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1話:Dumb way to die~阿久津誠二は窓から落ちて②~

「やあ、目が覚めたかい?」

落ち着いた男性の声がした。

振り向くと帽子をかぶったイギリスのサスペンス小説に出てきそうな老紳士がいた。

年齢は白髪の多さと顔のしわから見て50~70代くらいだろう。

細い縞の入ったベージュの紳士的なスーツに身を包み、中原中也とかホームズくらい印象の強い帽子をかぶっている。

帽子の形が変だとかそういうわけではない。

シンプルだが印象に残り、その人のシンボルになりそうだという意味だ。


「あの……、どなたですか」

「ふむ」とつぶやいて老紳士は厚い手帳を開いて、

「まず、君は愚かでチンチクリン、さらには全国のブラックジョークマニアが鼻で笑いそうなちょっとおバカな死に方をしたね」と言った。

俺の質問は流されてしまったようだ。

「まあ、おそらく、アレが夢でなければそうでしょう」

「安心したまえ、君は死人だ。間違いなく県立鈴野高校の四階の窓から……」

「言わなくていいです……、理解はしています」

少し口角を上げて、老紳士はもう一度手帳に目を通した。

「阿久津誠二、1990年7月15日生まれ享年32歳、高校教員。婚約者はいたが破局、結婚歴はなし、子どももいない。婚約者との同棲を解消したから今は一戸建てに四国犬のメロ子とカツオと君の二匹と一人で暮らしてる。ドッグラン付きの割と広い家だ。高知県香美(かみ)市出身で、27で一人暮らしを始めるまで実家に住んでた。毎朝5:30に起きて散歩するのが習慣。他にも……」

「もういいです。わかりました。私にお詳しいのですね。十分です」

「失礼、職業柄で」


軽い会釈をして手帳を閉じると、スーツの胸ポケットから端に日本国旗の飾りがつけられた革製の名刺から一枚の厚紙を取り出した。

ロゴに箔押しを採用した洒落たデザインの名刺をこちらに差し出す。

「私はこういう者だ、日本語で記してあるから理解に困ることはない思うが、質問があれば聞いてくれ」

名刺には、

『あまり働かないデウス・エクス・マキナ森に迷った詩人の旅路(コキュートス)

と記されていた。

名前に漫画の必殺技みたいなルビを振る奴は初めて見た。

その他にも住所と所属と思われる形式で知らない文字が書いてある。

しいて言うならエジプトの象形文字に似ているように感じるが意味するものは一切予想がつかない。

デウス・エクス・マキナという文字には聞き覚えがある。

確か物語を無理やりハッピーエンドに終わらせる神の業を意味する言葉だったような気がする。

コキュートスというルビと森に迷った詩人の旅路という短文から考えるにダンテ・アリギエーリの『神曲』を参考にした名前を名乗っているのだろうか。


「一応自己紹介をしよう。私のことはコキュートスと呼んでいい。デウス・エクス・マキナ。元になったラテン語から直接的に翻訳すると機械仕掛けから出た神。『機械仕掛けの神』と訳するとわかりやすい。君に深い宗教への信仰心はないが無神論者ではないね。ついでに二人以上の神と定義される存在を糾弾する意思もない。私は君の定義で神と言ってもかまわない。ただ、他の考え方をしてもいい、過去には悪魔と呼ぶ者、妖精と呼ぶ者、一番面白いので演出家が困ったときに出す奴だ、と言われた」

謙虚に神を名乗るものだな。

神話的な神様より自身の存在への誇りはもっていないと見えた。

死人の俺に話しかけているあたり、神というのは嘘ではないように感じる。

普通だったら自ら神を呼称する人物をちょっと頭がアレな人ぐらいには思うだろう。

なぜかその点に疑念はなかった。

嘘発見器にかけてもアラームはならないような気がする。

神様もしくわそれに近い存在を前に言葉は出なかった。


コキュートスは背後からバケツ一杯の山盛りポップコーンとジュースを持ってきた。

「本題に入らないといけないのだが、もう一人君の近くで死んだポンポコリンが来ると思うからしばらくゆっくりしておいてくれ。ポップコーン食べるかい?」

「もう一人、誰が来るんですか?」

「君は多分……少しは知っているはずだ。知らない人じゃない、でも……親しい人かどうかはわからないなぁ……」


コキュートスに促されるように椅子に座るとスクリーンで見慣れたライオンが咆哮を上げていた。

聞きなれた陽気な音楽がひどく懐かしい。


「まぁ……ちょっとしたアニメでも見て時間を潰そう。君が人生で一番笑ったアニメ映画を流しておくよ」


渡されたジュースを一口含むと、シュワシュワと炭酸がはじける。

ガキンチョの頃から知ってるお祭りの味がする。

スクリーンではネコとネズミが追いかけっこを始める数秒前だった。

故郷に二度と帰れないような気がした。

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