第二話 直樹と美貴。
「じゅーんちゃーん。」
――この声。
「あれー?耳でも遠くなったのかなー?」
間違いない。おいおい、まじかよ?朝っぱらから勘弁してくれ。
そんな俺の淡い希望なんか無視して、あいつは俺の肩に腕を回してきた。そして耳元で呟いた。
「昨夜の認定試験はどうだったわけー?」
あぁ、気分が悪くなる。こいつの声はまるで蛇が、体中を這いずり回るみたいな感覚。払っても離れない蚊みたいだ。
「なんとか合格できたよ。」
そう言うとバカにした感じで、ヒュウーと口笛を鳴らす。
「人間と死神の混血のくせにやるねー。さすが純ちゃん!俺が王になったあかつきには、親衛隊長にしてあげるねー。」
言動の端々に嫌味を入れてくる。本当、こいつは気に食わない。
こいつの名は榊直樹。直樹も死神だ。俺と違って純血の死神。この学校で唯一、俺の正体を知っている。タチが悪いことに直樹は王族だ。王族の道楽で人間の学校に通ってる。
長身で程よい具合の筋肉。金髪で口と鼻と舌にピアス。耳のピアスは数えきれない。
こんな奴だが、人間の女にはえらくモテる。人間も死神も女ってのはバカが多いな。
「そーいえばーバスケ部はインターハイ行けそうなのー?これが最後のチャンスじゃーん。純ちゃんも変なこだわり持たないで、死神の力使っちゃえばいいのにー。そうすれば俺のサッカー部みたいに全国優勝なんか余裕よー?」
今の発言に腹が立つこと。
一、死神が人間の高校で力を使うな。人間達の努力なんて死神が生まれ持つ才能に勝てるわけがない。
二、〈俺の〉じゃねーだろ。何様だよ。あ、王子様か。
三、てめぇみたいな糞カスがバスケ部の事を話すな。
死神だけど人間に近い俺は感情を隠すのがうまい。腸が煮え繰り返るほど、ブチキレそうになるが堪えるとしよう。
「今年こそインターハイに行けそうだよ。っていうか行く。直樹は今年も全国制覇間違いないな。」
――どうだい?嘘がうまいだろ?人間っぽいだろ?
「純ちゃんありがとね!」
そう言うと直樹は笑顔で校門に向けて走って行った。けど五歩程行くと戻ってきやがった。なんだよ?まだ話があるのか?
「じゅーんちゃーん。嘘をつく時は握り拳はよくないよ?そんな反抗的な態度を王子である俺にしちゃうわけ?親爺にチクるよ?」
――しまった。俺は慌てて拳を開く。言われた通り俺は拳を握ってた。手の平が汗だくになるほど。
失敗したか。でも、失敗なんかよくあることさ。
俺は人間なんだから。
直樹は笑顔のままだった。しかし、敵意を剥き出しにしてきた。静かに死神の力を解放してきている。こいつ――。やる気か?まずい。今、手を出されたら反撃できない――。
「じゅーーん!」
俺の背後から甲高い声が聞こえる。こんな朝っぱらからテンションの高い人間はあいつしかいない。
俺はさらにめんどくさい事態に発展することを直感した。
「おはよーう、美貴ちゃん。」
直樹は俺に話すより、さらに気味の悪い声を出す。人間の女達は、こんな声が好きらしい。美貴を除いては。
「あ、おはよー直樹君。純も、おはよー!」
美貴は真夏の太陽よりも眩しいくらいの笑顔を見せている。ちなみにこれは臭い比喩ではない。朝一から真夏の太陽より眩しい笑顔を見せられてみな?けっこーしんどいぜ?
「純はちゃんと勉強した?美貴は全然してないよー。勉強嫌いだしー。どーしよー。てか試験当日に日直ってどう思う?ひどくない?これじゃあ勉強できないよー!それにさぁ…」
……このように美貴は朝一からテンションが高い。勉強の下りの矛盾とか、質問しているのに答えを聞かない、などは一切気にしない。俺は美貴がへこんでいたり、泣いていたりする姿を見たことがない。俺が知る人間で一番元気な人間だ。
「…でね。もう大変だったんだよー!あ、そういえば新しいバッシュ買いに行くの今日だよね?じゃあ部活終わるころに校門で待ってるから!」
五分程、マシンガンのように話した美貴は俺の予定を勝手に組んで笑顔で走っていった。ちなみに俺は先程の一言以外、話していない。ちなみに直樹ですら会話に口を挟めない。マシンガンで撃たれ続けたからさ。十メートルほど走ると美貴が振り向いた。そして口を両手で覆い、大きな声でこう言った。
「久しぶりのデートだねー!!」
そう言うと美貴は真夏の太陽より眩しい笑顔で走っていった。さっきの笑顔と違うのは頬が赤いこと。
人間ってやつは恥ずかしがるくせに、こんな事を大声で言うから不思議だ。
――違うか。こんな恥ずかしいことをできるのは美貴だけか。
だから好きなんだけどな。
ちなみに俺の彼女です。
「純ちゃんの彼女って、まじいい女だよねー。犯りたいわー。」
――ふざけるな?
俺の中で抑えていた怒りが今にも爆発しそうになる。拳を固めることに躊躇いはない。怒りと共に死神の力が解放されていく――。
「んんー?純ちゃんやる気なの?いいのー?また純ちゃんのパパの給料下げちゃうよ?」
ハッ、と我に帰る。そうだ。これ以上、親爺に迷惑はかけられない。くだらない挑発に乗るな。怒りに身をまかせるな。――俺は人間なんだ。ヘラヘラ笑ってやり過ごせ。
「本当、純ちゃんは可愛いね。冗談を真にうけちゃってさ。いつか純ちゃんとも犯りたいよ。」
背筋が凍る。こいつは真性の変態だ。わかってた。こいつは俺のケツを狙ってやがる。美貴のことは冗談にしても、今の言葉はマジだ。
「ま、ともかく認定試験合格おめでと!人間の試験も頑張れよー!」
そう言って直樹は校舎に入っていった。ったく、純粋な死神が人間の高校に通うなよ。王族の道楽にはついていけねー。俺と直樹はクラスは違うから授業中は顔を見合わすことはない。けど美貴と直樹が同じクラスなんだ。心配だ。あぁー心配だ。
今日は朝っぱらからついてねーや。しかもこの後、試験かよ。
今日は辛い一日になりそうだ。