10 ◇ 覚悟の愚将は引退しない(後編)
全12話(執筆済)。基本毎日投稿の予定です。
ウェルナガルドに向かったのは、団長キリナードと第2部隊と第3部隊。
新聞の記事にも書かれていた通り、セゴットとレンディスの率いる二部隊だったらしい。
「町に向かう途中、右眼で先に様子を確認したセゴットが『生きてる魔物の魔力が視えない。死骸程度の魔力残滓しかない。相当な数の魔物が、魔物同士で殺し合って死んでるかもしれない。』と言ったときから、恐ろしい予感はしていました。
……人が住む町で、魔物同士が興奮状態で争って相討ちになっているとしたら──それはもう、人が狩り尽くされた後の興奮状態だとしか、予想できなかったので。」
そして……目の当たりにした町の惨状を思い出しているのだろう。
キリナードは静かに身震いをした。
「予想は的中していました。
町には人々や家畜の死体がそこら中に転がっていて、生きている者の気配はなかった。
建物は滅茶苦茶に壊れ、火事で焼け落ちていて……ところどころ、燃え残った火がまだ見えました。
そしてその上に、町を襲ったのであろう魔物たちが、ゴロゴロと倒れていたんです。
…………まさに『地獄』でした。
僕たちはその町に到着して、その町の状態を見て、絶望しました。」
たとえ新聞の記事に書かれていた文字と、内容は同じであろうとも。
実際に悲劇の現場を見た者の言葉は、何倍も重く、生々しかった。
キリナードは言い表せないほどに顔を苦しそうに歪めながら、その現場でのことを儂に語った。
「それで、あいつは……セゴットは、目を覆うような凄惨な光景を前にして、まともに見れなくなって蹲ったり吐いたりする団員が出始める中で……僕たち皆に言ってきたんです。
『俺が全部片付ける。
人間の死体処理は慣れてる。昔はずっとそれが俺の《仕事》だったから。
俺の左手は魔力の消費が殆どないから、一気に最後まで溶かし切れる。他の奴が魔法で火葬するより万倍効率がいい。
お前らは町の外から魔物が来ねえか警戒しながら休んでろ。大丈夫そうな奴は、まだ生きてる人間がいるか探せ。あと、交代でいいから俺んとこ来て台帳見て死体の身元照合だけ手伝え。
……魔導騎士団で自分にしかできねえことが使命だっつーなら、今ここで他の魔物が来ねえうちに死体全部片付けんのが、俺の《使命》なんだろ。』
って。……あいつ、そう言ったんですよ。」
……………………、
…………そうか。彼奴が、そんなことを。
儂はそう相槌を打とうとしたが、言えなかった。
喉がまったく動かず、声が出てこなかったのだ。
無言で口だけを震わせた儂以上に、キリナードは泣きながら肩を震わせた。
「……そりゃあ、たしかにセゴットは僕たちよりは人間の死体を見慣れてたかもしれませんよ?あの生い立ちですから。
っ、でも……、でも!だからって大丈夫なわけがないじゃないですか……!
頭を食い千切られて、腹を抉られて、ズタズタに引き裂かれて肉塊になっている──……しかも皆、罪のない善良な町の住人たちですよ?!
まだ幼い子どもも、若い女性も、屈強そうな男性も、穏やかそうな老人も……!そんな住人たちの惨殺された死体を数千も一人で見続けて……平気なわけがない!
それを自分の手で溶かし続けて──っ!精神的にやられないわけがないんだ……!」
「……それでも、セゴットは本当にやり切りました。
丸一日以上かけて。一睡もせずに。
壊れかけた領主邸に残されていた台帳を使って、できる限りの身元照合をして。……それで、ちゃんと全員の死体を溶かし切ったんです。
あいつは全部を終えてから、あの日はもう一言も喋らなかった。
僕たちが声を掛けても、反応する気力すら無さそうだった。
……けど、弱音も吐かなかった。泣きもしなかったし、狂い叫びもしなかった。
あいつは、数千人分の弔いを……一人で全部受け止めきって、一人で抱え落ちてくれたんです。」
そしてキリナードは、もう取り繕えないほどに涙を溢れさせながら、悔しそうに歯軋りをした。
「なのに……、そんなセゴットに……今、王都の沿道で……抗議の手紙で……っ、非道な言葉を浴びせてくる奴らがいるんです!
あいつが現場に行った部隊の部隊長だからって!魔導騎士団の幹部だからって!……民衆は何を言ってもいいと思ってる!
しかも、中にはセゴットの出自を調べて、そのことまで非難の対象にしてくる奴もいるんだ!
──『恩赦で王国に命を救われておきながら、自分は平気で民を見殺しにしてきたのか!生きて帰ってきたことを恥じろ!』って……!
っ、そんな言葉……!あいつには……セゴットにだけは!一番言っちゃいけないって──どうして皆、分からないんだ!!」
キリナードは血が滲むほどに拳を強く握りしめて泣いていた。
セゴットという人間を入団当初から知っている儂には、キリナードの憤りは痛いほど伝わってきた。
…………そして、それが国民には伝わりなどしないということも。
「僕たちだって皆、分かってる!もっとウェルナガルドへの出動を早くすべきだったって……優先順位を間違えたって!反省してる……っ、反省してる!!
この事件に、王国民がどんなに衝撃を受けたのか……地方民が明日は我が身だと、どれだけ恐怖を感じたのか……っ、僕たちだって、分かってるんだ!!
でも──じゃあ、どうすればいいんですか!?
国民の混乱が落ち着くまで、事件の熱りが冷めるまで、ずっと団員たちは理不尽な怒りまでぶつけられ続ければいいんですか!?
魔導騎士団が情けないからって……犠牲者が数千も出てしまったからって……!だったら何を言ってもいいのかよ!
数千人の死体をその手で触れて片付けたセゴットに……死体の一つも見てない奴らが!あいつのこと何も知らない奴らが!
正義面して『生きて帰ってくるな』って──……そんなの、許されていいわけないだろ!!
命を賭して国民を守るのが魔導騎士団の《使命》だなんてこと、分かってるけど!でも言ってやりたい……っ!
『団員たちを同じ人だとも思わずに、的外れな雑言を浴びせてくるお前らの方が、よっぽど畜生だろうが!』って!
『ウェルナガルドにも魔導騎士団にも関係すらないお前らの適当な暴言が、何度団員たちの心を殺してると思ってる!──この人殺しめ!』って!
どうせ新聞の記事が別の話題になってしばらくすれば、事件のことを忘れて呑気にいつも通り暮らしだすくせに!
何年かすれば、僕たちにどんな言葉を吐いたかも忘れて、魔導騎士団のことも何とも思わなくなるくせに……!
魔物が出れば、また僕たちに『助けてください』って!『魔物と戦って自分たちを守って、いざとなったら自分たちよりも先に死んでください』って!今まで通り頼ってくるくせに!!
……っ、言っちゃいけないって、分かってるけど──……全部僕たちの責任だって、分かってるけど……!
本当はそう言って、セゴットたちの代わりに、片っ端から全員、……っ全員!殴ってやりたいです……!!」
◇◇◇◇◇◇
キリナードはついに、被っていた魔導騎士団団長の皮を剥がした。
団長として、言ってはいけないことを口にした。
王国民に、決して抱いてはいけない感情を抱いていた。
……だが、説教することなどできなかった。
単純な理由だった。
儂は団長を務めていた16年の間、そこまで思うほどの事態にたまたま遭わずに済んだというだけのこと。
もし儂が今、団長の立場であったとしたら……確実に、儂もキリナードと同じように絶対に憤っておったからだった。
……たかが新聞記事にさえも、儂はあれほど怒りに震えておったのだから。
儂が何も言えずにキリナードを見つめている間に、キリナードは徐々に落ち着きを取り戻していった。
何度か静かに呼吸をして、雑に袖で涙を拭い、水の入ったグラスを持って一気に半分を飲んだ。
それからキリナードは、泣く時間はもうこれで終わりだとでも言うように、力強く顔つきを変えた。
「……僕はあのウェルナガルドでのセゴットの姿を見たときから、すでに腹を括っています。
もう、王国史に自分の名を刻む覚悟はしてあります。
史上最大の魔物災害を防げなかった──数千の王国民を誤った判断で見殺しにした──歴代最悪の『愚将』として。」
「キリナード……お前、」
儂はキリナードから出た言葉を、咄嗟に否定してやりたくなった。
しかしキリナードは、すでに覚悟を決めた者の目をしていた。
「──『引責辞任』なんてしませんよ。
僕がここで引退して逃げるわけにはいかない。
亡くなったウェルナガルドの人々の無念と、王国全土の民の怒りを……魔導騎士団への失望を……っ、セゴットやドルグスたちに……次の世代に残しちゃいけないんだ。
今、団長の僕にできるのは、皆の先頭に立って耐え続けることだけです。
あと数年。国民が自分たちの発言を忘れて、また呑気に声援を浴びせてくるようになるまで。
あいつらの本当の『強さ』が、もう一度ちゃんと国民に伝わるまで。
……次世代が育って、新しい魔導騎士団が生まれるまで。
僕が団長をやり切ります。
……すべては今の代限り。
『団長キリナードの判断が愚かだった』と語り継がせる。
『団長キリナードの指導力が弱かった』だけで終わらせるんだ。
そうして先代のゲンジ団長が築いた団と、次代の幹部陣が築き上げる団には『強さ』と『希望』だけを残します。
『剣聖のゲンジ団長の時代は最高だった』って、そう思わせる。
『次代の新生魔導騎士団は歴代最強の世代だ』って……王国民全員に、そう言わせてみせます。
セゴットが数千人分の弔いを一人で抱え落ちたように。
僕は団長として、全王国民の糾弾をすべて一人で抱え落ちる。
──これは、僕にしかできない、僕の《使命》なんです。」
そうしてキリナードは、まだ一口も飯に手をつけていない儂をよそに、吹っ切れたようにまたパクパクと目の前の皿のものを平らげていった。
「だから、僕自身は全然、大丈夫です。
むしろ心に傷を負って参ってる団員たちの方を少しでも守ってやらなきゃって。
今は副団長のソルヴと二人で、それを一番に考えています。」
「………………そうか。
お主は『愚将』などではない。儂などとは比べ物にならんほどに強い、歴代最強の男じゃ。」
儂が心を込めてそう言うと、キリナードは先ほど会ってすぐのときのように苦笑して、儂に感謝を述べてきた。
「はは、そうですかね。ありがとうございます。
……あ。ゲンジ団長、全然まだ食べてないじゃないですか。どうぞ遠慮しないでください。
ついでに何か追加で注文します?」
それからは重苦しい空気にはならなかった。
キリナードは、儂の近況を聞いて、他の団員たちの様子を務めて明るく話してくれた。
その日の晩飯の席で、キリナードは酒を4杯、飯をがっつり儂の3倍は食べ切った。
◇◇◇◇◇◇
そして、キリナードと会って話した翌々日。
儂の元に、王宮からの呼び出しがかかった。
──「ウェルナガルドの悲劇」以来の、唯一弟子のラルダ第一王女からの申し出。
──……そして、大臣らからの「魔導騎士団団長」の復帰依頼だった。




