本番直前
心臓が爆発しそうなくらい、ドキドキしている。
何度ステージに立っても、この感覚には慣れない。
今、舞台袖に立つボクの足は震え、深呼吸しても緊張は一向に消えなかった。
そのとき。
ポン、と肩に手が置かれる。振り向くと――
そこには、ボクの相棒・ユウクがいた。
「相変わらず緊張しいだねぇ、ARASHIは」
バカにしてるようで、してない。
ユウクは、いつもこんなふうにボクの心に入り込んでくる。
「……慣れないよ。ボクは、何回やったってこの緊張には勝てそうにない」
吐き出すように言うと、ユウクは優しく笑った。
「そこがARASHIのいいところだよ。
緊張しないやつは、いざって時に失敗する。
大事なのは、その緊張とどう付き合うか――だよ」
「……含蓄あるね。さすが、この世界で何年もやってきただけはある」
別に茶化したわけじゃない。それは事実だから。
そんなふうに、ボクらはいつものように短く言葉を交わす。
そこへスタッフの声が響いた。
「まもなく本番です!」
ユウクと顔を見合わせ、ボクらは小さくうなずく。
「さて、僕たちの出番だね。
ARASHI君の歌で、みんなの心を奪っちゃおうか」
「ユウク、ボク一人じゃ無理なの、知ってるだろ?
……背中を預けられるのは、君だけなんだから」
「……まるでプロポーズみたいなセリフだね」
「事実だから。
ボクは一人で立つつもりなんて、はじめから無い――
ボクたちは二人で『ナイトエッジ』なんだから」
「だよな」
声が自然に重なって、ボクらは笑い合う。
「――さて、行きますか」
スタッフのカウントが始まり、ボクはまっすぐ前を向いた。
もう、足は震えていなかった。
やっぱり、ボクはこの緊張に一人じゃ耐えられない。
ユウクがいるから、ボクはARASHIでいられる。
ステージに出ると、眩いスポットライトがボクを照らす。
湧き上がる歓声、拍手、名前を呼ぶ声。
――けれどボクは静かに、スタンドマイクの前に立ち、
観客のざわめきがふっと途切れるその一瞬を待つ。
そして。
ボクはそっと人差し指を口の前に立てる。
「――シー……」
これはボクのルーティン
その瞬間、ボクは“ARASHI”になる。
舞台が暗転する。
アカペラの歌が、静寂に響き渡る。
この声を、
ボクの歌を――
好きでいてくれる人たちのために。
ARASHIは歌う。
ファンのために。
君のために。
アカペラが終わると、観客から大きな拍手が沸き上がった。
胸がじんとする。
――よかった。ちゃんと届いた。
すると、次の瞬間――再び舞台が暗転。
流れ出すビート。
光の中に舞い降りるのは――ユウクだ。
ここからは、ボクとユウクのデュオステージ。
歌とダンス。声と体で、すべてを伝える。
この一瞬のために。
ボクはARASHIをやっている。
ボクたちは――ナイトエッジだから。