第四話 エゴと正体。
夕方――。
定時になって、一日の練習がようやく終わった。今日も全身から汗を滝の様に吹き出した。へたれ込む様に俺はコートに寝そべった。
「雄司。今年こそ、インターハイに行くぞ。」
俺と対をなすように寝そべっている雄司。
「あぁ。インターハイには行ける。間違いなく。」
雄司の返答は何か素っ気ない。疲れからきてる訳じゃない。
「全国制覇はまだ遠いか?後輩達もかなりの戦力になってきた。何せ、俺達の練習は地獄だからな。まだ遠いか?」
「――いや。後輩達はこれ以上ないくらい成長してきている。問題はない。」
「はぁ?じゃあ、あとは何が足りないんだよ?」
少し間が入った。そして雄司の口調はいつになく真剣になり、こう言った。
「足りないところは、お前だよ。純。」
――俺?
俺の何が足りない?雄司レベルにはいかないが、全国の奴らと対等に渡り合える自信はあるのに。
「俺の何が足りないってんだ?」
俺は体を起こし、少し熱くなり聞いた。熱くもなる。誰よりも、何よりも、雄司に言われたくなかった。想いは、夢は、同じだからだ。
「純。お前にはエゴが足りない。」
――エゴ?
「お前には自分を貫き通すエゴを感じられないんだ。コート上の敵は全て蹴散らす。極端に言えば、仲間に頼らず、自分一人で勝つ。ゴールは全て自分が決める。そんな気概や気合いが感じられない。――だから、俺には勝てないんだ。」
エゴ、か。人間の我儘だろ?自分の為に、自分の為に。確かに、どこかで俺は雄司の為に、って気持ちがあるのかもしれない。それに雄司はコートの上で完全にエゴイストだ。
痛いとこを突くな。つまりは〈人間らしさ〉が足りないって事か。
「――純。まだある。俺が知らないとでも思っているのか?」
雄司も起き上がり、俺の目を見つめて言った。この目はマジだ。
「何のことだよ?」
深い間を入れて、雄司は神妙な顔で、こう言った。
「お前、本気出してないだろ?」
――!
何だって?まさか。わかるわけがない。人間に気が付かれる訳がない。
「ガキの頃からの付き合いだ。俺にはわかるんだよ。純はいつだってマジだ。それは間違いない。だけど俺は知ってるぜ?お前が――。あーー、何て言ったら表現できるかわかないけど――」
雄司は汗だくの髪の毛を掻き毟りながら言った。
「――何て言うか、人間離れした力?みたいな、火事場の馬鹿力的な、すげー力があるの知ってるんだ。」
まじかよ?核心は突いてないが、的は射ている。人間、ってか、雄司は本当にすごい男だ。
だけどバレる訳にはいかないんだ。
「馬鹿な事言ってんじゃねぇよ?俺は何か?化け物みたいな力を持ってるとでも言いたいのか?」
「違うよ。俺も何て言ったらいいかわからないんだ。何て言うか、お前は潜在能力ってもんをまだ引き出してないんだよ。」
俺は立ち上がり、先程とは逆に冷めて答えた。
「くだらねー。前半は納得できたが、後半はまじで理解できねぇよ。」
俺はそう言って出口に向かって歩いた。
「待てよ、純!話はまだ終わって――」
「じゅーーん!遅いよー!?レディを待たせすぎじゃない!」
美貴だ。ナイスタイミングだ。
「あ、雄司君!お疲れ様!」
美貴はいつも通りの最高の笑顔で雄司を労う。美貴が入ってくると、熱い話なんかできやしない。皆、美貴のペースにはまるからだ。
「雄司、話はここまでだ。これからバッシュ買いに行くから、また明日な。」
そう言って俺は体育館を出た。美貴は俺に置いていかれない様に小走りでついてくる。
「――純!!」
雄司が今までにないくらいに声を荒げた。だが、俺は歩みを止めない。
「《約束》忘れたのか!?俺が諦めたのを忘れたのか!?」
その言葉を言われたら、答えない訳にはいかない。男と、男の、《約束》だからだ。
「――忘れてる訳ねーだろうが!!」
その言葉を聞くと、雄司はいつもの顔に戻った。
「また、明日な。」
雄司のその言葉で、俺もいつもの顔に戻った。小さく手を上げて、俺は歩き始めた。
「なにーー?青春っぽいですな!美貴も入れてよー!」
……台無しだ。まぁ仕方ない。美貴だし。
「じゃあなゆうじー!」
美貴が男口調で言った。
――きっと雄司は俺には見せない、優しい笑顔をしているに違いない。
でも俺は、その笑顔は見れないんだ。
だから振り返らず、歩いて行った。