深淵の森の異変
翌日、朝早くからギルドへ向かう。
今日はなぜかリア達だけでなく、レアード達にも見送られた。
じーっと視線を向けて、何か言いたそうにしているように感じた。
昨日の事だろうか?
昨日のことは蒸し返してほしくない。
なので、さっさと外へ出る。
朝の大通りは夜とは違って穏やかさと落ち着きを感じる。
人通りも少なく、朝のほうが居心地の良さを感じる。
かといって、注目を浴びないわけではない。
すれ違うたびに視線を向けられる。
どこかおかしなところがあるのだろうか?
服装?それとも武器?
分からない。
疑問を感じながら大通りを歩いて行った。
ギルドの扉を開く。
朝からギルド内は人が集まっていた。
冒険者は朝から行動するものが多い。
そのためギルド員が朝から忙しなく動いている。
私がギルドに足を踏み入れると、皆が手を止め、注目を浴びる。
視線を浴びせられるのは好きではない。
少しの硬直の後、受付に向け足を動かす。
足を進めるのに合わせて皆の視線が動く。
冒険者達に目を向けると昨日とは一転して何とも言えない表情をしている。
よく見てみると、昨日見かけた冒険者が多く見える。
私は動揺しながらも受付に向かっていった。
受付の対応は早かった。
一言告げると直ぐに書類を用意してくれる。
それに書き込みをして渡す。
やることはやった。
踵を返し、扉へと向かう。
いたたまれず視線を下げながら歩いていると、目線の先に3人の足が見えてくる。
目線を上げた瞬間、ドクンと鼓動が高鳴る。
頭がまっ白になり、言葉が出てこない。
目の前にいたのは、『彼女達』であった。
Dランクパーティ”夢物語”。
シグレ、エルダ、バレラの3人で構成されたパーティで昔、私が世話になった人達だ。
私より一回り歳が上で昔は世話を焼いてくれる人たちであった。
しかし、彼女らの身内を死なせてしまったことから関係性が大きく変わってしまった。
今では嫌悪感を隠そうともせず睨み付けてくる。
手を出されたことはないが、私を恨んでいることは良く分かる。
「「「・・・・・・」」」
彼女達は何も言わずにただ睨み付けてくる。
私は彼女らが口を開くのも黙って待っていた。
暫く静寂が続く。
周りで見ていた冒険者も成り行きを伺っているようで足を止めている。
そこには嫌な視線は感じないが、そんなことは今は気にならない。
私の意識は完全に彼女達に注がれていた。
すると、彼女達は両側に分かれ道を開ける。
まるで行けとでも言っているかのようだ。
私は扉に向け足を進めた。
「私達は絶対にあなたを許さない」
すれ違いざまその言葉を掛けられたが、私はそのままギルドを後にした。
☆
北門を出て、深淵の森に向かう。
道中、私は先ほどの事を思い返していた。
彼女達。
シグレ、エルダ、バレラの3人。
冒険者になった当初は3人のことを先輩と呼んでいた。
私が先輩と言って駆けよれば必ず笑みを浮かべてくれていた。
しかし、例の一件があってからは先輩と呼んだことはない。
彼女達に罵倒されたあの日から私は声を掛けることすらできなくなってしまった。
今でもそうだ。
あんな感じで通せんぼされ無言で睨み付けられることはあるがまともに会話したことはここ数年なかった。
もちろん世話になった先輩だ。
出来れば仲良くしたい。
しかし、それはもう無理なのだろう。
でも、もし仲良くできるのなら・・・・・・。
などと考えているうちに、気づけば深淵の森の前まで来てしまっていた。
いけない。
私は強引に意識を切り替える。
深淵の森で考え事など言語道断。
そんな状態で生き残れるほど危険区域は甘くない。
私は思考をクリアするため、目をつぶり、心を無にする。
ゆっくり時間をかけて心の波をなくしていく。
これはいつも深淵の森に入る前に行っているルーティン。
心を乱している状態でも無事に行うことが出来た。
ゆっくりと息を吐き、目を開いていく。
よし、行こう。
鋭い目付きを森に向けて、私は足を踏み出していった。
☆
森の中を歩き続けること数刻。
私はひたすら魔物を狩っていた。
森の生態系は1日で大きく変わっていた。
目の前にはBランクの魔物、イリーガルマンティス。
固い岩をも容易く切り裂く前足の鎌を持ち、上下の移動には向かないが前後左右の高速での戦闘を可能にする羽を持つ。
また鎌による斬撃を行い、中距離攻撃を可能としている。
本来森の中域にいるはずの魔物が入ってすぐのところにたむろしていた。
私の目の前にはイリーガルマンティスが5体いる。
羽を広げて、私の周りを旋回している。
私は鎌を手にイリーガルマンティスの出方を伺っていた。
速い!
それにこの連携力。
近接戦を不利と読んだイリーガルマンティスは一転、旋回しながら距離を取り斬撃による中距離戦に変えてきていた。
5体が連携して旋回を繰り返し、死角を狙って攻撃してくる。
こちらから飛びかかっていっても持ち前の速度と連携でうまく躱されてしまう。
おかげで体中に傷を負い、『自己再生』に時間を割いてしまっていた。
おかげで防戦一方となっていた。
可笑しい。
私はこの状況の異常性に疑問を感じていた。
なぜならイリーガルマンティスは本来群れを作らない一匹狼。
それどころか強さに固執しすぎるマンティス種は仲間すら平気で手にかける凶暴性を本来は持っているはずなのだ。
それが群れを作っている。
しかも、この連携力。
明らかに生態系が変わっていることが見て取れる。
背後から風を切る音が聞こえ、上に飛ぶ。
斬撃が足元を通り抜け、視線の先にある木を切りつける。
木には決して浅くない傷が出来る。
私は気の傷を見て息を呑む。
あの斬撃を食らったら流石にやばい!
旋回を辞め、目の前に現れたイリーガルマンティスが鎌を振り下ろすのに合わせて、私も鎌を横薙ぎに振るう。
鎌同士がぶつかり合い、金属音に似た音が鳴り響く。
つば競り合いの状態となるが、背後からいくつもの風を切る音が聞こえ、反応する。
ちょっと強引だけど、やるしかない!
即座にイリーガルマンティスを蹴り上げ、地面に着地した私はその瞬間、『身体強化』を使用する。
強化された私はその足で地面を蹴り、上空の蹴り上げたイリーガルマンティスを狙う。
鎌を強く握り振りぬく。
標的となったイリーガルマンティスは鎌をクロスして待ち構えるが、無残にも鎌を切り裂かれ気づいたときには真っ二つになる。
イリーガルマンティスは断末魔を上げる間もなく死んでいった。
私は切り裂いたイリーガルマンティスには目もくれず次の標的に視線を合わせる。
イリーガルマンティスは私の速度に驚き、すべてが足を止めていた。
狙いを定めて大きく足を踏み出す。
イリーガルマンティスは斬撃を飛ばす。
しかし、予想していた私は自身の体を進路方向に高速回転させ、斬撃を連続で切り飛ばす。
そのまま、回転しイリーガルマンティスの首を切り飛ばした。
「くっ!」
残りのイリーガルマンティスの斬撃が、体勢を戻した私の手足、脇腹を抉る。
中でも脇腹を大きく抉られたことにより、体勢を崩した私をイリーガルマンティスが束になって襲い掛かる。
「このまま・・・・・・やられてたまるかぁ!!」
気を持ち直した私は体を回し、鎌を一周させる。
それにより、イリーガルマンティスの鎌を切り落とすことに成功する。
「があああああああああああああ!!!」
そのまま、立て続けに鎌を振り下ろし、すべてのイリーガルマンティスの首を落とした。
☆
「はあはあ・・・・・・」
私は持っていた鎌を落とし、地面に尻餅をつく。
手足を切られ、力が入らない。
ぎりぎりの戦いであった。
『自己再生』発動。
ゆっくりとだが、傷が治っていく。
イリーガルマンティスは首を飛ばされ、首を垂れるように死んでいる。
力が戻ってきたことを確認した私は立ち上がる。
が、その瞬間、茂みが揺れる。
「!!」
視線を向けた瞬間、鼻先を何かが高速で通過する。
咄嗟の反応で何とか躱したが頬に傷が出来、血が流れる。
私は茂みに目を向ける。
何?
目を細めて茂みに意識を集中させる。
「はっ!!」
その瞬間、今度はかなりの量の何かが茂みから飛んできた。
私は咄嗟に回避するが、その瞬間全方向から何かが飛んできてそのうちの一つが肩を貫いた。
「くっ・・・・・・つっ・・・・・・」
肩を抑えてしゃがみ込む。
視線を向けるとそこには真っ赤に染まった先のとがった石が転がっていた。
石・・・・・・まさか!?
私は痛みを我慢して鎌を構える。
『身体強化』発動。
肩の傷よりも状況を優先して、スキルを切り替える。
肩から血がどんどん流れていくが、気にしてはいられない。
いつでも動けるように体勢を整える。
すると茂みからとある魔物が姿を現す。
魔物の姿を確認したとたん息を呑む。
その魔物はキシシシと笑みを浮かべながら、両手で石を揉みこんでいた。
デスモンキー。
Aランクの魔物で群れで行動をする。
非常に獰猛で狡猾な性格をしている。
最も警戒すべきは残虐性でデスモンキーに捕まった者は簡単には死ぬことが出来ず死んだほうがマシと言われるほどの拷問特性を持つ魔物である。
「デス・・・・・・モンキー」
息を呑むと同時に冷汗が流れていくのを感じる。
深部に生息していると言われているため、まだ出会ったことはなかった。
その魔物がこんなところに・・・・・・。
一匹が出たのを合図に次々に茂みから姿を現す。
全方位から姿を見せ、辺り一面デスモンキーで埋められる。
深淵の森の入り口まで出てきた以上、森を出て街に行く可能性も捨てきれない。
街に行ってしまえば、子供たちの無事は保証できない。
私は強く歯を噛みしめ、鎌を力強く握る。
行かせない!!
私の命に代えても!!
「かかってらっしゃい!!」
その言葉を合図にデスモンキーが不敵な笑みを浮かべながら飛びかかってくる。
デスモンキーとの死闘が始まる。
無数のデスモンキーがカーフェを襲う。
すでに満身創痍に近いカーフェは抗うことが出来るのか。
次回、お楽しみに!