家族とトラウマ
トレストの街。
街全体を外壁で覆い、東西南北に門を置いている。
この街はもともと危険区域である深淵の森を管理するために作られているため、冒険者の地位が他の街よりも高いのが特徴である。
街は中心から領主層、貴族層、市民層となり、中心に近づくほど裕福となっていく。
東西南北に門があり、中心に向かって大通りが広がっていくが、まっすぐ進んで行っても領主邸に繋がることはない。
領主邸へは右折左折を繰り返して進んで行く必要がある。
このような造りをしているのは代々領主一族が臆病な性格をしていることが関係している。
その為、深淵の森の管理もギルドに一任し、孤児を捨て駒にし、街の平和を守ろうとしている。
そして、その渦中の人物である私はギルドを出て、西門の方角へ向かっていた。
孤児院は西門の近くにあるためである。
先ほどの一件からレアードは一人距離を取り、先を進んでいる。
私達はそんな彼の後ろをついていく形となっている。
西門から続く大通りも出店が出て大変賑わっている。
しかし、その中を鬼の形相で横切っていくレアードが注目を浴びないはずがない。
気付けば、民衆の視線を独り占めしていた。
「・・・・・・」
しばらく歩いていると、レアードが立ち止まったため、私達も立ち止まる。
大きく息を吐くレアード。
しばらく口を開かずに立ち止まっていたがやがて後ろを振り向き、口を開く。
「何か買って帰るか」
レアードの落ち着いた声を聴いて、ようやく近づいていく私達。
「串焼きでも買っていきましょう」
「あいつらは食い盛りだからな。持ちきれねえくらい買ってくぞ!」
リリィに賛同するレアード。
その後、先ほどまでの静寂は何だったのかという勢いで串焼きを大量に買っていく私達。
気付けば、皆笑顔を浮かべるようになり、視線も気にならなくなっていった。
☆
完全にあたりが暗くなったころ私達はようやく孤児院が見えるところまでやってきた。
すでに人通りも少なくなり、どの家も明かりが付く時間となる。
孤児院も同じであり、外から明かりが付いていることが確認できる。
家の前までくると、庭から音が聞こえてくる。
その音を聞いて、皆顔を見合わせると、笑顔で向かっていく。
そこには木刀を持って素振りをしている男の子が2人とそれをじっくり観察している女の子の姿が目に入った。
「精が出るな、お前ら!」
レアードの声を聴いた子供たちが笑みを浮かべて近づいてくる。
子供たちは泥だらけになっており、長い時間訓練に励んでいたのが分かる。
「レアード兄ちゃん!」
「やっと帰ってきた!」
「おかえりなさい」
と、子供たちが三者三様の反応を見せる。
初めに口を開いたのはグリード。
目を輝かせ何かを期待している少年だ。
次にブラッド。
お腹が鳴り恥ずかしそうに視線をそらしている。
そしてティア。
ニコニコと常に笑みを欠かさない少女だ。
3人とも10歳に差し掛かろうという年である。
「あなた達、頑張りすぎよ」
私は彼らに声をかける。
「だって僕たちも早く戦えるようになりたいんだもん」
「みんなの役に立ちたい!」
「今度は私たちがみんなを支えるの!」
3人とも意識が高い。
すでに冒険者としてやっていく意識があるようだ。
しかし、私達としては冒険者などと言う危ない職よりももっと危険が少ない職に就いてほしいと考えてしまう。
「ありがとう。けど、もうご飯の時間よ。ほら見て、出店で串カツをたくさん買ってきたの。皆で食べましょう?」
リリィが両手いっぱいに串カツが入った袋を見せると、3人とも目を輝かせて、家の中に入っていく。
それを確認した後、私達も家に入っていった。
☆
孤児院は現在領主の元、支援がされている・・・・・・ということになっている。
しかし、実態は全く異なる。
まずは衣。
服については完全に支援がなく、全て討伐によって得た金で手に入れている。
食。
食糧に関しては毎月1ヶ月分が送られてくる。
しかし、その量が明らかに足りない。
その為、足りない分を手持ちから補わなくてはならない。
その上、係のものが交代交代で食糧を持ってきてくれているがその殆どが孤児を見下している。
友好に接してくれるのはごく稀に来る領主兵だけである。
最後に住。
孤児院は現代の木造建築とは違い石造りで作られている。
それは古くからある建物だと言うことを意味しており、同時に建て替えが行われていないことを意味している。
ところどころ石に傷や欠けが見られ、ツタが石から生え建物全体に広がっている。
いつ崩れてもおかしくない、と言うのが孤児院の現状である。
その為、住については孤児院で帰りを待っている子供達が、自ら掃除や補修、増築をしているのである。
その甲斐あって、現在は孤児院の内部は木造に変わり、綺麗さが維持され、住みやすい建物に変わっている。
正直、これでは金の消費量が多すぎて、貯金が貯まらない、と言うのが現実であった。
⭐︎
家に入ると、先ほどとは別の3人が出迎えてくれた。
1人はエプロンをつけた少女。
もう1人は、そのお手伝いをしていたらしい少年。
そして最後は腹をすかせた子供であった。
3人とも目元がそっくりだ。
男の子に限っては仕草も似ている。
れっきとした3姉弟だと分かる。
「おかえりなさい!!」
長女リアの元気な声が家中に響く。
「おう」
「ただいま」
私達はそれぞれ返事をする。
「良いにおいする!串カツだ!」
「くしかつ!くしかつ!」
長男は食いっ気が勝ったようで串カツに目が行っている。
次男もまだ舌足らずな活舌で喜びを表現している。
「お前ら今日はパーティだ!!」
子供たちは喜びを爆発させてそれぞれ喜びを表現していた。
そうして皆でリビングに集まった。
リビングは孤児院を言うこともあり、とても広い。
30人全員が集まり、音頭をとる。
子供たちは皆食べたくてうずうずしていた。
そして温度が終わり乾杯をした瞬間ーー串カツ合戦が始まる。
我先にと串カツを口に運んでいく子供たち。
マナーもなく、口を汚しながら串カツを頬張っていたが今日ばかりは無礼講。
皆でどんちゃん騒ぎをしながら夕食を食べるのであった。
☆
夕食が終わり、リビングから子供たちが出払う。
もう寝る時間だ。
全員眠そうに瞼をこすりながらリビングを出ていった。
子供たちの中で最も年長のリアだけは私達に挨拶をしてから出ていった。
そんな姿を確認した後、私も寝ようとリビングを出ようとする。
「カーフェ」
声が掛かり、振り向く。
目の前にはレアード。
レアードは口を開く。
「俺たちと組む気はないのか?」
その言葉を聞いた瞬間、ドクンと鼓動が高鳴る。
そして、次には嫌な思い出が私を支配する。
声をかけてくれた仲間を見殺しにしてしまったこと。
その仲間の死を泣き叫んでいた冒険者の顔。
私を非難した冒険者の顔。
その記憶が脳裏をよぎった瞬間、不安という恐怖に襲われ体が震え上がった。
「カーフェ?」
レアードが異変を感じ取ったのか声を掛けてくる。
しかし、その言葉は今の私には聞こえてこない。
それほど、過去の出来事が私を縛っていた。
目の前で仲間が死んだ。
私は魔物を前になすすべもなく逃げ出した。
冒険者が私を逃す為に囮を買って出てくれた。
その結果、彼が帰ってくることはなかった。
怪我をした私を冒険者が背負って走ってくれた。
結果、その冒険者は深い傷をおい、その後死んでしまった。
過去の出来事が断片的に流れてくる。
誰かを頼れば、その人が不幸になってしまう。
私は誰とも仲良く出来ない疫病神。
もう2度と同じ過ちを繰り返してはいけない。
「カーフェ!!」
耳元で声が聞こえ、我に帰る私。
気が付けば、私は自分の体を抱きしめ蹲っていた。
そんな私の肩を揺すってレアードが声をかけてくれた様だ。
「レアード・・・・・・」
レアードが心配そうに私を見てくる。
レアードだけじゃ無い。
リリィ姉とカインも気付けば目の前で目線を合わせてくれていた。
ダメ。
彼らだけは絶対に守らないと。
「ないよ」
私はレアードの目を見て答える。
私と組めば、レアード達に良くない事が起きる。
もうあんな思いはこりごり・・・・・・。
「私は1人でも大丈夫。レアードは自分たちの心配だけしておいて。この先何が起きても不思議じゃないから・・・・・・」
私はそれだけ言ってリビングを後にした。
☆
「あいつ・・・・・・」
カーフェがリビングを出ていくのを止めることが出来なかったレアード達。
形だけ見れば、レアードの心配を無下にしているように見える。
「どうしてあの子はいつも・・・・・・」
リリィが声をかけてくる。
「僕達の思った以上に過去の出来事が枷になっているみたいだね」
カインは考え込む仕草をする。
「何か手はねぇのかよ・・・・・・」
3人ともカーフェがパーティを組むことに苦しさを感じていることは気づいていた。
だからこそ、その苦しみを取り除きたいと考えていた。
だが、戦う事しかしてこなかったレアード達にはどうしたらカーフェの心の閊えを取れるのか分からなかった。
「もう少し様子を見ましょう。まだ気持ちの整理ができていないみたいだし、それにあの子の苦しんでいる顔は見ていられないわ」
「今は黙って見てるしかできねえのか・・・・・・」
レアードはクソッと悪態をつく。
「「「はあ~」」」
気付けば3人は同時に溜息を吐いていた。
悩みはまだまだ尽きないのであった。
⭐︎
部屋に戻った私はベッドに横になる。
部屋の中はベッドが1つと小さなテーブルと椅子が1脚あるだけの質素な状態。
テーブルと椅子は使われた形跡がなく新品同然に綺麗である。
部屋は綺麗に整頓されていて、ホコリひとつ見当たらない。
私は仰向けに寝転がり、先ほどのことを考える。
もし、何も考えずにレアード達とパーティを組めたら・・・・・・。
しかし、いくら考えようとしても『何も考えずに』という部分でつまづいてしまう。
パーティを組んだ時の事を想像しようとすると、途端に恐怖に襲われる。
みんなが死んでしまうかもしれない。
そう思うだけで震えが止まらなくなる。
私は小さく丸くなり体を抱きしめる。
涙が頬を伝う。
少しづつ嗚咽が止まらなくなり、胸が苦しくなってくる。
考えれば考えるほど流れる涙の量が増していく。
そうして、枯れるほどに泣き腫らした私は、ゆっくりと眠りに落ちていった。