第二十話 ジュミラール・カミュ。
俺は鞭の力で、地べたに座らされた。理解できないことに鞭はカミュの意志で自在に操られていた。全身の自由はカミュに奪われたままだ。
「純君といいましたか。天才と思いましたが、君には失望させられましたよ。」
俺は暴れ狂った。無駄な行為だった。識っていた。だが、止まらなかった。
「止めろ。純。美貴ちゃんと雄司君を思い出せ。二人を苦しめたいのか?」
二人の笑顔が脳裏を過った。意志が揺らいだ。
「犯人はいずれ捕まる。あんな奴を殺して、二人を苦しめて何の得になる?」
俺は抵抗を止めた。親爺の言う事は正論だ。
すると全身を脱力感が襲った。体の自由が全く効かない。指一本動かせない。気力も霧散していった。巨大な能力を使った反動なのか?
「カミュ様。ご迷惑を。」
親爺が深く頭を下げた。それを見てカミュが鞭を解いた。不思議な事にカミュの手元に自動で伸縮し戻った。
「いいんです。私は貴男を疑った。私は貴男が人間を救うと考えた。それの償いならば安いものです。」
「いえ。私の力では息子を止められなかった。まさか、ここまでとは…。認識不足でした。結果、カミュ様なしでは恐ろしい大罪を招いたかもしれません。私の躾不足です。」
「此処に私が存在したのも《時》の一部だったということでしょう。貴男に罪はありません。息子さんの力には私も驚かされましたよ。しかし、貴男のその姿を見て、私の杞憂に過ぎなかったのを確信しましたよ。その姿、十八年経とうと色褪せる事はないですね。」
カミュは親爺の黒革のスーツを見て言った。
「純君。君は人間との混血だが、死神でもあるのですよ。弁えなさい。」
俺はカミュを見る事はなかった。頭は冷え、自分の犯そうとしていた行いへの罪悪感はあったが、こいつの喋り、佇まい、存在が気に喰わなかった。
「若い頃の貴男に瓜二つですね。」
腐った俺を見てカミュが言った。俺は腐っていた。母さんを救いたかった。親爺に止められた。犯人を殺したかった。カミュに止められた。俺は何もできない子供だった。無力だった。意志も萎えた。腐った俺にカミュは目線を合わせる様に膝を着いた。
鮮やかな紺色のスーツが目に痛い。黒々とした死神の瞳で俺を見ていた。
「《時》は誰しにも平等です。我々の使命は《時》に従い、執り行う。偉大な任なのです。」
はぁ?何を言ってるんだ、こいつは。《時》?俺には関係ないね。
カミュは立ち上がった。夜風に流された長髪が欝陶しく流れた。
「ミラーク。哀悼の意を捧げます。《時》は常に貴男と共に。」
親爺はまた頭を下げた。
「勿体無いお言葉です。」
カミュは妖艶な笑みを浮かべると、全身が次第に透けていった。完全に透明になり、気配も消えた。
いつか、見た男だった。記憶は甦らなかった。