、衛青将軍。皇太子殿下の進退にもかかわるのこ事件、あの黒衣の者達は、貴方様も知る者達でしょうか?」
多くの兵が、部下が、味方が見守る中で武人に問われた言葉。
「衛青将軍は、あの者達をご存じなのですか?」
嘘偽りを求める言葉。
これに衛青は目を細めると、遠くを見るような視線で告げた。
「・・・知らぬ。」
(と、答えるしかないじゃないかぁぁぁ!!)
側近の言葉に、ため息をつくように言葉を紡ぐ。
「私も皇太子殿下も知らぬ輩だ。」
「叔父上!?」
「衛青将軍!?」
(どういうおつもりなの!?皇太子も知らないなどと・・・まさか―――――!?)
「衛青将軍、それは――――――!」
(林山を見捨てる気!?)
大将軍の言葉を撤回してもらうと星影が口を開いた時、彼女の言葉を優秀な友がかき消した。
「衛青将軍がそうおっしゃるならば、これ以上の議論は無意味!」
「琥珀!?」
「あの2人は曲者だ!全員で捕まえろ!」
戸惑う星影をよそに、仲間達へと指示を出す琥珀。
(最悪だ!)
これに琥珀の背後、星影は漠然とする。
(殺すから捕まえろに変わっただけで、この状況が変わったわけではない。)
捕まって、身元が調べられたりでもしたら――――――
(林山の命だけでなく、星蓮も救えなくなってしまう。)
そんなの絶対にいや!!
「2人を捕まえるな!」
そんな思いで星影が叫べば、その場は静まり返った。
しばしの沈黙のうち、最初に口を開いたのは星影の側にいた人物だった。
「・・・なるほど。林山の言う通りだ。」
「琥珀!」
必死な形相の星影に、この場をしきっていた宦官が静かに告げる。
「ここは、安林山殿の意見を取り入れた方がよさそうですね。」
「琥珀!?」
(なにそれ!?こいつ、やっぱりいい奴なの!?)
自分に賛成する琥珀に、かすかな安堵を覚える星影だったが・・・
「林山の申す通り、捕虜は2人もいりません。1人だけ捕まえて、もう1人は殺しましょう。」
「琥珀ぅぅぅ!?」
前言撤回!!やっぱり油断ならない奴だ!
「なんでそうなるんだ!?いつ、私がそう言った!?」
「違うのかい?合理的で聡明な宦官・安林山殿の差配ならば、情報を持っていそうな方を生かして拷問させるだろう。」
「拷問までする気かよ!?どっちを殺す気だ!?」
「もちろん、顔を隠してる方だろう。」
「えっ!?」
「俺!?」
指名したのは、よりによって自分の身内。
「な、なんであっちなんだ!?ごろつきの方でいいだろう?」
「誰がごろつきだ、不良宦官!」
「お前にだけは言われたくないっ!な、なぜ、あの男なんだ!?どういう基準だ!?」
「どうといわれても・・・基準、基準となれば・・・」
星影の問いに、腕組みしながら琥珀は言った。
「情報を持っていそうな方だから・・・下っ端気質は、ちょっと・・・」
「下っ端気質!?」
組んだ腕を解き、指でバツ印を作りながら笑顔で告げる琥珀。
「俺の方が、格下に見えるってか!?」
「ぶはははは!そうかそうか、周りから見れば、オメーは俺の子分かぁ~!?」
これに林山は怒り、義烈は大爆笑した。
「笑うな!ケンカ売られてんだぞ!?」
「ひっひっひっ!俺は貶されてねーぜ?そもそも、お前頼りないから~ひっひっひっ!」
「くっ・・・!」
(確かに・・・林山は心もとないところもあるといえば、あるわね・・・)
気の毒だとは思いながらも、否定してやれない星影。
しかし、事態は笑えるような状況ではなかった。
「それでよろしゅうございますな、衛青将軍?敵の1名は捕縛、1名は始末させていただきますぞ。」
「琥珀!?」
合意を求める言葉を、武人に投げかけていた。
「やめろよ!いくらんでも、そんなことをお許しになるはずが・・・!そうですよね、衛青将軍!」
否定して!
その一心で、表情を変えない男を見るが・・・
「・・・好きにせよ。」
「!?」
期待していた言葉とは、違う答えが発せられる。
「叔父上!?それではあまりにも――――――――」
「これ以上は、危のうございます拠様。」
「う・・・!」
何か言いかけた皇太子を、きつく睨みながら告げる衛青。
そして、鋭い視線をそのままに子虎の頭をなでる。
「紅嘉。」
「ガウ。」
それで、今までじゃれていたのが嘘のようにあっさりと衛青から離れる猛獣。
そんな虎の子供の頭をなでると、視線を麗しい宦官へと移す。
「安林山。」
真っ直ぐに、星影を見ながら衛青は言った。
「この件の始末は、君がつけなさい。」
「え?」
「この場の責任は私がとる。」
「え、衛青将軍?」
「王琥珀、安林山殿に剣を。」
「はい。」
衛青の言葉に、琥珀は彼の部下から受け取った一振りの得物を差し出す。
「使いたまえ、林山。」
「そ・・・それってつまり―――・・・・!?」
引きつる顔で星影は聞く。
「私に・・・彼らを捕えろと?」
恐々聞けば、低くて心地のいい声で衛青が告げる。
「戦いなさい。」
(わ、私に殺し合いをしろと!?)
一番聞きたくなかった言葉。
固まる本人をよそに、周囲は異様な熱気に包まれる。
「そうだ!殺せ!」
「皇帝陛下のおひざ元での無礼の限り!殺すべし!」
「反逆者に死を!」
「天誅!天誅!」
「さばけ、安林山!」
構えていた弓を下げ、槍や刀を点に向けて動かしながらはやし立てる兵士達。
「林山。」
「・・・琥珀・・・。」
「さあ。」
そう言われ、剣を差し出される。
(これを手にしてしまえば、私は・・・!)
林山と戦わなければならない。
「陛下に忠誠を誓っているなら、出来る筈だ。」
「琥珀、俺は・・・!」
「わが友よ!」
そう叫ぶと、突然琥珀は星影を抱きしめた。
「な、なにす―――――!?」
「このまま黙って聞け、林山。」
小声で琥珀は星影に呟く。
「兵達の中には、君に疑いを持つ者がいる。」
「え!?」
「未だに、賊と内通していると考えている者達がいるのだ。」
「しつこいな!?まだ引っ張っる気!?」
「静かに!・・・彼らを納得させるためにも、君が闘うしかないのだ・・・!」
「だからって・・・」
「1人殺すだけでいいんだ。」
「琥珀?」
「1人殺せば、君は『信用』を得られるのだ・・・宮中で無事に生きられるのだ。」
「な・・・!?」
「それが、後宮と言う場所だ。」
残酷に表情なく囁かれた言葉。
何か言い返そうと、琥珀を押しのけた時だった。
「こい!宦官!」
「なっ・・・!?」
背後から放たれた殺気と声に、星影は反射的に身構える。
「俺は・・・・宦官ごときには、殺されない・・・!」
(林山・・・・!?)
そう告げるのは、家族同然とも言える妹の愛しい人。
「相手をしてやる、宦官・・・!」
(・・・まさか林山・・・琥珀の唇を呼んで、話を理解したの・・・!?)
かすかに瞼を動かして聞けば、それに林山も小さく答えた。
(星影・・・!)
(林山・・・・。)
何かを訴えるまなざしで見てくる親友に、星影の動揺も収まる。
「いいだろう。」
ざわめき辰周囲の声をかき消す鶴の一言。
「劉一族に・・・皇帝陛下へ害なすものは、私が倒す!」
そう告げると、琥珀の手にあった刀を優雅な動作で受け取る。
「いざ尋常に・・・・」
「勝負!」
こうして、互いの意に添わぬ戦いが始まった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!!
お互いの立場上、戦うことになってしまった星影と林山義姉弟。
林山を思い、戦うことを躊躇した星影と、星影のために戦いを挑む手段を選んだ林山。
親友同志である2人の行方、次項に続きます。
※誤字脱字、発見した方、通報して頂けるとありがたいです。ヘタレですいません!!※