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1 ◇ 伝説の剣士の引退理由

全12話(執筆済)。基本毎日投稿の予定です。

(わし)は、今年度を以て引退する。この国の未来は若い者達に託そうと思う。

 老いぼれは去るのみだ。……皆、世話になったな。」



 ──……決まった。



 脳内で何百回と練習してきた言葉を、今日、ついに口にした。



「『老いぼれ』だなんて!ゲンジ団長はまだ40歳じゃないですか!」

「団長の剣は今でも最強で、まったく衰えていないのに!何でですか!考え直してください!」

「ゲンジ団長は我々『魔導騎士団』の支柱なんです!」

「俺たちの上に立つのは、ゲンジ団長しかいない!」


「「「辞めないでください!!」」」


 想定通り、儂の部下──王宮直属の最強戦闘集団「魔導騎士団」の団員達は、儂を思いとどまらせようと、口々に「辞めるな」と訴えてきた。


 後ろ髪を引かれるとは、まさにこのこと。

 しかし、儂の決意はこの程度では揺るがない。儂は部下達の懇願に、首を横に振った。


「時代が進めば、生まれてくる才能も、技の継承法も、訓練の質も、鍛治師の技術も……すべてがより洗練される。

 さらに上の者が現れるのが道理。儂は『最強』などではない。5年後、10年後には儂より強い者で溢れかえるに決まっておろう。

 儂もお前達も、いつまでもこの時代に浸っていてはいけないのだ。」



 ……儂は「老害」にはなりたくない。


 いつまでも自分の時代こそが最強で最盛期だった──などと、自分よりも優れた若手達に酒を注がせて語り聞かせるような(じじい)にはなりたくないのだ。



 儂がそう言うと、部下達は


「ゲンジ団長は一人称の『(わし)』がジジ臭いだけで、まだまだ余裕で現役です!」

「『(わし)』のせいで実年齢よりもプラス20歳くらいになってます!そのジジ臭さで損してますよ!剣のキレは誰よりも鋭く若々しいのに!」


 と口々に喚いてきた。


 失礼極まりないとは、まさにこのこと。

 儂の「(わし)」は、ただの出身の田舎地方の方言だ。

 老人だろうが子どもだろうが、皆が「儂」か「ウチ」だ。この王国の王都に来てから懸命に田舎訛りを直そうと試みたが、一人称だけは染み付いてしまって、どうしても「俺」や「僕」や「私」には切り替えることができなかった。

 ……だから「ジジ臭い」と言うのはやめろ。都会っ子どもめ。それは田舎への冒涜だ。



「何と言われようが、儂は辞める。


 ……1年前に、妻に誓ったのだ。『40歳になったら引退する』と。


 儂は、残りの人生を妻のために使うと決めたのだ。」



 儂が先ほどよりも一段と力を込めてそう言うと、団員は皆「でも……」「そんな隠居老人みたいなことを……」と言いながらしょんぼりした。



 ──クゼーレ王国魔導騎士団。


 危険度最大級の魔物を討伐するために結成された、魔法による特殊戦闘を専門とする王宮直属の騎士団。


 まず魔法自体がほぼ貴族にしか扱えず、平民の魔力持ちは滅多に現れない。その上、魔物と対等以上に戦うためには天性の運動神経と徹底的に鍛え抜いた強靭な肉体が不可欠である。

 希少な魔力と、超人的な身体能力。この二つを兼ね備えた者だけが所属することができる、勇猛果敢な最強のエリート集団。


 その魔導騎士団に入団して20年。


 そして、魔導騎士団の団長を務めて12年。



 …………儂は、やり切った。



 だからもう、よいのだ。



 儂は妻を──たった一人の家族を、いい加減、幸せにしてやりたいのだ。



◇◇◇◇◇◇


◇◇◇◇◇◇



 王国北東部の田舎貴族の次男坊。

 それが儂【ゲンジ・ガリュウ】だった。


 何の名所も特産品もないシケた場所で、儂は幼い頃から「剣聖」と持て囃されていた。


 家も継げぬ、勉学の才も無い、ただの次男坊。

 そんな儂が家を継ぐ兄の為にできること。それは唯一の才を得た「剣」で成り上がり、ガリュウの名を轟かせること。

 儂はそう思い、日夜修行に明け暮れていた。


 そんな17歳の若造の儂に「知恵」と「力」を授けてくれたのが……後に儂の妻となった、1つ下の少女【ミズハ】だった。



「──なあ、ゲンジさん。

 ゲンジさんは『太刀(たち)』って知っとる?」

「……『太刀』?」

「そ。クゼーレ王国(ここ)で多く使われとる両刃の長剣とは違って、片刃の反りがある長い剣。遠く東洋の島国に伝わる剣の一種なんよ。

 ……片手剣や双剣を細長くしたようなもん。」


 いつの間にか顔見知りになり、いつの間にか儂の自主鍛錬を勝手に観察しにくるようになった鍛冶屋の娘。

 女子にしては珍しく鍛冶屋を継ぐ気でいた彼女は、いつも飾り気のない作業着で、頬にはしょっちゅう(すす)がついていて、手や腕には小さな火傷の痕がたくさんあった。

 彼女は、父親に習って刃物や農具を作っては、しょっちゅう儂に見せびらかしてきた。


「……それが、何だと言うんじゃ。」


 鍛錬の合間にまた勝手に話しかけてきたミズハ。

 儂がそう尋ねると、ミズハはいつも椅子代わりに使っている小岩の上に座って頬杖をついたまま、にっこりと笑った。


「ゲンジさん、太刀(それ)に持ち替えたら?」


「…………?」


 儂がミズハの言葉に首を傾げると、ミズハは儂に説明をしてくれた。


「あんな?その『太刀』っちゅうのは、まさに『魔法の剣』なんよ。

 長剣よりも斬れ味が鋭くて、速い。そんでもって折れん、曲がらん、最強の剣なんじゃ。

 柔い素材と硬い素材を組み合わせて打つ、鍛冶師の究極の技術があってこその量産不可能な剣なんやけどな?天才が打った太刀を達人が使えば、恐ろしいことが起きるんやって。

 ……あまりにも速すぎて痛さすら感じられんくて、斬られた相手は自分が死んどることに気付けず数十秒間は生きてられんの。

 どう?恐ろしいじゃろ?」


「斬られたのに気付かんほどの剣など……そんなん、嘘じゃろ。あり得ん。」


「そう?でも今のゲンジさんも、すでに速すぎて見えんじゃろ?

 そのゲンジさんが()()()()()()()()()()()()、そういうことも起こると思わん?」


「………………。」


「ただな?その『太刀』は一切の誤魔化しが効かんの。

 長剣と(ちご)うて、荒い技で押し切ろうとしても上手くいかん。力で叩き切ることはできん。

 常に絶対に、素早く正確な『太刀筋』を描かんといかんのよ。少しでもブレた瞬間に、威力はそこいらの量産剣以下になってまうんじゃ。

 難しいじゃろ?でも、太刀(それ)を使いこなせば、長剣では絶対に到達できん『神速の域』に行ける。力技を超えた『神業(かみわざ)』を人間が手に入れられるんやって。」


 …………魅力的だと思った。


 より鋭く、より速い。あまりの斬れ味が故、斬られた本人すら気付かんとは。

 破壊せずに命を断つ。まさに神に届く究極の剣。

 剣というものは当然、速ければ速いほど、軌道が正確であればあるほど、その威力は増す。今の長剣で感じている限界の壁を、その「太刀」であれば打ち破れるかもしれない。……が、しかし。


 …………そんなもの、本当にこの世界に存在するんじゃろうか。どうせただの眉唾な御伽話じゃろ。


 儂は次の瞬間には、疑いと諦めの気持ちの方が上回っていた。


「……だが、その『太刀』とやらはこの国には普及しとらんのじゃろ?

 師もおらん。型も分からん。そんな武器、扱いこなせるわけ無かろ。弱くなるだけじゃ。」


 儂がそう反論すると、ミズハは笑顔のまま恐ろしいことを言い切った。


「師なんて要らんじゃろ。型なんて知らんでええよ。

 ゲンジさんが()()()()()()()()()()ええって。」


「はぁ?……お前、剣を舐めとんのか?」


 儂がそう言うと、ミズハはキョトンとして首を傾げた。


「舐めとらんよ?

 でもゲンジさん、もうお師匠さんよりも何十倍も強いやん。今やって正直、型通りに剣振っとるだけじゃ満足出来とらんのじゃろ?行き詰まっとるんじゃろ?」

「うっ……!」

「いつも『より高みに至るには……どうしたらええんじゃ。』とかって、休憩中に呟いとるやん。あれ無自覚やったん?おもろ。」

「なっ……!?」


 図星だった。

 それにしても、ミズハの前でそんな独り言を呟いていたとは。……恥ずかしかった。


 儂が驚いていたら、ミズハは「ゲンジさん、やっぱおもろいわ。」と言ってケラケラ笑った。

 儂は羞恥を誤魔化すようにミズハを睨みながら、もう一つの反論をした。


「……そんな剣、この国には無いんじゃろ。儂が使いこなす以前の問題じゃ。」


 するとミズハは、さっきのお返しと言わんばかりに、儂を煽るようにしてこう言ってきた。


「はぁ〜?お前、ウチを舐めとんのか?」


 それから、一体どこからそんな自信が湧いてくるのか、根拠のない自信に満ち溢れた顔をして胸を張りながら、ミズハは堂々と自分の煤のついた顔を指差して笑った。



()()におるじゃろ。

 未だ王国に存在しない、未来の聖剣──『クゼーレの太刀』を生み出せる、王国一の天才鍛冶師が。」



 儂が思わず「はぁ?」と間抜けな声を上げると、ミズハは取り引きを持ち掛けてきた。


「なあ、ゲンジさん。

 物は試しじゃ。騙されたと思って、一回ウチが打った『太刀』を使ってみてよ。

 1ヶ月……いや、1週間でええ。1週間だけその『太刀』に賭けてみてよ。そんでしっくり来んかったら返品してくれればええ。

 ……でももし、太刀が気に入ったら、」


「……『気に入ったら』?」


 儂を揶揄うようにして妙に勿体ぶるミズハに先を促すと、ミズハはニヤリと笑った。



「ゲンジさんは今後、他所(よそ)に浮気せんと、()()()()()()『太刀』を使ってな。


 (おんな)ってだけで舐められてしまうウチが鍛冶師として生計を立てるためには、一発逆転が必要なんじゃ。


『王国最強の剣士【剣聖のゲンジ】がウチの打った剣を使っとる』ってなったら、さすがに舐められんと依頼も来るし、作った商品も売れるじゃろ?

 ウチがゲンジさんに『太刀』を作ってあげるから、ゲンジさんはウチの看板になって。」



 …………本当に、一体どこからそんな自信が湧いてくるのか。


 だが、儂はそのとき、名もなき鍛冶師見習いのミズハの自信満々な態度と威勢の良さに流されて、気付けば首を縦に動かしていた。



◇◇◇◇◇◇



「ほれ見ろ!やっぱりウチは天才じゃ!!」


 儂の剣捌き──いや、太刀捌きを見て手を叩いて喜ぶミズハ。

 儂は「こんな扱い辛いもん、普通は使いこなせん。」と言ったが、ミズハはそれを無視して「1週間でこんなにも(つよ)なれるなんて、今までの悩みは何やったんじゃろな〜?ゲンジさんはウチに感謝してな!」と返してきた。


 妙に沿った片刃の長剣。長過ぎるし、普通に振ろうとすると変に偏るし、最初は「何じゃこれは。失敗作を寄越したか?」と思い、憤った。

 しかし約束は約束。ミズハの言う通り、剣に限界を感じて行き詰まっていた儂は、とりあえず1週間、その扱い辛い太刀の力を最大限引き出すべく試行錯誤を繰り返した。


 持ち方を変え、振り方を変えてみた。

 踏み込むときの足を変えてみた。

 構えを変え、型を忘れ、これまでの常識や先入観に縛られないように意識した。


 そうして奮闘して──ミズハとの約束の日の前日。

 突然、視界が開け身体に稲妻が走ったような衝撃を受けた。


 要するに、儂は()()を掴んだ。


 御伽話のような剣である「太刀」の本質に迫るべく、そのコツを忘れぬうちにモノにすべく、儂は気付けば一晩中その摩訶不思議な長剣を振り続けていた。


 ──そして、7日目の昼。

 儂の7日間は、ミズハによって「ウチの手柄!」にされていた。


「やっぱウチ、見る目あるなぁ!

 ゲンジさんを一目見たときから『この人じゃ!』って思っとったんよ。

 ゲンジさん、力任せの剣よりも繊細な剣やもん。素早さと正確さを極限まで極めるんなら、やっぱり太刀がええって。」


 にこにこしながらそう言うミズハに、儂は素直に感想を言った。


「……剣の師匠よりも凄いこと言うんじゃな。

 儂を見て『太刀』が合うと思ったんか?そんな助言をくれた人間は、今までおらんかった。

 ……たしかに、ミズハは恐ろしい天才じゃ。」


 するとミズハは、素直になった儂に不意を突かれたのか目を見開いて、それから少しだけ申し訳なさそうに眉を下げて笑った。


「……ちゃうよ。ウチに剣の才能なんて無い。


 あんな?ウチ、女じゃろ?

 見習いってこと抜きにしてもな?ウチが打ったってだけで、お客さん、ウチの作った包丁も、(はさみ)も、斧も鍬も……全然買ってくれんのじゃ。

 ウチの作った物の方が、お(とう)が作った物より安くてお買い得なのにな?お父が『ウチの娘のは値段の割に質がええぞ』って勧めてくれても、誰も買ってくれんのよ。……お父の高いやつばっか買われてくんじゃ。


 やから、ウチ考えたんじゃ。

『同じ物を作って駄目なら、違う物を作ればええんじゃ!』って。

 お父が知らない、ウチしか作ってない物なら、みんなウチから買わざるを得んじゃろ?

 そう思って、考えて、調べて──そんで辿り着いたんが『太刀』じゃ。


 ……ってことでな、逆じゃ。逆。

 ウチはゲンジさんの剣を見て『あんたには太刀が合う』って見抜いたんやない。

 誰かに太刀を使いこなして欲しくて、それで目ぇつけたのがたまたまゲンジさんやったってだけじゃ。だってゲンジさんの剣は、誰がどう見たって速くて正確で強いじゃろ。そんなん、素人のウチでも分かるって。


 最初から太刀ありきなんじゃ。……本当はゲンジさんにはもっと合う違う武器があるかもしれんけど。でもウチはそんなん知らん。屁理屈でも何でも捏ねて、最初から太刀を勧める気やったよ。」



「…………他の奴には絶対にやるなよ。不用意に剣士に太刀を勧めるな。」



 たまたま儂に合っていたから良かったものの。

 根拠もなく、確信もなく、適当にただ強そうな人間に太刀を勧めてきただけだったとは。

 ……場合によってはその剣士の型を壊し、迷いを生み、才能を手折ってしまう可能性のある危険な行為だった。


 儂が他の剣士を守るためにそう言うと、ミズハは


「ゲンジさん、嫉妬深いなぁ〜。

 大丈夫やって。心配せんでも、ゲンジさんはウチの一番の上客じゃ!」


 と、まともに忠告を聞かずに、笑って冗談を言ってきた。



◇◇◇◇◇◇



 ミズハの「太刀」を得て、儂は己の限界の壁を超えた。

 最初は周囲に「そんな変な武器に持ち替えるな」「今まで積み上げてきたものが台無しになる」と、散々言われて、止められた。

 ……だが、中でも一番腹が立ったのは


「女の打った異形の剣を使うなど、女に狂って血迷った結果としか思えない。【剣聖のゲンジ】は、色仕掛けに負けた愚かな男だ。」


 という、儂にとっても、ミズハにとっても屈辱的な言葉だった。


 ──遠く海を超えた先の異国の剣を見つけ出し、ここクゼーレ王国で「太刀」を作り上げたのは【鍛冶師ミズハ】の実力じゃ。


 ──「太刀」を使うと決めたのは、儂が剣士として、より高みを求めたからに他ならない。純粋に、太刀に可能性を感じたからなんじゃ。



 ──何も知らんと、阿呆なことを抜かすな!!



 儂は周囲に言われれば言われるほど、意固地になった。

 そして完全にこれまでの長剣を捨て、師匠のもとを離れ、体得してきた型を捨て──太刀にすべてを懸けるようになった。


 他でもないミズハに「……なあ、そこまでせんでもええって。やっぱり、太刀はたまに使うくらいにしとい方がええよ。周りの人も()めとけ言うとるし……ゲンジさんの剣が(よわ)なってまうよ。」と心配されたが、「儂はこの太刀一本で強くなるんじゃ。」と言い返し続けた。


「構えこそ違えど、技こそ違えど……今までの剣も無駄にはしとらん。

 守破離で言う、『破』じゃ。儂は師匠の教えを破り、新たな型を取り入れとるだけじゃ。これは強くなるための正しい道のりなんじゃ。」


 儂がそう言うと、ミズハは


「あんたもう、それ『離』じゃろ。

 ……そんなウチの剣振っとるん、あんたしかおらんて。」


 と言って呆れたように笑った。



◇◇◇◇◇◇



 そして儂が完全に太刀一本に武器を持ち替えて、徐々に「太刀」の名も周囲に知れ渡り始めた、ある日。

 儂が19歳のときだった。


 近くの町に来訪していた王宮直属の護衛隊の剣士が、儂の「太刀使いの【剣聖のゲンジ】」の噂を聞いて、儂のところまでやってきた。



「──……君は恐ろしい。

 こんな片田舎で(くすぶ)っていていい存在じゃない。

 君は王都に来て、王宮の剣士になるべきだ。王国のためにその剣を活かすべきだ。」



 儂を一目見たその王宮護衛隊の剣士は、そう言った。

 そして後日、さらに儂の実家に王宮護衛隊の兵長から直々に勧誘の手紙と推薦状が届いた。

「部下から貴殿の話を聞いた。一度でいいから、王都に来てその剣聖と呼ばれる『太刀』の腕を我々に見せてほしい。」と。


 ──儂が家を継ぐ兄の為にできること。それは唯一の才を得た「剣」で成り上がり、ガリュウの名を轟かせること。


 まさか、それが早々に実現しようとは。

 いきなり国王様のお膝元である王宮に手が届こうとは。

 千載一遇の機会だった。


 儂はこの田舎を離れ、王都で成り上がることを決意した。

 両親にも兄にも「お前はガリュウ家の誇りだ」と言われ、存分に王国のために剣を振るってこいと激励された。


 そうして儂は、推薦状を手に王都へと旅立とうとしたのだが──……



「…………なんじゃ、その荷物は。ミズハ。」


 旅立ちの日。

 儂が家族らに見送られ、道を歩き出してしばらくしたところで──儂を呼び止める声とともに、ごちゃごちゃとした大荷物を背負い、両手に背負いきれなかった鍛冶道具の大鎚とテコ棒を持ったミズハが、笑顔で走ってやってきた。


「何って?王都に行くための荷物に決まっとるじゃろ。見て分からん?」


 ミズハは当然のようにそう言ってきた。


「どういうつもりじゃ。舐めとんのか。

 ……遊びじゃないんじゃ。儂は人生を懸けて行くんじゃぞ。」


 儂がそう言うと、ミズハは大袈裟に顔を顰めた。


「はぁ〜?ゲンジさん。何言っとんの?」

「……『何』とは?」


 ミズハは儂の疑問に呆れたように溜め息をついて、それから「ふふん」と鼻を鳴らして堂々と胸を張った。


「はぁ……分かっとらんなぁ〜。相変わらず剣以外のことはサッパリなんじゃな。


 あんな?ゲンジさんが人生懸けて行くんなら、ウチも行かんとじゃろ?

 剣聖ゲンジの『クゼーレの太刀』を打てんのは、ウチしか()らんのやから。


 ゲンジさんの方が舐めとるよ。

 太刀が欠けたらどうするん?折れても王都には予備なんか売って無いで?

 もっとええ太刀が欲しなるたびに、何ヶ月も休んで故郷(ここ)に帰ってくるつもりなん?

 鍛冶師の一人もついとらんで、成功できるわけがなかろ。ウチを連れてくのは当然じゃろ。」


 ………………。

 それはたしかに、そうかもしれんが……


「……じゃが、ミズハは家を継ぐんじゃろ?」


 儂がそう尋ねると、ミズハはスッキリした顔をして力強く言い切った。


「ええんじゃ。

 地元(ここ)にいたって、女のウチが作ったもんはもう売れん。その上、ゲンジさんまで()らんくなったら、せっかくの唯一の『太刀』すらも売れんわ。ウチの看板が居らんくなるんやもん。


 やから、ウチは決めたんじゃ。

 もうお(とう)の店には(こだわ)らん。ちっさい器には収まらん。ウチは【天才女鍛冶師ミズハ】として、王都でどでかく花咲かせたるんじゃ。

 王都に着いたら、王国一の鍛冶屋に弟子入りする。そんでもって、いつか独立してウチの工房を持つんじゃ。


 ってことでな?ゲンジさんは王都で【剣聖のゲンジ】として、王国一のどでかいウチの看板になって。」


 ミズハは続けて「ま!王都に行ったら、女のウチでもちゃんと評価されるかもしれんし。ゲンジさんの名は要らんかもしれんけどな!ゲンジさんより先にウチが名を馳せたったら、ごめんな?」と言ってにっこり笑った。


 ミズハは、儂よりも何倍も、何十倍も強い女じゃった。


「……そうか。そこまでの覚悟を持って来てくれるんか。

 分かった。ならば、儂が責任を取るまでじゃ。

 恩に着る、ミズハ。」


 儂は必ず王国一の剣士になって、「クゼーレの太刀」と「鍛冶師ミズハ」の名も共に世に轟かせる。


 儂は腹を括って頷いた。


 するとミズハは、意表を突かれたように目を丸くして驚いて──それからあの儂の太刀捌きを見たときのように、手を叩いて喜んだ。


「え〜!?ゲンジさん、()()()()取ってくれんの!?

 いやぁ〜悪いなぁ〜!不束者(ふつつかもの)やけど、よろしくな!家事は完全分担な!できたら子どもは三人な!」


「…………?」


 儂が首を傾げると、ミズハは笑って儂の真似をして首を傾げてきた。


「普通こういうとき、男が女に『責任取る』言うたら『結婚』じゃろ?

 その『責任』ちゃうの?もしかして無自覚やったん?おもろ。」

 

「結婚?!?!」


 儂が驚くと、ミズハは「ゲンジさん、ええ趣味しとるなぁ〜。ウチみたいなええ女は他に()らんもんな〜?」とニヤニヤして儂を煽ってきた。


 ……しかし、そのとき儂はミズハの言葉に得心した。


 いかにクゼーレ王国広しといえど。

 まだ見ぬ王都に、いかに人が溢れていようとも。


 ミズハを超える女は絶対に現れんじゃろうと、その瞬間、強く思った。


「そうじゃな。ミズハほどの女は他に居らんな。

 結婚してくれてありがとうミズハ。これからよろしく頼む。家事は完全分担じゃ。」


 儂がそう頷くと、ミズハは「……えっ?本気なん?」と今さらポカンとしてきた。

 だから儂は「今、本気になった。たしかにミズハの言う通りじゃ。」と返した。



 それから王都に行くまでの道中、ミズハは結婚を自分から言い出したくせに、儂に気を遣ってきた。

 ……あの、太刀のときのように。


「……なあ、ゲンジさん。そこまで責任取らんくてもええって。

 ゲンジさんは貴族の血を継いどるんやから、同じ貴族の人と結婚した方がええよ。

 ウチみたいな平民は貴族と(ちご)うて、魔力がないんよ?子どもに魔力が継げんくなる。……そうなったら、ゲンジさんの剣聖の才能が一代限りになってまうよ。」

「剣の腕など、儂一人だけのものではない。世の中には才能が溢れとる。儂の太刀も、血が繋がっとらん弟子にだって継がせることはできるんじゃ。

 魔力があろうがなかろうが関係ない。ミズハの子ならええんじゃ。できたら子どもは三人じゃ。」

「……それ、ウチが言った人数じゃろ。無理せんでええよ。冗談やって。」

「無理なんかしとらん。ミズハはええ女なんじゃ。ミズハほどの器量良しは王国中探したって居らん。王都に着いたら、すぐに結婚するんじゃ。」


 儂がそう言うと、ミズハは照れくさそうに頬を赤く染めながら


「ゲンジさん。頭(かった)いなぁ。

 ……けど、まだ甘いよ。ウチほどの器量良しは、()()()探したって居らんからな?」


 と厚かましい訂正を入れてきた。



 そうして儂とミズハは、王都にやってきて結婚した。


 儂は推薦状を持って王宮に行き、その剣の腕を買われて、人外の魔物の討伐を専門とする戦闘集団「王国魔導騎士団」に入団した。

 王都の常識も知らず、魔物の生態も知らず、学ぶべきことは多く苦労したが、儂は剣の腕一つだけで仲間たちに認められた。

 数年もすると、地元の田舎で使われていた【剣聖のゲンジ】の呼び名が、いつの間にか仲間内……そして王都でも広まった。


 ミズハは宣言通り、王都で一番有名な大きな鍛冶工房に女一人で弟子入りした。男所帯に女一人。儂は心配したが、ミズハは他でもないその実力で仲間たちに認められ、逞しく仕事をしていった。


 ……職場で口説かれるたびに儂に自慢してくるのだけは、本当に勘弁して欲しかったが。


 儂が思わず不安を顔に出してしまう度に、ミズハは笑って「『ありがとな!でもウチはもう【剣聖のゲンジ】と結婚しとるんじゃ!ごめんなー!』って断る瞬間が、一番気持ちがええんよ。最高の断り文句じゃろ?」と言ってきた。



 そうして数年過ごして、剣の研鑽を積んでいくうちに、いつの間にか儂は魔導騎士団でも団長として頂点に立つようになった。

 それからも月日を重ね、儂は「クゼーレの太刀の始祖」「生ける伝説」と呼ばれるようになり、さらに10年、15年が経ち──……


 ……いつの間にか、儂とミズハは30代も半ばになった。



 …………しかし、儂らの間には、一人も子が産まれなかった。



◇◇◇◇◇◇



 儂らが結婚したのは10代の終わり。

 そこから10年も、15年も子が成せなければ、さすがに気付かざるを得なかった。


 子に魔力が継げるかどうか、人数が三人になるかどうか……それ以前の問題だった。



 儂は王都に来て、さらに剣を極めていった。剣聖だ伝説だと持て囃されて、ガリュウの名は一代で王国に轟いた。儂の編み出したクゼーレの太刀の型は「ガリュウ流」として王国の資料に正式に記された。


 ………だが、妻のミズハには、儂は何も残せていなかった。

 儂のために実家を継ぐ夢を諦めて、冗談を本気にした儂と流れでそのまま結婚して……それなのに、儂はミズハの我が子を抱く夢一つすらも、叶えてやれそうになかった。

 その事実を、いい加減、認めざるを得なかった。


 だから数年の葛藤の末、儂はミズハに伝えることにした。


 これまでの謝罪と……これからの将来のことを。



「なあ、ミズハ。

 儂らに子ができんのは……原因は分からんが、儂のせいかもしれん。

 もし儂のせいじゃとしたら……儂はミズハに、酷いことをしとる。


 もともとミズハは、儂の『太刀』のために実家を継ぐ夢を捨てて儂について王都まで来てくれたんじゃ。

 その上、子を成す夢まで、儂がミズハから奪うわけにはいかん。


 ……じゃから、ミズハ。手遅れになる前に、ミズハは今からでも、儂じゃなく、他の…………」



 ──……「()()()と幸せになれ」と、言うつもりだった。


 だが、儂は数年かけて見つけたはずのその言葉を、口に出せずにつっかえた。


 ミズハが他の男と幸せになる姿を、儂は見たくなかった。認めたくなかった。


 自分ばかりが夢を叶えて……それなのに、ミズハを手放したくなかった。


 儂は弱くて情けない男だった。



 そうして儂がみっともなく口籠った瞬間──



 ──儂の頬に、神速の平手打ちが飛んできた。



 不意打ちだったこともあり、儂は見切ることすらできずに思いっきり引っ叩かれた。

 剣聖が聞いて呆れる不甲斐なさだった。


 儂が驚いて平手打ちが飛んできた方を見上げると、そこには涙目になったミズハが震えながら立っていた。




「…………ゲンジさん。


 その()()を口にしたら、ウチが研いだ(はさみ)でその舌、切り落としたるからな。


 阿呆なこと抜かすなや。この馬鹿タレが。」




「──…………すまんかった。


 もう、言わん。…………言えん。…………言いとうない。」



 儂はその場で、情けないことに涙を流した。

 ミズハの前で泣いたのは、あれが初めてだった。


 儂が泣く姿を初めて見たミズハは


「泣くほど嫌なら、最初から言おうとすんなや!」


 と言って、儂の頭に拳骨を喰らわせてきた。




 ──そして儂は、考えを改めた。新たな決意を抱いた。


 儂らの間に子ができないのならば、その分「儂がミズハを幸せにしてやろう」と。


 子がいないことを退屈に思う暇がないくらい、他所(よそ)を羨ましいと思う隙がないくらい、ミズハに儂の時間をかけるんじゃ。

 儂に振り回され続けて、ミズハはもう38じゃ。これからは儂がミズハに振り回される番なんじゃ。


 …………あと1年。

 あと1年で、儂は魔導騎士団を引退する。そうしたら、今度はミズハのやりたいことをやろう。

 田舎に帰ってもええ。鍛冶屋を新しく開いてもええ。世界中を旅したってええ。


 ミズハの夢を一つでも多く叶えるんじゃ。

 儂は、これからはミズハのために生きるんじゃ。


 儂はそう思って、ミズハに40歳での引退を約束した。


 ミズハは儂を気遣うように笑って


「なあ……そこまでせんでええんちゃう?

 ウチ、今もう充分幸せやって。王都(ここ)で楽しく鍛冶師の仕事もできとるよ?ゲンジさんやって、まだまだ(つよ)なりたいんちゃうの?

 ゲンジさんどんだけ頭(かた)いん?『石頭』越えて『超硬合金頭』やん。」


 と言ってきたが、儂の意志は変わらなかった。



 迷いはない。後悔はない。



 儂の人生で一番大切なものは、太刀やない。ミズハなんじゃ。



◇◇◇◇◇◇


◇◇◇◇◇◇



 そう思って、儂は今日、固い決意とともに引退を宣言したはずだった。


 台詞も、完全に決まったはずだった。


 ……だというのに。


 儂が引退宣言を決めた直後。

 儂ら魔導騎士団のところに、同じ王宮所属の戦闘集団──「王宮護衛隊」の兵長が小走りで儂の元にやってきた。


「──ゲンジ!魔導騎士団の皆も!

 緊急事態だ!俺たちに力を貸してくれ!」


「……?どうした。珍しいな。お(ぬし)がわざわざこちらに来るなど。何の用じゃ?」


 同じ王宮勤務といえど、仕事内容はまったく違う。

 対魔物の儂らと、対人間の王宮護衛隊。儂らが何かを協力することなど、基本的にはないのだ。

 強いて言うなら、年に数度、王城に召集されて王立機関代表として諸々の報告をし合ったり、王国の式典で魔導騎士団団長の儂と王宮護衛隊兵長のそいつが並んで国王の御前に立つくらいか。


 儂と魔導騎士団の皆が不思議がって首を傾げていると、兵長は焦ったような困惑したような、変な顔をしながらこう言った。



「あえて言葉を選ばずに言おう。


 ──王宮に、お前(ゲンジ)以来の推薦状を持った『化け物』が来た。


 魔物の異能が混ぜられた、血も涙もない外道に(つく)られた人間だ。」



「何じゃ?それは。」


 儂は訝しんだが、兵長はさらに畳み掛けてきた。


「それでいて、そいつには愛国心の欠片も無い。もちろん騎士道の精神も持ってない。倫理観もまともじゃないんだ。

 ……そいつは、入隊試験として部下と手合わせをするように俺が指示したら、本気の目をしてこう言ってきたんだ。


()()ってことは、どっちかが()()までやればいい?』と。


 俺たち王宮護衛隊のもとには置いておけない。だが、このまま野放しにするわけにもいかない。

 ……ゲンジ。一度そいつを、その目で見てはくれないか。」


拙作をお読みくださり、ありがとうございます。

このまま最後までお楽しみいただければ幸いです。


〔補足〕

今作はシリーズ作品のうちの一つになっています。

このまま続きをお読みいただいても大丈夫ですが、先に第2話以降の登場人物の背景を知っておいた方がより読みやすくなると思うので、ご興味がありましたらぜひ、以下の作品を覗いてみてください。


連載【私と同じ暗殺者】

本作の「化け物」の前日譚。後日談を除く4話分です。

(後日談は本作最終話以降のエピソードになるので、本作最終話以降に読む方が分かりやすいと思います。)

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