第百六話 能ある鷹はナンパする
不意を衝いて攻撃してきた義烈。
そんな男に短く答えると、相手が突き出してきた槍を足で踏みつける星影。
「なっ!?」
目印にした赤い房飾りに、自分の足の裏を乗せる。
槍の軌道を見やすくするためにつけられた飾りも、星影にとっては土台のしっかりした踏み台でしかない。
「安林山殿、なにを―――!?」
「テメーまさか――――・・・!?」
「はっ!!」
赤い房飾り踏みつけると、義烈へと続く柄の上を素早く駆けのぼる。
利き足を相手へと向けた。
「お返しだ!」
標的めがけて、顔面に膝蹴りを食らわせる星影。
「おわ!?」
(ざまーみろ!)
驚く相手の声に、溜飲下がったと彼女は清々する。
これで一矢報いたと、安堵したのが・・・
「あれっ!?」
「――――――はずれっ!」
そう思ったのは一瞬のこと。
膝に当たる空をきる感覚。
手ごたえのなさと揶揄する声に、自分の攻撃が利かなかったと知る星影。
「残念だったな!」
膝が当たる一歩手前、義烈は星影が膝蹴りを入れるのに合わせ、体を後ろへと傾けていた。
星影の攻撃はよけられていた。
「寝てろ!」
意気揚々と義烈は叫ぶと、自分の槍に乗っている星影を払い落とす。
「寝るか!」
これに星影も反応し、槍の上から滑り落ちた体の修正をはかる。
その身を空中で大きく回転しさせて、姿勢を変えた。
「はあっ!」
それで、義烈の間合いから逃げられたが・・・
「オラぁ!」
体を後ろへ倒したままの義烈が、星影と同じく、体勢を整えながら背後へと後ろ飛びする直前。
「死ねっ!!」
手にしていた槍を、星影めがけて投げつけたのだ。
「あ。」
侠客の放った槍は、地面に着地した星影へと一直線に迫る。
一瞬硬直したが、故郷で女傑と評された武術家は強かった。
「貴様が――――――――――――決めるな!!」
相手の言葉に、自分へと向かう槍へと、突進しながら叫ぶ星影。
「安様っ!?」
「安林山殿!?」
「――――――――――ほっと!」
驚く周囲の前で、星影は義烈の投げ槍を受け止める。
「おお!?」
「受け止めた!」
「もう一度お返しだ!」
鬼気迫る顔で槍の柄を握りしめると、折り返すように義烈へと槍を投げ返した。
これに侠客は――――――――――
「やるなっ!?」
不敵な笑みで答えた。
攻撃してきた星影に、戻ってきた自分の槍を楽々と受け取ることで答える義烈。
「こっちもお返しだ!」
感心したように言ってから、槍を持つ手とは反対の手を動かす。
「镖!?」
「ご名答。」
逃げた敵を攻撃した義烈の手裏剣。
今度は星影へと投げつけられた。
「目くらまし目的か!」
「悪いかよ!?」
とっさに判断しながら叫び、飛んできた刃物をはじく星影。
そこへ、払いのけた態勢でいるところを狙って義烈が飛び込んでくる。
同時に、義烈の蹴りが星影の顔へと迫る。
「あっ!?」
(狙いはこっちか!?)
これを防御するため、槍を両手で持ち、柄の部分で義烈の足技を防いだが――――――――
「ありがとうよ!」
その瞬間、男が笑った。
「えっ・・・・うあ!?」
そのことを、理解しようとする前に体に振動が伝わる。
(こっちが本命っ・・・!?)
見れば、自分が突き出した槍が真っ二つに割れていた。
これで、義烈にへし折られたのだとわかった。
「うっ・・・!?」
「もらった!」
受けた衝撃で体を揺らす星影に、義烈の槍が頭上から振り下ろされた。
ニヤリと笑う侠客に、宦官の表情も変わる。
「やるな――――――――曲者!」
「あん?」
普通ならば、槍を折られたことに驚き、相手の攻撃から逃げてしまう。
そして、逃げ腰のところをやられてしまうのだが、星影は違っていた。
「ほっ!」
「なに!?」
(この宦官、片腕を盾にした!?)
利き手でない方の手で、義烈の槍を受け止める。
そして、普段から優先的に使う方の手で、義烈の脇腹に拳を叩き込んだ。
「ぐあっ!?」
それで義烈の顔がゆがみ、手から槍が離れた。
「終わりだ!」
そう叫び、自慢の利き腕を、もう一度男に叩き込んだ。
しかし、今度は星影の顔がゆがむ。
(また、手ごたえがないっ!)
打ち込めたが、完全に男の意識を飛ばすほどではない。
「き、利いたが~・・・・どりゃあっ!!」
多少の痛手は与えたようだが、義烈はうめき声を漏らしただけで耐えた。
同時に、自分の体の重心を星影に掴まれている足へと移す。
「おらっ!」
「あっ!?」
そのまま強引に、掴まれている足をばねにして回転した。
(マズイ!私まで、巻き込まれる!)
回転による摩擦の強さに、危険だと判断して星影は義烈から手を放す。
そしてすぐさま、組手で構える星影。
義烈も義烈で、腹を抑えながら地面に舞い降りる。
「ゴホっ!ウエ・・ゲェ、ゴホ!!・・・あ~良い拳だな・・・?」
「そっちこそ・・・攻撃しても、手ごたえを感じないよ。」
そう言って笑いあいながら、お互いを見据える侵入者と宦官。
膠着状態の中、相手の様子をうかがいながら動きを止める。
(賊の排除を含め、今までのやり取りで、ずいぶん体力を消耗した・・・)
義烈の動きに神経を集中させながら星影は考えた。
(しかし、体力の削り合いをしたという点では、凌義烈も同じこと・・・!)
戦でも、数が多いからと言って勝てるとは限らない。
太公望しかり、孫子しかり。
(この戦いも、勝つ糸口さえ、私が掴めばいい。)
私が勝者にさえなれば――――
(林山が、星蓮奪回のために同盟を組んだ協力者と、これ以上やりあわなくて済む。)
「あ・・・安様っ!頑張ってください!」
「ぎ・・・あ、相棒!それ以上無茶はするな!」
真剣に戦う二人に、それぞれの味方(?)から声援が飛ぶ。
両手を合わせえながら健気に言う玲春と、義烈と名前で呼ぶのはまずいと思って不自然な呼び方に変更する本物の林山。
それに、目だけを動かしながら相棒と呼ばれた義烈が笑う。
答えるように笑ったのだが、声をかけたのは別の相手だった。
「よぉ、可愛いお嬢ちゃん。」
「え?」
それは、心配そうに星影を見ている可憐な少女。
「お嬢ちゃんのことだよ、お嬢ちゃん!女官のお嬢ちゃん?将来有望な美女候補じゃねぇか~!?」
「玲春殿のことか・・・?」
戸惑う玲春の代わりに聞けば、ヒューと口を鳴らしながら義烈は言った。
「わかってんじゃねぇか、宦官ちゃんよ。なぁ、どうやって誘惑した?」
「はあ?」
「ゆ、誘惑っ!?」
義烈の問いに、星影は怪訝な表情になり、玲春は赤面する。
「女ばっかの世界じゃあ、玉がない男でも恋しいのかな~女官のお嬢ちゃん?」
「な、なんと破廉恥なことを、申されるのです!?」
「くっくっく!その反応、男を知らないのね~?俺が教えてやりたいぜ。」
「かっ・・・からかうのはおやめ下さい・・・!私は・・・!」
「おーおー!か細い声出しちゃって~怖かったかな?悪い、悪い。」
「ち、違います!怯えてなど・・・」
「無理すんなよ、声震えてるぜぇ~?いいぜ、お詫びに逢引しよう。」
「ええ!?」
「今夜は無理だけど、次会った時に好きな場所に連れてってやんよ。なんなら、俺のところに来るか?女官ちゃんよー?」
「そ、そんな、私・・・!」
「いい加減にしろ!!」
狼狽する少女に代わり、侠客と対峙していた宦官が怒鳴る。
「衛青将軍のみならず、こんなうら若いお嬢さんまで馬鹿にする気か!?」
「なんだい?いい男なら、いい女口説くのは常識だろう?お前も、その口じゃねぇか?」
「ふざけるな!誰がするかっ!」
「あ、安様!?」
星影の言葉に衝撃を受けている玲春に気づくことなく、彼女はさらに言葉を紡ぐ。
「宮中に来てまで、女人に声をかけるなど・・・他にすることないのかお前はっ!?というか、宮中に来るなら1人で来いよ!他人まで巻き込んで・・・顔に似合わず寂しがり屋か?」
からかってきた相手を、逆に鼻で笑う星影。
倍返しで言い返す。
これに肩をすくめながら義烈は告げる。
「どっちかといえば、お守りだけどな。いつも、こんな危ねぇことはしねぇんだけどよ・・・」
「・・・やり慣れてないことをすると、怪我をするぞ?」
「可愛いなぁ、あの女官ちゃん。よぉ、俺が勝ったらさ~ほしいもんがあるんだけど?」
「玲春殿は人だ。品物ではない。」
「知ってるよ。なぁ、賭けねぇか?」
「賭けだと?」
「俺ぁ、ほしいものができた。お前に勝ったら頂こうと思う。どうだ?」
「それが遺言だな・・・!?」
「へっ!聞く気なしかよ?まぁいいさ・・・俺が勝てばいいわけだからな・・・!」
厳しい顔で星影が言えば、邪悪な顔で義烈が笑う。
(賭けってお前・・・)
義烈と親友のやり取りに、見守っていた(?)林山は思う。
(もはや、自分のためだけに動いてるだろう――――――――――――!?)
遊んでる!
絶対、こいつは遊んでいる!
注意しようと思ったが、言ったところで彼らが聞くとは限らない。
そもそも、口出しできる状況じゃない。
「覚悟しろよ、曲者・・・!これ以上の暴言・・・もはや許さん・・・!!」
現に、自分の親友は怒り狂っている。
(星蓮・・・もしかしたら俺は、こういう奴らを呼び寄せる星の下にいるのかもしれない・・・)
予測不可能な展開に、黄昏るしかない林山。
そんな彼をよそに、星影は一歩踏み出して、義烈へと拳を向けながら言う。
「そのふざけた小寝言、叩きなおしてやる。」
「クックックッ・・・!ホント・・・宦官らしくねぇ――――・・・」
これに義烈も答え、その笑みが消えた瞬間。
「――――――――――――――――――――良い根性だぜ!」
星影へと突進していた。
「望むところだ!!」
これを迎え撃つ形で星影も走り出す。
「うらぁ!」
「でりゃあ!!」
繰り出された星影の拳を、義烈は片腕で受け止める。
対して、義烈が星影に突き出した拳もまた、星影の片腕で防がれた。
「くっ・・・!」
「ふっ・・・!」
互いの利き手を、伸ばして防いでを繰り返す侠客と女傑。
(こいつ、一体なにがしたいんだ・・・?)
武術の腕は申し分ない。
頭が悪いというわけではなさそうなので、いたずらに時を稼いでいる場合ではないことを、わかってはいるはずだ。
それならばなぜ、あえて私と勝負するか?
林山が言っていた味方には間違いないだろうが・・・
(どうもいまひとつ、実態がつかめない。)
伯燕と呼ばれている琥珀のことのように、底が知れない。
(やはり、林山と別行動したのがよくなったかしら・・・)
一緒に宦官になるわけにもいかなかったので、身分だけを借りて自分だけ潜入した。
婚約者のために何かしたいという義弟の言い分を聞き入れ、街中での捜査という大義を与えたが、彼が持ってきた結果を見る限り、正しかったと言い切れない。
(こいつが本当に、星蓮救出のために役立つのか・・・!?)
「おい。」
そんなことを思案している星影に、蚊の鳴くような声で目の前の男がささやいた。
「お前が、安林山だろう?」
「え?」
「お前が、安林山でいいんだろう?」
「・・・なに?」
「・・・皇帝陛下を暗殺者から救った宦官だな・・・?」
そう尋ねる表情は、それまで見せていた顔とはまるで別物。
真面目な声と口調、声を小さくして真剣な表情で聞いてくる姿。
意表を突かれたような感覚に、星影は妙な胸騒ぎを覚えるだった。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます・・・!!
今回のサブタイトルですが、『能ある鷹は爪を隠す』をもじったもので、『能ある鷹はナンパする』です(笑)
星影と戦う義烈が、玲春を軽く口説いています。
ふざけているようでふざけてない男の行動に、星影も戸惑っているようです。
よろしければ、次回も読んでみてください(照)
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ヘタレですみません・・・(土下座)