表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/23

第九話 神に祈る死神。

部活が終わった。


俺は体育館の外の水道に向かった。蛇口をひねり、喉の渇きを癒した。蛇口の下に頭を入れた。冷えた水が心地よかった。汗を洗い流してくれた。


このまま、俺の偽善の心も洗い流してくれ。


直樹に受けた屈辱を洗い流してくれ。




そんな事はあるわけない。くだらないな。俺は頭を抜いてタオルで顔を拭いた。


突然、ボールが足元に転がってきた。ボールを手に取り、振り向いた。


「そろそろ俺に勝ちたくないか?」


雄司か。まったく。なんて笑顔だよ。俺の為じゃなくて、バスケがしたいだけだろ?本当バスケ馬鹿だな。


「今日こそ勝ってやるよ。」


俺はそう言って体育館に戻った。もう誰もいない。さすがに二人だと広く感じる。


雄司は足元でドリブルを始めた。相変わらず隙はない。腰も低く、左手がボールを守っている。雄司の視線は俺の目に定められている。鋭く、強い視線だ。


「純。今日のお前は絶対に勝てねぇよ。」


その言葉と同時に鋭いドライブをしかけてきた。


速い。


一瞬にして俺を抜き去った。何時の間にこんな速くなった?止められる訳がない。そんな考えよりも速く、雄司は強烈なダンクを決めていた。雄司はリングから手を離し、地に足を着けた。そしてすぐ振り向いた。その目は何か意味ありげな目だった。


「純。言っておくが、速くなったのは俺じゃない。お前の反応が鈍かったんだよ。」


雄司は転がるボールを片手で拾いあげた。そのままボールを指の先で回転させた。


「お前さ、どうせまた何かで悩んでるんだろ?面に出すぎだよ。」


回転を止める。俺にパスした。俺は片手で受ける。


「その悩みを聞き出すなんて野暮はしない。純が俺に相談してこないってことは、純自身の問題なんだろ?」


雄司は腰に手を回した。そしてそのまま歩いて出口に向かった。俺の横を通り過ぎる前に、俺の肩に手を置いた。


「俺の知るお前は、強い男だ。そのお前が悩む事だ。かなりしんどいんだろ?けどな、俺の知るお前は、それすら乗り越える強い男だ。」


そう言って雄司は出口へ歩いて行った。俺はボールを手にしたまま動くことはなかった。


「純が腑抜けだと、張り合いがないんだよ!くだらねー悩みなんかさっさっと解決しろ!明日も同じ面見せたら殴るからな!」


雄司が出口付近で叫んだだろう。俺は振り向く事はなかった。顔を見せられないから。今の俺はかなり情けない顔してるだろうからな。その代わり、右手を上げ、親指を立てた。


きっと雄司は鼻で笑っている。そして振り返って帰っていくんだろう。


俺は誰もいなくなった体育館でボールを持ってたたずんだ。


雄司は何時もそうだ。悩みなんか明かさなくても察してくれる。言い出しにくいことは聞き出してくれる。何もできない時は、俺の背中を押してくれる。


そうだ。俺は強い男だ。この問題は解決できない。けど自分の中で昇華しろ。




俺が親愛する人が、事故や殺人に巻き込まれる時、俺は一体どうする?


救いたい。


救いたい。


偽善だ。


他人は救わず、自分の親愛する人を救う。それは偽りの優しさだ。


俺にできる事。


祈るしかない。


親愛なる人達が、不幸な死に巻き込まれない事を祈るしかない。


それが、人間の当たり前の事だ。ごく普通の人間達は、この問題は考えていないさ。いや、考えないようにしているだけか。


親愛なる人達が死なない事を祈る。俺にはそれぐらいしかできない。


神よ――。


もし、いるならば、俺の願いを叶えろ。




俺は鼻で笑ってしまった。滑稽だから。半死神が、神に祈るなんて滑稽すぎるだろ?


俺は荷物をまとめて、体育館を出た。




――そういえば、神に祈ったのなんか始めてだな。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ