2話:Dumb way to Die~伊与田左之は毒酒をあおり②~
伊与田は「言わなくちゃダメかい?」とこちらを伺う。
確か、コキュートスは伊与田の死に方を「ポンポコリン」と表現していたので、俺と同じようにバカな死に方をしたのだろうか。
「ああ、いいよ。俺の死因も言うから、恥ずかしがらなくていいよ。多分爆笑するよ」
「いや、僕は聞いたらちょっと嫌な気分になるよ」
「いいから早く話してくれないか」と、コキュートスは椅子にもたれてこちらを見据えていた。
「わかったよ……話すよ」と少し覚悟を決めたのか伊与田はこほんと咳払いをした。
「阿久津くん。怒らないで……、見ちゃったんだよ。君が窓辺で……」
「あっ、ちょ、ちょっと待て……」
「だって生物室四階で、物理室は五階……」
そういえば、俺は真下と正面しか確認していない。
真上なんて気にしていなかった。
「お、……お前見たのか!? お、俺が……その」
「あぁ、大丈夫。あの、何だろう……阿久津くんが”ハイドロポンプ”する前に目をそらしたから」
「ハイドロポンプやめろ!」
「ごっ……ごめん言い方が悪かったね……気持ち悪いこと言ってごめん、本当に僕以外誰も君の……その、アレ見ていから」
「いいよ。もう、いい。……わかったから。どうして死んだのか教えてくれ」
「えぇっと……」
コキュートスは「それぐらいの事恥ずかしくもないよ」と言い、伊与田の方をポンと叩く。
伊与田が語った内容はこうだ。
1.リモートで高三の共通テストの問題を見ている間、暇だから窓から煙草を吸っていた。ついでにタマの日光浴もしてた。
2.真下を見るとハイドロポンプをスタンバイしている俺がいた。
3.とりあえず落ち着こうと思い、飲んだものが実はハーバリウムオイルでビックリして吐き出した。
4.もう一度煙草を吸おうと火をつけた。
そして、最後の記憶は燃え盛る炎だそうだ。
「いやぁ、でも周りから見たら豪快な死に方だっただろうね」
と、コキュートスは笑う。
「困った死に方をしました……、自分で自分を火葬するなんて思いませんでしたから……」
「なんというか、小さい面積でとても壮大な死に方したな……。言葉を失うよ」
伊与田は肩をすくめてから俺に聞いた。
「ところで、阿久津くんはどうやって死んだの? あの後は見てないからさ、ハイドロ……」
「その言い方はやめろ……、まあ、なんだ。俺もお前も偶然が重なっただけだよ。俺はその後、たぶん何かに感電して……4階から落っこちた」
「阿久津くんも大概愉快な死に方をしたんだね」
「本当にアニメみたいな怪死だったな」
「短い人生だったね」
伊与田と俺の間に独特な沈黙が流れた。
葬式に似た静寂の中で伊与田はおはぎが一口かじった。
「そうだ、コキュートスさん僕たちはこの後どうなるんですか? 私たちをブルータスやロンギヌスのように飲み込んでは吐き出す永遠の極寒に閉じ込めるのですか?」
「まさか、コキュートスは名乗りだけだ。役職じゃない」
「ダンテの神曲お好きなんのですか?」
「まあね、旅は素晴らしい。私はここをほとんど出る事ができないから憧れてしまうのだよ」
「そうですよね。僕も子供の頃は家が世界のすべてでしたから、遠くの場所に憧れてました」
コキュートスと伊与田はなんだか気が合うように見えた。
奇行を犯す変人と神のような何かはきが合うのだろうか。
コキュートスの口調は自分の趣味を語る老人のそれになった。
「だから、私は今はこうして人間を旅立たせているのだよ……、デウス・エクス・マキナは気まぐれに死人を別の世界に送りこんでいる……機械に挟まったゴミを抜き捨てるかのように別の場所に生かすのだ」
「なるほど、私たちはいうなれば”異世界”で新しい旅路を歩みに出るのですね」
「伊与田君、君は飲み込みが速いね。 ”新しい旅路”という言葉も好きだ。その通り、君たちは新たな旅に出てもらうんだよ。君たちのジェネレーションは伝わりが速くてたすかるよ。 ”異世界転生”と言えばすぐに飲み込んで、その後のことを全部理解してくれるからね」
「まあ、ありがたく受け取っておきます。大人になると褒めてもらえる経験なんて、そうそうないですから照れますね」
伊与田はスムーズにコキュートスから情報を引き出している。
まったく納得できないが、俺は空気を読んで黙り込んだ。
とりあえず、異世界と呼ばれる天国と地獄に類似しない空間に行く事はわかった。
聞いたことはあるが詳しくはない。
そういうアニメがあるのは知ってる。
概要はなんとなく想像がつく。
小学生ぐらいの頃に見た栃木のいとこが遊んでいたゲームを思いうかべた。
モンスターと個性的な恰好の少年少女、ついでに雑草と空。
いろんな人を連れて魔王を倒すみたいな……。
もしかしたら、ガリヴァーの小人の国や浦島の竜宮城みたいな場所かもしれない。
パンフレットがないから旅先の風景がよくわからない。
「愚かな君たちの”その後”がみたいんだ……、ついでに”ギフト”もあげよう……、原人に蝋燭を渡すようなものだが」
さっきもらった名刺に書かれていた象形文字と同じような記号がラベルに印字されていた。
コキュートスは俺と伊与田の前にふたつの瓶を並べた。
一方は透明なもう一方はヨウ素液のような暗褐色の液体であった。
文字の並び的に薬品の名前と取り扱うための注意事項であることは察した。
「この溶液を経口摂取すれば君たちの身体は旅先の環境に適応する。もう一方は君達に異物としての役割を与えたよ。この溶液が成人男性に効果を出すのは0.05グラムからだ。君達には先ほどの食事でこの2つを十分に摂取してもらったよ」
「「は?」」
「ああ、もう君達はそっちの世界に適応した生き物になった。今の君達は異世界の生物、現世には戻れないよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。僕たちに何を飲ませたんですか!?」
「言った通りだ。旅先の環境に適合した生き物になったんだ」
伊与田と俺は顔を見合わせたが互いにどんな顔をしているのか全く分からなかった。
「もしかして、あわよくば旅を終えたら現世に帰れると思ったか? 私は死人に旅路に立たせることはできるが、生き返らせることはできない。君達の元の体はもうすでに骨壺の中に納まっている」
「あの……、具体的にどんな変化があるのですか」
「それは君達で探したまえ。私は旅先に君達を送るだけ……、デウス・エクス・マキナに過労は厳禁なんだ。あくまでも、稀に地獄の苦しみの中に適度な幸福を垂らすだけ。仕事は機械的にこなし、人工的に補正する。幸せは怠惰なのだ。歩く事すらしないのだからね。不幸もそうだ。歩まずただ佇む」
「あ、あの、コキュートスさん……質問いいですか?」
「なんだい? 阿久津くん」
「ギフトって何ですか……その、異世界っていう場所も……」
「ああ、それを見つけるのが君達の旅路の1つだよ。一言語るなら、君がいた場所よりここに性質が近いね。よくこの時間を記憶を覚えたまえそれ以上のヒントは出さない、いいね」
コキュートスはそう言うと指をパチンと鳴らした。
不気味にもパリッとしたいい音だった。
視界が暗転する。
映画の終わりと同じ風景が広がる。
「よき旅を……、自分の星に従うがいい。君達の針路はすでに未知の海に向けられているのだからね」
意識が融解する。
眠るより穏やかに、そして軽く思考を手放した。