第八話 悪質。
久々にへこんだ。部活に向かう足取りが重いのは、あれ以来二回目だ。
同じ学校の生徒の死。あの時間出歩いているとことは一年だろう。
職員室が騒がしい。ようやく学校に連絡が届いたみたいだな。
――忘れよう。出ない答えに悩むことは無意味だ。そう言い聞かせて体育館に向かった。
「純ちゃーん。お疲れぇ。」
この薄気味悪い声。持ち主は一人しかいない。奴はまた、気安く肩に腕を回した。
「なーにへこんでるの?」
反吐が出そうな笑顔だ。何を期待してんだ?糞野郎。
「直樹には関係ないよ。わりぃ。俺急いでるから。」
そう言って腕を払おうとした。――が。ピクリとも動かない。首回りが少し圧迫される。首には直樹の腕が。しかし、それは人間の物とは考えられないほどの筋肉だった。野郎。死神の能力を解放しやがったな?
「純ちゃんは本当甘ちゃんだね。昼休みから抜けて仕事に行ったんでしょ?だからへこんでるんでしょー。」
直樹は耳のピアスをこすり合わせ、不快な金属音を鳴らした。俺がへこんでるのを見て楽しいか?
「直樹。わりぃけど、まじで急いでるんだ。離してくれないか?」
直樹はそれでも離さない。俺の耳元で、舌のピアスを歯に当てて、虫酸が走る音色を響かせる。
「餌と深く関わるのはルール違反だよー?同じ学校の女が死んだくらいでへこんでたら身がもたないよ?」
悔しいが、直樹の言う通りだ。ルールを守らない俺のミスだ。だけど、俺は死神なんかじゃない。人間なんだ。ルールを守る必要なんかない。
――いや、待て。不可解な事。俺の中で、一つ疑問が生まれた。
「なんで直樹が同じ学校の女が死んだのを知っているんだ?俺と領域範囲は違うだろ?」
――ケケケッ。
悪寒が背筋を走った。体の毛穴が全て開いた気がした。
なんて、笑い声だ。さすがは死神。この声は地獄の住人ならではだ。
だが、何故笑う?何かを含んだ笑いだ。馬鹿にした様な。仕組まれた様な。
――仕組まれた?
まさか。
「僕がパパに頼んだんだよ。僕の領域範囲に同じ高校の餌を見つけてさ。それを純ちゃんに回収させてくれって。」
――この、糞野郎。抑え切れない激情が胸の蓋を叩く。溢れ出る。解放しろ――。死神の能力を。
『誠に申し訳ございませんでした!』
――親爺の声が聞こえた気がした。親爺が地面に頭をこすりつける姿が見えた気がした。そうだ。
二度と親爺に、あんな屈辱を味合わせるものか。誓った筈だ。堪えろ。堪えるんだ。
「そうだったんだ。勘弁してくれよ。」
無理に笑顔を作る。口の筋肉が痙攣している。無理がある顔だ。しかし止めない。笑顔を作れ。
「うふふ!よーく我慢できたね。純ちゃん大人になっちゃったね!」
そう言うと直樹は俺の頬に舌を這わせた。
「おいしく育ってきたねー。でもまだまだ。もっと熟した時にね!」
そう言って直樹は、からめた腕を離し去って行った。
頬が腐敗していく錯覚を覚える。毛穴は全開で、冷や汗が吹き出している。背筋は凍ったままだ。
気分が悪い。
足取りはさらに重くなった。




