第十六話 必然への抗い。
何だよ。
急に。
母さんが、死ぬ?意味が、解らない。理解、できない。したくない。あんなに元気だったのに?死ぬわけがないよ。
「はははっ。親爺。質が悪いよ。笑えない。」
信じたくない俺は、馬鹿みたいな事を言った。
「これが母さんの必然なんだ。受け入れろ。」
――プチッ。
「ふざけんなよ!意味がわからねぇよ!なんで母さんが死ななきゃならないんだよ!それに何だよ!わかってるなら助けに行けよ!親爺は平気なのかよっ!!」
俺は叫んだ。心の底から叫び、親爺を罵倒した。逃れられない真実から逃げるように。
「……平気だと?」
親爺が頭を抱えるのを止めて俺を見た。鋭く、鈍い眼光だ。背筋に冷たい汗が流れる。また俺は威圧された。先程よりも強く。この感覚。親爺は微小ながら、死神の能力を解放した。親爺は立ち上がった。俺の胸ぐらを掴んだ。軽々と俺は持ち上げられた。
「父さんはな。この現実世界で愛している者が二人いる。一人はお前だ。もう一人は母さん。その母さんが死ぬ。……平気な訳があるかっ!!」
怖かった。親爺を怖いと思った。親爺の想いが、覚悟が、俺に伝わった。だが、止まらない。母さんを失うのはもっと怖い。親爺に放り投げられて壁にぶつかった。背中が痛い。だけど心はもっと痛い。
「だったら一緒に助けに行こうよ!能力使えば一分で河川敷だよ!」
「だめだ。お前は世界が崩壊してもいいのか?雄司君や美貴ちゃんを巻き込んでもいいのか?」
もう、駄目だ。頭が、回らない。不自由すぎる選択肢だ。母さんと他の人間達を秤にかけろって?答えなんかでるわけがない。
俺は赤子のように頭を丸めた。そして呻いた。何も考えられない。考えたくない。答えなんかないし。母さんを救えない。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だー!!
「純。来るか?」
顔を上げると親爺が服を整えていた。黒の革のスーツだ。何処へ行くんだよ?声は出ないが、目で訴えた。
「母さんの魂を回収に行くぞ。」
嫌だってば。母さんは死なないよ。魂は回収しない。
「すまない。辛過ぎるよな。父さんも冷静じゃなくなっているんだ。」
親爺はネクタイを締めた。真紅の紅いネクタイだった。親爺は膝をつき、俺の頭に手をやった。親爺の目を見た。穏やかな優しい瞳。幼い頃から見続けた優しい瞳だった。
「純。母さんに最後の別れを告げに行く。お前は別れを告げなくていいのか?」
俺は首を横に振った。何回も。子供だった。
「なら、一緒に行こう。母さんも、きっと待っているからな。」
俺は親爺に抱え上げられた。親爺は玄関を開け、夜空に向って飛んだ。