2 ◇ 引退を思いとどまらせる厄介者(前編)
全12話(執筆済)。基本毎日投稿の予定です。
王宮にやってきた化け物の名は【セゴット・アーガン】。17歳の少年だった。
そしてその少年は、5年前に王国が一斉摘発して壊滅させた「王国最大級の暗殺組織」の、唯一の生き残りだった。
例の暗殺組織の壊滅は王国全土を揺るがす大事件だったため、儂にとってはまだ記憶に新しい。長年謎とされていた組織の恐怖の全貌が、新聞の一面で連日報じられていたのを覚えている。
……その組織壊滅に至ったきっかけ。
それがこのセゴットという少年だったそうだ。
王国東部のアーガン伯爵家に、当時12歳だったセゴットは偶然保護された。そこで当主のアーガン伯爵が、彼を力強く説得したらしい。
「君を赤子の頃から洗脳し、苦しめ続けてきた組織の人間を許してはいけない。勇気を持って告発するんだ。」と。
セゴットはその伯爵の言葉に背中を押され、組織の拠点や構成員、依頼受注や計画実行の手法などをすべて洗いざらい吐いたらしい。
彼の情報提供により、組織は壊滅。構成員はセゴット以外、全員処刑された。そして唯一生き残った彼はその組織壊滅の協力の功績から恩赦を賜り、無罪放免となった。
以来、セゴットは自分を暗殺組織から救ってくれたアーガン家の伯爵とその一人娘に絶対の忠誠を誓い、伯爵家専属の護衛 兼 従者をしていたようなのだが──
「──そのアーガン伯爵殿が、養子にしていたセゴットを王宮に推薦してきたんだ。
〈セゴットは唯一無二の人外の異能を持っている。
私は5年間の日々を通して『彼の能力は地方の伯爵家が独占してよいものではない』と判断した。
したがって我々アーガン家は、王家、ひいては王国に彼という存在を捧げる。
彼の秘めし力と正義の心は、必ずやこのクゼーレ王国の宝となるだろう。この家名を懸けて保証する。〉
とな。そういう内容が書かれた推薦状を、セゴット本人が持ってきたんだ。」
魔導騎士団施設から王宮護衛隊の訓練場へと早足で移動する間に、護衛隊の兵長が魔導騎士団団長の儂に説明をしてきた。
「随分と大袈裟だな。」
儂がそう言うと、兵長は複雑そうな顔をした。
「…………それが、そうでもないんだ。」
「どういうことだ?」
儂の質問に、兵長はこう答えた。
「その推薦状には、続きがあってな。
セゴットの『異能』の詳細が書かれていたんだ。
〈セゴットは暗殺組織の者たちの手によって幼少期に肉体を改造され、人間の限界を超えた三つの能力を手に入れた。
──人には視えぬ魔力を捉え、暗闇をすべて見通す《月下狼の右眼》。
──触れただけでいかなる鉱物をもたちまち溶かす《鉱邪龍の酸を纏った左手》。
──非道な暗殺や奇襲の手段にも絶対に斃れることのない《あらゆる致死毒への耐性》。
どうか彼のこれらの能力を、正しく役立ててほしい。〉と。」
「何じゃ?それは。」
「……見れば分かる。」
儂の困惑に兵長がそう返してきたところで、儂らは王宮護衛隊の訓練場に到着した。
そしてその訓練場には、遠巻きに訓練場の一角を取り囲む護衛隊の兵士たちと──……
その中心に無表情で佇む、禍々しい封印魔法を施された眼帯と包帯を身につけた、異様な雰囲気の少年がいた。
◇◇◇◇◇◇
なるほどな。
儂は一目見て思った。いや、儂でなくとも誰もが皆思うだろう。
王国最大級の暗殺組織の生き残り【セゴット・アーガン】。
黒紅色の髪に珍しい褐色肌。そして禍々しい右眼の黒い眼帯と左手の黒い包帯。
……此奴は、普通の人間ではないわ。
儂はすぐに、宵闇のような少年を従えて魔導騎士団施設の演習場へと戻った。
無言で儂の後ろをついてくるセゴットの気配は、独特なものだった。
鍛え抜かれた兵のそれではない。
野生の勘を冴え渡らせた獣のそれでもない。
ただ、ひたひたと背後から隙を窺い殺気を潜める──鍛え抜かれた暗殺者の卵のそれだった。
…………齢17にして、見事なものじゃ。
たしかに、こんな者を国王様の近くに護衛として置くわけにはいかんな。
儂は兵長の判断に納得しながら、無言で演習場まで歩いていった。
◇◇◇◇◇◇
「──さて。
簡単にだが、話は聞いた。何はともあれ、まずはお主の実力を見せてもらうとしよう。
時期はずれだが、特例の魔導騎士団の『入団試験』だ。
儂が相手だ。何でも良い。全力で儂にかかってこい。」
演習場に到着し、儂は早速、セゴットに向かってそう言った。
儂が連れ帰ってきたセゴットの姿を見た団員達は、驚き戸惑い、そして恐れ……先の王宮護衛隊の兵士たちのように、儂とセゴットを遠巻きに取り囲んでいた。
それまでずっと一言も発さずに黙々と儂の後についてきていたセゴットは、儂の言葉を受けてようやくその口を開いた。
そして、兵長から最初に聞いた通りのことを儂にも尋ねてきた。
「どこまでやればいい?俺がアンタを殺すか、俺がアンタに殺されるまでやればいい?」
……やはり、そうか。噂には聞いたことがあったが。
暗殺組織には、実際にそういう試験が存在していたのか。
新たな仲間を引き入れる。
その試験官となるのは……首領に目を付けられた「裏切りが疑われている者」か、任務失敗で組織を危険な目に晒した「役立たず以下の足手纏い」。
どちらかがどちらかを殺すことで、組織に帰属する権利を得るのだ。
新入り候補には、試験を通して「殺し」に手を染めさせることで、暗殺者適性を確かめて──同時に、其奴への脅迫材料を手に入れる。組織から逃げ出せなくするために。
そして試験官に選ばれた仲間には、もう一度だけ、最後の機会を与えるのだ。──組織への変わらぬ忠誠心、そしてまだ己が「使える存在」であることの証明をする機会を。
…………馬鹿げた、悍ましい世界だ。
「そんな訳なかろう。
ここは魔導騎士団じゃ。人間同士の生殺与奪などあらんわ。」
儂はそう答えた。
しかし、セゴットがそれを聞いて眉間に皺を寄せたのが見えたから、儂はセゴットを焚き付けた。
「……だが、納得がいかんなら、儂を殺す気で本気で来い。
儂はお主には殺されん程度には強いからな。」
儂がそう言うと、セゴットは何故か少年らしく、口角を上げてその片目をぱっと輝かせた。
儂がその異様な表情の変化に違和感を覚えている間に、セゴットは「分かった。じゃあそっちも全力で殺しに来いよ。」と言って、上半身の服を雑に脱ぎ去って、右眼の眼帯と左手の包帯を取った。
「……………………人間じゃない。」
団員の誰かが、セゴット本人がいるこの場で、愚かにも失言を漏らした。
しかし、そう言いたくなるのも仕方ない。
眼帯の下に隠されていたセゴットの右眼は、白眼が無いほどに金色に染まった人外の眼球。
何より、その黒い包帯の下に隠されていたのは──……到底人間のものとは思えない、指先から肘下まで漆黒に染まった、硬質な皮膚の手だった。
セゴットは団員の呟きには一切関心を示さずに、手のひら程度の刃渡りの折り畳み式ナイフを腰元から右手で取り出し、パチンと鳴らして刃を開いた。
そして……恐らく魔力を込めたのだろう。
その漆黒の左手が熱された鉄のように赤く光りだしたところで──
儂が抜刀の構えをすると同時に、セゴットが儂の元へと勢いよく向かってきた。
◇◇◇◇◇◇
「…………見事じゃ。驚いたぞ。」
儂の太刀がセゴットの首元を捉え、勝負が決したところで、儂は素直に感嘆した。
セゴットは強かった。
もちろん儂は、勝負を一瞬で決することはしなかった。
あくまでもこれは「入団試験」。ある程度は時間をかけて、セゴットの実力を見て測る必要があったからだ。
そのため抜刀術でいきなり返り討ちにする気などは毛頭なかった。まず「未知の相手の力量を読む」力があるかどうかを、最初に見ようとした。
愚かにもそのまま突っ込んでくるならば、それまでの実力ということ。
そう思って儂は抜刀の構えのまま、向かってくるセゴットに殺気を放ち魔力を剣に集中させることだけをした。
するとセゴットは、その金色の月下狼の眼の方の目元を引き攣らせて、すぐに儂から飛び退いた。
──恐らく、その右眼で魔力の流れを捉えて儂の初動を予測したのだろう。
さすがの異能だった。
それからセゴットは儂の隙を窺いながら、慎重に背後を取り、儂の首を右手のナイフで掻き切ろうと試みてきた。
…………まるで、卑怯な暗殺者のように。
勿体無い。……勿体無さすぎる立ち回りだった。
儂は何度かセゴットのナイフを太刀で受けながら、彼の力の強さ、素早さ、正確さ──その「攻撃力」を見極めた。
──なるほどな。この実力ならば試験は充分「合格」じゃ。
儂がそう思って、最後に「防御力」の方を軽く見定めてこの試験を終えてやろうと攻勢に転じたとき。
儂だけでない、儂と周りの魔導騎士団の皆の度肝を抜く、予想外の出来事が起こった。
兵長から話を聞いていたから、当然、予想はついていた。
だが、セゴットの恐ろしい異能は儂の予想以上で、推薦文の表現以上のものだった。
儂はセゴットの左手には触れぬように、セゴットに太刀を浴びせていった。
当然瞬時に斬り殺すつもりなどなく、あくまで試験としてセゴットの防御力を調べながら。セゴットがナイフで儂の攻撃を受けたり、太刀筋を読み避けることができるのを確認し、徐々に速度を上げていった。
セゴットはそれなりの速度まで食らい付いてきたが、だんだんと余裕を無くし──避けきれない分を左手で受けようとしてきた。
儂は左手を徹底的に避けて、セゴットの右側から攻めた。
するとセゴットはとうとう限界を迎えたのか、苦しそうな顔をして、ついに左手で攻撃に転じてきた。
赤色になっていたその腕を一気に、黄白色に染めながら。
鉄をさらに高温で熱したかのように。
──……これはっ!
当たれば恐らく即死であろう、しかし直線的な軌道のセゴットの左手の拳を、儂は太刀の軌道を変えて即座に躱した。
…………完璧に躱したはずじゃった。
余裕を持って。拳一つ分ほどの間を持って。
しかし、儂の太刀は──ミズハが2年前に打った儂の今の愛刀の切先は、拳一つ分は離れていたというのに……泥水の如く、あっさりと溶けて弾けてしまった。
「──っ!!」
儂はその場で歯を食いしばり、大人気なく勝負を決めにいった。
溶かされずに残った腹の部分で、そのまま拳を振り抜いたセゴットの首筋を斜め下から斬り上げるようにして捉えた。
そうして、年度の合間の、季節はずれのセゴットの入団試験は終了となったのだった。
◇◇◇◇◇◇
遠巻きにして儂らの手合わせを見ていた団員達は、唖然茫然としていた。
セゴットの実力の高さもさることながら……やはり、最後のあの触れずに溶かした恐怖の一撃に対する驚愕だろう。
まさか、近寄るだけでも剣が溶けてしまうほどの……本家の鉱邪龍よりも強力な酸だとは。
恐れ入った。儂が完全に最後は見誤っていた。
「………………何で止めんだよ。そのまま殺してくれればよかったのに。」
戦いを終え、険しかった表情を元に戻したセゴットは、首筋に今にも当たりそうな儂の太刀を目線だけ動かして見て、不満気にそう吐き捨てた。
「……殺すわけがなかろう。儂の剣は殺人剣ではない。
冗談でも命を軽んじるようなことを言うでない、若造。」
儂がセゴットの発言を咎めると、セゴットは表情を変えずに、ただ一言だけ返してきた。
「冗談じゃねえよ。」
「……………………。」
儂が何か言おうと口を開く前に、セゴットはガッカリしたような顔をして踵を返し、服を脱ぎ捨てたところへ行き、黒色に戻った左腕に包帯を巻き直し服を着直した。
最後に黙々と眼帯を付け直すセゴットを見て、儂は自然と声を掛けていた。
「…………お主は片手剣に持ち替えろ。」
「は?」
儂の声にセゴットが振り向いて眉を顰めてくる。
「お主の右手の話だ。
お主はナイフで急所を狙う立ち回りをしとったが、儂らが相手にするのは魔物。人間のように柔い皮膚ではない。そんなナイフでは傷一つ付けられん。」
他の暗殺者共はそのように立ち回るのが普通だったのだろう。
そしてその技術をセゴットは正しく受け継いでいる。
…………だが、
「そんな『凡人』と同じ立ち回りをしていては、宝の持ち腐れだ。
儂の太刀をも溶かすお主の左手を最大限に活かすためには、右手は盾として使うのが良い。
片手剣の真価は、他の剣よりも優れた防御力にある。
──右手の片手剣で敵の攻撃を防ぎ、隙を見て一撃必殺の左手を打ち込む。
これがお主が一番強くなれる戦闘の型じゃ。」
「…………何いきなり語ってんだよ爺。」
眼帯を付けたセゴットが、左目だけで儂を睨んでくる。
無礼千万とはまさにこのこと。
一瞬うっかり語尾に方言が出てしまったが、儂はまだ爺ではない。まだまだ現役の40歳だ。
儂はそう思いながら続けた。
「お主の正確無比なナイフ捌きは見事だった。その左手の異能に甘えず、技を磨いてきたと分かった。
相手の技を見切り避ける、天性の身体能力もまた大したものだ。その身のこなしは、大抵の人間にはできまい。
正しく鍛えれば、お主はもっと強くなれる。
セゴット。儂がお主を1年間で、究極の戦士に育ててやろう。」
儂の最後の一文に、儂らを見ていた団員達がどよめいた。
「ゲンジ団長!」
「今、『1年間』って!」
「ってことは──……!」
団員達の間抜けな喜び顔を見て、儂は渋々頷いた。
「…………引退はあと1年延期じゃ。
こんな手の掛かりそうな態度の悪い若造をお前たちに押し付けて去るなど、格好がつかんからな。」
「「「「「団長〜!!」」」」」
儂のことを胴上げしそうな勢いで盛り上がる団員達。
セゴットは訝しんで皆を見ていたが、団員達はそんなセゴットに向かって笑顔で駆けていって、
「セゴット!ありがとう!お前は今、団長の引退を見事に阻止したぞ!」
「頑固なゲンジ団長の気を変えたのはお前だ!」
「お前の態度の悪さのお陰だ!」
「ようこそ魔導騎士団へ、セゴット!このまま末永くゲンジ団長を困らせてくれよな!」
「ってか、お前本当に強いな?!お前みたいな奴、俺初めて見たぞ?!」
「僕はセゴットの噂すら聞いたことなかったけど……今までどこで何してたんだ?」
と持て囃していた。
……我ら魔導騎士団は、人外の魔物を相手に戦う、王国最強の戦闘狂の集まりじゃからな。
セゴットがいかに魔物を混ぜられた化け物であろうが、皆、一度その戦いを見れば分かる。
彼の「実力と才能」が。隠された「努力と研鑽」が。
──戦士として、人として、此奴は尊敬に値する。
それさえ分かれば、受け入れるには充分なんじゃ。
先ほどまで見た目に怯え己を遠巻きにしていた団員達が、掌を返して己を取り囲み褒めちぎる。
その異様な光景に、セゴットは居心地が悪そうに眉を顰めて舌打ちをした。
「何なんコイツら。……気色悪。」
能天気で調子のいい戦闘狂共に受け入れられたセゴットが発した感想は、何とも少年らしい──人の子らしいものだった。
◇◇◇◇◇◇
「…………すまん、ミズハ。
あと1年だけ、引退を待ってくれ。」
儂はその日の晩、家に帰りミズハに謝った。
ミズハは切先の溶けた儂の愛刀を見て、ケラケラと笑った。
「あらぁ〜ゲンジさん!何やこれ!【剣聖】が聞いて呆れるなぁ!
何やったっけ?新人の男の子にやられたんやっけ?
……ゲンジさん、今かな〜り落ち込んどるんじゃろ。さっきから『後進を育成するために』とか最もらしいこと言うとるけど。
どうせ本当は
『初見の技とはいえ、見切れんかった儂はまだまだ未熟じゃ。儂はもっと強くなれる。より高みに至るには……これまでの驕りをすべて捨て去らねば。』
とか思っとんのじゃろ?頭ん中で一人反省会を盛大に開催しとんのじゃろ。」
「──っ!……ぐ、ぐぬぅっ。」
図星を突かれて儂は唸った。まさにミズハの指摘した通りだったからだ。
「良かったなぁ!引退する前におもろい子に出会えて。
次の太刀は簡単に溶かさんでな〜?ウチが丹精込めてまた一から作ったげるからな〜?」
ミズハの煽りに、儂は恥じ入りながら頷くことしかできなかった。




