第一部 その1
6月。初夏の日差しが斜めから照りつける午後3時。グランド整備をしていた準の足元にボールが転がってきた。「早くよこせ!!」
先輩の怒気を含んだ声がとんでくる…。年が上なだけで傲慢に振る舞う3年を不快に思いつつも、準は
「すいません。」
と、謝ってから蹴り返した。美しい弧を描いたボールは3年生の胸にきれいに収まった。それに対してなんの反応も感謝も見せずに3年は踵を返してゲームに戻っていった。
準は心の中で舌打ちしながら、現在の惨めな有様を実感し、今までのサッカー人生を思い起こしていた…。
サッカー王国静岡県の磐田市で坂本準は生まれた。
サッカーを始めたのは、それから8年後、小学3年の時だ。
きっかけは地元クラブの熱心なサポーターである父の勧めだった。
準が入った少年団は最初、素人の寄せ集めで、サッカーと呼べるものではなかった。しかし、熱心な指導者とチームメイトのやる気のおかげで、高学年になる頃には大会で結果を残すまでになった…。
そんな中で、準はメキメキと頭角をあらわしていった。チームの中心選手となり、監督やチームメイトの信頼を得るようになると、キャプテンや10番を任せるようになった。
無名の雑草チームが、県レベルの大会で活躍できたのは準のおかげだろう。
中学生になった準は、部活動よりもレベルの高い、クラブチームでプレーすることを選んだ。
小学生の頃とは違い、個人個人がそれなりの実力と個性を持っているため、入団当初は戸惑い、思うようなプレーが出来なかった。
しかしチームに慣れ、本来の実力を発揮出来るようになると、実力社会であるクラブチームの中でのし上がっていく快感を覚えはじめていった。
活躍さえすればたくさんのチャンスが与えられ、活躍できなければ見捨てられる… この単純でシビアな世界を、準は楽しみ、勝ち残っていった。
中学卒業まじかになると、準には沢山のチームからのオファーがあった。その中には父のひいきチームの下部組織の名もあったが、準は地元の名門私立高校を選んだ。理由は、高校生活が保障されることと、国立の舞台を目指すことができるからだ。
練習環境はクラブチームに比べと劣るが、実力を発揮するには高校でのプレーの方が向いていると思っていた。
しかし、現実は違った。スポーツ特待生で呼ばれたからには、当然入学早々から十分なプレー時間とチャンスが与えられるとおもっていたが、そうではなかったのだ。
1年生は実力に関係なく、部活動の大半をグランド整備や、道具の準備・片付けに費やさられ、試合ではボール拾いをやらさる…
自分がたくさんいる特待生の中の一人だということ実感させられた。
準は、貴重で短い3年という月日を無駄に削られていくのを、歯がゆい思い出感じていた…
再びグランド整備を始めた準に、遠くからマネージャーの声がかかった。