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6 ◇ 強さの価値と安堵の引退

全12話(執筆済)。基本毎日投稿の予定です。

 日差しが眩しい、ある夏の日。

 王都から遠く離れた、地方の人里近くの渓谷。


 儂ら魔導騎士団は領主からの通報を受けて出動し、魔物討伐の任務に当たっていた。



 シュッ──……!



「………………終わりじゃ。」



 凶暴化した雷鳴狒狒(ヒヒ)に一閃。


 魔物の心臓を確実に斬った手応えを感じながら、儂は小気味良い音をチンと鳴らして愛用の太刀を鞘に納めた。



「──ッ、まだ()()()()()()ぞ!油断するな!」


「「「ハイッ!」」」


「──ドルグス!!」


「はっ!承知!」



 儂が納刀をキメている遥か後方で、第1部隊の者達が警戒を解かずにわちゃわちゃとしている声がする。

 儂が立ち上がり振り返ると、咆哮を上げ前足を川面に叩きつけた雷鳴狒狒の脇腹に、ドルグスが棍で強烈な()()()()()を喰らわせていた。


 そしてその直後、ドルグスが殴ったところ──()()()()儂が斬った心臓から鮮烈な血が吹き出し、雷鳴狒狒は断末魔の叫びを上げながらぐらつき、その場へと崩れ落ち死に絶えた。




 ………………ふむ。



「……すまんかった。トドメは刺したんじゃが。」


 儂は第1部隊の皆に謝った。


「いえ。お見事でした。ゲンジ団長の本気の太刀は、まさに『神業(かみわざ)』ですね。」


 ドルグスが武器を背負い直し、感心しながら頷く。

 だが儂にはその言葉が、嬉しくもあり恥ずかしくもあった。


「むう……しかし、儂は強くなるために技を磨いておるのじゃが、こうなると本末転倒じゃな。

 ミズハの言っとった『神速の域』に至ったとて……それは『強さ』ではないのかもしれんな。真の意味で強くなるには……どうしたらええんじゃ。」


 儂は考え込んでしまった。



 ──「天才が打った太刀を達人が使えば、恐ろしいことが起きるんやって。

 ……あまりにも速すぎて痛さすら感じられんくて、斬られた相手は自分が死んどることに気付けず数十秒間は生きてられんの。

 どう?恐ろしいじゃろ?」


 ……もう30年近く前の話か。17歳の頃の儂に、ミズハが教えてくれた太刀の真髄。


 儂は師も()らず型も知らんところから始まって、ようやくこの真髄を究めることができた。

 儂の力で、太刀を打った鍛治師ミズハが「天才」であると、証明できた気がしていた。


 トドメを刺されてからも数秒動けるなどという、生易しいものではない。

 己の死にすら気付けずに数十秒生き続ける──生死の(ことわり)を覆すほどの剣。


 それこそが太刀の「強さ」の極みじゃと思っとった。


 思っとったのじゃが──……



「殺したところで平然と何十秒も動き続けられては、仲間を危険に晒す時間が無駄に伸びるだけじゃな。

 ……よう考えたら、戦いの場では何の役にも立たんわ。むしろ迷惑じゃった。

 もうちょい遅くして、分かりやすく斬る方がええか。」


 儂は反省した。


 団長の儂と共に、人里近くの渓谷に現れた大型の雷鳴狒狒の討伐に来ていた第1部隊。その第1部隊の者達は儂の姿を見てひそひそと


「(ゲンジ団長がまた一人反省会してるぞ!)」

「(『強くなり過ぎて皆に迷惑』って、どんな反省の仕方だよ!俺も一回やってみてえよ!)」

「(……いや、でも実際、無駄技術だよな。)」

「(分かる。斬った後も魔物が普通に動いてるって、たしかに凄すぎるけど僕たち的には困るもんな。)」

「(ってか、速すぎてぶっちゃけ俺らも見えてない。)」

「(本当にトドメ刺されてんのか、なんなら不安になるよな。)」

「「(なー。)」」


 などと言い合っていて、それらがまたさらに儂の恥ずかしさを助長していた。



「……(とき)を置き去りにする『強さ』か。

 いかに優れていようとも、それで()()まで置き去りにしてはいかんな。」



 幾つになっても、気付きは多くあるものだ。


 儂はこうして成長するたびに「現役を続けていて良かった」と、内心で思っていた。


 もちろん、それ以上に「ミズハのために早く引退したい」という想いの方が強かったが。



◇◇◇◇◇◇



 さて。

 領主から通報を受けていた「雷鳴狒狒の討伐」は遂行した。


 あとはもう一つ。嫌な連絡を受け取ってあったが……


「──っ!見つかりました。」


 第1部隊員の一人が、浅い川の岸から少し離れた茂みのところで声を上げる。その声を聞いて、団長の儂と他の第1部隊員達も皆で足早に駆け寄った。


 今回の地方領主からの通報。


〈ある住民から『夫が山菜採りに行ってから丸一日経っても()()()()()()』という相談を受けていた。

 その翌日、他の住民から『渓谷で大きな魔物らしきものの影を見た』との報告があった。

 恐らく、魔物の仕業だ。『魔導騎士団』に出動をお願いしたい。〉


 雷鳴狒狒は極めて獰猛。腹が減っていようといなかろうと、相手がいかに弱かろうと、目の前に同種の魔物以外の生き物が現れたら全力で殺しにかかってくる。素人ならば、遭遇したらまず助からないだろう。

 その「ある住民」の「夫」が、もし迷子になっておるか足を挫いてどこかで動けなくなっておるわけではないとしたら……


「…………やはり、手遅れじゃったか。」


 喰い物にする気すらなかったのか、そこには見るに耐えない無惨な姿に成り果てた……()()()()()()が、打ち捨てられていた。


 儂らは皆で静かに黙祷を捧げ、それから身元の確認ができそうなものを探した。

 亡骸は身元が分かるような状態ではなかったが、周辺を見渡して、すぐに団員の一人が何かをそっと拾い上げた。


「……あ、これ。

 奥様がおっしゃっていた、ロケットペンダントが……。」


 やめてくれ。

 家族を想い肌身離さず身に付けていたのであろう、少しだけ高価なロケットペンダント。

 ……それ系の遺品は、精神的に(こた)えるんじゃ。


 儂と同じように皆も苦々しく顔を歪め、そっと思い思いの方向に目を逸らしていた。


「……あとは、()の方の遺体を()()()()()じゃな。」


 儂がそう言うと、横にいた第1部隊長のヘンリーが複雑そうな顔をして呟いた。


「この状態では……悩みますね。」



 魔物を倒した後に、残された仕事。


 ──魔物に襲われ殺された人間の()()()()


 人間の死体が、また新たな魔物の餌にならないように。他の魔物や獣たちに人の味を覚えさせてしまわないように。

 魔物に襲われたと思われる行方不明者がいる場合はできる限り捜索をし、もし亡骸を見つけたら放置せずに(とむら)うのだ。


 その弔い方は「その場で高火力魔法で火葬する」か、「亡骸を持ち帰り遺族のもとに帰す」の二択。

 どちらにするかの判断は、亡骸が遺族に見せられる状態か否かによる。


 家族からすれば、最後に一目でもいいから会いたいと思うのが当然だろうが……しかし、な。



「…………ここで火葬してしまおう。

 ペンダントと、原型を留めておるこの右足の靴を持ち帰ることにする。」


()()()()()()()であっても帰してほしい」と願う家族がいるのは百も承知。火葬(これ)が正解だとは限らない。


 しかし……この姿を見たとしたら、耐えられんくなる可能性の方が高いじゃろう。

 悪夢に魘され、泣いて精神を病んでしまうくらいなら……どちらも辛いが、見ん方がええ。


 儂は苦渋の思いで、判断を下した。


「分かりました。そうしましょう。」


 第1部隊員達が頷く。

 それから儂の判断通りに、魔法技術に特化した中衛の者達が再び黙祷を捧げた後、複数人で詠唱して一気に遺体を高難度魔法の業火で焼き尽くした。


 骨も残らず、匂いも無い。

 地面に残されていた血の跡まで、業火で上書きがなされた。


 これで新たな魔物や獣に、人々が襲われる危険は減るじゃろう。


 そうして儂ら討伐部隊は、粛々と近くの人里──彼の家族の住む町へと戻った。



◇◇◇◇◇◇



 町に戻り、領主に討伐完了の報告をする。

 町の中心にある領主邸の開放された正門のところには、田舎まで遥々やってきた魔導騎士団を一目見ようと駆けつけてきた領民達……そして、行方不明になっている男性の安否を知りたがり、魔導騎士団の帰りを待っていた者達がいた。


「討伐した雷鳴狒狒の大型個体の生息域で、こちらを見つけました。

 ……ご遺体は損傷が激しく、一部しか残っておりませんでしたので、我々で火葬させていただきました。」


 儂の領主への討伐完了報告に続いて、第1部隊長のヘンリーが代表して、「ある住民」──亡くなった男性の妻に、遺品のロケットペンダントと片方の靴を丁重に手渡した。


 亡くなった男性の母親だろう。老齢の女性が涙を流しながら、儂らに「息子を見つけてくださって……ありがとうございました。」と、振り絞るようにして礼を言ってきた。

 息子を失った悲しみの中でも、懸命にこの場では理性を保って儂らに負の感情をぶつけずに堪える。……なんとも、できた御方だった。



 ……だが同時に、悲しみを堪えきれない御方がいた。



「…………どうして、主人は帰ってこないんですか。

 どうしてあなたたち()()が、帰ってきたんですか。」



 ヘンリーに渡されたペンダントと靴にパタパタと涙を落としながら、わななく女性。


 愛する夫を失った……彼の妻、その人だった。



「っ、どうして……もっと早くっ……主人の行方が分からなくなってすぐに、来てくれなかったんですか。

 あなたたちがもっと早く来てくれたら……っ!主人は助かったかもしれないのに!」


「……やめなさい。」「魔導騎士団の方々に言うことではないだろう。」


 震えながら怒りを口にする彼女を……恐らく彼女の両親だろう。先ほどとはまた別の老齢の女性と男性が、辛そうな顔をしながらもそっと(たしな)めた。


 ──魔導騎士団に領主が通報した時点で、彼女の夫は丸一日帰ってきていなかった。

 そして、先ほどの遺体の状態。……明らかに、死後数日は経っていた。

 彼女の指摘は的外れ。

 今回の件は明らかに手遅れで、魔導騎士団が彼を助けられる可能性は、ゼロだった。それは領主や他の領民らも、当然察しているようだった。


 …………だがそれでも、彼女は止まらなかった。


 皆が暗い顔をして押し黙る中で、一人だけ……彼女は儂らに、どうしようもなく理不尽な怒りをぶつけてきた。



「ふざけないで!

 私の主人を()()()にしておいて──っ、彼のペンダントと靴だけを持って帰ってくるなんて!私にこんなもの、渡さないでよ!!


 彼を返して!彼を返して!──っ、彼を家に帰してよ!!」



 そうして声を上げて泣く彼女。

 亡くなった男性の妻の悲痛な叫びが、我々の身を切り裂いた。



 …………やはり、な。

 彼女の望みは「彼の帰宅」だったが……それを裏切って遺体を持って帰って来んかったのは、正解だったようじゃ。


 儂は口には出せんことを、妙に冷めた頭で思った。



 ……「慣れ」というのは、恐ろしくも、ありがたい。


 魔導騎士団に入団して23年。

 儂は今までこうした人々の死にも……時には仲間の死にも、幾度となく遭遇してきた。

 毎度心を痛め、激しく落ち込み、気が沈み──……そしていつしか、()()()しまったのだ。


 人々の涙に。遺族の怒りに。……仲間を失う、悲しみに。


 ──今日の彼は、致し方なかった。犠牲者を1名に抑え、仲間を欠かずに魔物を迅速に倒せただけでも、儂ら魔導騎士団としては上出来じゃ。


 少なくとも頭の片隅でそう考えていられる程度には、儂は平常心を保てていた。



 しかし「慣れた」とは言っても、しんどいものはしんどい。まったく心が痛まなくなる日は、さすがに一生()んじゃろう。

 命を懸けて危険度最大級の魔物の前に躍り出ていくときよりも、儂はこの瞬間の方が、何倍も……何十倍も苦手だった。


 そして、それは儂だけではない。団員の皆にとっても同じこと。

 特に、この第1部隊で一番の若手であるドルグスは、彼女の叫びが、しんどくて仕方がないようだった。


 入団したその日から歴戦の猛者の如き安定感を誇っていたドルグス。

 ドルグスは今日も凶暴化した大型の雷鳴狒狒に微塵も臆さず、冷静に追撃を叩き込んでいた。入団してまだ2年目だというのに、実戦での初々しさなど、もう欠片も見えないほどに強い。


 そのドルグスだが──……この「感謝されない討伐帰還」は、今回が初めての経験だったはず。


 ドルグスは何かを言いたくて、でも何も言えない歯痒さを……今この場で、隠すことなく顔に出してしまっていた。



 …………ドルグス。


 お主が今、相手を睨んでいるわけでないことは、儂ら仲間には分かる。

 お(ぬし)はただ耐えておるだけじゃな。……遺族の悲しみを受け止めきれん己に。この、初めての辛さとの邂逅に。


 だが、()()()を見せてはならん。遺族には。


 お前にそのつもりはなくとも、遺族は睨まれているように感じてしまうかもしれん。

 ……お前に「正論」を突きつけられているような気になってしまうかもしれんのじゃ。


 謝る必要はない。……儂らも人間じゃからな。すべての言葉を真に受けて傷付く必要はない。


 だが、どれだけ理不尽な悲しみと怒りをぶつけられようと、相手に強い視線は返すな。

 まだ現実を受け止めきれておらん家族に、真っ直ぐな視線を寄越すな。


 魔物との対峙よりも苦しいかもしれんが……今はただ、受け止めるんじゃ。それがまだ難しければ、とりあえず俯いて足元を見ておけ。



 ──と、さすがにこの場でドルグスに指摘してやることはしない。この手の指導は、また明日以降で良いのだ。


 儂は実直な若者のドルグスを隠すようにして後ろに下がらせ、部隊長のヘンリーと共に並んで団員達の前に立った。

 そして討伐と()()を終えたばかりで疲弊しておる団員らの壁になるようにして、数分だけ、帰らぬ人となった彼の妻の涙の訴えを受け止めた。

 それから彼女が一通りの感情をぶつけ終えたところで、老夫婦が泣き崩れる彼女を下がらせて──その様子を見た領主が申し訳なさそうに、儂ら魔導騎士団に静かにもう一度礼を言ってきた。


 そうしてようやく、儂らの役目はすべて終わった。


 儂らは馬車に乗り込んで、半日掛けて馬車に揺られながら、王宮の魔導騎士団施設へと戻ったのだった。



◇◇◇◇◇◇



 最後は辛い討伐遠征だったが、儂と同じように経験を積んできている団員達は、()()()()()を覚えている。

 半日掛かりの帰還の道中で、徐々に気持ちを切り替えて、馬車の中でも少しずつ雑談を増やし、段階を踏んで──……そうして王都に着く頃には、普段通りの表情にきちんと顔を戻していた。


 しかし、まだ若い団員達や今回が初めての経験であったドルグスは、切り替えるための最後の一押しが、上手くできないようだった。

 少しずつ今日の悲しみを忘れていくための先輩団員達の雑談を、無理矢理取り繕った表情で聞き、中途半端な相槌で終わらせて──……堅い表情のまま王都に帰ってきた。


 そして、時刻は夜の8時。

 儂らは、王宮に向かって真っ直ぐに伸びている夜の大通りを進んでいった。

 夜にも関わらず魔導騎士団の隊列を見に詰めかける沿道の民衆。……地方の一人の民の死を知らない王都民達の平和な歓声を受けながら、儂らは魔導騎士団の施設へと戻ってきた。



「──団長、第1部隊のみんな、おかえり!」


 魔導騎士団の訓練場へと戻ると、儂ら出動部隊の到着を待っていた副団長のキリナードが、皆をいつもの調子で出迎えてくれた。


 場数を踏み「慣れた」ことで、すでに日常に上手く戻れているベテラン団員達。

 そして、いまだに沈んだ気持ちを整えきれない、初々しい若手団員達。


 団長の儂と第1部隊長のヘンリーは、部下達を労い今日の締めの言葉を述べた。

 それから二人で沈む若手達に、軽く声を掛けた。


「今日は最後はしんどかったな。お疲れ。……けど、あんまり引き摺るのも良くないからな。とりあえず、この後はゆっくり休め。」

「そうじゃ。お(ぬし)達は十分(じゅうぶん)ようやった。

 まだ慣れんかもしれんが……そのうち、気持ちの整理も上手くできるようになる。気にし過ぎんこと、抱え過ぎんことが大事じゃ。

 まずは今日の自分をたくさん褒めてやれ。」


 すると、声を掛けている儂らの(そば)に、副団長のキリナードが自然にスッとやってきた。


「みんなお疲れ様。

 ──ちょうど良かった。今日の昼に、事務局から差し入れをもらってたんだ。そっちに置いてあるから、帰る前に取っていってくれ。

 ついでに談話室で茶を淹れて飲んでいってもいいし。疲れには、やっぱり甘い物。とりあえず何か食べるといい。(かず)的に……お前らだけ、2個取っちゃっていいぞ!」


 団内きっての大食漢のキリナード。キリナードもまた「慣れて」いる。

 いつもらしく、此奴(こやつ)らしく……キリナードは団員達に、真っ先に差し入れの菓子を勧めてきた。


「……ふっ。

 ありがとうございます。いただいていきます。」


 討伐を終え帰ってきて……キリナードの「菓子を2個」のしょうもない特別感に、ようやく日常を感じたのだろう。

 いつにも増してずっと堅く険しい表情のままだったドルグスが、キリナードの言葉で表情を崩して少しだけ笑ったのが分かった。




 ──……ああ。もう大丈夫じゃな。


 儂はもう、引退じゃ。




 儂はふと、そう思った。


 キリナードに劇的な成長があったわけでもない。

 いまだに此奴(こやつ)は「辞めないでくださいゲンジ団長〜!」と、情けない声でしょっちゅう儂に(すが)ってくる。


 しかしこの瞬間、儂はやっと、キリナードの真の「強さ」をはっきりと理解した。



 ──団員らの強き心を纏め上げるためには……王国最強の戦闘集団を率いるには、団員らを超える「強さ」が必要なんじゃ。


 儂は1年半前、そう思っとった。

 そしてキリナードには「自信」が足りておらんと……だから団長はまだ無理じゃと、勝手に心配しておった。



 …………そんなことはないな。大丈夫じゃな。


 多少自信が足りんくても、たいした問題ではないわ。



 キリナードは儂と(ちご)うて、絶対に仲間を置き去りにせん。



 剣も、心も。

 団員達を超えて遠くに行き過ぎたりしない。仲間と足並みを揃えて進む。

 キリナードは、儂にはない「強さ」を確実に持っとるんじゃ。……此奴を信じきれてやれんかった、儂の方が愚かじゃったな。



 そのことに気付けた儂は、心の底から安堵した。


 そして儂は今度こそ……今度こそ、今年度での引退を決意したのだった。



◇◇◇◇◇◇



「幾度か機を逃してしまったが……儂は今日を以て、魔導騎士団を引退する。

 この国の未来はお(ぬし)達に託す。老いぼれは去るのみだ。

 ……皆、世話になったな。達者でな。」



 ──……ついにこの日が来た。



 二度も引き延ばしてきた宣言を、儂はついに実行した。



「『老いぼれ』だなんて……!ゲンジ団長はまだ4()4()()じゃないですか……!」

「ゲンジ団長は言動が終始ジジ臭いだけで、まだまだ余裕で現役なのに……!」

「でももう、さすがに無理だよな……ここまできちゃったら……。」

「くっ!……また今回も2()()いてくれたから、もうこのままずっと居続けてくれるものだと思っていたのに……っ!」


「「「ゲンジ団長ぉ〜〜〜!!」」」


 想定通り、儂の部下──王宮直属の最強戦闘集団「魔導騎士団」の団員達は、口々に嘆いてきた。


 ……しかし、それも今日まで。

 明日からは此奴(こやつ)らは儂の部下ではない。新団長キリナードのもとで、新たな時代を築くのだ。


 口を(すぼ)めて目に涙を浮かべ変顔の極みをしているキリナードに向かって、儂は激励の言葉を掛けた。


「これからはお主が中心となって、皆を鍛え率いるんじゃ。

 キリナードならばできると、儂は確信しておる。後のことはよろしく頼むぞ。」


「──っ!うぅ〜!やっぱりゲンジ団長のいない騎士団なんて考えられませんんン!!」


 そう言って誰よりもみっともなくボロボロと泣き出したキリナードの横で、明日から第2部隊長へ昇格となることが決まっているセゴットが、いつもの調子で煽るように笑った。


「いいじゃん。口うっせえ(じじい)より気ぃ(よえ)えキリナードの方が全然楽だわ。オラさっさと引退しろよ爺。お疲れ。」

「ほれ。セゴットもお前の方がいいと言っとるじゃろう。自信を持て。」

「いや……これ、僕が舐められてるだけじゃないですか……。」


 キリナードが複雑そうな顔をして肩を落とす。

 そんなキリナードのことを、後方に控えていたドルグスが優しく力強く励ました。


「キリナード副団長の仲間を第一に思う優しい心と、着実に物事を見定める慎重さは、俺たち団員にとってとてもありがたく、頼もしいものです。自信を持ってください。

 これからは俺たちも全力でキリナード新団長を支えます。皆で力を合わせて頑張りましょう。」

「ドッ……ドルグス〜〜〜!お前ぇ〜〜〜!!」


 キリナードが少し自信を回復してドルグスに感謝の鳴き声を発する。


「全部『気ぃ(よえ)え』の言い換えな。物は言いようっつーやつだよな。」

「セッ……セゴットーーー!お前ぇーーー!!」


 キリナードが情けない顔で憤慨してセゴットをポカポカと殴った。


 …………やれやれ。

 最後まで騒がしい奴らじゃ。


 じゃが、もう儂が居らんくても……此奴らは皆、しっかりやっていけるじゃろう。


 これからはキリナードたちが新時代を築くんじゃ。

 儂が16年間率いた魔導騎士団よりも、確実に、次の新時代は強くなる。

 此奴らは、儂を確実に超えていく。


 儂は微笑ましい部下たちのじゃれ合いを見ながら、そう確信し──……最後に安心をした。


 そうして儂は(よわい)44にして、ついに念願の引退を果たしたのだった。


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