第十七話 母さんの死。
一跳びで数百メートル進んだ。俺は親爺の腕の中にいた。思考は未だに働かない。情けない。
「……親爺。降ろしてくれ。自分で跳ぶ。」
母さんの死を受け入れた訳じゃない。死を理解した訳じゃない。だけど、こんな情けない姿を母さんに見せられない。せめて自分の足で立ちたい。
約一分後。河川敷に辿り着いた。俺達は電柱の上に立った。母さんは何処だ。感知能力が働かない。俺の思考はまだ働かない。助けを求め、親爺を見る。すでに親爺は神経を集中している。魂の感知に入った。
「あそこだ。」
親爺が指した場所。
土手側の道。
街灯の届かない暗い道だ。
俺は瞳を死神の瞳に変える。
見えた。
「母さーんっ!!」
俺は一跳びで現場に跳んだ。着地。土煙が舞う。その数歩先に母さんが仰向けで倒れていた。
「じゅ、じゅん?」
消え入りそうな声だった。母さんを抱える。何故だ。何故、倒れている。母さんの全身を見る。腹部に数ヶ所。刺し傷があった。完全に内蔵をやられている。これでは…もう…。くそ。くそっ!!誰だ!誰の仕業だ!?
「変態にやられちゃったわ…で、でも。犯人、を、殴ったのよ。」
母さんの口から赤い血が流れている。鼻からも流れていた。それでも母さんは必死に笑顔を作っていた。俺は母さんの手を握り続けた。震えが止まらない。
「ミ、ミラー、ク…。」
母さんは誰かを呼んで、誰かを探していた。
「ここだよ。」
親爺が母さんに寄り添った。親爺は笑顔だった。
「な、なんか。変、だと思ったのよね。」
「すまない。」
「で、でも。いいいわ。約束、守ってくれた…」
親爺も母さんの手を握った。固く握り締めた。
母さんはそれでも笑顔だった。時々、咳き込み、血を吐いていた。
「出会った頃と、同じ…」
母さんが親爺のスーツを見て言った。
「か、か、っこいいわ。」
親爺も震えていた。
「君枝。君は素晴らしい女性だ。君に出会えて、人間の素晴らしさを知った。ありがとう。」
君枝。母さんの名前だ。
母さん。もう目が見えないのか。親爺を見ていない。
「ミ、ラーク。じゅ、んを、よろ…しくね。」
それでも母さんは笑顔を作ろうとしていた。
「じゅ…ん?」
母さんの手を握っていた。しかし、母さんは俺を探している。感覚も消えかかっていた。
「ここだよ!側にいるよ!」
「こ、れが。母さ、んの運命なの。う、受け入れて、」
俺首を横に振った。何回も。嫌だよ、母さん。死なないでくれ。
「純。目を背けるな。母さんの最期の言葉だ。しっかり聞け。」
親爺の言う通りだった。母さんの体から青白い煙が出かけている。魂が今にも肉から離れそうだ。もう助からない。
母さんの吐息は今にも消えそうだった。目の焦点は合わず、唇は小刻みに震えていた。けれども母さんは何かを言おうとしていた。必死に。母さんは振り絞る様に言った。
「……さ、いごに、ふたりに、会えてよかった、わ、ふたりとも、だい、すき、よ、」
握った手に力が消えた。母さんの笑顔だけが残った。