心の湖
人の声に揺れるたび、ひとつずつ、自分が削れていくような気がしていた。
リナは、人の目を見て話すのが苦手になっていた。
相手の一言に、心が波立ち、顔がこわばり、頭の中で反芻してしまう。
「なぜ、そんなふうに言われたんだろう」
「私が悪かったのかな」
そんな問いが、夜になると静かに胸を締めつける。
ある日、彼女はバスに乗って、小さな湖のある場所に向かった。
そこは、学生のころに一度だけ訪れたことのある、静かな場所だった。
湖の水は、風が吹かなければ動かない。
誰もいないときは、まるで鏡のように空を映していた。
リナは、湖のほとりに腰を下ろし、そっと目を閉じた。
「私は今、疲れてる」
言葉にしてみると、それは思っていたよりも静かで、真っ直ぐだった。
「だから、人のことばに揺れるのも、当然なんだよ」
「私のせいじゃない。揺れるのは、生きてる証だから」
湖の表面に、風がひとつ。
小さなさざ波が立って、また静まった。
リナは、自分の心の中にも、こんな湖があると想像してみた。
波立ってもいい。
静まる時を、待てばいい。
しばらくの間、何も考えずに、風の音だけを聞いていた。
その帰り道、スマートフォンに友人からの通知が届いていた。
けれどリナは、それをすぐには開かなかった。
「今、心を守る方が大切だから」
そう思えたことが、少しだけ、嬉しかった。