7 ◇ 引退剣士と人生の旅
全12話(執筆済)。基本毎日投稿の予定です。
儂は引退して、ミズハと1年間の長い旅行をした。
ミズハは鍛冶屋の仕事は辞めず、休職することにしたようだった。
「いろんなとこ行くんはもちろんやけど、ゲンジさんと四六時中一緒に居るのも新鮮じゃな〜!」
儂と行く先々の景色を堪能し、名物料理に舌鼓を打ち、名産品を買い漁りウキウキと楽しむミズハ。
儂はミズハとともに、王国の様々な地域の文化を肌で感じた。
「──何やこれ!?こないなもん客に堂々と売んなや!
鍛治師が特産品の知名度に胡座かいたら終わりじゃ!」
行った先の伝統工芸品の装飾ナイフを見てキレ散らかすミズハ。
ミズハは店主に仕入れ先の鍛治工房の場所を聞き出して、鍛治工房まで突撃していって、猫を被ってしゃあしゃあと「ナイフ作りの見学がしてみたい」と嘘をついて工房の中に入り込み……気が付けば、職人達相手に説教をかましながらミズハの方が実演して見せていた。
「ええか?!よお見とけや!──こうやるんじゃ!」
「「「おお〜〜〜!(パチパチパチパチ……)」」」
「『おお〜!拍手〜!』やない!何感心しとんじゃ!アンタ達が『サキリの装飾ナイフ』の伝統背負っとんじゃないんか?!
何を飾り彫りの見栄えだけで満足しとんじゃ!ナイフはよう切れるんが大前提じゃろ!」
「「「すんません!!」」」
「謝っとる暇あるなら腕磨け!ホレそこの!こっちきてやってみい!」
「ハイッ!」
「──違うわーーー!ウチの何を見とったんじゃーーー!見習い1日目の素人か!?お前は職人名乗んな!!」
「すんません姉御!」
…………ミズハがよう切れてどうすんじゃ。迷惑客にも程があるわ。
1年間の、のんびりとした休養の旅。
結局ミズハは、そのサキリの街に一番長く──1ヶ月以上滞在して、地元の職人らと共にナイフを作りまくっていた。
◇◇◇◇◇◇
「はぁ〜!ええ気分転換になったわ!ゲンジさんありがとな!
こんな何も気にせんと旅行しまくれる金持ち人生が体験できるとは、露ほども思っとらんかったわ。大満足じゃ!」
サキリの街で鍛治工房に入り浸っているうちに「また王都に戻って仕事したくなってきた!」と言ったミズハに合わせて、王都に帰っていた道中。ミズハは儂にそう言ってきた。
儂はその言葉を聞いて、引退したことを心の底から良かったと思った。
「さて!ウチも旅先でいろいろ見て、目ぇ肥えたし!今ならもっとええもん作れる気がするわ!
王都で仕事復帰するんが楽しみじゃな〜!」
ミズハがまた復職に向けて張り切っているのを見て、儂は感心した。
「ミズハは昔から『鍛治師』一本で、筋が通っとるな。
格好ええ人生じゃ。」
すると、儂の漏らした感想を聞いたミズハは「え?何言っとんの?」と言って儂の方を振り向いてきた。
「ゲンジさん。ウチの人生なんて、滅茶苦茶じゃよ?
ウチは今、たまたま鍛治師の仕事をまたやりたくなっとるだけじゃ。
1ヶ月前までは、やっぱ仕事辞めてあと1年追加で旅行したいと本気で思っとったよ?ほんで、あの……何やったっけ?あの綺麗じゃった西の湖の近くに家建てて隠居生活すんのもええな〜って。
サキリの装飾ナイフの出来の悪さで気が変わっただけじゃ。筋も何もあらんわ。」
「そうじゃったんか?!」
儂は驚いた。
ミズハが旅行を満喫しとったのは分かっていたが、もう1年追加で旅行したり引越しをしたいと思うほど楽しんでいたとは……まったく気が付いていなかった。
そんな儂の大袈裟に驚く様を見て、ミズハは呆れたように笑ってきた。
「何を驚いとんの?今さらじゃろ。ウチが行き当たりばったりなんは。
……ゲンジさん。昔、地元にいた頃、ウチが最初何て言っとったか覚えとる?
『お父の鍛冶屋でウチの作ったもん売りたいから、ゲンジさんに看板になれ』言うとったじゃろ?」
「……そうじゃったな。」
儂は頷いた。
「そん次、何言ったか覚えとるか?
『お父の鍛冶屋じゃウチの作ったもんは売れんから、王都でどでかく花咲かせたる』言うてゲンジさんについてきたんじゃ。」
「…………ああ。」
「そんで、ゲンジさんと結婚したじゃろ。『子どもは三人』言うてな。
結局、子ども産まれんまま、今こうしてゲンジさんと二人で旅行しとるけどな。」
「………………そうじゃな。」
「どうじゃ?ぜ〜んぶ行き当たりばったりじゃろ。
昔っから『剣で大成する』言うとったゲンジさんと違うて、ウチは何一つ叶えておらん。
まあ、鍛冶師として暇せんくらいには売れとるけどな。独立まではしとらんわ。
……よう考えたら、自分で工房持つんは面倒やしな。今居るとこの方がええ素材もすぐ仕入れられて、ええ炉もいくつもあって、やりやすいんじゃ。
今は独立なんてしとうないな。効率悪い。」
「………………。」
儂は今になってミズハに申し訳なくなって、何も言えなくなった。
しかしミズハは、そんな儂の渋い顔を見て可笑しそうに笑った。
「……なあ。そんでもって、ゲンジさんにはウチはどう見えとる?
可哀想な女に見えとる?ゲンジさんに比べて、哀れな人生歩いとるように見えとるか?」
………………それは、
「見えとらん。
……ミズハはいつだって、儂よりも何倍も楽しそうに生きとる。
本当に、格好ええ女じゃと思っとる。」
儂がそう答えると、ミズハは満足そうに頷いた。
「そうじゃろ?
だから、別にええんじゃ。何しとったって。やりたいことを何回も変えたって。
ウチとゲンジさん、家族二人で仲良くやれとるだけで十分、上出来じゃ。
だいたいな?こんな何十年も生きとって、何も気が変わらん方がおかしいじゃろ。
最初から全部一本に決まっとる《人生》なんて、あるわけないわ。死ぬ前日にだって変わるかもしれん。
ウチもゲンジさんも、賢い学者さんとちゃうんやから。難しく考えたところで時間の無駄じゃ。
どうなるか分からんもんに無理に答えなんて出さんでええって。二人で行き当たりばったり楽しめばええじゃろ。」
…………なるほど。
儂は常に「伯爵家の次男坊」として、「一介の剣士」として、己の生きる道を見つけねばならんと思っておった。
──……「貴族」として、「武人」として、絶対に何かを成さねばならんと思っとった。
これこそが「凝り固まった思考」だったのか。
儂は齢45にして、ようやく一つの気付きを得た。
家名を持たない「庶民」で、魔力を持たない「鍛治師」のミズハ。
儂らとは違い背負うべきものがない分、儂らと違って自ら道を切り拓き続けなければならなかったミズハ。
ミズハの哲学は、自由で、鮮烈で、力強かった。
そして、誰よりも《人生》を楽しんでおるように見えた。
「…………そうじゃな。たしかにミズハの言う通りじゃ。」
そう考えれば、十人十色のどんな人生も。すべて尊く、ええもんなのかもしれん。
600年以上の歴史を刻むクゼーレ王国の戦士の魂を体現しているドルグスも、
威厳で纏め上げるのではなく、ありのままの人柄で皆に愛される団長となったキリナードも、
死に損なったと嘆き途方に暮れたまま……ただ虚しい服従心だけを支えにして生き続けているセゴットも。
…………皆、十分よくやっとるわ。
儂がミズハの「答えなき答え」に納得して頷いていると、ミズハは笑って儂に付け足してきた。
「せやから、ゲンジさんもこれからも、どんどん前言撤回しまくってくれてええよ。
最近ゲンジさん、ずっとウチに『引退する』言うて、一人で勝手に申し訳なくなってたじゃろ?けどそんなん、気にしなくてええって。
ゲンジさんについてくんが嫌やったら、ウチちゃんと言うからな?そんなウチしおらしい女ちゃうからな?変に気ぃ遣わんでええよ。
ゲンジさんはゲンジさんで、気が向いたらまた剣士やって、気が向いたらまた剣士辞めて息抜きすればええんじゃ。
そんでもって、腕細くしたりムキムキにしたりして迷っとけばええよ。
ゲンジさんの横で、ウチはウチで楽しくやらせてもらうわ。」
「…………ミズハ。
本当に、お前ほどのええ女は、世界中探したって居らんな。」
儂が心の底から思ったことを口にすると、ミズハは昔みたいに照れて笑って
「何?ゲンジさん、今さら実感したん?
遅すぎるわ。25年前には気付いとかんと。」
と厚かましい指摘をしてきた。
◇◇◇◇◇◇
ミズハとの引退後の日々を通して、儂はやっと、己の人生の在り方を見つけることができた。
これからはミズハとともに、儂は迷いなく人生を楽しめるようになったと思った。
「ミズハの言う通りじゃ。
儂も、今やってみたいことをミズハの横で楽しくやってみようと思う。」
儂はそう宣言して、王都でまた剣を手にした。
「──儂は現役はもう引退した。
となれば、儂は後進の育成をしよう。」
サキリの街で装飾ナイフの職人達に指導していたミズハの姿を見て、儂は自分も若い世代に己の技術を継承しようと思い立った。
これまでは、儂の「クゼーレの太刀」の話を聞きつけた専門家たちが魔導騎士団の訓練場にやってきて、ミズハの太刀と儂の技を記録に残していっていた。そのうち王宮の指示で、公式に資料に残されたりもした。
それをもとに、我が「ガリュウ流」の剣術を指南、習得する者達も現れている……らしい。
…………そういえば、儂はずっと他人に記録や継承を任せていてばかりで、自ら太刀を誰かに教えることはなかった。本も書いたことがなかった。
儂がやってきたことといえば、魔導騎士団のエリート戦闘集団の者達に、実戦の指導をしていただけ。彼奴らは皆、思い入れのある儂の部下だが……太刀を使っている者は居らんな。
儂はそう思って、ミズハが王都で仕事を再開する横で、指導者として新たな人生を歩もうと思った。
………………思ったのだが。
そこには、想定外の「致命的な問題」が転がっておった。
◇◇◇◇◇◇
「──そうじゃな。
最初とはいえ、太刀の構え方や素振りばかりで終わってはつまらんからな。
まずはお主らの希望に応えて、基本の抜刀術から教えるとしよう。」
「ハイ!ありがとうございます!!」
キラキラと目を輝かせて儂に期待してくる、王都の「ガリュウ流」剣術教室の生徒達。
ミズハとの旅行を終えて王都での生活を再開させた、引退2年目の始め。
儂は自ら教え子を募るまでもなく、旅行から帰ってきてすぐに、噂を聞きつけた指導者に声を掛けられて特別指導のために剣術教室に呼ばれていた。
ちょうど後進の育成を思い立っていた儂にとっては、まさに千載一遇の機会だった。
………………しかし。
──キィン!
「…………どうじゃ。これが一の型じゃ。
皆、今見た通りに真似してみてくれ。」
儂は生徒達を見回した。
すると、生徒達は気まずそうな顔をして、申し訳なさそうにこう言ってきた。
「すみません。…………見えませんでした。」
「何っ?!」
儂は驚いた。
しかし、すぐに儂は反省した。
……そうか。儂は初めて己の生み出した技を継承する場を得て、年甲斐もなく張り切り過ぎてしまっていたようじゃ。
「すまんかった。
次はもう少し、分かりやすく見えるようにしよう。」
「ハイ!ありがとうございます!!」
儂は全神経を集中させて、ゆっくりと抜刀術を披露した。
──キィーン!
「……こういうことじゃ。
では、今見た通りに、皆やってみい。」
儂は生徒達を見回した。
すると、生徒達はすこぶる気まずそうな顔をして、申し訳なさそうにこう言ってきた。
「すみません。…………まだ、見えませんでした。」
「何っ!?!?」
儂は動揺した。
儂が来て実演を見せていたときには「神速だ!」「何も見えねえ!」と、期待と興奮で顔を輝かせていた生徒達。
しかし、いざ実際に指導するとなった段階で……生徒達は、儂の動きが目で捉えきれなかったことで徐々に顔を曇らせてしまっていた。
「やっぱり……『クゼーレの太刀』は【剣聖のゲンジ】本人じゃないと扱いこなせないのか……。」
「手加減してもらっている基本の型すらも見えないなんて……僕には、才能がないのかも。」
「『ガリュウ流』って、こんなに難しいんだ……俺には無理だ。」
生徒達が自信無さげに呟いている。
それを聞いた儂が焦っていると、教室の指導者がそっと気を遣って「ああ……では、生徒達がやっているのを見て、アドバイスをしていただけませんか?」と提案してくれた。
「そうじゃな。それならばできそうじゃ。」
儂は頷いた。
そして、生徒達の様子を見ながら、適宜アドバイスをしていった。
………………のだが、しかし。
「ふむ。筋が良い。よう鍛錬しとるな。」
「──!ありがとうございます!」
儂に褒められて満面の笑みを見せる生徒。
儂は未来ある若者に、より良くなるよう適切にアドバイスをしようとした。
「……そうじゃな。そこまでできとるならば、あとはもう少し無駄な力を抜いて『ヒュッ』とやるだけじゃ。
そうすれば、今よりも劇的に速くなるはずじゃ。」
「…………えっ?」
生徒が困惑する。
……たしかに、儂はあまり口で説明するのは上手くない。その自覚はさすがにある。
だから儂はすかさず、実際に違いをやって見せた。
「今、お主はこうやっておったじゃろ?
──こんな感じじゃ。」
「……あ、はい。……そんなに格好良く速くできてなかったですけど。」
「そんでもって、お主はここの力を抜くべきなんじゃ。
──で、こうじゃ。こう、ヒュッとな。」
「あ……すみません。…………見えませんでした。」
「そうか…………難しいな。」
「…………ですね。」
結局その日、儂は特別指導をしに来たはずだったのに、ろくに何も教えられずに終わった。
「【剣聖のゲンジ】さんが半端ないってことだけ、とりあえず痛感しました。」
「何も分からないことが分かりました。家に帰ったら家族に自慢します。『生のゲンジさんは目視できなかった』って。」
「超感覚派すぎて、説明も意味が分かりませんでした。凡人には理解できない……これがクゼーレの太刀の始祖……かっけえ天才っす。」
生徒達は一周回って満足そうにしていたが、儂は完全に打ちのめされた。
…………儂には、こんなにも「指導者」の才能が無いのか。
ここ数十年で、一番恥ずかしい出来事だった。
振り返れば、魔導騎士団にいた頃は、儂は周りに甘えておっただけじゃった。
魔導騎士団は王国最強のエリート戦闘集団。
儂の指導力が無かろうと、勝手に皆が、儂の意図を汲み取ってくれていただけじゃった。
「……セゴット。
お主、片手剣のことは何も知らんじゃろ?とりあえず、やりやすいように適当に振ってみろ。」
「分かった。」
「──ふむ。やはり勘が良いな。
しかし、あまりにも振り方がナイフじゃ。……型を覚える前に、まずはもう少し全体的に『ピッ』とやるのをやめろ。──こう、『シュッ』とやれ。」
「……分かった。」
「──!そうじゃ!その感覚じゃ!それを忘れるでないぞ。」
「何はしゃいでんだよ爺。」
「ゲンジ団長。模擬戦を見ていただき、ありがとうございました。何か気になった点があれば、ご指導の程お願いします。」
「……うむ。そうじゃな。
儂はドルグスの武器に関しては門外漢だが……さっきの、あのドルグスがやり辛そうにしとった場面があったじゃろ?」
「ああ、はい。分かります。キリナード副団長にフェイントを掛けられて左切り上げをされたときですかね。」
「そうじゃ。そのときドルグスは──こうして──こう『ガッ』とやっとったが、あそこは一旦、素直に受けてから切り替えて──こう『シュッ』と斧で返せば良かったのではないか?
ドルグスならば出来るじゃろ。明らかにあの場面だけ動きが鈍くなっとったぞ。勿体無い。」
「──!たしかに。あのとき俺は、即座にカウンターを打とうとし過ぎていました。ゲンジ団長の今の立ち回りの方が理にかなっていますね。アドバイスありがとうございます。」
振り返ってみたら、魔導騎士団の者達は皆、優秀じゃった。
そして儂の指導は、すべて相手の理解力ありきのものじゃった。
………………ふむ。
もうええわ。「指導者」はやめじゃ。儂には向いとらん。
儂はそうして、一日で後進育成の道を諦めることにした。儂の「ガリュウ流」の剣術の伝承は、儂を観察した専門家や、その記録や文献を読み込んだ他の指導者達に任せることにした。
ミズハの哲学に感銘を受けていた儂は、その決断をあっさりとすることができた。
……しかし、儂があっさりと後進育成を諦めた、翌日。
儂の元に、意外な人物からの「指導」の依頼が舞い込んだ。
断ることなどできなかった。
──何故なら、それは我がクゼーレ王国の第一王子殿からの直々の依頼だったからだ。




