第一話 姉妹
序章
時は武帝の世、漢王朝が最も栄華を極めた時代でございました。
藍田というところに大変美しい2人の姉妹が住んでおりました。
姉妹は藍田では有数の大商家・劉家の娘で、その美しさゆえに人々は、姉の劉星影を『蝶』、妹の劉星蓮を『花』と愛称し、2人合わせて『藍田の蝶花』と呼んでいたそうです。
針を持たせれば羽衣のごとき代物を作り、琴を弾かせればその美しき音色に小鳥はさえずりを忘れ、舞を舞わせれば香蛾(天女)のごとくと、大変な評判でございました。
どこの名家に嫁がせても恥ずかしくないほどの気品を持つ、才女の名にふさわしい姉妹でしたが―――――
・・・ただ一つだけ、『普通』とは違うところがありました。
剣が大きく弾かれる。そのまま宙を舞い一直線に地面へと突き刺さった。
ここは藍田にある中央広場。先ほどからこの場所で、人々が見守る中二人の人物が戦っていた。一人はここ最近、藍田を荒らしまわる山賊団の頭目。そしてもう一人は虎模様の鞘を腰に下げた若者。そんな2人の戦いは、今の一撃で勝負がついたらしく、剣を弾かれた山賊の頭目は、対戦相手である若者に剣の切っ先を突き付けられ、その場に膝を突く。
その様子を見ていた周囲は一斉に歓声を上げる。うずくまる山賊の頭目に人背を向け、若者がその場を去ろうとした時だった。
頭目は、最後の悪あがきと言わんばかりに、自分を倒した相手へとなりふり構わずに襲い掛かる。それに気づき、周りの者たちは叫ぶ。若者が振り向く。山賊の頭目が雄叫びを上げて切りかかる。
全員が目を見張った瞬間―――。
男の攻撃はあっさりとかわされたばかりか、逆にお返しとばかりに強烈な蹴りをくらい、地面に這いつくばるように倒れてしまった。戦意を失った山賊の頭目の元へ、若者は落ち着いた歩調で近づくと、その胸倉を掴んで怒鳴りつけた。
「勝負は私の勝ちだ!約束通りこの町での悪行は許さん!!ちゃんと部下に伝えろ!わかったな・・・山賊の頭目殿・・・?」
若者の言葉に力なく、苦々しく頷く山賊の頭目。
それを確認すると、相手の胸倉から手を離す。
「悪いがお前達は役人に引き渡す。今までの報いをしっかりと受けるがいい!」
そして去り際に、はき捨てるように言い放った。
「・・二度とこの町と私達姉妹に近づくな・・!!」
そう・・・山賊の頭目を倒した若者こそ、藍田で誉れも高い『藍田の蝶花』の一人、『蝶』こと姉の劉星影だったのです。この時彼女は、十四歳になったばかりの少女でした。
時は武帝の世、漢王朝が最も栄華を極めた時代でございました。
藍田というところに大変美しい2人の姉妹が住んでおりました。
姉妹は藍田では有数の大商家・劉家の娘で、その美しさゆえに人々は、姉の劉星影を『蝶』、妹の劉星蓮を『花』と愛称し、2人合わせて『藍田の蝶花』と呼んでいたそうです。
針を持たせれば羽衣のごとき代物を作り、琴を弾かせればその美しき音色に小鳥はさえずりを忘れ、舞を舞わせれば香蛾(天女)のごとくと、大変な評判でございました。
どこの名家に嫁がせても恥ずかしくないほどの気品を持つ、才女の名にふさわしい姉妹でしたが―――――
・・・ただ一つだけ、『普通』とは違うところがありました。
それは―――――
姉君である劉星影が、男顔負けの武芸の達人だったことです。
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花々が咲き誇る大きな屋敷。庭には、華やかな色彩のさまざまな花が咲き乱れ、【百花
繚乱】の言葉がまさにふさわしいと言える光景だった。中でも一番目を引くのは、中央にある桃の木々だった。この美しい花々のもとで、人々は口々にお祝いの言葉を述べていた。祝辞の輪の中心にいる男に向かって。
「おめでとうございます。」
「おめでとう!本当におめでたい。」
「本当にこの度はおめでとうございます。」
「皆さん、どうもありがとう。」
集まった人々から述べられるお祝いの言葉に男は満足そうに返礼する。
皆から声を掛けられている男、年の頃は五十を少し過ぎたくらいの貫禄ある雰囲気を漂わせていた。
「今日は私の娘のためにお集まり頂き、誠に恐縮です。」
「なんの!藍田きっての名士、劉伯孝殿のご招待とならば、応じないわけがありませんよ!」
「そんな、大げさですよ。」
「なにをまた!ご謙遜なさって。」
からかうように言う客人達に、劉伯孝と呼ばれた男は控えめに笑みを浮べる。
この劉伯孝という男、地元藍田では知る人ぞ知る人物。代々古くから続く名士の家柄にして、手広く商いを行う大商家の主である。その性格は情が深く、温厚で、義を重んじる人望の厚い人物であった。そして彼こそ―――
「なんせ、あなた御自慢の愛娘『藍田の蝶花』と呼ばれた妹君、星蓮殿のご結婚が決まったのですから!」
『藍田の蝶花』と謳われた姉妹の父親だったのだ。今日はその自慢の愛娘の1人、劉星蓮の結婚が決まったことを報告するための祝いの席であった。親戚はもとより、仕事仲間や先祖の代から付き合いのある人々を集めて、ささやかながらも結婚の前祝をしているところであった。食事の準備が整うまでと、劉家自慢の花々を眺めながら談笑をしていた。嬉しそうにはにかむ彼の元へ、妻である喬桜華夫人も夫の仕事仲間の妻たちに取り囲まれながらやってきた。
「本当にこの人ったら、直前まで結婚にごねていたくせに、決まった途端、何から何まで特注で取り揃えて。私も思わず焼いてしまうぐらいなのですよ。」
おかしそうに笑う妻に、周りの人々もにこやかに言った。
「ほう・・・特注ですか?」
「それでは今回の婚礼は盛大にされるのですな。」
「ええ。するからには、衣装も豪華にすると言ってもう・・・あの通りですの。」
困ったような視線を家の中に送る喬夫人。それに合わせるように、人々も家の中に目をやる。そこには煌びやかな花嫁衣裳と輿入れ道具が用意されていた。どれもこれも美しい玉や絹をふんだんに使っていたが、中でも一番一目を引いたのは花嫁衣裳だった。真っ赤な真紅の花嫁衣裳には金と銀の糸で美しい大輪の花が縫われており、それを目にした人々は、見惚れながらため息をついた。
「なるほど。これは気合の入れかたが違いますな。」
「本当に・・・娘よりもはしゃいで準備をしまして。」
「なにを言う!これぐらいせねば・・・せめてもの親の心遣いだろう。」
「心遣いなんて。親ばかもいいところですわ。」
夫婦のやり取りに客達は笑い声を上げる。
「いやいや、伯孝殿のようなお父上を持てて、星蓮さんもさぞ幸せ者でしょう。」
「しかし、才色兼備の星蓮殿を娶れる林山殿はもっと幸せ者ですな。」
「美男美女ですから、まさにお似合いの夫婦になりますよ!」
和やかな空気の中、話題は自然と子供の話へと移る。
「林山殿も親が決めた婚約者がいたにもかかわらず、それを解消してまで星蓮さんを選ばれたとか。」
「ええ・・・李家のお嬢さんには誠に申し訳ないことをしましたが・・・。」
「なにを言いますか!あそこは親子で評判が悪い!」
「その通りです。伯孝殿や星蓮さんが気を病まれる事はありません!」
周りの気遣うような言葉に答えるように劉伯孝も言った。
「まあ・・・経緯はどうあれ、結果的に林山殿が、彼が私の娘を『幸せにする』と言ってもらってくれたことがありがたいですよ。」
「さよう、ご令嬢の星蓮殿が良縁に恵まれたことには違いありません。」
「ハハハ、本当ですな。そうなると後は姉君の星影殿だけですね。」
何気なく発した招待客のその一言。男の言葉にその場にいた全員がギョッとする。
「あ・・・!?」
「ば、馬鹿!!」
言った男も、その側にいた者も、慌ててその口をふさぐ。
さっきまで賑やかだった場の雰囲気が一気に静まり返る。
皆お互いの顔を見合わせる。否、ある人物の顔色を伺うように一点に視線を注ぐ。
「・・・ええ、本当に。後はあの子だけなのですが。果たして嫁の貰い手があるかどうか。・・・・」
劉伯孝の暗い声に、周囲に張り詰めたような、なんともいえない空気が流れる。
「なっ、何をおっしゃいますか!あああ、あれほどの器量良しですよ!?男がほうっておくわけが――――・・・・」
「そ、そうですとも!婦女としてのたしなみだって、か、完璧なのですよ、星影さんは―――・・・・!」
口々に取り繕うように言う人々に劉伯孝は言った。
「・・・いいんですよ。もうほぼ、諦めていますから。本人もそのようですし。」
ため息混じりに言う彼に、周りの者もお互いに顔を合わせるしかなかった。
そんな輪の外から、少しはなれたところにいたある婦人がそっと自分の夫に囁く。
「・・・ねえ、あなた。劉家のお姉様って、一体どんな方で・・・?」
不思議そうに訪ねるに新妻に夫は苦笑しつつも答える。
「ああ・・・。それがものすごいじゃじゃ馬なのだよ。別名『女虎傑』。特注の虎模様の剣を下げて歩いていることからそう言われているのだ。おまけに男以上に腕が立つ。君は他から嫁いで来たばかりだから知らないが、数年前にここらを牛耳っていた山賊を、たった一人で倒して役人に引き渡したのは他でもない・・・・星影殿なのだからな。」
「まあ!たった一人で?なんて恐ろしいのでしょう・・・。」
新妻は顔色を変えて身震いすると、改めて劉夫婦の方を見る。
「今回妹の星蓮殿が安林山殿と結婚するにあたって、一番もめたのは、姉である星影殿が原因らしいぞ。婿である安家の奥方、丁夫人が、『乱暴娘の妹と大事な跡継ぎとを結婚させられない』と、だいぶ言ったそうなんだ。実際に、安家の息子は金貸しの李家の娘との婚約が決まっていただけに、そこら辺も絡んで大変だったそうだ。」
「まあ、星蓮殿、ご苦労されたんですね・・・なんて不憫な・・・!」
「ああ。だがそこら辺は、林山殿や劉夫妻が丁夫人と粘り強く交渉して、なんとか今回の結婚を許してもらったそうだ。」
「星蓮殿がかわいそうですわ。私だったらそんなお姉様、恥ずかしくて外も歩けないのに。」
顔をしかめて話す妻に、夫は劉夫婦に哀れみと皮肉を混ぜたような笑みで見ながら答えた。
「まったくだ。最も、誰も星影殿には文句は言えないさ。厄介者の山賊を追い払ってくれただけに、恩もあるだろうし、下手なことを言うとこっちがやられてしまうからな。」
そんな会話が劉夫婦に聞こえないよう、あちこちで囁かれる。それに気づいた劉家の主人は周りに聞こえるような大声で、自分の妻を呼んだ。
「この話はよしましょう。それより桜華、星蓮を呼んできてくれ。皆さんにご挨拶をさせねば。」
それまで顔を伏せていた喬夫人だったが、その言葉に慌てるように言った。
「だ、駄目ですわ!貴方。あの子・・・今日は調子が悪いといって、今部屋で休んでいますの。ですから・・。」
喬夫人の言葉に周りがざわめき立つ。
「なんだと?今朝まであんなに元気だったじゃないでか!?」
喬夫人が頷きながら目線を送るのを見て、劉家の主人は何かを理解したかのように目を見開く。
「伯孝殿、私達に気を使わなくていいですよ。」
「そうですとも。調子の悪い時に無理をするのはよくありませんぞ。」
「婚礼が近いので、その準備などで気疲れたのかもしれませんよ。」
幸い、劉夫婦のやり取りに気付いていない客たちは、心配そうに声をかける。
「・・・申し訳ない。一言お礼の挨拶をさせようと思ったのですが、とんだことに。」
「いいですよ。結婚を控えているのですから、今日のところはしっかり休養してください。」
「そうですとも。挨拶はいつでもできますよ。」
「本当に申し訳ない・・。」
「お気になさらないでください。」
そんな周りの反応に、劉伯孝はすまなそうな笑みを浮かべながら言った。
「皆さんのお心遣いには感謝いたします。十分なおもてなしとまではいきませんが、奥の部屋に食事のご用意が出来ました。どうぞ召し上がっていってください。」
「これはありがたい。」
「さあさあ、召使に案内察せますゆえ、皆さん奥の部屋へ。」
劉伯孝が手を叩くと、数人の侍女達がやって来て客達を奥の部屋へと案内をする。人々は皆、口々にお礼の言葉を述べながら部屋の奥へと進んでいく。去っていく客達を笑顔で見送ると、彼は小声で妻に話しかける。
「・・・それで、本当のところはどうなのだ?病気ではないのだろう?」
「ええ・・・それが―――」
言いにくそうにしている喬夫人の代わりに、側に控えていた侍女が恐る恐る答えた。
「・・・実は、お嬢様方は先ほど馬に乗って出かけられまして。」
「なんだと!?馬に乗って出かけただと!?星影だな!?いったいどこへ!?」
声を荒げて問いただす夫に、妻は疲れたように答える。
「・・・さあ。わかりませんわ。」
それを聞くと、彼は呆れたようにはつぶやいた。
「星影め・・・嫁入り前の妹を連れ出して、いったいどうするつもりなのだ・・・!?」
花々が満開に咲き誇る庭の中。そこで一番目を引く桃の木の傍で、力なく肩を落とし、途方にくれる劉家主人の姿があった。
はじめまして。
この度は、小説を読んでくださり、ありがとうございます!
はじめて掲載したのですが、かなりドキドキしております。
もしよろしければ、この小説に関する感想を教えてください・・・!!
※誤字・脱字・おかしい文のつなげ方を発見された方!!
こっそり教えてください・・・!!