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8 ◇ 唯一弟子と引退後の悲劇

全12話(執筆済)。基本毎日投稿の予定です。

 儂を指導者として招いたのは、クゼーレ王国第一王子【リレイグ・クゼーレ・ウェレストリア】だった。


 魔導騎士団団長を務めていた頃に、幾度か目にする機会はあった。主に、王国の式典などの公の場で。


 しかしそのときは大抵、彼は王子として父である国王を立て、自身は一歩下がったところでいつも大人しく控えていた。

 そのため、こうしてしっかりと対面するのは、これが初めてのことであった。


 初めて真正面から向き合ったリレイグ王子は、一目見て分かるほどの傑物であった。

 口元に微笑みを携えてはいたが……儂を射抜くその王家特有の鮮やかな茜色の瞳には、14歳という幼さを感じさせないほどの威圧感があった。


 セゴットのような暗く湿った殺気ではない。

 儂のような長年培ってきた剣士の闘気でもない。

 キリナードのような温かく頼もしい活気でもない。


 生まれながらにして大国の頂点に立つことを定められてきたリレイグ王子。彼のそれは、戦闘力も人格もすべてを超越した、王族ならではの覇気だった。


 ………つまり、何が言いたいかというと。


 彼が「未来の王」として優れていることは感じ取れたが……彼に魔導騎士団員たちのような「逸脱した剣の才能」があるようには──……申し訳ないが、儂には見えなかった。


「【剣聖】ゲンジ・ガリュウ殿。

 突然の呼び立て、誠に申し訳ありませんでした。

 本日はご足労いただき感謝します。」


 目力はそのままに、微笑んでいるその口で儂に挨拶を述べるリレイグ王子。

 儂は畏まって礼をしたが、儂はそこで()()()()()()()を覚えていた。


 ──……王子は、剣を持っていなかったのだ。


 儂が受けた依頼は、リレイグ王子の「ガリュウ流の剣術指導」だったはず。

 だが、リレイグ王子の両手は(から)。そして王子の後方に控えている側近は何やら紙とペンを持っているだけ。護衛兵らも、自身の武器しか持ち合わせていないようだった。


 これは一体……どういうことじゃ?


 儂が顔には出さずに疑問に思っていると、儂の本音を見透かしたかのように、リレイグ王子は笑って儂に剣の指導──ではなく、椅子に腰掛けるように促した。


「どうぞお掛けください。

 ……失礼しました。今から少々お待ちいただく間にお話しいたします。今日の指導依頼について。」


 そう言って、悠然と自身も豪勢な椅子に腰掛けたリレイグ王子。

 儂が言われるがままに座ると、王子は簡潔に、今日の依頼の意図を説明してきた。


「今日貴方(あなた)にお願いしたいのは、私の指導ではありません。

 ──私の3歳下の妹。第一王女【ラルダ・クゼーレ・ウェレストリア】の剣の指導です。」



◇◇◇◇◇◇



「……『姫君』の剣術指導……と。」


 儂が呟くと、リレイグ王子はその覇気のある眼差しを少し和らげながら頷いた。

 その和らぎには、年相応の少年らしい、健全な兄妹愛が滲み出ていた。


「そうです。今日は妹の剣を、是非とも貴方に見ていただきたいのです。……もうすぐこちらへ来ると思います。

 と言っても、私の突然の思いつきだったもので、妹はまだ『太刀』を用意できていないのですが。

 失礼は百も承知ですが、どうかご容赦いただきたい。

 そうですね……今日は貴方に『妹が太刀に持ち替えるべきかどうかを判断していただきたい』と言った方が正しいでしょうか。」


 剣術を嗜む()()


 それだけでも珍しい。

 それこそ、儂の妻──【()鍛治師】のミズハのように。

 女性で剣を振るう者など、そもそもがごく少数なのだ。


 しかし、儂はそこまで驚かなかった。

 つい1年前まで王宮直属の魔導騎士団の団長を務めていた者として、当然「(うわさ)」は聞いていたからだった。


 ──稀代の才女【ラルダ・クゼーレ・ウェレストリア】第一王女。


 その才能は()()()()()()で王国(いち)となり得るほど。


 語学、数学、政治、芸術、あらゆる雑学に作法に刺繍──

 実戦魔法、ダンス、護身術、さらには兄と共に学んだ剣術まで──


 兎に角、すべてが超人級。

 究極の人類の完成形。それが【ラルダ第一王女】だ。


 そういう「噂」を、儂はもともと聞いていた。


 そして儂は正直なところ、それらの噂は「王家の者を()()()()()ための()()()()()話」だとずっと思っていた。

 リレイグ王子と同様にラルダ王女は何度か見かけた機会はあり、その瞬間だけでも彼女が才能溢れる者であることは感じ取れた。しかし兄と同じく、彼女は常に謙虚に両親を立てていたため、そこまで強烈な印象はまだ受けていなかったのだ。

 ……というよりはただ単に、そもそもそんな「すべての分野に長けたの超人級の天才」など、存在自体が信じきれていないだけだが。


 儂の驚きも期待も特にしていない凪いだ顔を見て、リレイグ王子はどこか面白がるような表情に変わった。


「……貴方ほどの御方ならば、私には剣の才が無いと、すぐに見抜かれたことでしょう。」


 儂はそう言われて、咄嗟に返した。


「そのようなことは御座いません。

 ……リレイグ王子は、十分(じゅうぶん)に光るものを持っていらっしゃる。厳しい鍛錬も積まれていると、一目見て分かりました。」


 嘘ではなかった。世辞でもない。

 たしかに彼には()()()()()()()()()才能はあるようには見えなかったが、それでも十分に、秀才の域には達しているだろうとは思えた。

 儂の返しに、彼は笑った。


「貴方ほどの強者にそう言っていただけたのならば、私はもう満足です。

 未来の王である私には、それなりに民に魅せることが出来る程度の剣の腕があれば良いのです。実戦で剣を振るう機会など、私の《人生》にはありませんから。……反乱(はんらん)でも起きない限りは。」


 …………ふむ。


 セゴットとは種類が違うが、この御仁の冗談も、なかなか反応に困るものだ。


 儂がそう思っておると、手本のような均質な足音を綺麗に響かせながら、覇気ある人物がもう一人この場に現れた。

 良質な生地の騎士服をきっちりと身に纏い、腰には一目見て分かる高価な鞘に収まった剣を携えている。普段は王女らしく飾り付けてあるのであろう長い黒髪を動きやすいよう凛々しく一本に括った、切れ長の目に茜色の瞳の少女。


 兄の3歳下、まだまだ幼い11歳の第一王女【ラルダ・クゼーレ・ウェレストリア】その人であった。



 …………すぐに分かった。


 王子が妹君を、堂々と儂に紹介した理由が。


 まだ幼い初等部の年齢の少女。

 しかしその気迫は、すでに彼女の後ろに付いてきている王国精鋭の護衛兵をも凌駕するほどのものだった。


「お待たせしてしまったでしょうか。

 ……ゲンジ・ガリュウ殿。本日はご多忙の中、私のためにお時間を割いてくださり、誠にありがとうございます。」


 兄君と同じ覇気のある瞳であったが、その中身はだいぶ違うようだった。


 兄君の、未来の王としての重圧に耐え続けながら鍛えてきた、腹の底を見せない(したた)かな瞳ではない。

 妹君の瞳の輝きは、兄に比べて真っ直ぐで、純粋で、強かった。

 モンド一族の名を背負い、希望に満ち溢れて王都へやってきたドルグスのような。正しい愛を一身に受け、皆に期待され育ってきた生粋(きっすい)の強者のそれだった。


 ……なるほどな。


 儂が見くびっていたようだった。

 彼女はたしかに、噂通りの超人級の天才のようじゃ。

 他の分野は一切分からんが……少なくとも、剣士としての実力は。



 儂の反応を見て面白がっている(したた)かな兄リレイグ王子の気配を感じながら、儂は早速、姫君──ラルダ王女の実力を見せてもらうことにした。


 そして、すぐに理解したのだった。


 ──彼女は、想像をはるかに超えた「王国一の傑物」だと。



◇◇◇◇◇◇



「……何ということじゃ。たかが1時間で、ここまで完成されるとは。」


 儂は感嘆するどころか、呆然としてしまった。


 ラルダ王女の剣は、ミズハに太刀の存在を教わった頃の──従来の剣で限界を感じていた頃の己の姿と重なった。

 そして儂が持ってきていた予備の太刀を試しに手渡してみたところ──……すでに儂が型を編み出していたとはいえ、儂が7日間掛けて掴んだ太刀の本質を、彼女は瞬く間に体得してしまった。

 儂の相手の理解力ありきの指導も正しく読み取り、すぐに頷いて、みるみるうちに改善し、儂の技術をどんどん吸収していった。

 そして1時間後には、もうこのまま王国最難関と呼ばれる魔導騎士団の入団試験に来ても合格点が与えられてしまうのではないかと思えるほどに、見事な太刀筋を描いていた。


 ……まだたったの11歳。

 魔導騎士団入団の規定年齢、16歳まではあと5年ほどもあるというのに。


 そして何より──



 儂がそこまで考えたところで、稽古の様子を見ていたリレイグ王子が笑いながら、軽く汗を拭っているラルダ王女に声を掛けてきた。


「はっはっは。やはりラルダは私が思った通り、剣聖のゲンジ殿にも認められるほどの適性があったようだな。

 そちらの『太刀』の方が、お前には合うのではないか?」


 ラルダ王女はその声に振り返り、とても嬉しそうに破顔した。


「ああ。私も太刀の方が身体に馴染むように思う。

 兄上が剣術を学ぶ横で()()()()()をしていただけの女の私に、このような貴重な機会を設けてくれてありがとう。

 兄上のお陰で、とても有意義な時間になった。」


 そしてラルダ王女は、手に握った太刀を眺めながら興奮気味に弾んだ声で続けた。


「剣を振ってここまでの手応えを感じたのは、初めてだ。

 ……ゲンジ殿に指南していただけるのが今日限りだというのが惜しいな。本当に……あっという間だった。」


 ──……まさか。


 ラルダ王女は今まで、直接()()()()()()()()()()()()()というのか。


 儂はその末恐ろしい才能に……気付けば勝手に、頼まれてもいないのに申し出てしまっていた。


「儂の教え方で良いのであれば、是非ともラルダ王女に、儂の太刀の技術を伝えさせていただきたい。

 週に一度でも、月に一度でも構いません。いつでもお呼びください。」


 すると儂の言葉に、ラルダ王女はパッと目を輝かせて「良いのか?!それはありがたい!」と言って、ようやく年相応の笑顔を見せて喜んだ。



 つい今しがた、思ったこと。


 驚異的な天性の身体能力と潜在魔力もさることながら、ラルダ王女は理解力も、勘の良さも、飽くなき向上心も──すべてが超人級だった。


 そして、何より──……儂にはない、ラルダ王女の「才能」。


 どう足掻いても覆せない、()()()()


 剣士としては極めて稀な「非力な女性」であるからこそ。


 男の儂とは違う、しなやかな筋肉と柔軟な身体、そして魔力比重の大きい力の引き出し方。

 太刀の性能を極限まで高めることができる「生まれ持った才能(性別)」が、ラルダ王女には備わっていた。



 ──ラルダ王女は、いずれ儂を確実に超える。


 あと数年もすれば、王国最強の剣士の名は、儂ではなくラルダ王女のもとに渡るだろう。


 儂の直感が、そう言っていた。



 不思議と嫉妬も悔しさも感じなかった。


 その「才能」は儂が足掻いたところで一生身に付かんものだと、理解できていたからかもしれない。

 もしくは、自覚はなかったが……儂はこの歳で、もう高みを目指す気力が枯渇してしまったのか。


 自分でもよくは分からんが、儂は己を超える若き才を目の前にして、ただ純粋に称賛していた。


 …………嫉妬も悔しさも感じなくなった今こそ、本当の引き際かもしれんな。


 あと数年だけラルダ王女に稽古をつけて、すべての技を彼女に継承したら──儂は完全に剣を置くことになりそうじゃな。


 儂はその日、王国一と謳われる才女の実力を目の当たりにして、静かに【剣聖】の時代の終わりを悟った。



◇◇◇◇◇◇



 こうして儂は、クゼーレ王国の第一王女ラルダ・クゼーレ・ウェレストリアという唯一の弟子を持つこととなった。


 儂に「指導者」の才能は無かった。

 しかし儂はたいした苦労もせずに、己の指導者の才能の無さなど気にならん程にすべてを汲み取り凌駕してくれる、最強の後継者を得てしまった。


 儂は多忙なラルダ王女の都合に合わせ、数週間に一度の頻度で、彼女に太刀の技を伝授していった。

 そうして1年が経った頃には、彼女は──さすがにまだ儂を超えてはいないものの──技によっては儂に迫るほどの、超一線級の強さを身に付けていた。



 ……リレイグ王子が妹君を見て、儂に働きかけてきたように。


 ……剣の才の無いミズハが、儂に太刀を授けてきたように。


 もしかしたら突出した才能には、優れた「指導者」など要らんのかもしれんな。


 本当に必要なのは、その才を見出(みいだ)し道を示す者。

 たとえ素人であっても優れた才能の発掘者が一人居れば、それで十分(じゅうぶん)なのかもしれん。


 そして、その「才を見出し道を示す」段階こそが……実は一番、難しいのかもしれんな。


 ラルダ王女が儂を超えた暁には、儂は次の《人生》の目標に、新たな才を見出すことを掲げてみてもええかもしれん。

 それもまた、面白そうじゃ。






 …………そう思っていた矢先のこと。




 クゼーレ王国歴642年。


 新緑が芽吹き風が薫り、陽差しが眩しくなってきた、ある初夏の日。


 王国南部の辺境の地で、()()()()となる未曾有の魔物災害が発生した。



 周辺を山に囲まれた僻地ウェルナガルド領が、大量発生した魔物の襲来によりたった一晩で()()した。

 被害者は数千人にも及び、確認できた生存者は……0名。


 そして、そのウェルナガルドに「王国魔導騎士団」は──……


 事前に通報があったにも関わらず、魔物災害発生の()()()()()、手遅れになってからようやく到着した。



 ──通称「ウェルナガルドの悲劇」。



 王国史に刻まれる事件となったこの大災害は、瞬く間に王国中に知れ渡り、人々に恐怖と混乱と──……魔導騎士団への、激しい失望と強い怒りをもたらした。


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