5 ◇ 引退を引き止める臆病者(後編)
全12話(執筆済)。基本毎日投稿の予定です。
「──我が名は【ドルグス・モンド】。
本日より、前衛として第1部隊に所属することとなりました。
先輩方、何卒ご指導のほど、よろしくお願いいたします。」
「うむ。期待しておるぞ。」
「よろしくな!ドルグス。」
「っつか、何で今日もいんの爺。引退すんじゃなかったのかよ。」
「指導だなんて!俺たちの方がいろいろ教わりたいくらいだよ!」
「ようこそ魔導騎士団へ!これから一緒に頑張ろうな!」
新年度初日。
王国最難関と呼ばれる入団試験に今回合格したのは、たったの1名。
しかしその唯一の新人は、弱冠20歳にして、まさに戦神の如き強さを誇っていた。
──クゼーレの「北の砦」モンド辺境伯の甥【ドルグス・モンド】。
キリナードが言っていた噂は本当だった。
恵まれた体格に、鍛え抜かれた筋肉。後ろに撫でつけられた紫紺の髪と燻銀の瞳。
そして誠実謙虚な姿勢でありながらも、滲み出る誇り高き精神。
まるで、建国史に記されていた初代モンド辺境伯の生まれ変わりのような男だった。
そして儂は団長として、ドルグスを魔導騎士団に迎え入れていた。
「通常は新人研修期間を1ヶ月設けてからの新体制移行だが、今年度は新入団員がドルグス一人じゃ。
訓練の様子次第では、即戦力として討伐遠征の部隊に早速入れるのもよいじゃろうな。」
「いかようにも。
全身全霊、粉骨砕身、王国全土の民を守り抜くために戦う所存。魔物の前に立つ覚悟はいつでもできております。」
「頼もしい!」
「期待の新人が過ぎる!」
「貫禄がすでに歴戦の猛者のそれ!」
「っつか、爺は何ニヤけてんだよ。気色悪いな。引退すんだろ?とっとと帰れよ。」
「(セゴットお前ーーー!)」
「(さっきからそれに触れるなって!)」
「(ゲンジ団長の気がまた変わって『やはり引退じゃ』とか言い出したらどうすんだよ!)」
「…………?」
「あっ!いや!ドルグスくんは何も気にしなくていいからな?」
「そうそう、大丈夫!すぐに慣れるから。今はとりあえず聞かなかったことにしてくれ。」
ちょくちょく挟まるセゴットの発言を必死に掻き消そうとする団員達。
期待の大型新人ドルグスは、団長の儂に不遜で無礼な態度を取る異質なセゴットを訝しみつつも、疑問は口にせず大人しく団員達の様子を観察していた。
恐らく、第一印象から変に先入観を持ってしまわないよう懸命に自制をしているのだろう。
……何と頼もしい、安定感のある若者か。セゴットが来たときとはえらい違いじゃ。
ドルグスの堅い挨拶と宣誓からは、強い覚悟と揺るがぬ自信が感じられた。そしてその表情は──年相応の青年の、新たな世界への期待と希望に満ちていた。
幼い頃からモンド一族の誇りと愛国心を教え込まれた、質実剛健な強戦士。しかしそれは決して洗脳ではない。根幹にはドルグス本人の自由意思と人格が、たしかに存在してるように見えた。
子を一人の人間として愛し尊び、その上に一族の理念を積み重ねてゆく。
それこそがモンド一族の600年以上続く強さの秘訣。北の砦の戦士の育て方ということか。
何と単純で、当たり前で……この上なく難しいことか。
──まだまだ儂は「クゼーレの武の精神」を学び、強くなることができるのか。
儂は22歳も下のドルグスの一言一言を聞きながら、早速感銘を受けていた。
◇◇◇◇◇◇
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「…………ミズハ。何度もすまん。約束の一つすら守れん男で、本当に悪いと思っとる。
じゃが、あと1年。……あと1年だけ、待ってくれんか。儂は一人の武人として、最後にどうしても、建国の戦士の技術を学び得たいんじゃ。」
数ヶ月前。
未知の武器「合成棍斧」を手にして入団試験にやってきた若者を一目見たとき、儂の中に衝撃が走った。
単なるその強さへの驚愕ではない。
儂はその瞬間に、直感的に思ってしまったのだ。
──儂の太刀は「未完成」だと。
儂はまだまだ強くなれると……その若者の武器の連撃を見て、そう思ってしまったのだった。
「斧に棍棒。二つが合わさった渾然一体の武器『合成棍斧』。
どちらも重量級の力で捩じ伏せる、圧倒的な破壊力を誇る武器じゃ。
──しかし、モンドのそれは素早く正確無比じゃった。
若く荒削りではあるものの、決して力が先行してはおらんかった。
……それを見て、儂は齢42にして、ようやく気付いたんじゃ。
彼奴の棍斧のような重量級の武器こそ、精度が本質。
そして、儂の太刀のような軽量級の武器こそ、強度が本質なんじゃと。
過剰な筋力は、太刀の威力を削ぎ落とす錘となる。素早さと正確さを極めることが太刀の頂に至る道じゃと思っとった儂は……浅かったんじゃ。
儂は、己の非力さに甘えとっただけじゃ。儂はまだ、ミズハの傑作の太刀を活かしきれておらんのじゃ。」
儂はミズハに深く頭を下げながら、そう伝えた。
するとミズハは、儂の頭上で溜め息をついて笑った。
「なんや仰々しいこと言うとるけど、要は『もうちょい鍛えて腕太くして剣振ってみたい』って言いたいんやろ?
何年でも鍛えればええよ。ムキムキなゲンジさんもおもろそうじゃ。」
「…………まあ、言うてしまえばそういうことじゃ。」
儂はみっともなく頷いた。
ミズハの前で言ったことは、嘘偽りない本心だった。
……だが、もう一つの理由は言えんかった。
儂はキリナードを見下しているつもりはない。己が優れた団長だなどと、思い上がっているつもりもない。
次期団長に相応しい男として、キリナードを心の底から認めておる……つもりだった。
しかし儂は、入団試験でドルグスの実力と人となりを目の当たりにして、直感的にこう思ってしまったのだ。
──キリナードには、此奴らを率いるのはまだ無理じゃ。
戦士の闘志と、忠義と覚悟。
団員らの強き心を纏め上げるためには……王国最強の戦闘集団を率いるには、団員らを超える「強さ」が必要なんじゃ。
それがなければ……瓦解する。
団員らに不安と恐れが広がり、失望と軽蔑が生まれる。
そしてそれは命を懸けた戦場で、いずれ命取りとなる。
──……キリナードには、強者達の上に立つ「自信」が、まだ決定的に足りとらん。
……と。儂はそう思ってしまった。
だから、あと1年。
あと1年で、儂がキリナードを鍛え上げねばならんのじゃ。
儂はミズハの前では口には出さずに、心の内で決意を固めたのだった。
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◇◇◇◇◇◇
儂の真の心残りにして悩みの種である副団長キリナード。
此奴は今、見るからに温厚そうな顔を頑張って険しくして、一生懸命セゴットに厳しくしようとしていた。
「おいセゴット!ドルグスはお前の大切な後輩なんだぞ。
団長に茶々を入れてドルグスを困らせていないで、ちゃんと挨拶をするんだ。」
儂に甘えているとはいえ、キリナードも本人なりに次期団長として威厳を身につけようとしているのだろう。
そんなキリナードの奮闘を受け、セゴットは呆れたような眼差しを軽くキリナードに寄越してから、新人のドルグスの方に視線をスッと移した。
「……ドルグスっつったっけ?
お前、当主に命令されて来たんだっけ?『魔導騎士団に入ってこい』っつって。」
唐突な質問にドルグスは若干困惑しながらも、素直に頷き誠意ある返答をした。
「……いかにも。
次代の王と王国を支える力となるべく、伯父貴より使命を承り、ここへ参りました。」
──瞬間、セゴットの眼帯に隠れていない片目の目元がピクリと動いたのを、皆はすぐに察知した。
(──やばい!)
団員達の気配が皆、先ほどまでとは違い、本気の警戒に変わった。
「……ふーん。
で、その《使命》って何なの?『国の力になる』って何?
それってただの適当な建前で、実際はお前が役に立たねえからその伯父貴に捨てられたんじゃねえの?」
「──!?」
それまで武人然としていたドルグスが、驚きのあまりギョッとしてセゴットを見た。
まるで、未知の化け物でも見るかのように。
セゴットの魔導騎士らしからぬ無礼を超えた言動。そしてあまりにも相容れない荒んだ価値観に、さすがに動揺を隠せなくなったようだった。
「…………俺は捨てられてなどいない。
俺はモンド一族の可能性を新たに切り開くために、出身領を離れて王都へ来ました。
俺たちの心技を外の世界に伝え、外の世界の心技を一族の皆に伝える。互いに刺激し合い研鑽し、共に高みに上るために。
……これが『国の力』になるということ。『次代の王を支える』ということ。
俺にしかできない、モンドの血を引く俺の《使命》です。
俺が選ばれ送り出されたのは、伯父貴と一族の皆が、俺に一番の期待をかけてくれたからです。誇りこそすれ、『捨てられた』などと嘆く要素はどこにもない。」
由緒正しき武闘派一族の中で、真っ直ぐな愛と厳しさを一身に受け育てられた【ドルグス】。
悪意の蠱毒のような暗殺組織の中で、歪んだ情と期待を身体に刻み込まれ育てられた【セゴット】。
あまりにも対照的な二人の会話は、まるで修行者同士の問答のようだった。
…………そして。
己の人生を懸けたドルグスの真摯な答えに、セゴットはあの儂との初めての手合わせのときのように、ガッカリした顔をした。
「はぁ…………アホくさ。
自分にしかできねえことなんて、魔導騎士団にあるわけねえじゃん。」
「……モンドの血を引く俺にしか、できないことがある。皆に示すことができる魂がある。
貴方もそうではないのか。己の力を以てしか拓けない道があるのではないのか。」
ドルグスは侮辱された怒りを堪えるようにしながら、低い声で力強く返した。
しかしセゴットは、微塵も響いていなさそうにドルグスに対して平然と言い放った。
「は?ねえよ。んなもん。
魔物殺す仕事なんて、俺じゃなくてもできんだろ。ここにいる奴なら誰にだってできんじゃん。」
「………………。」
「お前だってそうだろ。別にお前がその変な武器使おうが俺が魔物ただ殴ろうが、結局殺せれば全部同じじゃん。
俺とお前の役目なんて変わんねえよ。」
「………………。」
ドルグスだけでなく、団員達も皆、重い沈黙に包まれた。
セゴットの逆鱗の一つにして、唯一の生きるための原動力。
──「自分の人生を見つけろ」という、アーガン伯爵家のお嬢からの命令。
果たしてその《人生》とは何か。王国の力となる、己の《使命》とは何なのか。
その問いに対する答えは、セゴットが入団して2年と数ヶ月が経った今でも、誰も上手く教えてやることはできていなかった。
儂は沈黙の中、横目で副団長のキリナードの様子を窺った。
そして、キリナードが平団員達と同様に気まずそうにしていることに内心で溜め息をつきながら、儂はセゴットに指導を入れた。
「……もうよい。黙れ、セゴット。お前の主義主張が何であれ、それを皆に押し付けるでない。」
儂がセゴットを咎めると、セゴットは苛ついたように儂を睨みつけてきた。
「は?押し付けてねえし。ただ質問しただけじゃん。
っつか、いつまで『新入り歓迎会』やってんだよ。もう訓練開始の時間じゃねえの?さっさと今日の《仕事》しようぜ。
……オラ、とっとと指示しろよ。《使命》果たせよ団長。」
………………たとえ答えが分からずとも。
此奴と同じように、人生に迷っていようとも。
団長として、儂は開き直って偉ぶることしかできんのじゃ。
キリナードもさっさと開き直ればよいのだ。ハッタリの自信でもよいのだ。
団長としての中身など、後から伴う……いや、伴っておらずとも、儂程度にはそれらしくできてしまうものなのだから。
「お前は思想の善し悪し以前に、まずその態度を恥と思え。
他者を思い遣り敬うことを覚えろ。」
「──痛っ!……チッ!クソが!」
セゴットは本当に悪意なく、ただ純粋にそれらを疑問に思い尋ねただけなのだろう。
儂はそのことから逸れた指摘だけをして、太刀の鞘で頭に一発浴びせた。




