第五話 デート後に。
なんとか日付が変わる前に家に着いた。俺の買い物は三十分程で終わったが、そこからが長かった。
「よし!じゃあ今日はあの雲を追い掛けようー!」
さすが美貴。その発言はまさにファンタジスタ。予測がつかなかった。俺達はひたすら雲を追い掛けた。日が暮れても月明かりで追い掛けた。
楽しかった。いつも美貴に振り回されてばかりだが、俺とあいつはそれを楽しみ、喜び、惚れていたんだ。
さすがに雲を見失う時間になると俺は美貴を家に送った。
そして美貴の家の下で何時も通りにキスをした。
美貴の照れた笑顔が一段と可愛かった。美貴の恥じらう表情を独占している。幸せだ。
「純。こっちに来い。」
親爺の声で現実に戻った。靴を脱ぎ、自分の部屋に向かう俺を親爺が呼んだ。せっかく幸せの余韻に浸っているのに、何だってんだ?
「また、直樹様に歯向かったのか?」
――直樹の野郎。大王にチクリ入れやがったな。
「まったく。何度言わせたらわかるのだ?直樹様は高貴な方。その身分に慢らず人間共の世界を学んでいる勤勉な方だぞ。いずれ、お前はあの方の下で働く。これ以上問題を起こさないでくれ。」
いいや。あいつはそんな賢者ではない。確実に愚者の部類だ。弱い人間の前で力を使い、下卑た優越感に浸る糞野郎だ。もしくは人間の女とやりたいだけさ。
「わかったよ。少し感情的になっただけさ。明日、謝罪しとく。」
心にもないことを言った。
俺はこれ以上親爺に迷惑はかけられない。自分の屈辱なんて、親爺の味わった屈辱に比べれば、豆みたいなもんだ。
「……それだけか?」
親爺が言った。何かを含むような言い方で。
どうやら、面倒くさいことになりそうだ。
「わかったよ。仕事だろ?今日は何個だ?」
親爺の口角が上がる。親爺の狙い通りに動かせたからだろうな。
親爺は立ち上がり、電話が置いてある棚に歩いた。棚から一冊のノートを取り、俺に投げた。俺は手に取り、表紙に目をやる。
〈回覧板〉
俺は深く溜め息をつく。だって回覧板だぜ?そりゃあーご近所の死神達から回ってくるけど、もう少し他に適切な表現なかったのかよ?人間の人生の最後が、こんなノートに書かれてちゃあ、人間も不憫すぎないかい?
俺は回覧板を開いた。
最初のページは他愛もない挨拶だ。また溜め息をつきたくなった。
次のページから今月、死ぬ人間がリストアップされている。
日時。場所。個数が表記されている。名前は書かれていない。必要性がないからな。
死神達には必要がないからだけだが、俺にとってはありがたい話だ。名前なんて表記されていたら俺は気が狂う。
次、俺達の領域で死ぬ人間は一つだけのようだ。
明日。午後一時。場所は家から十分程の大きな道路だ。
まいったな。学校を抜け出すことになりそうだ。母さんがこの場にいたら話はなくなっていただろうに。母さんがいない時にこの話を持ちかけたのは狙ったな?
「純。明日は一人でこなしてこい。お前はもう死神なんだからな。」
心で深い溜め息をつく。
まぁいい。借りは借りだ。自ら蒔いた種ぐらい、自ら刈るさ。
仕事を早くすませて、部活に間に合えばいいさ。