プロローグ2 試験合格。
透過能力を使い、マンションの屋上から一気に部屋の中まで降りる。俺はこのコンクリートを通り抜ける感触――肌にまとわりつくザラザラした感触がどうにも慣れない。
この部屋か――。五人死ぬ?四人じゃないのか?
十畳ほどの寝室。明かりはなく、完全な暗闇。
ま、俺ら死神の瞳に影響はないけどな。
布団が五つ、キレイに横に並んでいる。
そこにすでに死体と化した〈肉〉が四体。
四体は家族か?両親に息子に娘か。首を何回も包丁で突き刺されている。
なんでわかるかって?
そりゃぁ枕元に男が包丁を手に持ってるからさ。返り血を浴びて真っ赤に染まってやがる。
しかし何故この家族は何の抵抗もしなかったんだ?
俺は周囲が全く荒らされていないのを不可思議に思う。
ふとタンスの上の何個かの写真立てに目がいく。写真には家族五人の幸せそうな姿が写し出されている。
――五人。
俺が気が付くと同時に枕元の男が呟いた。
「ようやく家族から解放された…。」
そう言って男は自らの喉を切り裂いた。鮮血が俺の体を透き通る。
男の自殺と家族の死。
合点が着いた。この男は家族の一員だ。
さすが人間。人間ぐらいだろ?これだけ狂ってる種族。同族同士で残忍に殺し合う種族なんてさ。
親爺が俺に視線を送る。わかってるよ。状況分析なんか必要ない、だろ?仕事に移るさ。
死体の口から青白い煙が出てる。煙の頂点には赤い玉がある。この赤い玉が所謂、〈魂〉ってやつだ。
俺は懐から小さな鎌を出す。初めは死神に鎌だなんてベタすぎると思ったけど、そこら辺は死神達のこだわりで変わることはなかったらしい。
けど死神も鎌の利便性を考えたのか懐に納まるくらいの最少化、軽量化をはかった。こだわってんだか、流されてるんだかわからねぇ。
死神の仕事。
それは〈肉〉から出る青白い煙から、〈魂〉を切り離すこと。
死とは〈肉〉の器から〈魂〉が抜けること。
だが死んだとしても〈魂〉は〈肉〉から離れず、青白い煙に支えられて風船の様にプカプカ浮く。
それを切り離すのが死神の仕事ってわけさ。
様々な事情で刈りきれない〈魂〉が在ると、〈魂〉と青白い煙が繋がったまま〈肉〉から離れる。これが浮遊霊や地縛霊ってやつさ。
〈魂〉を切り離すのはクールかつスマートに行なわなきゃならない。〈魂〉は繊細なんだ。傷つけば死後の世界に行けなくなり、浮遊霊になりうる。それに傷つけばこちらの報酬がガタ落ちするからな。言うだろ?地獄の沙汰も金次第――。死神だってそうさ。
この五つの〈魂〉を傷つければ俺は死神にはならない――。
頭のどこかでそんな考えも浮かんだが、偽善者の俺はエゴを通せない。
人間らしいだろ?
俺は鎌で手早く青白い煙と赤い〈魂〉を切り離す。
すると五つの〈魂〉は天の昇る。雲の切れ目に〈魂〉が消えていった。
何のイレギュラーもなく俺は仕事を完遂した。
「さすが俺の息子だ。一発合格だ。」
仕事が終わると同時に親爺が口を開いた。
「お前は間違いなく死神の歴史に残る天才になる。俺はお前を誇りに思うぞ。」
はいはい。
――うんざりだ。
俺は死神にはならない。
純粋な死神じゃないんだから道を選ぶ権利はあるはずだ。
ま、今はとにかく、早く家に帰って中間試験の勉強だな。