『~30歳商社マン、姿はそのまま異世界カルト国家に転生〜無籍者からはじめる日本国奪還』
初めて小説を書いてみました。前からカルト宗教に支配された日本という設定のディストピア小説を読んでみたかったのですが、待ってても誰も書いてなかったので自分で書いてみました。皆様よろしくお願いいたします。
【第一部】
第一章 同じ姿、違う世界
【西暦2025年9月15日】
アスファルトに叩きつけられた頬の痛みと、鼻をつく生ゴミの腐臭で、相馬 晃の意識は覚醒した。
「……痛……っ……」
呻きながら身を起こす。最後に見た光景は、たしか、ドバイでの天然ガスプラント契約をまとめ上げ、意気揚々と帰国した成田空港の到着ロビー。そして、猛烈な疲労感からくる目眩と、床に崩れ落ちる自分の体だったはずだ。30年間生きてきて、これほどの失態は初めてだった。
(そうか、あのとき過労で倒れたのか……救急車は……?)
辺りを見回し、晃は絶句した。
そこは病院のベッドの上などではなく、薄汚い路地裏だった。ひび割れたコンクリートの壁には意味不明のスプレー落書き。雨に濡れた段ボールが、カビの臭いを放っている。見慣れたはずの自分の身体は、ドバイの暑熱を耐え抜いたイタリア製の高級スーツを着たままだった。手には、昨日まで使っていたはずの頑丈なビジネスバッグが転がっている。
「どういうことだ……?拉致……いや、それにしては……」
財布も、腕にはめたスイス製の機械式時計も無事だ。単なる強盗や物取りの仕業ではなさそうだ。
フラつきながらも壁に手をつき、大通りへ向かう。その瞬間、晃の目に飛び込んできた光景は、彼の30年間の常識を根底から覆すものだった。
見慣れたはずの東京の街並み。しかし、何かが、いや、全てが決定的に違っていた。
高層ビルの壁面には「聖法主 明王院 慈玄 様に絶対帰依を」「解脱こそが国家の安寧」といった、時代錯誤なスローガンが巨大な垂れ幕となって掲げられている。街を行く人々は、ほとんどが灰色の画一的な国民服を着ており、互いに目を合わせず、まるでプログラムされた機械のように黙々と歩いていた。街角に立つ保安官の視線を感じると、誰もがサッと背筋を伸ばし、より深く俯く。子供たちの笑い声すら、どこか乾いて聞こえた。
だが、晃が最も違和感を覚えたのは、その中に混じって闊歩する、紫紺色の作務衣のような服を着た集団だった。彼らは例外なく背筋を伸ばし、周囲の人間を見下すような傲岸な態度で道を歩いている。誰もが彼らに道を譲り、目を合わせようとしない。特権階級――商社で独裁国家をも渡り歩いてきた晃の脳裏に、その言葉が浮かんだ。
「……なんだ、これは。何かの撮影か?それとも、悪質なドッキリか?」
混乱しながらも、商社マンとして培われた分析能力が冷静に状況を観察させる。キオスクのような売店を見つけ、駆け寄った。新聞が積まれている。買おうとして財布から一万円札を取り出すが、店主は怪訝な顔で首を振るだけだった。その視線は、晃の手にある紙幣ではなく、店先に積まれた料金表――【一部 50グル】と書かれた札に向けられていた。
(日本の新聞が180円程度と考えると、1グルは4円弱の価値か?)
「グル……?」
聞いたことのない通貨単位。晃の持つ日本円は、ここではただの紙切れ同然らしかった。
万事休すか。だが、諦めるわけにはいかない。晃は店主に軽く会釈してその場を離れるふりをしつつ、横目で店先に積まれた新聞の一面を盗み見た。そこに躍るおぞましい文字列が、彼の全身から血の気を引かせた。
【迦楼羅真理国通信 神聖迦楼羅暦31年9月15日】
『聖法主様、建国記念式典にてお言葉「ロシア連邦との友誼は永遠なり」』
『財務を司るキーサーゴータミー正大師、露国営ガス企業体とのエネルギー協力で合意』
『不逞の輩、沖縄偽政府に米帝の走狗、国賊の烙印』
「神聖、かるら…暦……31年……」
晃の唇から、乾いた声が漏れた。
今は西暦2025年9月15日だったはずだ。晃がいた世界と月日は同じだ。
断片的な単語が、脳内で最悪のイメージを結びつける。迦楼羅はインド神話の神鳥。そして「真理国」「正大師」という言葉。それは、晃がいた世界で日本社会を震撼させた、あのカルト教団の思想と酷似していた。
(まさか……。あの教団が、もしクーデターに成功していたら……? そんな馬鹿なことが……)
だが、目の前の光景が、その悪夢が現実であることを物語っている。ここは、晃のいた世界の延長ではない。何かのきっかけで分岐した、恐るべきパラレルワールドなのだ。
思考に耽っていた、その時だった。
「そこの者、止まれ」
低い声に振り返ると、そこに立っていたのは黒い制服に身を包んだ二人の警官だった。腕には、毒蛇を喰らう猛禽――迦楼羅を象ったワッペンが縫い付けられている。その意匠は、晃の記憶の底にあった。そうだ、元の世界で見た地下鉄サリン事件のニュース映像。犯行グループとされた教団が掲げていたシンボルに、確かこんな鳥が描かれていたはずだ。
「身分証の提示を求める。貴様、何者だ」
警官の一人が、侮蔑的な視線で晃の豪奢なスーツを上から下まで眺めた。
(身分証……やはり来たか)
晃は瞬時に思考を巡らせる。
(この街は、灰色の服の者たちと、紫紺色の服の者たちに分かれているようだ。おそらく、何らかの身分制度があるのだろう。そして俺は、どちらでもないイレギュラーだ。こんな国で身分を証明できない人間は、スパイかテロリスト、あるいはそれ以下の『存在しない者』として扱われる。見つかれば即座に拘束、そして……良くて強制労働、悪ければ……)
絶体絶命。汗が背中を伝う。
だが、晃の脳裏に浮かんだのは、かつてアフリカの紛争地帯で、銃を突きつけてきた武装勢力のリーダーと対峙した時の記憶だった。
(落ち着け……相馬 晃。相手の“常識”と“欲望”を探れ。慶應の看板も、商社の肩書もここでは通用しない。だが、培った交渉術は使えるはずだ)
晃は一瞬で思考を切り替えると、怯えるどころか、逆に苛立ちを隠さないという態度で、ふてぶてしく警官を見返した。
「……身分証? 私が誰だか分かって言っているのか?」
「何?」
「私は、キーサーゴータミー正大師様の客人だ。ロシア連邦大使館との会食の帰りなのだが、道に迷ってしまってね。君たち、名前は? 上官は誰だ? まさか、聖法主様の国賓を、道端で呼び止めるような無粋な真似をするのが、この国の『法』だとは言うまいな」
晃は、新聞で見たばかりの情報を即座に組み合わせ、最大限のハッタリをかけた。
(賭けだ……。この迦楼羅真理国が、俺の知るあのカルト教団の延長線上にあるのなら、幹部構成も似ている可能性がある。元の世界のあの教団にも、確かキーサーゴータミーという名前の女性幹部がいたはずだ。そして財務担当なら、外国の要人と会食していてもおかしくない……!)
慶應義塾で叩き込まれたエリートとしての立ち居振る舞いと、数々の修羅場で磨かれた胆力が、その言葉に奇妙な説得力を与える。
警官たちは顔を見合わせた。
「しかし……そのお召し物、我々の知る友好国の物とは違うようだが。その鞄も、時計も……全て西側、つまり敵性国家の製品に見える」
年かさの警官が、鋭い目で指摘する。
一瞬、心臓が跳ねる。だが、晃は鼻で笑って見せた。
「愚かだな。だから君たちは末端なのだ。いいか、これは『戦利品』だよ。西側資本主義の脆弱さを象徴する、な。キーサーゴータミー様は、こういう洒落がお好きなのだ。敵を知るには、まず敵の文化から、とね。君には理解できんだろうが」
「なっ……!」
警官の顔が侮辱に赤らむ。その反応を見て、晃は畳み掛けた。
「分かったら、さっさと中央官庁街への道を教えろ。それか車でも呼んでくれたまえ。この無駄な時間も、全て君たちの上官に報告させてもらうからな」
晃が顎でしゃくって命令すると、警官は恐怖と屈辱に顔を歪めながらも、慌てて敬礼し、道順を指し示した。
「はっ! こちらの道を真っ直ぐに……!」
その隙に、晃は悠然と、本当はすぐにでも走り去りたい気持ちを抑えてその場を離れた。角を曲がり、警官たちの姿が見えなくなった瞬間、晃は路地裏に飛び込み、荒い息を吐いた。
「……はぁ……はぁ……切り抜け、たか……」
だが、安堵は一瞬だった。
遠くから、甲高いサイレンの音が聞こえてくる。複数だ。明らかに、こちらに向かってきている。
(まさか……!)
警官たちは、念のため上層部に報告を入れたのだろう。そして、国家の中央システムが、該当する「国賓」など存在しないことを一瞬で弾き出したのだ。
国家という巨大なシステムの前では、一個人の機転など砂粒でしかない。
サイレンが、刻一刻と近づいてくる。晃は再び走り出した。
入り組んだ路地を、息を切らしながら駆ける。そして、ついに壁に囲まれた小さな広場――行き止まりに追い詰められた。
振り返ると、路地の入り口から武装した教化保安官たちが次々と姿を現し、退路を塞いでいく。
「終わり……か……」
晃が観念した、その時だった。
プシュー、という音と共に、足元から白い煙が噴き出した。発煙筒だ。
「なっ!?」
保安官たちが煙に怯んだ一瞬、錆びついたマンホールの蓋が内側から持ち上がり、逞しい腕が伸びて晃の足首を鷲掴みにした。
「――こっちだ。死にたくなければ、声も出すな」
晃の体は抗う間もなく、マンホールの暗い闇の中へと、力強く引きずり込まれていった。
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第二章 地下へ
【同日 夜】
マンホールの中に引きずり込まれた晃の体は、硬い梯子を滑り落ち、下の床に無様に転がった。鉄とカビ、そして下水が混じり合った淀んだ空気が肺を満たす。
暗闇に目が慣れてくると、目の前に仁王立ちする大柄な男のシルエットが浮かび上がった。無精髭を生やし、厳しい眼光で晃を射抜いている。
「……誰だ、あんたは」
男は「ついてこい」と短く命じるだけだった。懐中電灯の細い光を頼りに、暗い通路の奥へと歩き始める。
地下道は、単なる下水道ではなかった。所々に補強された壁や、電源が引かれた分岐点。まるで、都市の血管を縫うように、意図的に構築された秘密の回廊だ。
やがて、古びた鉄の扉の前で男が立ち止まった。扉の先は、意外にも生活感のある空間だった。数台の古いコンピュータが明滅し、壁には詳細な都市地図が貼られている。テーブルを囲む数人の男女が、一斉にこちらに視線を向けた。
「鬼塚、ご苦労だったな」
声の主は、眼鏡をかけた痩身の男だった。その理知的な佇まいは、官僚か研究者のように見えた。
鬼塚と呼ばれた大男は、無言で頷くと、壁際にどかりと腰を下ろし、厳しい視線で晃を監視し続ける。
「さて……」と眼鏡の男が立ち上がり、晃に向き直った。「私は小野寺という。見ての通り、この国にささやかな抵抗を試みている者だ」
「……助けてもらったことには感謝する。だが、なぜ俺を?」
「善意からだとでも? 悪いが、我々は慈善団体じゃない。君を助けたのは、君に『利用価値』があるかもしれないと判断したからだ」
「利用価値?」
「我々は教化保安官の無線を常時傍受している」小野寺はコンピュータの一台を指し示した。「君が警官と対峙した時のやり取りは、全て聞かせてもらったよ。『キーサーゴータミー正大師の客人』……素晴らしいハッタリだ。咄嗟にあそこまで作り話をでっち上げる胆力。普通の人間には真似できない」
そういって小野寺はニヤリと笑った。彼らは、晃の能力を試すように、泳がせていたのだ。
「君があのまま捕まれば、我々にとっては『使えない人材』だったというだけ。だが、君は最後まで諦めなかった。我々が投資するに値する『資質』を見せた。だから、回収した。我々の介入は、常にコストとリターンを計算した上でのものだ」
そのリアリズムは、晃にとってむしろ信頼に足るものに感じられた。
「君はいったい何者だ? その振る舞い、そしてその西側のスマートフォン……我々が持ち得ないはずの代物だ」
小野寺の鋭い問いに、晃がどう答えるべきか逡巡した、その時だった。
「そこまでにしておけ、小野寺」
部屋の奥から、静かだがよく通る声がした。
現れたのは、質素な作業着を着た男だった。顔にはシワが刻まれ、その歳は六十代だろうか。だが、その背筋は驚くほど伸びており、佇まいは年齢よりもずっと若々しく、隠しようのない気品が漂っていた。彼は顔の半分を医療用マスクで覆っているが、その澄んだ瞳だけで、相手に強い意志と深い思慮を感じさせた。
「客人をお迎えしたのだ。まずは、もてなすのが筋だろう」
男はテーブルの上のポットから一杯の白湯を汲むと、晃に差し出した。
「私は橘 譲。このアジトの責任者だ。君の話を聞かせてもらえないだろうか」
橘と名乗った男の、全てを見透かすような眼差しに見つめられ、晃は覚悟を決めた。
「……信じられないと思うが、聞いてほしい。俺は、相馬 晃。30歳。日本の総合商社に勤めていた。そして……俺は、あんたたちのいるこの世界とは、別の世界から来た人間だ」
晃の話を聞き終えた後、アジトは重い沈黙に包まれた。
最初に口を開いたのは、鬼塚だった。
「……ふざけるのも大概にしろ。頭でも打ったのか?」
吐き捨てるように言う鬼塚を、橘が手で制する。
小野寺は、腕を組んで興味深そうに晃を観察していた。
「……パラレルワールド、か。SFの話のようだが、もし君の話が真実だと仮定するなら、辻褄が合う点もある。我々が持ち得ないはずの君のスマートフォン。そして何より、君がこの国の常識を全く知らない様子……。興味深い仮説ではあるな」
最後に、橘が静かに口を開いた。
「信じがたい話だ。……だが、君の目には、嘘の色がない。そして、君がこの国にとって『異物』であることは、疑いようのない事実だ」
彼は立ち上がると、壁に貼られた迦楼羅真理国の地図を指し示した。
「相馬晃。問題は、君がこの国に身分を持たない、おそらくは『無籍者』であり、このままでは生きていけないという現実だ。この国は特権階級である僧籍人と、そうではない民籍人に分かれている。」
橘は晃に振り返り、真っ直ぐな目で言った。
「君に選択肢をやろう。一つは、我々と手を組み、君の持つ『知識』とやらで我々に貢献すること。もう一つは、ここを出て行くことだ。運が良ければ、南の果て……沖縄に逃げ延びることができるかもしれん。そこには、アメリカ合衆国の庇護を受けた日本国亡命政府がある。君がいたという『日本』は、もしかしたらそれに近いかもしれんな。安全で、自由を謳歌している。あそこはある意味で楽園だよ。もっとも、現状を座視し、何も世の中を変える力も気概もない者たちの、な」
橘の問いに、晃は迷わなかった。
「……分かった。あんたたちと組もう。ただし、俺は駒じゃない。対等なパートナーとして扱ってもらう。俺の知識は、あんたたちが思っている以上の価値があるはずだ」
晃の不遜な言葉に、鬼塚が眉をひそめる。だが、橘はマスクの下で微かに笑ったように見えた。
「よかろう。ならば、その価値を示してもらおうか」
それは、晃の能力を試す、最初のテストの始まりだった。
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第三章 元社畜、最初の仕事
【9月下旬】
アジトでの生活が始まって数日、晃は橘と小野寺から、この世界の歪んだ歴史について詳しい説明を受けていた。
「どこまで君の知る歴史と同じかは分からんが……」
壁に貼られた古びた迦楼羅真理国の地図を前に、小野寺が切り出した。晃はその地図を見て息を呑んだ。北海道があった場所は「エゾスカヤ州(極東連邦管区)」と記され、北方領土を含み、完全にロシア領となっている。逆に沖縄は「迦楼羅真理国 沖縄州」とされているが「偽政府による不法占拠地域」という禍々しい注釈付きだ。そして、横須賀、横田、佐世保といった見慣れた地名には、ロシア軍の基地を示すマークが付けられている。
「……米軍基地が、全部ロシア軍基地に……」
「そうだ」小野寺が頷く。「第二次世界大戦、敗戦、高度経済成長までは、おそらく君も知る歴史と同じだろう。問題は、その後のバブル経済の崩壊だ」
小野寺によれば、この世界の日本はバブル崩壊後、晃の世界よりもずっと深刻な「失われた時代」に突入し、人々は精神的な拠り所を渇望していた。
「そこに、迦楼羅真理教は巧みに入り込んだ。そして、1995年。地下鉄サリン事件。教団側の呼び名は『聖なる決起』だ」小野寺は憎々しげに言葉を続けた。「事件を号砲に、教団は司法・警察・自衛隊内部の信者を一斉に蜂起させ、電光石火のクーデターを敢行。国民がテレビの前で呆然とする間に、国家は乗っ取られてしまったのだ」
「……そんな馬鹿げたことが、なぜまかり通ったんだ」
「油断と、無関心だ」橘が静かに答える。「誰も、カルト教団が本気で国家を転覆させるなどと思っていなかった。平和な日常が永遠に続くと信じ込み、自分たちの国の行く末を、他人任せにしていた結果だよ」
小野寺は、クーデター後の歴史を語り始めた。
「国家を掌握した尊師・聖法主を名乗る明王院慈玄は、腹心である『四聖天』に実権を集中させつつ、旧来の省庁を解体。『第一法務省』『第二厚生省』といった、教団独自の省庁に再編した。天皇陛下は『葛城』の姓を与えられ国外追放。同時に、教団はロシアに北海道を割譲することの見返りに『迦露善隣友好協力条約』を締結した。真理国側はこれを、日米安保に代わるものと喧伝しているが、中身は防衛義務のない劣化版安保条約さ。だが、アメリカに手を出させない効果だけはあったがね」
晃は、レジスタンスの現状を知るにつれ、新たな絶望を感じていた。
「沖縄の亡命政府は『国際社会の支持が必要だ』と念仏のように唱えるばかりで、我々への支援は雀の涙だ」ミーティングの席で、小野寺が苦々しく吐き捨てた。「アメリカ軍に頼り切っているが、覚悟のない者のために同盟国が血を流してくれるほど、世界は甘くない」
だが、晃が彼らの活動内容を聞くと、彼らとて、小規模なインフラ妨害や、教団のネット検閲をかいくぐって海外サーバー経由で真実を告発する動画を細々とアップロードする程度だった。
(これは革命じゃない。ただの自己満足のテロごっこだ)
晃のそんな考えが顔に出ていたのだろう。鬼塚が、苛立ちを隠さずに睨みつけてきた。
「なんだ、新入り。何か言いたそうだな。口先だけの男が、我々の覚悟を笑うか!」
「笑ってなどいませんよ。非効率的だと言っているだけです」
「ならば貴様が何かできるというのか!」
一触即発の空気を、橘が制した。
「いいだろう。ならば、君の力を示してもらおう、相馬君」
橘は晃に、最初の「テスト」を課した。「我々の目下の課題は、物資の確保だ。『金剛運輸』という会社がある。表向きは一般企業だが、裏では教団への物資供給を担う重要企業のひとつ。ここから物資を奪取してほしい」
「金剛運輸を直接襲うのですか? 警戒が厳しく、リスクが高すぎます」作戦会議の席で、晃は過去の失敗例が並ぶ資料を一蹴した。「ビジネスは戦争と同じ。情報戦で勝てば、戦う前に勝敗は決しているんです」
彰は、アジトにある数台の古いコンピュータの前に座った。
「このネット回線、海外のサイトにも繋がるんですね。検閲はどうしているんです?」
「スターリンクだ」と小野寺が答えた。「亡命政府経由で手に入れたアンテナを、偽装した場所に隠して使っている。だが、妨害電波のせいで常に不安定だし、長時間使えば位置を特定されるリスクもある」
「十分です」
晃は、アジトの脆弱なスターリンク回線を使い、調査を開始。元の世界で学んだ知識――イランの革命防衛隊系企業や、北朝鮮の制裁回避の手口を思い出し、それらのパターンと『金剛運輸』の情報を照合。驚異的な精度で、彼らの裏の顔を暴いていった。
「……見つけましたよ」数時間後、晃は不敵に笑った。「狙うのは『物流システム』そのものです」
晃は、システムにハッキングを仕掛け、偽の電子命令書でトラックを廃工場へ「誤配送」させる作戦を提案した。
作戦当日。指定された廃工場に、晃と鬼塚たちが潜んでいた。やがて、一台のトラックが訝しげに敷地内に入ってくる。
「来た……!」
「計画通りに。鬼塚さん、お願いします」
鬼塚は、偽の作業服を着て、トラックに近づいた。「おう、兄ちゃん! 第二厚生省様から緊急の連絡があっただろ? 荷物はここの倉庫に降ろしてくれ」
運転手は訝しんだが、自分の端末に届いている(偽の)電子命令書と、鬼塚の堂々とした態度を見て、渋々荷下ろしを始めた。他のメンバーも手伝い、あっという間に大量の段ボール箱が倉庫に運び込まれる。
「ご苦労さん。この件は他言無用だぞ。聖法主様のためだからな」
鬼塚が尊師の名前を出して念を押すと、運転手は青ざめて頷き、トラックは慌ただしく走り去っていった。
「……すげえ。本当に、血一滴流さずにやりやがった……」鬼塚が呆然と呟いた。
アジトは、久々の勝利に沸き立っていた。
運び込まれた医療品や電子部品といった物資を前に、メンバーたちは歓声を上げ、互いの肩を叩き合っている。
「……やるじゃないか、新入り」鬼塚が、ぶっきらぼうな口調で晃の肩を叩いた。
「君は我々の『目』になるかもしれん! いや、脳そのものだ!」小野寺は、興奮を隠せない様子だ。
そして最後に、橘が晃の前に静かに立った。
「感謝する、相馬君。君は我々に、ただの物資ではない、『勝利できる』という希望を示してくれた」
彼は深く、頭を下げた。
仲間からの賞賛と、リーダーからの感謝。晃は、初めてこの世界で自分の「価値」を証明し、確かな居場所と信頼を勝ち取った実感に包まれた。それは、商社で巨額の契約をまとめた時とは全く違う、魂が震えるような熱い達成感だった。
あまりに鮮やかで、完璧な勝利。この時の晃も、そして他の誰もが、この勝利がもたらした一瞬の万能感が、やがて来る悲劇の引き金になることなど、知る由もなかった。
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第四章 プロジェクト・ヤタガラス
【10月上旬】
晃は、レジスタンスの正式な「参謀」として、壮大な革命計画『プロジェクト・ヤタガラス』を提示した。それは「情報戦」「経済戦」「内部崩壊」の三本柱で、迦楼羅真理国を根底から覆す計画だった。
「第一段階として、情報戦を開始します。標的は、秘密の再教育キャンプ『解脱の郷』。ここで生物兵器研究が行われているという情報を掴みました。我々の目的は、キャンプへ潜入し、その証拠を確保、海外へ送信すること。作戦名は『オペレーション・パンドラ』です」
作戦前夜。鬼塚率いる潜入チームの5人は、装備の最終確認を行っていた。アジトの隅で、鬼塚が黙々と小さなナイフで手のひらサイズの木片を器用に削っていた。
「何をされているんですか?」
「……手慰みだ。昔、娘にこういうのを作ってやったことがあってな」鬼塚はぶっきらぼうに答える。
そこへ、親を亡くした少女、ユキが通りかかった。
「鬼塚さん、何作ってるの? わあ、鳥さんだ! 可愛い!」
「うるせえ、ガキのおもちゃじゃねえ」憎まれ口とは裏腹に、その声には棘がない。
「……作戦が、終わったらな。気が向いたら、考えてやる」
鬼塚はそう呟くと、完成には程遠い木彫りを、まるで宝物のようにそっとポケットにしまった。そのやり取りを、晃は静かに見ていた。
闇夜に紛れ、鬼塚以下元自衛官の5人の影が獣道を進んでいく。晃の予測通り、警備センサーの死角を完璧に突いていた。数時間後、彼らは目的のキャンプに到達。警備兵の交代の僅かな隙を突き、内部の研究施設へと潜入した。
扉をこじ開けた瞬間、彼らは息を呑んだ。強烈な薬品臭。そして、ガラス張りの実験室には明らかに異常な症状を呈した被検体が、ぐったりとベッドに横たわっていた。
「……これが、『解脱』かよ……」
鬼塚は怒りを押し殺し、決死の覚悟でカメラを回し、サンプル容器を手に取った。
「データ送信、開始しました!」
アジトで待機していた晃の元に、通信報告が入る。だが、その直後だった。
ウウウウウウウウウッ!
けたたましい警報が鳴り響き、全域の照明が一斉に灯った。
「罠だ!」晃が無線越しに叫ぶ。
四方八方から、武装した法衛軍の兵士たちが現れ、研究施設を包囲する。激しい銃撃戦が始まった。モニターに表示されていたチームのバイタルサインが、次々と消えていく。
そして、最後に残った鬼塚のバイタルも、危険水域にまで低下していた。
その時、ノイズ混じりの音声がスピーカーから響いた。
「晃……!聞こえるか!罠だ……!だが、データは……送った……!」
激しい息遣いの中、鬼塚は続ける。
「お前を……責めるなよ……。どうせ俺たちは、死ぬ場所を探してたんだ。お前は……希望を見せてくれた……。それだけで……十分だ……。橘さんを……頼む……!」
ガガッ、というノイズと共に通信は途絶え、鬼塚のバイタルサインも完全に消滅した。
アジトは、絶望的な沈黙に支配された。晃は、自分の計画の甘さと、人の命の重さに打ちのめされ、その場に崩れ落ちた。
その時、橘が晃の肩に静かに手を置いた。
「顔を上げろ、相馬君」
晃がゆっくりと顔を上げると、橘は顔を覆っていたマスクを外し、その素顔を初めて見せた。
晃は、絶句した。
そこに現れたのは、元の世界で、ニュースや新聞で見ていた、今上天皇その人の顔だった。
(……なぜ……どうして……この人が、ここに……?)
秀才を自負する晃の頭脳が、完全に思考を停止する。
橘――否、天皇は、晃の混乱を見透かすように、静かに言った。
「……これは、この世界の我々の戦いだ。これは、君だけの失敗ではない。最終的に決断を下したのは、私だ。鬼塚たちは、覚悟の上で逝った。彼らの死を無駄にするかどうかは、我々生き残った者にかかっている」
その言葉に、晃はハッと真理を悟った。なぜ、この人が、安全な沖縄ではなく、最も危険なこの地下にいるのか。それは、この国を取り戻すという覚悟が、口先だけのものではないからだ。
晃は、震える手で涙を拭った。悲しみと罪悪感は消えない。だが、それ以上に激しい怒りと、仲間への誓いが、彼の心を焼き尽くしていた。
その数時間後。海外のニュースサイトのトップページに、鬼塚たちが命懸けで送った映像が、衝撃的な見出しと共に報じられていた。
その画面を背に、晃は立ち上がった。そして、生き残ったメンバーに向かい、冷徹なまでに静かな声で告げた。
「……鬼塚さんの仇は、俺が討つ。ターゲットは、この作戦の裏で糸を引いていた、マハーカッサパだ。オペレーション・ヤタガラス、第二段階に移行する。経済戦を開始する」
彼の目は、もはやエリート商社マンのものではなかった。地獄の淵から蘇った、冷徹な革命の参謀の目をしていた。
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第五章 血と金の協奏曲
【10月中旬】
鬼塚たちが散ってから数日。晃の目には、凍てつくような光が宿っていた。
世界は、鬼塚たちの死と引き換えに、わずかに動いた。「解脱の郷」の映像はアメリカ議会と世論を大きく揺さぶり、沖縄の亡命政府は限定的な「非公式の軍事支援」を取り付けることに成功したのだ。
その果実として、地下経路を通り、アジトに新たな仲間が合流した。沖縄出身者で編成された特殊部隊――通称「ウチナー部隊」を率いる大城一尉。そして、米軍特殊部隊から派遣された、歴戦の猛者、デイブ軍曹だ。
「はじめまして。私が、大城一尉です。以後、貴官の作戦指揮に従います」大城は、標準語ながらもどこか南国のイントネーションを感じさせる口調で敬礼する。
「ははは、やまとんちゅ(本土の人)にも分かるように話すさあ。まあ、驚くと方言が出ちゃうけどね」
かつて日本国に翻弄された沖縄の人間が、今、日本人としてこの国を解放するために最前線に立つ。晃はその歴史の皮肉と、彼らの静かな覚悟に、胸を突かれる思いがした。
晃は、二つの連動する作戦を説明した。一つは、キーサーゴータミーの資金洗浄用「慈善団体」を狙う経済ハック『オペレーション・ロンギヌス』。
「AIで生成したリアルな伝染病患者の映像でフェイクニュースを流し、パニックを鎮静化しようと動いた彼女の口座を、別の証拠と合わせて凍結させます」
そして本命が、特殊作戦『オペレーション・ネプチューンズ・スピア』。敵の注意が経済パニックに向いている隙に、青森の海底ケーブル施設を破壊する。
「やられたテロには、やり返す。奴らの生命線を、今度はこちらが断ち切ってやるんです」
数日後、青森の闇に包まれた沿岸に、一隻のゴムボートが静かに接岸した。
「いいか、連中は二種類いると思え」デイブが移動中に小声で説明する。「一つは、死を恐れず突っ込んでくる法衛軍。もう一つが、もしいるとすれば本物のプロ……ロシアのスペツナズだ」
対ドローン用のジャマーで敵の目を眩ませながら、一行は目標の施設に到達。だが、そこは待ち伏せされていた。
「待ち伏せやっさ!散開!」
大城の怒声と共に、激しい銃撃戦の幕が切って落とされた。
法衛軍の兵士たちが「解脱!」と叫びながら突撃してくる。ウチナー部隊は冷静に、的確な射撃でそれを無力化していく。
「デイブ! 3時の方向、塔の上から狙撃手!」
「任せな!」デイブのM4カービンが火を噴き、狙撃手が墜ちる。
その時、建物の影から、法衛軍とは明らかに動きの違う兵士たちが現れた。黒い戦闘服に身を包み、AK-12を構えたスペツナズだ。彼らは無駄口一つ叩かず、冷徹な連携でウチナー部隊の隊員を一人、また一人と血祭りに上げていく。
「くそっ、でーじな化け物やいびーん!(なんて化け物だ!)」
大城が沖縄方言で悪態をつき、応戦する。その隙に、晃はコアユニットに時限爆弾を設置した。
「設置完了!タイマーは10分!」
晃が叫んだ直後、彼を狙うスペツナズの銃口に気づいた。身を翻した瞬間、左腕に灼熱の衝撃が走る。
「ぐあっ!」
産まれて初めて撃たれた。思考が停止するほどの痛みと、生暖かい血の感触。これが、戦争。
「晃さん!」大城が叫ぶ。「総員、撤退!離脱ポイントへ走れ!」
デイブは手りゅう弾を投げ、負傷した晃の肩を担ぎ、一行は満身創痍で離脱ポイントへと向かった。
遠くの海岸線から、彼らは自分たちが引き起こした惨事の結末を見た。夜空を焦がすほどの巨大な爆炎が、轟音と共に立ち上る。
アジトに帰還した晃たちを、二つのニュースが待っていた。一つは、経済戦争の勝利。青森の施設破壊はロシア関連企業の株価を暴落させ、彰の空売りは莫大な利益を生んだ。そして、キーサーゴータミーの口座も、リークした情報によりアメリカ司法省に凍結された。レジスタンスは、仲間たちの血と引き換えに、莫大な軍資金を手に入れたのだ。そしてもう一つは、この混乱に乗じて、マハーカッサパ正大師がキーサーゴータミーを更迭し、事実上のNo.2の座を手に入れたという、苦々しい知らせだった。
晃は、ベッドの上で腕の治療を受けていた。その傍らで、橘が自ら包帯を交換している。
「……」
橘は何も言わない。だが、その静かな眼差しは、誰よりも雄弁に晃の労をねぎらっていた。晃は、腕の痛みを堪えながら、画面の中の宿敵を静かに睨みつけた。まだだ。まだ、何も終わっていない。
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第六章 偽りの救世主
【10月下旬】
青森での「勝利」がもたらした現実は、皮肉なものだった。マハーカッサパは、この事件を「西側勢力による聖域への侵略」と断じ、国民の恐怖と排外主義を巧みに煽った。街の至る所に設置されたスピーカーからは、腹心であるシャーリプトラ正大師の絶叫が一日中鳴り響く。
「テロリストに協力する不心得者を炙り出せ!」と。通信機器から盗聴し、国民を相互監視させるための監視ネットワーク「天網システム」も本格稼働を始め、人々は隣人の目すら気にして、俯いて歩くようになった。配給所の前には、昨日と同じように長蛇の列ができていた。人々は無言で、自分の番が来るのを待つだけだ。時折、列に割り込もうとした者が思想警察に連行されていくが、誰も助けようとはしない。明日は我が身という恐怖が、人々から連帯感を奪っていた。
マハーカッサパは追い打ちをかけるように、鬼塚たちの遺体を「国賊の末路」としてテレビで公開した。遺品として晒されたものの中に、血と泥で汚れた、あの木彫りの鳥が映し出される。アジトでそれを見たユキは声を殺して泣き崩れ、晃は怒りに燃える拳を、血が滲むほど強く握りしめた。
八方塞がりの状況の中、晃たちに予期せぬ接触があった。科学技術を司るモッガラーナ正大師から、「マハーカッサパの独裁を憂いている。手を組まないか」という協力の申し出だった。
「罠です」と小野寺が反対する中、晃は「利用価値はある」と判断。地上で活動する女性メンバー、ミサトを使い、モッガラーナを試す作戦『オペレーション・ヴィーナス』を開始した。
数日後。僧籍人専用の高級ラウンジで、ウェイトレスとして働くミサトは、息苦しさを感じていた。
(……空気が、重い)
ラウンジは豪奢だが、客である僧籍人たちの会話は、誰がテロリストの協力者かという疑心暗鬼と、下位の民籍人への侮蔑に満ちている。ミサトは、元公安協力者としての冷静さを保ちながら、客の一人、モッガラーナに狙いを定めていた。
数日かけて彼を観察したミサトは、彼が権力闘争に興味がなく、ただ自らの研究が妨げられることを恐れている純粋な科学者であることを見抜いた。
「お客様、こちらの新しい惑星探査機の記事、ご覧になりましたか? 量子通信技術の応用、素晴らしいですね」
ミサトは、あらかじめ勉強してきた知識で、彼に話しかけた。
モッガラーナは、驚いたように顔を上げた。ウェイトレスと科学技術の話ができるとは思ってもみなかったのだ。
「ほう……君、詳しいのか」
「いいえ、ただの受け売りです。でも、モッガラーナ様のような、真に国の未来を進歩させる方こそが、この国を導くべきだと、心から信じておりますので」
その日から、モッガラーナはミサトを話し相手として重用するようになった。彼女の前でなら、彼は安心してマハーカッサパへの不満を漏らせた。
「あの男は、筋肉と精神論しか信じておらん。国の発展を妨げるガンだ」
ミサトは、彼の自尊心をくすぐり、孤独に寄り添うことで、ゆっくりと彼の心の隙間に入り込んでいった。
そして、作戦決行の日。ミサトは「常連客から聞いた噂話」として、決定的な偽情報をつぶやいた。
「……レジスタンスの次の狙いは、横須賀の武器弾薬庫だそうですよ。もし、モッガラーナ様がこの情報をマハーカッサパ様にお伝えすれば、きっと大手柄になりますわ」
モッガラーナは、ほくそ笑んだ。レジスタンスを売り、マハーカッサパの信頼を得る。自分こそが、彼より一枚上手なのだと証明できる。彼は、自分が晃の掌の上で踊っていることなど、知る由もなかった。
モッガラーナの情報を受け、マハーカッサパが主力を横須賀に集結させた、まさにその時。東京湾岸の巨大データセンターに、大城率いるウチナー部隊とデイブが突入した。
主力が不在の警備は手薄だったが、それでも激しい銃撃戦が繰り広げられた。デイブが偵察ドローンと重機関銃で活路を切り開き、大城の指揮の下、隊員たちはついにサーバー室に到達。時限爆弾を設置し、見事に脱出を果たした。
データセンターが黒煙を上げる一方、マハーカッサパは、驚くべき手腕で自らの失態を糊塗してみせた。彼はすぐさま国営放送のカメラの前に立ち、堂々と演説したのだ。
「卑劣なるテロリストは、我が国の聖地・横須賀を狙ったが、我が法衛軍の精強さの前に恐れをなし、陽動としてデータセンターを狙うのがやっとであった! これは、敵が我々を恐れている何よりの証拠! 我々の完全なる勝利である!」
このプロパガンダは功を奏し、国民の前で彼の威信は揺らがなかった。だが、彼の執務室では、氷のような怒りが渦巻いていた。
「……モッガラーナ正大師。君の持ってきた情報は、ガセだったな」
「申し訳……ありません……」
「次は、ない。分かるな? 私の役に立て。さもなくば、君のその優秀な頭脳が、解脱の郷でどのような『科学的貢献』ができるか、試してみるか?」
執務室を追い出されたモッガラーナは、自室で震えていた。粛清。その二文字が、彼の脳裏を支配する。かつて、自分より優秀でありながら、尊師の意に沿わぬ研究をしたために「解脱」させられた同僚科学者の顔が浮かんでくる。次は、自分の番だ。
(もはや……道はない……。あの男の下では、私はただの道具だ。いつか捨てられる。だが、レジスタンスなら……私の頭脳を、正当に評価してくれるかもしれん……!)
その夜、モッガラーナは震える手で、レジスタンスとの連絡に使った暗号化通信を立ち上げた。
『……協力しよう。何でも言うことを聞く。だから、助けてくれ……!』
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第七章 トロイの木馬
【11月上旬】
モッガラーナ正大師は、もはやレジスタンスの忠実な犬だった。マハーカッサパによる粛清の恐怖は、彼のなけなしのプライドを粉々に打ち砕き、生き残るための唯一の蜘蛛の糸――晃たちへの協力に、必死にすがりつかせていた。
だが、晃はまだ彼を信用しきってはいなかった。彼を試すための最初の「課題」は、新型偵察ドローンの設計図と性能データの奪取。その連絡役は、引き続きミサトが担うことになった。
その夜、モッガラーナは科学省庁の自らの研究室で、冷や汗を流しながらコンピュータを操作していた。狙うは、ライバルである開発チームのサーバー。何重にもロックがかけられたそこに、新型ドローンのデータが眠っている。
(見つかれば終わりだ……。マハーカッサパに知られれば、解脱の郷行きだ……!)
だが、彼の脳裏には、ミサトの優しい声が響いていた。『あなたこそが、この国の科学を導くべき方ですわ』。彼女に認められたい一心で、彼は自らが設計したバックドアプログラムを起動。数十分の緊張の末、ついにデータのダウンロードに成功した。
翌日、ラウンジで待つミサトに、彼はデータチップを震える手で渡した。
「……やったぞ。これが、例のデータだ」
「まあ、素晴らしい! さすがですわ、モッガラーナ様!」
ミサトが心からの笑顔で彼の手を握ると、モッガラーナは母親に褒められた子供のように顔を赤らめた。そのチップが、すぐにレジスタンスの手に渡り、敵ドローンの対抗策開発に繋がったことを、彼はまだ知らない。
モッガラーナを信用できると判断した晃は、いよいよ本題に入った。ターゲットは、富士山麓の樹海に存在する「第六サティアン」。そこで極秘に開発が進められているという「ダーティボム」の動かぬ証拠を奪取する。作戦名は『オペレーション・プロメテウス』だ。
作戦決行前夜、アジトでは、橘が晃の前に立っていた。
「相馬君。君までが、危険を冒す必要はないのではないか?」
「いえ、行かせてください」晃は首を振った。「この作戦のデータ解析は、私でなければ不可能です。それに……私も、仲間と同じ痛みを分かち合いたい」
橘は、晃の目にある固い決意を見て取ると、それ以上は何も言わず、ただ深く頷いた。「……分かった。必ず、生きて帰ってきてくれ」
モッガラーナは、尊師の許可を得て、第六サティアンに「新型センサー」を積んだトラックを運び込んだ。そのコンテナの内部には、息を殺した大城率いるウチナー部隊の生き残りと、デイブ部隊の生き残り、そして晃が潜んでいた。
トラックは施設の最深部で停止した。一行がコンテナから脱出し、モッガラーナが待つ合流ポイントへと向かう。
だが、その時だった。
ギャアアアアアン!
施設全域にけたたましい警報が鳴り響き、通路の防爆シャッターが一斉に閉鎖され始めた。
「しまった、罠だ!」大城が叫ぶ。
彼らは、瞬く間にコンクリートの箱の中に完全に閉じ込められた。
頭上のスピーカーから、マハーカッサパの嘲笑うかのような声が響き渡る。
「……鼠が罠にかかったな。モッガラーナの動きがおかしいことなど、とっくに気づいていたぞ」
壁のモニターに、捕らえられたモッガラーナの姿が映し出される。彼は必死に首を振り、何かを叫んでいる。きっと裏切ってはいないのだろう。だが、結果としてレジスタンスを最大の危機に陥れてしまった。
「そして……お前だな。我々の計画をことごとく妨害してきた、『参謀』とやらは」
晃は凍り付いた。なぜ、自分の存在を知っている?青森の作戦で、仲間の資料が燃えずに残ったのだろうか?
晃は、自らの計画の甘さと、マハーカッサパの底知れない知略に、愕然とした。
絶望的な状況。法衛軍の精鋭部隊が、区画の外から包囲を狭めてくる足音が聞こえる。
四面楚歌の中、デイブが背嚢からC4爆弾を取り出し、目の前の分厚い壁に手際よく設置し始めた。
「デイブ、何を……」
「敵の思惑通りにここで袋のネズミになるのは性に合わねえ」
デイブはニヤリと笑った。
「正規ルートがダメなら、新しいルートを自分たちで作るまでのことだ」
彼は、退路を塞ぐ壁そのものを爆破し、新たな活路を無理やりこじ開けようとしていたのだ。
大城も、晃の肩を無言で強く叩いた。その目には、諦めの色など微塵もない。
「さて、と。地獄のパーティーの始まりだぜ、ミスター・ストラテジスト。ここからが、本当の戦争だ」
知略だけでは超えられない、圧倒的な壁。その壁を、今度は力と覚悟で打ち破るしかない。
晃は、デイブから渡された拳銃を、震える手で固く握りしめた。
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第八章 第六サティアンからの脱出
【同日 夜】
轟音と共に、絶望を打ち砕く光が迸った。
デイブが設置したC4爆弾が、分厚いコンクリートの壁を木っ端微塵に吹き飛ばし、新たな通路を黒々と口を開けていた。
「無駄な足掻きを。その先も、我が手の内だ」
マハーカッサパの嘲笑う拡声器の声が響くが、デイブは不敵に笑う。
「運が良いのか、悪いのか。古い施設ってのは、こういう忘れられた道があるもんだ」
それは、晃が事前に分析していた施設の設計図にも載っていない、古いメンテナンス用の通路。最新の警備網の死角だった。
晃、大城、デイブ達は、迷うことなくその暗闇へと飛び込んだ。決死の脱出劇の始まりだった。
その頃、地下深くのアジトでは、橘と小野寺が黙々と次の作戦準備を進めていた。壁に備え付けられた古いラジオからは、迦楼羅真理国の国営放送が、抑揚のない声で首都・聖京都の日常を伝えている。
『……本日の解脱者、三十五名。聖法主様への絶対帰依により、至上の幸福を得られました……』
彼らにとっては聞き慣れた、狂気の日常風景。橘は何も言わず、地図上の一点に駒を置く。しかし、その目は真剣に今日を、そして明日を見据えていた。
古い通路は、迷路のように入り組んでいた。背後からは、法衛軍の追撃を知らせる軍靴の音が迫る。
「聖地を汚す国賊ども!マハーカッサパ様のために、ここでポアしてやる!」
狂信的な叫び声と共に、通路の角から法衛軍の兵士たちが飛び出してくる。彼らは自らの命を顧みず、手榴弾を抱えて自爆覚悟で突撃してくる。
「ちっ、面倒な連中だ!」
大城が、冷静な射撃で的確に頭部を撃ち抜き、その動きを止める。
晃は、記憶している施設の全体図と、目の前の古い通路の構造を頭の中で必死に重ね合わせ、ルートを計算していた。
「次の分岐を右だ! その先にあるはずの換気ダクトを使えば、地上に抜けられる!」
だが、その先で彼らを待っていたのは、希望の光ではなかった。瓦礫をものともせず、通路を塞ぐように鎮座する、ロシア製の歩兵戦闘車BMP-3。聖京都の聖地防衛隊から、特別に配備されたものだ。
「おいおい、マジかよ!」
BMP-3の30ミリ機関砲が火を噴き、コンクリートの壁を蜂の巣に変える。
「ここは俺に任せて、先に行け!」
デイブが叫ぶと同時に、部下から対戦車ロケットランチャーを受け取り、構えた。
「今のうちだ!」
爆炎を背に、晃たちは走り抜けた。
晃の計算通り、彼らは巨大な換気ダクトに到達した。ここを登れば、富士の樹海に広がる地上に出られるはずだった。
しかし、ダクトの出口で月光を背に立つ人影を見て、晃たちは息を呑んだ。
マハーカッサパ本人だった。その傍らには、教団最強の暗殺者集団「ヴァジラヤーナ戦士団」が控えている。
「ここまでだ、国賊ども。そして、米帝の犬よ」
絶体絶命。大城とデイブ達が、マハーカッサパと戦士団に立ち向かい、壮絶な死闘を繰り広げる。戦闘が始まると、文官に過ぎないと思われている晃は、完全にノーマークだった。
晃は、仲間が稼いでくれた僅かな時間で、最後の賭けに出た。
(システムハッキングでは間に合わない……!ならば!)
彼の視線は、研究区画の天井近くに張り巡らされた、冷却用の液体窒素の極太パイプに注がれていた。晃は、慶應義塾野球部の補欠時代に、来る日も来る日も投げ込みをさせられた肩を信じ、デイブから渡されていた手榴弾のピンを抜いた。そして、パイプの最も脆そうな接合部めがけて、全力で投げつけた。
ドガアアン!
手榴弾は狙い通りに接合部で炸裂し、破壊されたパイプから超低温の液体窒素が、爆発的な勢いで白煙となって噴出する。
「なっ!?」
マハーカッサパが驚愕の声を上げた時には、すでに遅かった。噴出した液体窒素は、周囲の機器や壁を瞬時に脆化させ、連鎖的な爆発と崩壊を引き起こす。
「ちっ……!」
マハーカッサパは、舌打ちしながらも自らの身の安全を優先し、その場から撤退した。
大混乱の中、視界を奪う白煙に乗じて、晃、大城、デイブは、間一髪で崩壊する施設から脱出。富士の樹海の闇夜の中に、傷だらけの三人の姿があった。
数日後、なんとかアジトに帰還した彼らを、厳しい現実が待っていた。地上で活動していたミサトも、地下に合流していた。
小野寺が、悔しそうに報告する。
「マハーカッサパの締め付けが、我々の想像以上に早い。協力者が何人も捕まった。このアジトも、時間の問題だ」
その報告を聞き、橘は静かに決断を下した。
「……ならば、ここも放棄する。悔しいが、協力者たちの犠牲は防げなかった。だが、君たちが、作戦の中核である君たちが無事だった。それだけでも、今は幸いとしなければならん」
アジトの片隅で、晃は自らの無力さに打ちひしがれていた。作戦は最悪の形で失敗し、貴重な内通者も失い、仲間を危険に晒した。自分の知略など、マハーカッサパの前では子供騙しだったのだ。
その時、デイブが隣に座った。
「で、ミスター・ストラテジスト。これからどうする? あんたの頭脳も、あの鬼には通じなかったわけだが」
晃は、力なく顔を上げた。
「……その通りです。だから、やり方を変えます。これまでは、私が『脳』で、皆さんが『手足』だった。だが、これからは違う。俺も、『牙』になる」
その言葉に、晃自身、空しさを感じていた。だが、彼はハッと気づいた。
失敗ではなかった。無駄ではなかったのだ。
顔を上げると、そこにはデイブと、その向こうに立つ大城の姿があったからだ。
「……ありがとう」晃の口から、思わず言葉が漏れた。「そうだ、あなたたちが、こうしてここにいてくれる。俺の作戦が、あの重い腰の亡命政府と、アメリカを動かした。そして、これからさらに大きく動かそうとしている。失敗からでも、得るものはあったんですね」
晃の目には、これまでの知性や怒りとは違う、新たな覚悟の光が宿っていた。それは、自らも最前線で戦う一人の「戦士」としての覚醒であり、仲間への感謝と、次なる希望を掴むための、力強い誓いだった。
その力強い瞳を見たデイブは、ニヤリと笑うと、無言で拳を突き出した。晃が、戸惑いながらも自らの拳を突き合わせる。続いて、大城も、その二つの拳の上に、力強く自らの拳を重ねた。言葉はいらない。それは、二人の百戦錬磨の兵士が、晃を「戦場の仲間」として認めた、何よりの証だった。
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第九章 覚醒する獅子たち
【11月中旬】
那覇市にある旧沖縄県庁。今は亡命政府の官邸として機能するその一室で、石動首相は、目の前の報告書から目を離せずにいた。
『第六サティアン潜入作戦報告書。我が方損害、甚大。行方不明を除く生存者、特別業務部隊(ウチナー部隊)大城一尉ほか2名(当初10名)、米軍連絡員デイブ軍曹ほか3名(当初12名)――』
震える手で、その文字をなぞる。彼の脳裏には、沖縄から若者たちを死地に送り出した日の、彼らの覚悟に満ちた、しかしどこかあどけなさの残る顔が浮かんでいた。
これまでアメリカの顔色を窺い、限定的な支援に甘んじてきた自分たちの姿勢が、彼らを死に追いやったのだ。石動の心に、静かだが、鋼のような決意が固まっていく。
「……もはや、我々は傍観者ではいられない」
その頃、沖縄の街にはまだ、どこか他人事のような平和な空気が流れていた。国際通りには、本土からの難民たちが観光客気分で歩く姿も散見される。だが、その水面下では、SNSや動画サイトを通じて、本土での戦闘の断片的な映像や、迦楼羅真理国の非道な統治の噂が、迦楼羅の検閲をかいくぐって拡散し始めていたのだ。「いつまでこの平和が続くのか」。誰もが心のどこかで感じている漠然とした不安が、社会全体を覆い始めていた。
その夜、石動首相は、緊急のテレビ演説を行った。
「親愛なる、日本国の国民の皆さん。そして、この沖縄の地で、故郷を想う全ての同胞たちへ」
厳粛な面持ちで、彼は語り始めた。
「我々は今日まで、この地で平和を享受してきました。しかし、その平和が何によって支えられていたのか、我々は本当に理解していたでしょうか。今この時も、我々の同胞である兵士たちが、本土で、名もなきレジスタンスとして戦い、血を流しています。彼らは、家族を、友を、そして我々が失った祖国を取り戻すために、その命を賭しているのです!」
彼は一度言葉を切り、カメラの向こうの国民一人一人に語りかけるように、声を強めた。
「我々はこの事実から、これ以上目を背けてはなりません!安全な場所から平和を享受するだけの国家に、未来を語る資格はない!彼らにだけ犠牲を強いて、我々が何もしないでいいはずがない!今こそ、我々一人一人が、この国の当事者として立ち上がる時です!」
この演説を皮切りに、石動首相は国連総会の緊急特別会合の開催を要求。議題は「迦楼羅真理国による人権侵害と、ロシアによる日本の内戦への不法介入に対する非難決議」だ。
対するマハーカッサパは、この動きを嘲笑うかのように、プロパガンダ映像を世界に配信した。そこには、作戦で捕らえたウチナー部隊の捕虜と、無残な姿となった戦死米兵の遺体が映し出されていた。
「見よ!これが沖縄の国賊と米帝による、主権国家への侵略行為の動かぬ証拠だ!」
だが、この映像は、アメリカ国内でマハーカッサパの意図とは逆の効果を生んだ。
拷問の痕跡がありありと見える中、一切の情報を漏らさず、毅然とした態度を崩さないウチナー部隊の兵士の姿が、「英雄」として報じられたのだ。戦死した米兵のニュースと相まって、「日米安保を果たせ」「同盟国を見捨てるな」という世論のデモが、全米で燎原の火のように拡大していった。
ドナルド・J・キング大統領は、この動きに苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
「日米安保条約第五条は、日本の施政下にある領域における武力攻撃に適用される。真理国は、我々が承認しない非合法な団体だが、彼らが実効支配する本土は、現在日本の施政下にはない。従って、条約に基づく自動的な防衛義務は発生しない」
彼は、お得意のSNSでの配信で、そう公式見解を盾に介入を否定する。
「よって、国内を分断するデモは許されない!」と言い放つ一方で、「しかし、同盟国との約束は重要だ。条約の適用範囲については、議会と再検討する用意がある」と、世論に媚びる二枚舌も忘れなかった。
そして、運命の国連総会。
ロシア代表が「主権国家への内政干渉だ!」と激しく非難する中、世界の注目は、アメリカ、そして中国の動向に集まっていた。真理国の不安定さを警戒する中国は、ロシアに全面同調せず、「棄権」。そして、国内世論と議会の突き上げを受けたアメリカ合衆国も、土壇場で「賛成」に回った。
結果、非難決議は圧倒的多数で可決。法的拘束力はない。だが、迦楼羅真理国とロシアは、国際社会で外交的に完全に孤立した。
この歴史的な勝利を受け、石動首相は矢継ぎ早に動いた。台湾政府との間で「人道支援及び防衛協力に関する共同声明」を発表し、兵器供与の約束を取り付ける。
そして、亡命政府は「国防義勇法」を制定した。かつての「国家総動員法」がもたらした沖縄の悲劇に配慮し、全面的な徴兵制ではなく、即応予備自衛官と予備自衛官の緊急招集と志願兵制度の拡充を柱とするものだ。
首相の演説と、兵士たちの英雄的な姿に心を動かされた国民は、この法律に呼応した。翌日から、志願事務所には、本土から逃れてきた若者や、沖縄で生まれ育った若者たちが、長蛇の列を作った。「アメリカ兵にばかり血を流させるな!」「俺たちの国は、俺たちで取り戻す!」。平和ボケしていた国家が、真の臨戦態勢へと移行した瞬間だった。
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第十章 悪魔の証明
【12月上旬】
ミサトが接触したモッガラーナは、幽鬼のように痩せ衰えていた。彼は、第六サティアンが崩壊する際、マハーカッサパの監視の目を盗んで逃げだしていた。そして、協力者の科学者が命懸けで持ち出したデータディスクを受け取っていたのだ。それは、彼が万が一の際の「保険」だった。
「これで……私は、役に立てるだろうか……」
「ええ、素晴らしいわ、モッガラーナ様」ミサトは彼の功績を心から称えた。「あなたは、この国を救う英雄よ」
その言葉に、モッガラーナは子供のように泣きじゃくった。ディスクの中身は、ダーティボムの設計図と非道な実験記録の全て。まさに「悪魔の証明書」だった。
その頃、真理国の聖京都では、絶対者である尊師・明王院慈玄が、初めてマハーカッサパを直接叱責していた。
「度重なる失態……どう責任を取るつもりだ、マハーカッサパ」
追い詰められた彼は、起死回生の一手として沖縄への懲罰的爆撃を主張する。しかし、駐迦ロシア大使は、彼の要請を冷ややかに一蹴した。
「条約は、有事の際の『協力』を謳うものだ、正大師殿。我々はすでに十分すぎるほど協力している。我が国の貴重な戦略爆撃機を、貴国の内戦の掃除に使う義務はない」
ロシアに見限られ始めたことを悟り、マハーカッサパは屈辱に顔を歪めた。
晃は、手に入れた「悪魔の証明書」をドナルド・J・キング大統領に届けるための最終作戦を立案する。作戦名は『オペレーション・ラスト・メッセージ』。
悪魔の証明のデータは送信したが、まだ足りない。
「データだけでは、キング大統領は動かない」アジトで、デイブが断言した。「ウクライナの大統領が直接ワシントンに来て支援を訴えたようにな。命懸けで来た、という事実そのものが、心を動かすんだ。安心しろ、移動方法なら、心当たりがある」
デイブは不敵に笑った。
その夜。人気のない山中の高速道路を、大城とデイブたちが封鎖していた。やがて、闇の中からジェットエンジン音と共に、異形の航空機が姿を現す。推力偏向ノズルから青い炎を噴き出し、滑走路も使わずに垂直に着陸する、漆黒のステルス輸送機。
「……Xプレーン……」晃は息を呑んだ。「元の世界でも計画段階だった機体が、本当に完成していたのか。これを、我々のために……」
その少し離れた場所には、護衛として飛来したF-35Bライトニング Ⅱが2機、すでに着陸を完了させていた。アメリカの本気度が、その光景からも窺えた。
晃とミサトが、怯えるモッガラーナを輸送機内に押し込む。機内のスピーカーから、パイロットの声が流れた。
『ようこそ、英雄たち。沖縄への特等席だ』
「グッドラック。必ず、生きて帰ってこいよ」デイブが、晃の肩を叩いた。
ステルス輸送機は、轟音と共に垂直に闇の空へと舞い上がった。
米軍は、真理国の防空識別圏を避けて飛んでいたつもりだったが、九州沖上空に差し掛かり。真理国の早期警戒網が、ついにステルス機を探知した。その動きは、亡命政府のスパイを通じた情報網に即座に察知され、航空自衛隊那覇基地からF-15JイーグルとF-2が緊急発進する。ステルス輸送機を護衛していたF-35Bの2機と合流した直後、本土から飛来した敵軍のSu-35部隊と激突した。
ミサイルが空を切り裂き、機関砲が火花を散らす。だが、敵の数は多い。波状攻撃を受けた航空自衛隊のF-15Jの1機が黒煙を噴き、米軍のF-35Bの1機も集中砲火を浴びて撃墜され、パイロットは戦死した。歴史上はじめてF-15と、F-35が撃墜されたことになる。
敵パイロットがステルス輸送機に迫ったその時、彼のレーダーが、ロックオンのけたたましい警告音を発した。
「なにっ!地対空ミサイルだと!?」
その頃、奄美大島の山中に偽装された陸上自衛隊の野営地。ペトリオット PAC2のレーダーサイトのコンテナ内で、若い隊員が叫んだ。
「目標、射程外へ離脱!」
報告を受けた部隊長の三佐は、ヘッドセットを外し、安堵の息をついた。隣の隊員が「我々も、少しは役に立てましたかね」と呟くと、三佐はニヤリと笑った。
「ああ。故郷を取り戻す戦いの一翼を、しっかり担ったさ」
夜明け前、満身創痍のステルス輸送機は、沖縄の米軍基地に滑り込んだ。タラップが降りると、その先には、なんと石動首相自らが立っていた。彼は、ボロボロの姿で降りてきた晃とミサト、そしてモッガラーナの前に進み出ると、深く、深く頭を下げた。
「……よく、生きて帰ってきてくれた。ありがとう」
晃は、魂を込めて訴えた。
「石動首相、我々はこの証人を、多くの仲間の犠牲の上に、ここまで連れてきました。我々の覚悟と、彼らの流した血を、どうかアメリカに届けてください。我々も、最後まであなたと共に戦います」
石動首相は、晃の手を固く握りしめ、力強く頷いた。
「君たちの覚悟、確かに受け取った。必ずや、この国を救ってみせる」
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【第一部エピローグ:ワシントンと世界】
【12月中旬】
数日後。アメリカ合衆国議会の公聴会に、三人の日本人が立っていた。相馬 晃、ミサト、そして証人として保護されたモッガラーナだ。
晃は、満場の議員たちを前に、静かに、しかし力強く語り始めた。
「……尊敬するアメリカ合衆国議員の皆様。私の話は、信じがたいものかもしれません。私は、皆様が生きるこの世界とは、少しだけ違う歴史を辿った日本から、やって来たと自己認識しております。私がいた世界では、日本は平和で、自由な国でした。それは、この世界の皆様が『かつての日本』として記憶し、ある種の理想として語る、あの日本の姿そのものです。しかし、この世界の現実は地獄です。彼らが行ってきた地獄を証明する元幹部もここにいます」晃がモッガラーナに目を移した。
議場がざわつく。だが、晃は構わず続けた。
「人々は自由を奪われ、恐怖に支配され、そして多くの仲間たちが、祖国を取り戻すために命を落としていきました。本土で今も戦い続ける、勇敢な兵士たちがいます。彼らは、ただ平和な日常を、家族と笑い合える明日を取り戻したかっただけなのです」
晃は、鬼塚の顔を、散っていった名もなき兵士たちの顔を思い浮かべた。
「彼らの流した血は、海を越え、今、皆様の心を動かそうとしています。どうか、その声に耳を傾けてください。これは、もはや日本の内戦ではありません。自由と民主主義、そして人間の尊厳を守るための、自由を渇望する全員の戦いです。どうか、我々と共に戦ってください!」
演説が終わると、一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手が議場を包んだ。議員たちは次々と立ち上がり、一人の勇敢な異邦人と、その仲間たちへ、スタンディングオベーションを送った。
この光景は世界中に配信され、NATO主要国でも「日本の自由を取り戻せ」というデモが拡大。自信を失いかけていたアメリカと西側諸国が、再び自由世界の盟主として立ち上がることを約束した瞬間だった。
その夜、キング大統領は緊急声明を発表した。
「我が国は、迦楼羅真理国を、大量破壊兵器を保有するテロ国家であると断定した。合衆国は、同盟国である日本、そして世界の平和を守るため、あらゆる選択肢を排除しない。これより、作戦名『ライジング・サン』を発動し、テロ国家の完全なる無力化を開始する!」
地下の新アジトで、橘と小野寺、そして高速道路での危険な任務を終えて戻っていた大城とデイブは、その歴史的なニュースを固唾をのんで見守っていた。
ついに、アメリカという最強の獅子が、本気で覚醒した。
日本奪還に向けた、最終決戦の幕が、今、切って落とされた。
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【第二部】第十一章 サンライズ・ストライク
【12月下旬】
作戦名『ライジング・サン』発動。
その宣言は、日本奪還の狼煙だった。夜明け前の西太平洋、静寂を破って米海軍の空母打撃群から数百発のトマホーク巡航ミサイルが放たれる。白い軌跡を描いた鉄槌は、寸分違わず迦楼羅真理国の主要なレーダーサイト、対空ミサイル陣地、通信施設を粉砕していった。
続いて、グアムから発進したステルス爆撃機B-2スピリットが、すでに無力化された真理国の防空網を嘲笑うかのように悠々と侵入。首都である聖京都にある法衛軍司令部や主要な軍事拠点に、次々と精密誘導爆弾を投下した。
地下の新アジトで、橘や小野寺はその一方的な破壊を、リアルタイムの衛星映像で見守っていた。
「これが……アメリカの戦争か……」
その圧倒的な光景に、誰もが言葉を失う。
この展開を見て、ロシアは即座に迦楼羅真理国を見限った。
聖京都に駐留していたTu-160戦略爆撃機をはじめとする貴重な航空戦力は、多国籍軍の攻撃が及ぶ前に、次々とロシア本国へと翼を向けた。迦露条約は、もはや一枚の紙切れ同然だった。
しかし、ロシアは全てを放棄したわけではない。横須賀、佐世保といった不凍港のロシア海軍基地に艦隊を集結させ、「在留ロシア人の保護」を名目に、基地周辺に防衛線を展開。事実上の「居座り」を決め込んだのだ。米軍司令部は、ロシアとの偶発的な衝突を避けるため、基地への直接攻撃を躊躇せざるを得なかった。解放作戦の喉元に、ロシアという厄介な骨が突き刺さった形だ。
夜明けと共に、制空権を確保した多国籍軍は、地上部隊による上陸作戦を開始した。
本州・相模湾。先鋒を務める亡命政府・陸上自衛隊の第一師団と、国防義勇法により志願した若者たちで編成された後方支援部隊を主力とする、日米合同部隊が、上陸用舟艇から次々と海岸線へと殺到する。
「撃て、撃てーっ!」
迎え撃つのは、迦楼羅真理国軍。彼らが駆るのは、ロシア製の兵器だけではない。旧日本政府から押収した、90式戦車や89式装甲戦闘車。車体には、かつての日章旗の上に、毒蛇を喰らう迦楼羅のマークが無慈悲に上塗りされている。それは、日本人同士の戦いを演出し、亡命自衛官の兵士たちの士気を削ごうという、マハーカッサパの悪辣な計略だった。
亡命自衛官の若い兵士が、一瞬、引き金を引くのをためらう。
「……同じ、日本の戦車だ……」
「馬鹿野郎!あれは敵だ!」
ベテランの下士官が怒鳴る。その直後、上空から飛来した米軍のA-10攻撃機が、30ミリガトリング砲で90式戦車を文字通り「引き裂いた」。台湾から供与された新型対戦車ドローンも、次々と敵の装甲を貫いていく。
日本人同士で戦うという感傷は、圧倒的な物量の前では、何の意味も持たなかった。
上陸作戦が続く中、晃たちは再びステルス輸送機に乗り込み、敵地のさらに奥深く、首都・聖京都の近郊へと向かっていた。
彼らの任務は、上陸部隊の進撃を助けるための内部からの手引きと、マハーカッサパと明王院 慈玄を追い詰めるための最終工作だった。
降下ポイントが近づく。デイブが、装備の最終確認をしていた晃の隣に立った。
「さて、ミスター・ストラテジスト。机の上の戦争は終わった。ここからは、泥と血にまみれた本当の戦争だ。お前さんの覚悟は、もう疑っちゃいねえ。友として聞くが、準備はいいか?」
デイブの目には、からかいの色はなく、戦友への真摯な問いかけだけがあった。
晃は、かつてデイブに渡された拳銃を抜き、その冷たい感触を確かめるように握りしめる。
「ええ。覚悟なら、とっくにできています。……始めましょう。俺たちの、本当の日本を取り戻すための戦いを」
彼の顔には、もはや迷いも恐怖もない。祖国を解放するという、ただ一つの確固たる意志だけが、静かに燃えていた。
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第十二章 チェックメイト
【12月31日 大晦日】
多国籍軍の上陸作戦は成功した。陸上自衛隊第一師団と米軍は、首都・聖京都中心部へと迫っていた。しかし、中心部に近づくにつれ、法衛軍の抵抗は熾烈を極める。狂信的な兵士たちが、市街地の至る所で自爆テロやゲリラ戦を展開し、進撃は遅々として進まない。戦争末期のように、負けが決定的になってもなお、狂気が彼らを戦場に縛り付けていた。
その膠着した前線に、一つの衝撃的な映像が世界中に配信された。本物の天皇――橘が、解放されたばかりの街に姿を現したのだ。彼は、長年の洗脳で心を病み、虚ろな目をした住民たちに、一人一人優しく声をかけ、その手を取る。
「……もう、大丈夫ですよ。よく、耐え抜きましたね」
「陛下が……生きて、我々のために……!」
その事実は、抵抗を続ける真理国軍の兵士たちの心を激しく揺さぶった。さらに、陛下の姿に勇気づけられた市民たちが、いまだ居座りを続けるロシア軍の装甲車に、火炎瓶やペンキを投げつけて抵抗を始める。かつてウクライナで見た光景が、今、日本で起きている。その映像は、不法に居座るロシアへの国際的な非難を、決定的なものにした。
聖京都近郊に潜伏した晃たちは、この好機を逃さなかった。最終作戦を開始する。
教団側の内通者の協力で、尊師の元に「偽の神託」が届けられた。「聖法主様は、神聖宮殿(旧皇居)にて『最終解脱の儀』を執り行うべし。さすれば、宇宙の真理と一体となり、敵は自滅する」この混乱のなか、神秘主義に傾倒する尊師は、この神託を信じ込んだ。
「今、前線から離れるべきではありません!罠です、聖法主様!」
マハーカッサパが必死に制止するが、尊師は「黙れ、不信心者め!これは宇宙の真理だ!」と一喝。彼のカリスマの前では、マハーカッサパも無力だった。尊師は、シャーリプトラ正大師を含む全ての側近を引き連れて、神聖宮殿に籠ってしまう。誰も、マハーカッサパにはついていかなかった。彼は、所詮は尊師の威光の側でしか輝けない、孤独な王だったのだ。
その隙を突き、『オペレーション・チェックメイト』が発動された。
デイブと大城率いる部隊が、陽動として聖京都内の法衛軍拠点を攻撃。マハーカッサパの注意を引きつける。
その裏で、晃とミサトは、マハーカッサパが司令部として使う聖京都庁舎への潜入に成功。通信システムを掌握し、前線へ向かおうとするマハーカッサパの背後から、彼の名で全法衛軍部隊に対し「全部隊、現地点で待機。追撃を禁ず」という偽の命令を発信した。
前線で、味方の動きが止まったことに愕然とするマハーカッサパ。その時、彼の目の前に、一体の米軍の無人攻撃機MQ-9リーパーが、対地兵器ヘルファイアを携えて、上空を静かに旋回し始めた。そして、随行する小型ドローンから降伏勧告が響く。
「マハーカッサパ正大師。貴官は完全に包囲された。全ての武器を捨て、投降せよ」
この光景は、カメラで撮影され、世界中に配信された。知将として恐れられた男が、無人の機械に対して、両手を上げ自ら膝をついて降伏する。その屈辱的な姿は、「ドローンに降伏するナンバー2」として、国民の失笑を買った。
一方、晃、大城、デイブ、ミサトは、静寂に包まれた神聖宮殿へと突入した。側近たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出しており、もぬけの殻だ。だが、明王院 慈玄の姿がない。
「どこに隠れた……」
その異様な静けさに、晃は元の世界で見た、ある事件の記憶を呼び覚ました。
「(そうか、奴が逮捕された時と同じだ!)壁だ!壁の裏に隠れているかもしれない!」
デイブが壁を叩き、空洞の音を探し当てる。小型爆薬で壁を破壊すると、そこには狭い隠し部屋があった。その中には、頭に奇妙なヘッドギアを付け、うつぶせになって震える、哀れな男の姿があった。
デイブと大城が、その男を引きずり出した。引きずり出そうとしている二人に対して、独裁者はただ「重くてすみません」とだけ呟いた。
傍らには、食べかけのスナック菓子と、現金30万グルだけが散らばっていた。
晃は、引きずり出された教祖に向かい、三人の仲間と共に、全員同時に男に拳銃を向けた。
「明王院 慈玄……いや、本名、山本 智苑」
晃は、静かにその名を呼んだ。
「貴様を、内乱罪および外患誘致罪の現行犯で、逮捕する!」
日本史上、一度も適用されたことのない罪状が、独裁者の滑稽な最期に、厳粛に言い渡された。
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最終章:ライジング・サン
数ヶ月後。聖京都は、その名を「東京」へと戻した。街にはまだ戦争の爪痕が残るが、人々は少しずつ日常を取り戻し始めていた。
東京裁判所で、山本智苑と教団幹部たちの裁判が始まった。罪状は、内乱罪と外患誘致罪。もはや死刑以外に争点はなく、法廷で意味不明な言葉を叫ぶ山本は、ただ精神鑑定を待つ身となっていた。
石動首相は、東京に舞い戻り、戦後日本の復興という重責を担い、力強いリーダーシップを発揮していた。ロシアとの粘り強い交渉の末、まずは横須賀基地の段階的な返還と、北海道の主権回復に向けたロードマップを描くことに成功。日本の未来には、確かな光が差し始めていた。
大城は、沖縄に戻り、その功績を認められ三等陸佐に昇進。ウチナー部隊の名誉隊長として、沖縄で若手隊員の育成に励んでいる。デイブもまた、数々の功績により本国で曹長へと昇進し、新たな任務についていた。二人とも周囲の尊敬を集める、生ける伝説となっていた。
晃は、小野寺と共に、新政府の「復興計画庁」で働いていた。彼の持つ現代の知識と交渉術は、日本の復興に不可欠なものとなっていた。
ある晴れた日。晃は、アジトの仲間たち――復興公務に忙しい橘を除いた、小野寺、ミサト、そして休暇で東京を訪れていた大城とデイブと共に、東京湾を見渡せる公園にいた。
「なあ、アキラ」デイブが、昼間っからビールを片手に尋ねた。「結局、元の世界に帰る気はねえのか?覚悟は決まったのかよ」
晃は、商社マンとして世界を飛び回っていた頃を思い出す。あの頃も刺激的だった。だが、今の充実感には敵わない。
「帰る方法は分かりません。でも、もし分かったとしても、帰りませんよ」
晃は、隣に立つミサトの手を、そっと握った。
「この世界には、あなたたちという、本当の仲間がいますから」
その二人の左手の薬指に、きらりと光るお揃いの指輪を見つけ、大城が驚きの声を上げた。
「ひゃあ!アキラにミサト、いつの間にやー!でーじなとん!(なんてこった!)」
「ハッ、やるじゃねえか、ミスター・ストラテジスト!おめでとう!」デイブが、豪快に晃の背中を叩く。
小野寺も、眼鏡の奥の目を細めて言った。「いやはや、君たちには驚かされてばかりだ。末永く、お幸せに」
照れる晃とミサト。それを見て笑う、仲間たち。
空には、航空自衛隊の練習機が描いた、新しい時代の夜明けを告げる白い飛行機雲が、どこまでも真っ直ぐに伸びていた。
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