3 ◇ 引退を思いとどまらせる厄介者(後編)
全12話(執筆済)。基本毎日投稿の予定です。
(今日は夜にもう1話分投稿すると思います。)
年度途中にセゴットが魔導騎士団に入団して1ヶ月。
セゴットは相変わらず団長の儂にも、所属部隊の部隊長にも、他の団員達にも、微塵も敬意を払わなかった。ただ儂と部隊長が指導するのを舌打ちしながら渋々聞いて、片手剣を使った新たな立ち回りを習得していっていた。
そしてセゴットは筋が良く、すぐに片手剣をそれなりにものにした。
これならば、実戦でも一線級の活躍ができるじゃろう。実力はまったく問題ない。
儂はそう思ったが、ただ一つ、セゴットを魔物討伐に連れて行くにあたり心配な点があった。
それは、年頃の若造の扱い辛い「反抗的な態度」──などで片付けて良いものではなかった。
……セゴットは相変わらず、儂や部隊長といった強者との手合わせでは、どこか殺されたがっているように見えたのだ。
セゴットがもし「死にたがり」なのだとしたら、実戦の場で強大な魔物を前にして、急に部隊の連携を乱し、一人で危険な動きをしだす可能性も否めない。
となると、セゴットの命はもちろんのこと、他の団員達までもが巻き添えとなり危険に晒されることになる。
そのような事態は、断じてあってはならない。
だから儂は、とある日の訓練終わり、さっさと宿舎に帰ろうとするセゴットを呼び止めた。
「──セゴット。少しよいか。」
「よくない。」
腹立つ即答と共に歩みを止めずに帰ろうとするセゴットを、儂は強引に引き止めた。
「団長命令だ。この後、少し話を聞かせろ。
儂と部隊長と共に飯に行くぞ。」
儂はそう言った。
するとセゴットは歩みを止めて振り返り、思いっきり顔を顰めた。
「は?嫌に決まってんだろ。聞きてえことがあんなら今ここで聞けよ。
何で話をすんのに爺たちの顔見ながらわざわざ飯食わなきゃなんねえんだよ。」
「…………ぬぅ。」
儂は思わず唸ってしまった。
たしかに。儂は先入観から「踏み込んだ話というものは、一対一または少人数で、飯や酒の場で語り合うものだ。」と思い込んでいた。
……なるほど。
これが俗に言う「凝り固まった思考」か。
…………儂には、すでに「老害」の片鱗が出始めているのかもしれん。
儂が静かに身震いする横で、セゴットの所属部隊の部隊長ソルヴが「いやぁ……皆がいる前で話すようなもんでもないと思って。……な?」と遠慮がちにセゴットに気を遣った。
するとセゴットは
「何でもいいからとっとと言えよ。
聞いてこねえなら帰る。」
と言ってまた歩き出そうとした。
だから仕方なく、儂とソルヴはまだ解散号令直後の皆がいる場で、セゴットに例の発言の真意を尋ねることにした。
儂らとしてはセゴットに配慮してやりたいのだが……他でもない本人が「ここで話せ」と言うのだから。
「……セゴット。お主が入団してから1ヶ月が経った。
お主の腕は魔物相手であっても十分通用するだろう。
これからはお主を入れた新体制で、実際の魔物討伐へと出動していこうと思う。」
「へー。」
セゴットが「そんだけ?」といった雰囲気でさっさとまた帰ろうとしたから、儂は即座に続きを伝えた。
「だが、一点のみ懸念がある。
それをお主に確かめんことには、お主を部隊に入れることはできん。お主と仲間、皆の命を危険に晒すことになるからな。」
そして儂は、眼帯をしていない方の片目だけで冷ややかな視線を向けてくるセゴットに、直球で質問を投げかけた。
「セゴット。お主は1ヶ月前、入団試験代わりの儂との手合わせのときに、こう言ったな。
──儂に向かって『そのまま殺してくれればよかったのに。』と。
儂らはその発言の意図を知りたいんじゃ。
相手を倒す意志の弱い者──必ず生きて帰ると思っとらん者は、魔物と対峙するべきではない。
……セゴット。お主は己の命について、何を考えておる?
お主は死にたいのか?儂に殺されたかったのか?
よもや、魔物に喰われに征くつもりはあるまいな?
儂らが聞こうとしていたのはこういうことじゃ。
……答えられるならば、答えてくれ。儂らに教えてくれんか。」
儂の問いを受けたセゴットは、儂らを無視して歩きだして勝手に帰るようなことはしなかった。
しばらく無言で儂を睨みつけてきて、それから顔を少し動かして視線を儂から外した。
そしてそのまま、どこか遠くを見つめて何かを考えて……淡々と、その胸の内を語りだしたのだった。
◇◇◇◇◇◇
「…………俺が12歳んときまでいた、組織のアジト。
そこにいたギャンビの飯は、毒入れんのが勿体ねえくらいには美味かった。
お嬢の作る菓子が一番美味いし、魔導騎士団の食堂も全部味はすげえけど……ギャンビが『今日は首領たちがいねえし、お前の食いてえもん作ってやるよ』っつってくれた毒の入ってない飯が、一番、俺の口には合ってた。」
セゴットの語りだしは、儂の問いからはズレていた。
しかし、儂も団員の皆も……その冒頭だけで、セゴットが言わんとしていることを察せてしまった。
一気に重く沈んだ空気に気付かずにいたのは、セゴット本人だけだった。
「アイツらは自分が『暗殺者』に落ちぶれた理由をよく酒飲みながら語ってきた。
ジーリスはいっつも泣きながら絡んできた。
『嫁が強姦されて自殺したのに、嫁を襲った男共は向こうが誘ってきたって裁判で無実を訴えてきた。だから俺はこの組織に暗殺を依頼したんだ』って。
『俺の全財産と引き換えに奴等が死体になったとき、俺は生きる道を見つけた。
──法で裁けない世の中のゴミ共を掃除するのが、残された俺の《使命》なんだ。
これからは俺の手で、俺のような人間を……俺の嫁のような人間を一人でも救うために、腐ったゴミ共を殺してやるんだ。
世の中からしたら俺たちは悪党だけどよ、俺にとっては、この組織は正義なんだ。』
って。そう言ってた。」
「首領は誰がどう見ても最悪なクソ野郎だった。
……でも、俺のことを『息子』だっつってた。後を継がせるつもりだって。だから厳しくしてんだって。
『俺に拾われた自分の運の悪さを呪え。テメェを俺よりも立派な世界一のクソ野郎に育ててやる。』って、機嫌のいいときは父親ぶって笑って俺の頭を撫でてきた。」
「…………俺が全員殺した。
腹が立ったから。頭にきたから。……何も考えずに、ただ勢いで、アイツらを全員、王国に売った。」
「セゴット、お主……。」
儂は心苦しくなり、思わずそう漏らしてしまった。
セゴットは、5年前に自らが組織を王国に告発したことを、仲間殺しだと捉えていた。
「……今は少しだけ、後悔してる。
組織のアジトの場所を吐く前に、もう一度ギャンビの飯を食いに帰っとけばよかった。
ジーリスはカスみてえに弱くて仕事もほとんど受けられない雑用みたいなもんだったから、見逃してやってくれって……アイツは処刑まではしなくていいって言えばよかった。
それを言ったら、ザンダもまじで弱すぎてクソカスだったし──……ミイナなんて、それこそたしか、直接手を下したのは自分を輪姦した男共に復讐したときだけだったと思う。あとはいつも標的を誘き出す役しかしてなかった。……ミイナは死ぬべきじゃなかった。
それに、首領は俺よりも何百倍もいろいろ知ってたから……処刑する前にもう少しだけ話聞いてやってくれって、そう頼めばよかった。」
「でも、全員処刑されて死んじまった。俺が全部吐いたせいで。
……だったら、俺も『恩赦』とかもらってねえで、ちゃんと皆と死ぬべきだった。
俺だって、組織の一員だったから。俺は首領の『息子』だったから。
……首領と一緒に、俺も処刑されたかった。」
もはや、誰も口を挟める者などいなかった。皆、セゴットの複雑な生い立ちに、表情を曇らせていた。
「それでも、俺を拾ってくれたお嬢と旦那が首領たちを『悪』だって言い切ってたから、俺が勢いで首領たちを全員売ったことを『正義』だっつってくれたから──……だから、お嬢と旦那の言う通りに、俺は次はそう思うことにした。
5年前、お嬢と旦那を『新しい主人』にした。
今度はアーガン家の旦那とお嬢のために生きるって決めた。
…………俺は、だから生きてた。」
ずっと淡々と語っていたセゴットは、ここで初めて表情を歪めた。
と言っても、ほんの数秒だけだった。
セゴットはたった一呼吸分で立て直し、またすぐに無表情に戻ってしまった。
しかし、その数秒だけセゴットが見せたのは──……泣きたいのを必死に我慢する、孤独な子供の顔だった。
「……でも、この前……ついに、お嬢にも旦那にも必要とされなくなった。俺はもう生きてる意味がない。俺は生きてる価値がない。
ただ、お嬢に命令されたから。
『伯爵家じゃなくて、王家に仕えろ。』って。
『自分たちじゃなくて、王国を守れ。』って。
……それで、どんだけかかってもいいから『自分の人生を見つけろ』って。
だから俺は今度はここで《使命》を果たさなきゃいけない。自分の《人生》を見つけるまで、俺は自分じゃ死ねない。
俺の《使命》なんて、アイツらのことを王国に売って皆殺しにしたときに終わってんのに。
……《人生》なんて、お嬢と旦那に捨てられた時点でとっくに終わってんのに。」
……………………。
「『推薦状』なんて欲しくなかった。魔導騎士団に来たくなかった。
……もう嫌だ。俺も早くアイツらのところに行きたい。さっさと誰かに殺してほしい。
俺は死んだら地獄に行く。
地獄に行って、もう一度首領に殺される。アイツらの前で。フルコースを受けて。
首領直々に『いいかテメェら。組織を裏切った奴はこうなるぞ。』っつって、見せしめにされて殺されるはずだから。」
そこまで言ってセゴットは、いつもの不貞腐れた顔になって、ようやく儂の方を見た。
「──だから、あの『入団試験』でアンタが俺に勝つついでに俺を殺してくれたらちょうどいいって思ってただけだけど。
あんときちゃんと俺、真面目に戦ってたじゃん。自殺でも何でもねえだろ。何か文句あんの?
弱え魔物に無駄に負けて殺される気なんてあるわけねえだろ。わざと死んだら、お嬢の命令を無視したことになるじゃん。」
……………………滅茶苦茶だった。
決して他人には理解されないであろう思いを語ったセゴット。
セゴットの思考は、最初から最後まで滅茶苦茶だった。
殺しの基準も、後悔の温度感も、暗殺組織の「首領」とやらへの思いも、アーガン家の「旦那」と「お嬢」への服従心も──何もかもが歪だった。
「…………セゴット。」
「何。」
「儂からお主に言ってやれることはない。
じゃが、一つだけ……お主は己を見誤っとる。」
セゴットは静かに儂の顔を見つめていた。
「お主に価値がないわけなかろうが。
セゴットの唯一無二の異能は間違いなく『人類の宝』じゃ。
確実に、お主のこれからの《人生》にはまだ《使命》がある。……お主の主人──その旦那とお嬢とやらは、真に聡明な御方らじゃ。」
儂がそう言うと、セゴットは先ほどまでは淡々としていたくせに、急に青筋を立てて嫌悪感を丸出しにして「テメェが旦那とお嬢を評価すんな。」と言ってきた。
儂は二人を貶してなどいない。むしろ褒め称えたというのに。
…………なるほど。
己の使命は分からずとも、何一つ納得できておらずとも、狂気じみた盲目的な忠誠だけは、絶対。
……それが今のセゴットの、唯一の生きる原動力ということか。
やれやれ。本当に此奴は手に余る厄介者じゃ。
儂はそう思いながら、儂なりに慎重に言葉を選んだ。
「セゴット。
儂はお主の親も仲間も知らん。正義も悪も、分からんじゃ。
とはいえ、人間など数十年もすればどうせ死ぬんじゃ。
──もう行き先が地獄と決まっとるなら、死ぬのは寿命が尽きてからにせい。」
「………………長い。」
セゴットは不満げに一言文句を言ってきた。
だから儂は、兎にも角にも一番の指導をした。
「ええか、セゴット。
何があろうと、手合わせで強者に負けるついでに、うっかり殺されようとするな。
儂らを殺人者にしようとするでない。この阿呆が。」
儂がそう言うと、セゴットはしれっと言い返してきた。
「『過失致死』って堅気でも殺人にならねえんじゃねえの?お嬢が俺にそう教えてくれた。
だったら別にいいじゃん。『不幸な事故』ってことにできんだろ?テメェには悪気はねえし。俺も納得してんだから。」
「「「「………………。」」」」
セゴットの本音に同情していた周りの団員達も、セゴットの変わらぬ不遜な物言いに、徐々にいつもの調子を取り戻してきたようだった。
「…………セゴット。今度、初等部の道徳の教科書、一緒に読もうな。」
「俺さ、学生時代、けっこう倫理の点数良かったんだよ。……それなら教えてやれるから。」
「暇なときでいいから、ちょっと法律の本読んでみなって。中等部生向けの読みやすいやつも図書室にあるぞ。」
「は?今テメェ、何っつった?
お嬢が俺に法律教えてくれたんだけど。……お嬢の教え方に何ケチつけてんだよ。殺すぞ。」
「──!?」
先ほどの儂以上に激怒した表情で、法律に言及した団員を睨みつけるセゴット。
団員達はまた再び戸惑って、防音魔法を掛けてセゴットに聞こえないようにしながら、ひそひそと「もうコイツの逆鱗の場所分かんねえよ!」「とりあえずアーガン家の『お嬢』と『旦那』は禁句だ!」「僕、『法律』しか言ってないんだけど!?」「じゃあ『法律』も禁句だ!」と言い合っていた。
…………やれやれ。
儂は溜め息をついて、セゴットに再び指導を入れた。
「セゴット。冗談でも『殺す』などと言うな。
儂らは敵ではない。魔物の前で共に命を預け合う仲間なんじゃ。」
「冗談じゃねえよ。お嬢と旦那を馬鹿にした奴は殺す。」
セゴットの即答に「法律」発言をした団員が小声で「ヒィッ……!」と震え上がった。
…………まったく、此奴は。
儂は逆鱗だらけのセゴットを見つめながら、少し考えて軽く説教をした。
「……冗談でないのであれば、尚更許されん。
お前はお嬢とやらに命令されて、仕事をしに王宮に来たんじゃろ?
言葉尻ひとつで団員を殺していては《使命》や《人生》以前の問題じゃ。《仕事》すらまともにできんくなるぞ。それでええんか。」
「…………………………。」
セゴットは怒気の込められた視線を儂に寄越した。
そしてその後、不満そうに「……分かった。」と一言だけ呟いた。
やれやれ。……とりあえずはこれで、団員同士の最悪な揉め事は回避できそうか。
儂はそう思いながら、この馬鹿な虚しい若造に、最後にもう一つ「人間らしさ」を教えてやることにした。
「……それとな、セゴット。」
「まだ何かあんの。」
「皆の前で尋ねた儂が悪かったと思っとるが……
今お前が話したような胸の内はな、まだ出会って日も浅い儂らには無理に聞かせんでもええんじゃ。
儂らに言いたくなければ素直にそう言ってくれ。己の心を軽んじるな。もっとお前自身を大切にせい。
ああいうもんは、何年か経って、もっと互いに打ち解けて……相手を信頼できるようになってから、話してくれればええんじゃ。……それこそ、酒でも飲みながらな。」
──……お主が言っとった、仲間たちのようにな。
周りの団員達は皆、儂の言葉を聞いて「団長……。」としみじみしていた。
しかしセゴットは、本気で意味が分からなさそうに首を傾げてこう返してきた。
「は?別に何も無理してねえけど。テメェに質問されたから全部答えただけだろ。
何の文句があんだよ。クソ面倒くせえ爺だな。」
「「「「………………。」」」」
あれが己の「心の傷」であることすらも理解できていないらしいセゴット。
儂はいっそう憐んでしまった。
団員達も「お、お前……。」といった複雑そうな顔をしていた。
「あと『酒飲みながら』っつっても俺、酒と水の違い分かんねえし。あんなん赤豪蜂の毒以下じゃん。
自白剤代わりに酒を使おうとしたって、俺には意味ねえから。……まあ、自白剤も効かねえけど。
聞かれたら全部普通に答えてやるって。仕事なら。」
「…………『自白は酒の席でしろ』と言っているわけではない。」
儂は辛うじてツッコんだ。
此奴に同情したところで、返ってくるものがこれじゃと……憐れみすぎて一周回ってしもうたわ。
団員達も儂と同じように一周回って普段通りに戻ってしまったのか、小声でこそこそと「アイツ今、しれっと言ったけどまだ17歳じゃなかったっけ?」「未成年飲酒!」「シッ!『法律』は禁句だ!」「ってか、セゴット相手に違法行為を指摘するとか、今さらだろ。」と言い合っていた。
…………まあ、もうええか。
少なくともセゴットは、任務中に意図的に手を抜いて仲間を危険に晒したり、自ら死ににいこうとする気はないようじゃからな。
それが分かっただけでも十分じゃ。
儂は気を取り直して問題児団員セゴットと共に、新たな魔導騎士団体制を整えることにした。
しかし、その会話の終わり。
セゴットは最後に、儂に軽く問いを投げかけてきた。
「じゃあ、テメェに質問されたから俺もするけど。
──爺の《人生》って何?爺には何の《使命》があんの?
俺、早く答え見つけて、お嬢と旦那に報告して全部さっさと終わらせたい。だから爺のを参考にさせろよ。」
「…………それは、」
──儂の妻の、ミズハを幸せにすることじゃ。
咄嗟に脳裏に過った言葉を、儂は口に出せずに詰まらせた。
他でもないミズハに引退を誓っておきながら──その約束を反故にしてここにもう1年いようと決めた儂が、この上なく矛盾しているように思えたからだった。
「…………そう簡単に見つけられたら、苦労はせんのじゃ。若造。」
儂が代わりに出した言葉は、情けない誤魔化しの言葉だった。




