9 ◇ 覚悟の愚将は引退しない(前編)
全12話(執筆済)。基本毎日投稿の予定です。
歴史に残る未曾有の魔物災害「ウェルナガルドの悲劇」。
〈王国南部のウェルナガルドの領主が治めていた町が、魔物の大群の襲撃により一晩にして壊滅。
死者は数千人。遺体の損壊が激しく身元が判別できない者も多数。あちらこちらで火事も発生していたのか、焼け落ちた家屋も少なくなかったようだ。
そして魔導騎士団が現場に到着したときには何故か生きている魔物は一匹もおらず、死体が約百体転がっていたらしい。〉
衝撃的な事件の号外記事が王国中にばら撒かれた日から、人々は恐怖と混乱に陥った。
「町一つが一晩で壊滅だなんて……嘘でしょう?」
「本当に誰も助からなかったのか?」
「ウェルナガルドは四方を山に囲まれた、僻地の田舎町らしい。魔法を使えるような貴族も領主様一家くらいしかいなかったようだし……領民たちだけでは、抵抗することもできなかったんだろう。」
「素人だけでは、何人いようと一瞬で殺されてしまうということか。……魔物災害が起きてしまったら、我々は死ぬしかないのか。」
「いつもは対魔物の戦闘に特化した『魔導騎士団』が討伐してくれるからな。彼らが来てくれなかったら、もう……」
人々の恐怖と混乱は、皆の間で共鳴し合い増幅し……やがて、やり場のない負の感情をぶつけるように、それらは「魔導騎士団」への激しい失望と強い怒りへと変わっていった。
「──……というか、何で『魔導騎士団』がいなかったんだよ。騎士団が間に合ってさえいれば、こんなに犠牲が出ることはなかっただろう?」
「…………そうだ。……その通りだ!
詳しくは知らないが、領主からの通報はあったんだろう?ちゃんと出動要請があったんじゃないか!
悲劇の現場に向かうのが遅れたせいで、こんなことになったんじゃないか!」
「ということは、通報を受けてからの出動判断を誤った、王家と魔導騎士団の過失だ!」
「それともまさか──……戦っても勝てないから、怖気付いて通報を無視して逃げたんじゃないか?!」
「さすがにそんなことは……!」
「……いや、でもあり得るぞ!
今まではどこへでも迅速に駆けつけていたはずなのに、よりによって魔物が大量発生した今回だけ異様に出動が遅れるなんて、あり得ない!」
「たっ、たしかに!」
「そんな馬鹿な!信じられない!」
「でもおかしいだろう?!」「そうだそうだ!」
「──数千人もの国民が死んだのは、弱腰になった『魔導騎士団』による『人災』だ!!」
王宮側が規制しているのだろう。
事件発生から1週間が経っても、一般市民に与えられた情報は、最初の報道からほとんど増えなかった。
しかしどこからか……少しずつ、断片的に、小さな噂は流れてきた。
そしてそれらはすべて、怒りの矛先へ向ける刃へと変換されていった。
「《事件のときは、魔導騎士団は全部隊が各地にそれぞれ出動をしていた》らしいわ。魔物が人里に発生しやすい時期だったのかも。」
「ならば、仕方ないのか……。」
「いや、そんなことはない。魔導騎士団は《ウェルナガルドからの通報が先にあったにも関わらず、他の地域への出動を優先していた》らしいぞ。そんなの、判断ミス以外の何物でもない!」
「それか、僻地を捨てる判断を意図的にしたんだ!」
「なんて残酷なの?!住んでいる場所の遠さで助けがくるか否かが決まるっていうの?!国民を何だと思っているのよ!」
「ウェルナガルドの現場に向かっていたのは《キリナード団長が率いる、第2部隊と第3部隊の二部隊編成》だったらしい。」
「嘘でしょう?!団長がいたのにこんなことになったの?!」
「二部隊揃えてモタモタしてたからこんなことになったんじゃないか?!せめて一部隊だけでも先に率いて早く行けば良かっただろ!ふざけてる!」
…………そして、2年前に引退した儂の名は、これまでの人生で一番不本意な使われ方をしていった。
「なんて不甲斐ない、頼りない、弱い『魔導騎士団』だ!」
「こんな民を大勢見殺しにするような集団に、いつから成り下がったんだ?!」
「──【剣聖のゲンジ】がいなくなった途端、これだ!」
「ゲンジ様が団長だった頃は、こんなことはなかった!」
「魔導騎士団はずっと最強の集団だったのに!落ちぶれるのはこんなにも一瞬なのか!」
「最強の【剣聖のゲンジ】が率いていれば、こんなことにはならなかった!!」
「──今の団長はすぐに責任を取って辞めろ!
あの【剣聖のゲンジ】に団長をもう一度やらせてくれ!」
そうした国民達の声を、新聞記事は毎日のように大きく取り上げた。
そして、その記事を読んだ国民達はますますそれらの意見に傾倒し、魔導騎士団に非難を集中させた。
…………まさに、袋叩きの状態だった。
◇◇◇◇◇◇
「……何が〈【剣聖のゲンジ】が退いた後の魔導騎士団は、たった2年で完全に別物に成り下がった。〉じゃ。
儂一人が居ようが居まいが、魔物を倒せる数の差などたかが知れとるわ。
そもそも、キリナードが無能な訳ないじゃろ。儂が団長だったとして、儂も同じ判断をしとったに決まっとる。キリナードは儂を見て育ったんじゃ。
──複数の通報が重なった場合は、目撃情報が確かな方を優先する。
キリナードは、この原則を守ったに違いないわ。」
事件発生から1週間半。
未だに冷めない国民の怒り。それを一面に載せ続ける新聞記事。
儂はその一面の記事を読みながら、国民達とは真逆の怒りで、己の手を震わせていた。
「……何じゃ!何も知らんと〈二部隊編成にしたことによる出動の遅れが致命的なミスとなり、今回の悲劇をもたらした〉などと抜かすな!
──『魔導騎士団の部隊全滅』を避けるために、慎重に編成は組むもんなんじゃ!
こんなん、基本じゃろ!
魔導騎士団が全員死んだら、国民を守ることすらできんのじゃ!過剰なくらいでええんじゃ!
むしろ現場に大量の魔物の相討ち死体もあったんなら、キリナードの判断は正しかったっちゅうことじゃろうが!
騎士団員を何じゃと思っとる!本物の大型魔物を見たことがあるんか?!
儂らだって所詮は人間なんじゃ!気ぃ抜いたらすぐに死ぬんじゃ!
……今までも、国民を守るために前線に立って……っ、魔物と戦って死んだ仲間達も居るんじゃ!
簡単に『一部隊でいいから兎に角すぐ行け』などと、安全地帯からほざくなや!!」
「…………なあ、ゲンジさん。
魔導騎士団のことが心配なんは分かるけど、ウチはゲンジさんが心配じゃよ。
少しこの話題から離れたらどうなん?ゲンジさん、頭に血ぃ上りすぎて倒れてしまいそうじゃ。」
ミズハが今までに見たことがないくらい曇った顔で儂を気遣ってきたが、儂は怒りを止めることができなかった。
「……っ、そんでもって何じゃ!この統計の比較は!
──儂が団長じゃった頃の死者数など、何の関係もないわ!!
たまたま儂の代で、ここまでの魔物災害が起きんかっただけのことじゃろ!
儂は運が良かっただけじゃ!儂の力やない!儂の才能など関係ないんじゃ!!
…………っ!彼奴らを貶すために【剣聖のゲンジ】を使うなや!!!」
しかし、儂の怒りとは裏腹に、世論はすでに定まってしまっていた。
──この恐ろしい「ウェルナガルドの悲劇」を防げなかった「王国魔導騎士団」は、史上最悪の愚を犯した。
…………と。
少しでも記事に書く内容を増やしたいのだろう。
儂の元には、事件についての意見を求めようとする新聞社の記者達も訪れた。
しかし、儂は「何もお主らに語ることはない」と言って、記者達を追い返し続けた。
国民らと共に現在の魔導騎士団を糾弾し、彼奴らを追い詰めるなど、論外。
……だが、儂が怒りをそのままに彼奴らを熱く擁護したとしても──……それもまた、燃え盛る炎に薪をくべるようなもの。物議を醸し、キリナード達を追い詰めることにしかならんと思った。
それでも儂の思いも虚しく、儂が沈黙を貫いたところで、記事には〈【剣聖のゲンジ】は、今の魔導騎士団の凋落と引き起こした大災害の惨状に、言葉もないようだった。〉などとふざけたことを書かれてしまう有様だった。
…………引退し隠居生活を送っとる儂如きが、力になってやれるとは思わんかった。
じゃが、何もせんではいられなかった。
仰々しい建前も、言い訳もない。
儂はただ、こんなにも集中砲火を浴び続けている現団長のキリナードのことが、元団長として……いや、大切な仲間として、心配で仕方がなかったのだ。
そして儂は、迷惑も「老害」も承知で、キリナードを呼び出すことにした。
未曾有の大災害から2週間が経った、平日の夜。
儂は王都の料理店の個室を予約し、そこでキリナードと食事をしながら話を聞くことにしたのだった。
◇◇◇◇◇◇
突然の呼び出しに応じて来たキリナードは、儂が想像していたよりも──言葉が合っているかは分からんが──いつも通りに近かった。
少なくとも、憔悴しきって今にも死にそうという程ではなかった。
普通に「お久しぶりです。」と挨拶をして個室に入り席について、「とりあえず先に注文だけでもしちゃいましょうか。」と言ってメニューを見て、普通に飯と酒を注文した。
……一応、食欲はあるということか。
儂は本当に最低限のことにひとまず安心をした。
そうして互いに少し余所余所しく無言でいたところで、割と早めに注文の品がテーブルに並べられた。それを眺めて、キリナードは「これで頼んだものは全部届きましたかね。……それでは。」と言って軽く儂に向かってグラスを掲げて、酒を一口飲んだ。
儂もそれに続いて酒に口をつけたところで、余所余所しい様子見の時間は終わり、久々の二人の会話が始まった。
「…………すみません、ゲンジ団長。
だいぶ心配をかけてしまっていたようで。」
まず始めに、キリナードはそう言って苦笑した。
「よい。儂への気遣いなど要らんわ。
それよりも、お主の方じゃ。
……キリナード。こうして呼びつけておいてなんだが……お主、きちんと休めておるのか?」
儂はそう尋ねた。
するとキリナードは曖昧に笑って頷いた。
「はは……まあ、そうですね。
なかなか難しいですが……何とか。」
「…………そうか。」
儂はどう切り出せばいいのか、何を聞いてやればいいか分からずに、ただそう呟いて酒を飲んだ。
儂が酒を煽るのを横目で見たキリナードは、儂がグラスを置いたのを合図にして、静かに現状報告を始めた。
「ここ半月ほどは……まあ、通常業務の訓練や討伐遠征以外では、ひたすら各所からお叱りを受け続けています。
王家と、王宮の方々と、警察と報道機関の方々……それと何より、国民の皆様から。
ゲンジ団長のところまで記者の方々が取材に行ってしまっているという話も聞いています。引退後にまでご迷惑をおかけしてしまって、本当に申し訳ありません。」
「ええんじゃ。
さっきも言うたが、儂のことは気にするな。迷惑などかかっとらん。」
儂は繰り返した。
すると、儂の返しを聞いたキリナードは、酒を一口飲んでじわりと目に涙を浮かべた。
「ゲンジ団長もそうやって『気にするな』と言ってくれますけど……今、団員たちも皆、僕にそう言ってくれるんです。
『自分たちのことは心配するな。』『キリナード団長こそ大変だろう。団長の方が心配だ。』『団長だけのせいじゃない。今回の事件は、俺たち皆の責任だ。』……って。
『だから、団長。一人でではなく、皆で反省しましょう。そうしたら皆で前を向きましょう。
もう二度とこんな犠牲を出さないように──また国民の信頼を得られるように、これから一丸となって頑張っていきましょう。』
って、あいつらはそう言ってくれています。」
「そうか。……頼もしい奴らじゃ。」
儂が相槌を打つと、キリナードは目から涙を零した。
「…………そうなんです。だから……だからこそです。
あいつらがそう言ってくれるからこそ、辛い。歯痒い。何とかしてやりたいのに、僕じゃ何とかしてやれない。
……王国中の怒りが、失望が。……あいつらに向くのを止めてやりたいのに、止めてやれないんです。
今年度の新入団員たちなんて、特に。
王国最難関の試験を突破して入団して、たった2ヶ月程度で……まだろくに実戦もしてない、何も分からない状態で、こんなことになって。
皆、優秀な奴らです。近い将来、部隊長になるだろうと思えるほどの逸材もいる。そんな……何も悪くない、未来しかないはずの新人にまで、容赦なく非難の声が向いています。
僕はいい。僕は大丈夫なんです。
ただ……それで団員たちが苦しんでいるのが、僕にとっては一番堪えます。」
そう言ってキリナードは、泣きながらつまみを口に入れて、泣きながらもぐもぐと咀嚼して飲み込んでから、酒をまた一口飲んだ。
◇◇◇◇◇◇
「……毎日、魔導騎士団に手紙が届くんです。
『国民から巻き上げた税金を使って偉そうにしているくせに、いざとなったら僻地の民は見捨てるのか!王立機関が聞いて呆れる!この王国お抱えの人殺し集団が!』って。
……手紙だけならまだいい。
でも、その言葉を直接団員たちに浴びせてくる奴らがいる。
団員のことを、そう断じてくる奴らがいるんです。」
そしてキリナードは、泣きながらグラスを持った手を微かに振るわせた。
「…………団長。
実は、あいつ──ドルグスは婚約してたんですよ。同い年の侯爵家のご令嬢と。
それで、今年中には結婚するだろうって。結婚したら魔導騎士団の宿舎を出る予定だって。
……普段はあんなに落ち着いているあいつが、去年の暮れあたりに、珍しく浮かれながら報告してくれていたんです。」
儂は、あの堅物のドルグスの顔を思い浮かべた。
「……でも、その婚約は破棄されました。破談になったんです。
つい先週。お相手方のご両親に反対されて。
婚約が決まったときは『あのモンド一族の、しかも将来有望な魔導騎士団の幹部候補に娘が見初めてもらえるなんて!』って喜ばれていたのに──……なのに、今回の事件で、手のひらを返されたそうなんです。
『今、魔導騎士団の人間なんかと結婚したら、娘がどんな目で見られるか。
我が家は先のウェルナガルドの悲劇での魔導騎士団の失態を、強く非難している。王国民を見殺しにした恐ろしい愚行を容認していると、親族や他家の者たちに思われたくない。
たしかにモンド一族の血は惜しいが、そのモンドの名を掲げながらこのような事態を招いた君が、我が家と娘の名を立てる未来が見えない。』
って、ドルグスは……面と向かって、侯爵様にそう言われたそうです。」
「…………そんなの……おかしいじゃろ。」
儂はそう呟くのが精一杯だった。
誰よりも出来た人格者のドルグスという男を知っている儂からすれば、すべてが的外れだった。
だが、儂のそんな擁護の思いは、当然手遅れで相手方に届くはずなどなかった。
「そうです。……おかしいですよ。
だって、ドルグスがこの魔物災害を起こしたんじゃないんですから。事件が起こったあの日も、あいつは別の地方に討伐遠征に行っていて、ちゃんと戦っていたんですから。ドルグスが『このような事態を招いた』だなんて、言われる筋合いはないんです。
あのドルグスが、モンド一族の矜持も、魔導騎士団員の誇りも……あいつの人格や可能性までも、婚約者の前で全否定されるなんて──……そんなの、どう考えたって理不尽だ。
……でも、理不尽だけど、理不尽じゃないんです。
今の王国では。それが『正論』として団員たちのもとに向いてくるんだ。」
そう言ってキリナードは俯いた。
「ドルグスは結局、侯爵様の理不尽な言葉を受け止めて、婚約破棄を呑んだそうです。
……そして、あいつはそれを僕と副団長のソルヴに報告すらしてこなかった。僕ら幹部に気を遣っていたようなんです。
『この魔導騎士団の皆が大変なときに、俺個人の話を上げるべきではない』って。『落ち着いた頃に折を見て報告しようと思っていた』って、言っていました。
『ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。恥ずかしい限りです。
俺の方は何も問題ありません。どうか気になさらず。』
って。気丈に振る舞って、そんな言葉までつけてきました。
……まあ、ドルグスの様子の変化に気付いたセゴットが、皆の前で強引に吐かせたんですけどね。
『テメェ、何ずっと辛気くせえ面してんだよ。目障りだから何かあんならとっとと言えよ。誰も今テメェに気ぃ遣ってやる暇とかねえから。』って。
正直、だいぶ八つ当たり気味でしたけど。セゴットはセゴットで、最近かなり機嫌悪めなんで。」
………………セゴットめ。
「やれやれ……彼奴は相変わらずなんじゃな。
傷心の者に追い討ちをかけるような真似をしおって。」
儂は溜め息をついたが、同時に少しだけ、そのセゴットのお陰で重々しい空気が日常に戻せたような気になった。
だが、呆れた儂とは違って、キリナードはそこで今日一番の苦々しい顔をした。
「はい。……相変わらずです。
でも、正直なところ……今セゴットを咎められるような奴はいません。あいつはあいつで、相当参ってるのに必死に耐えてくれているんで。
不機嫌程度で済んでくれていてありがたいくらいです。……本当に。
僕たち団員も、絡まれた張本人のドルグスも。皆、今はセゴットのことを一番心配しています。」
「どういうことじゃ?彼奴にも何かあったか?」
真っ当に芯の強いドルグスとは正反対の、傲慢不遜だがその心の形成は歪で繊細なセゴット。
儂がキリナードに奴の様子を尋ねると、キリナードは涙をポロポロ零しながら飯をパクパク口に入れて、グラスに残った酒を一気に飲み干した。
……どれだけしんどかろうとも食欲がまったく落ちんのは、昔からのキリナードの強味じゃな。
儂がそんな風に思っていると、キリナードは一息ついて、再び口を開いた。
「…………今回のウェルナガルドの魔物災害。
僕たち魔導騎士団は間に合いませんでした。すでに全滅した町に到着しただけだった。
だから、僕たちは魔物の討伐すらできていないんです。
でも……一つだけ、やらなければならない《仕事》があの現場には残っていました。
──魔物に襲われ殺された数千人分の死体処理。
人々の死体が、また新たな魔物の餌にならないように。他の魔物たちに人の味を覚えさせてしまわないように。
すべてを片付ける必要がありました。
…………その《仕事》を、セゴットが──あいつが全部、引き受けてくれたんです。」




