4 ◇ 引退を引き止める臆病者(前編)
全12話(執筆済)。基本毎日投稿の予定です。
「儂は今度こそ、今年度を以て引退する。この国の未来は若い者達に託そうと思う。
老いぼれは去るのみだ。……皆、世話になったな。」
──……言ったぞ。
2年前に一度撤回した言葉を、儂は今日、再び口にした。
「『老いぼれ』だなんて!ゲンジ団長はまだ42歳じゃないですか!」
「ゲンジ団長は一人称の『儂』と直しきれてない訛った語尾がジジ臭いだけで、まだまだ余裕で現役です!」
「団長、『あと1年』と言いつつ結局2年いたじゃないですか!てっきりもう、このままずっといてくれるのかと!」
「そうですよ!やっぱりゲンジ団長、この仕事が好きなんじゃないですか?!」
「「「辞めないでください!!」」」
想定通り、儂の部下──王宮直属の最強戦闘集団「魔導騎士団」の団員達は、口々に喚いてきた。
「儂が2年おったのは、妻が打った新たな太刀をたった1年で錆びさせるのが勿体なかったからだ。
だが、もうやり切った。もうよいのだ。……儂はもう、ええ加減に妻を幸せにしてやりたいんじゃ。」
「そんな……継続も引退も、動機が全部『ミズハさん』だなんて。」
「……かっけえ愛妻家だぜ。」
「いや、ミズハさんはアレだからな。どっちかって言うと尻に敷かれてる可能性も──」
儂とミズハが王都に来て22年。今は鍛冶師ミズハに剣を打ってもらっている者も多い。その常連共が、何やら聞き捨てならないことをこそこそと言い合っていた。
「アレとはなんじゃ。
ミズハは世界一のええ女じゃ。尻になど敷かれておらんわ。」
「ふーん。じゃあとっとと辞めろよ。今日にでも。
ソイツが『一番』なんだろ?」
「「「──!?」」」
「セゴットーーー!お前ぇーーー!」
「逆!逆!引き止めるんだよ!」
「そうだ!セゴット!もう一度ゲンジ団長の剣を溶かす気で手合わせしろ!今日は左手の封印を解いていいぞ!」
微塵も惜しくなさそうに一人儂の背中を押すセゴットに向かって、皆が何やら懸命に入れ知恵をしようとしていた。
じゃが……セゴットの言う通りだ。
儂にとって一番大切なのはミズハ。そこは揺るがない。そのために、儂は今度こそ引退するんじゃ。
儂が決意を固めていると、セゴットがいつもの調子で首を軽く傾げながら素朴な疑問を口にしてきた。
「っつか、爺が引退したら団長は誰になんの?」
魔導騎士団の団長を務めて14年。
たしかに、儂より下の世代の者達にとっては、大幅な幹部入れ替えは初めての経験となるかもしれんな。
儂はまだまだ初々しい若造セゴットの疑問に答えた。
「皆の意思も聞かねばならんが……そうだな。
次の団長は、現・副団長の【キリナード】が適任だ。
儂はそう思っとる。」
儂の言葉を聞いて、キリナードは自信なさげにビクッと肩を揺らした。
──【キリナード・エルレイニー】。
儂よりも10歳下の32歳。
儂の「太刀」やセゴットの「左手」のような独自色や希少性こそないものの、クゼーレ王国の王道剣術を極めた、正統派剣士だ。
そしてその性格は温厚篤実。
団員達の和を重んじ、同時に個々の意思を汲み取る細やかさも持ち合わせている。
派手な肩書きや威厳こそないものの、その穏やかさと人徳で、周りが自然とキリナードのもとに集ってくる。そういう男だ。
「地味な自分よりも、まだまだお強いゲンジ団長の方が……。」
キリナードが小声で呟く。
…………まあ、実力の割に臆病なところが玉に瑕じゃな。キリナードは。
そんな弱気になっているキリナードを遠慮なく片目の鋭い眼光で睨むようにして見たセゴットは、キリナードを見たまま続けた。
「ふーん。じゃあ、コイツが団長になったら副団長は誰になんの?」
「……ふむ。儂の一言で決めつけて欲しくはないが……経験年数や相性からすると、第2部隊のソルヴあたりが妥当じゃろうか。実力も申し分ないじゃろう。」
儂は考えながらそう言った。
周りの団員達も「ソルヴ隊長なら安心だ。」「そこしかないよな。」「僕もそれがいいと思います。」と小声で賛同してきた。
まるでちょっとした話し合いのようだった。
「へー。じゃあ、第2部隊長は誰になんの?」
今度はソルヴを見て、セゴットがさらに質問を重ねる。
セゴットは第2部隊員。直属の部隊長が副団長に昇格した後のことが気になるのは当然だろう。
団員達も皆、セゴットの疑問を受けて考え始めた。
「……まあ、順当に第2部隊員の誰かだよな。」
「実力だけで言えば、そりゃあ今は──……」
「………………【セゴット】か?」
誰かがそう呟いてすぐに、皆がハッとして固まった。
唯一無二の人外の異能もさることながら、もともと筋が良く、戦いにおける身のこなし自体も才能に満ち溢れていたセゴット。
セゴットはこの2年で、儂らの予想を超える成長を見せた。今はもう、他の追随を許さない立派な魔導騎士団の超戦力となっていた。
そして此奴は意外にも、学びの場では素直だった。
片手剣の扱い方についてはもちろん座学に関しても、セゴットは態度こそ悪かったものの、部隊長ソルヴや先輩部隊員らの指導を受けて粛々と魔物に関する知識を蓄えていった。
あまりにも従順で逆に困惑したソルヴがその真意を尋ねたところ、セゴットは「《仕事》だから。」と答えたそうだ。
ちなみに「だったら周りに敬語を使えとまでは言わないが、少しくらいは敬意を払え。」と言ったら「それは《仕事》じゃない。」と返されたらしい。
まあ……問題がないわけではないが、セゴットは兎にも角にも着実に実力を伸ばしてきた。
魔導騎士団の仕事は、危険度最大級の魔物討伐のために、命を賭して戦うこと。
王国最強の戦闘集団に属する団員達に「己の命を託せる」と思わせる程の圧倒的な強さがなければ、部隊の先頭を駆ける統率者にはなり得ない。
そのため、魔導騎士団は基本的には完全実力主義。
その点においてだけ言えば、セゴットはすでに十分、部隊長相当の実力を備えているが──……
儂がそこまで考えたところで、皆がわちゃわちゃと騒ぎだした。
「セゴットはやばい!セゴットはやばい!」
「まだ成長途中だから!戦闘面以外が!」
「最近ようやく仲間相手に『殺す』を言わなくなった段階だしな。」
「目ではまだ『殺す』って普通に言ってるけどな。」
「もう成長しきってるだろ。これ以上セゴットが穏やかになる未来が見えないって。」
「相変わらずどこに逆鱗が潜んでるか分かんないしな。」
「セゴットが部隊長になったら『オラ行け。テメェら張り切って死んでこいよ。』とかって命令されそう。」
「──あっ!今のお前、めっちゃモノマネ似てた!」
「すげー!声本物じゃん!」
「えっ?そうかな?じゃあ、もうちょっと練習して持ちネタにしようかな、コレ。」
「いいんじゃねえの。ついでに『手』も練習しとけば。
……酸ぶっかけてやるから早くテメェの腕出せよ。運が良ければ溶けねえだろ。」
「──!?」
「…………セゴット。今のは本気……じゃないよな?」
「『モノマネ』は逆鱗だったか。」
「ごめん、調子に乗り過ぎた。……癇に障ったなら謝る。」
「は?冗談に決まってんだろ。今のどこにキレる要素があんだよ。
何勝手に謝ってんだよ。馬鹿じゃねえの?」
「…………あっ、いいんだ。」
「お前さぁ……もう少し冗談のときと本気のときで表情変えてくれよ。分かんないんだって、こっちは。」
「セゴットが部隊長になったら、指示も本気か冗談か、いよいよ分かんなくなりそうだな。」
「……やっぱ無理だよ。俺らの命が危ないって。」
そうして言い合っている部下達を見たキリナードは、情けなく儂に懇願してきた。
「ゲンジ団長……辞めないでください。自分にはまだ無理です。まとめきれる気がしません。」
…………やれやれ。
「不安であろうと、思い切って始めてしまえば案外何とかなるものだ。儂も初めはそうだった。
──為せば成る。
キリナード。お主の団長も、お主が率いる新生魔導騎士団も。すべて、やってできないことはないんじゃ。」
儂はそう言い切った。
…………セゴットの部隊長は知らんがな。
言動はともかく、性根は多分ええ奴なんじゃ。あとはお前達で何とかしてくれ。
「団長……。」
「今、さり気なく『セゴットの部隊長』についての言及、避けてましたよね。」
「無責任引退だ……。」
「思考停止してるぞ……。」
勘の鋭い奴らめ。
しかし、儂はもうミズハのために引退すると決めたんじゃ。いつまでもセゴットの世話係はしていられん。
儂が頑として団員達のざわめきと指摘を無視していたら、キリナードが少し迷うような素振りをしてから、情けない顔で儂に切り札を出してきた。
「…………そうですか。
ゲンジ団長は今年度で引退ですか。勿体無い。
実は僕、一昨日、すごい噂を聞いたんですけどね。
武人ならば誰しもが絶対に気になってしまうほどの。」
──すごい「噂」?
引っかかる単語に儂は思わず片眉を上げてしまったが、咄嗟に表情筋を制して元に戻し、何も顔に出さないようにした。
しかしキリナードは、儂がその単語に一瞬眉をピクリと動かしてしまったのを目敏く確認し、それから「噂」の内容を口にした。
「これはまだ噂なんですけど……王宮勤めの知り合いから聞いたんです。
あの『クゼーレの北の砦』モンド一族から、現当主の甥が王都にやってくると。
来年度、この魔導騎士団に入団するために。」
◇◇◇◇◇◇
「何?!モンド一族じゃと?!」
儂は思わず反応してしまった。
──クゼーレ王国の「北の砦」。モンド辺境伯とその一族。
武芸を嗜む者で、モンドの名を知らぬ者は居らんだろう。
このクゼーレ王国が建国された600年以上前。
大陸大戦で初代建国王クゼーレ・ウェレストリアを勝利に導いた最大の偉人にして最強の武人。それが初代モンド辺境伯。
その強さはまさに一騎当千。〈斧の一振りで敵国兵の精鋭百人を斬り倒し、棍の一振りで敵将を騎馬ごと叩き潰した。〉という逸話が、建国史には残されている。
以来600年以上、モンド辺境伯の一族は、門外不出の独自武器「合成棍斧」なるものを自領のみで生産し、初代辺境伯の武の精神を脈々と受け継いでいるらしいのだが──……昔話ならではの誇張ではない。その力は、現在でも証明されている。
──王国唯一の公認「独立戦士団」。
王宮に属する我々「魔導騎士団」や「王宮護衛隊」のような王家お抱えの戦士団などとは違うが、モンド一族の強さは大国クゼーレ王国の一軍隊に匹敵し、それを王家が国家戦力として承認している──ということだ。
およそ200年前の内戦でも、一番の武功を挙げたのはモンド辺境伯。そして平和な世が続いている現在でも、自領に発生した大型魔物の討伐を魔導騎士団の到着を待たずにこなしてしまうような一族だ。
そんな一族の戦士が「魔導騎士団」に来る……じゃと?
──己の剣の才で成り上がり、その家名を轟かせる。
儂が若い頃に思い描き夢見ていたこと。
その夢の一番の体現者でもあるモンド辺境伯とその一族は、戦士ならば……いや、男ならば誰もが一度は憧れる存在だ。
当然、一目見れるものならば見てみたい……が、しかし。
門外不出の武器を扱う伝説の一族の現当主の甥など……そんな者が、偶然儂の引退の翌年度にいきなり来るわけが──
「…………ふん。そんな眉唾な話に、儂は騙されんぞ。
モンド一族が戦士を外に寄越すなど、儂は42年生きてきたが聞いたことがない。」
儂が動揺しながらそう返すと、キリナードが儂の心を掴んだことを確信しながら畳み掛けてきた。
「…………第一王子様のご婚約。正式な成立に先んじての発表が、つい先日、ありましたよね?
それを受けて、モンド辺境伯が王家に奏上したらしいんです。
『我らモンド一族の魂は、いつの世もクゼーレの国王と共にある。次代の王の幸福を祝し栄華を願い、我らの若き戦士を向かわす。未来の王家の武の支柱として使役してくれ。』と。
これが本当だとしたら……2ヶ月後の入団試験に、来るかもしれませんよ?
伝説のモンド辺境伯の秘蔵っ子が。
それを見てからでも、引退を決めるのは遅くないんじゃないですか?」
「ぬ……ぬぅ……ッ!」
儂は唸った。
引退を決めたとはいえ……王国の一介の剣士として、クゼーレの太刀の流派創始者として、一目も見ずに去っては一生後悔するだろうと思ってしまったからだった。
「…………所詮はただの噂じゃと思うが。
もし本当にモンド一族の者が来たとしても、入団試験で見るだけじゃ。そこで一度見れば十分じゃ。
見たら引退する。今年度限りで引退する決意は変わらんからな。」
儂が唸りながらそう言うと、キリナードは安心したように頷いた。
まるで「……よかった。ゲンジ団長、これでまだあと2年は魔導騎士団にいてくれるぞ。」とでも言うように。
……………………。
まだ見ぬ北の砦の戦士よりも、調子のいい団員達よりも、不遜な厄介者のセゴットよりも。
……キリナードのこの心の弱さが、一番の懸念点かもしれんな。
儂は次期団長と目されるキリナードのあまりにも情けない顔を見て、そう思ってしまった。




