第十八話 死神は涙を流さない。
母さん。
母さん。
母さん?
おかしいな。母さんが動かないよ?勘弁してくれよ。これだけ揺らしても何の反応もないよ?
母さん?
母さん??
「純。もういい。もういいんだ。」
親爺が俺の肩に手をやった。無理だよ。受け入れられない。生き返らせないかな?もう母さん笑わないかな?また意地悪な事言ってくれないかな?
――バチン!!
頬に強烈な刺激を受けた。刺激は親爺のビンタだった。親爺は俺を抱き寄せた。何度も頭を撫でた。
「純。母さんを安らかに逝かせてやろう。魂を回収してあげような。」
そう言うと、親爺は黒革のスーツから鎌を取り出した。母さんの肉からは、青白い煙を支えに真っ赤な魂が浮いていた。親爺は深く、深く、深呼吸をした。
「君枝。願いを叶えてくれてありがとう。純のことはまかせてくれ。」
そう言うと鎌を振り上げた。
「愛してるよ。」
青白い煙から真っ赤な魂が刈り取られた。
魂は空へと昇って逝った。俺は母さんの魂を、天に昇るまで見続けた。見えなくなっても、見続けた。
――頬に何かが伝った。液体だ。何だ、これは。今まで経験したことがない。手で拭ってみた。指先に液体が着いた。拭っても、拭っても、止まらずに流れていた。水源は何処だ?頬より上だ。拭い続ける。目に至った。
――これは、涙か。涙だ。俺は、泣いていた。止まらない。涙が止まらなかった。拭けども、拭けども、溢れ、流れた。
「純。」
親爺を見た。涙でよく見えない。けど母さんを抱き寄せているのはわかった。母さんを強く抱き締めた。
「父さんは死神だ。哀の感情がない。死を司る神には、涙腺など必要ない。だから純みたいに、涙が流れることはないんだ。」
親爺は小刻みに震えている。けど笑顔だった。俺に微笑みかけていた。
「純の涙は、人間の、母さんの涙だよ。」
完全に親爺が見えなくなった。何故ならば、涙がさらに溢れてきたからだ。目は涙で一杯になっていた。
――この涙は、母さんの涙。
止まれ。止まらない。止まれ。止まる訳がない。とめどなく涙が溢れた。溢れるな。母さんの涙。母さんがくれた涙。零したくない。母さんがくれた涙を吐き出したくない。留まれ。俺の体から出ないでくれ。母さんを体から離したくないんだ。
止まれ。
止まらない。
止まれ。
止まらなかった。
――死神は涙を流さない。
俺は死神に憧れた。