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1話:Dumb way to die~阿久津誠二は窓から落ちて①~

 昨日、自分を魚だと思い込んでマットレスでサーフィンして死んだ奴の話を聞いて笑った。


スマホを見ながらクスクス笑う俺の腹の上でメロ子はスンスン言いながらじっと俺を見た。

チビわんこの頃から胡坐をかく俺の腹の上にいるのが好きだった。

せっかく人間一人には広すぎる家に住んでるのにずっとメロ子はずっと狭い膝の中にうずくまっている。

カツオはずっと窓の近くで眠るんだか眠らないんだか人間でいう休めの体制でゴロゴロしていた。

たまに窓の外に鳩が来ると吠える。やかましくてかわいい。


おバカな失敗をする奴は笑える。

・自作のバンジージャンプでロープの長さをミスって死んだ奴。

・酔っぱらいながらカートゥンアニメを見て金魚を食って死んだ奴。

・森でクマの着ぐるみ着て自然保護を訴えていたらクマ撃退ロボット『ミッツ』に電気流されて死んだ奴。

ちなみに、最後のはミッツが唯一生き物を活動停止させた例らしい。

不謹慎だが変なことをして死ぬのはクスっと来る。

こういうのは『ダーウィン賞』という愚かな死に方または生殖能力の失い方をした者に与えられる賞にノミネートされるらしい。

昨日の自分が今日の俺の死に方を見ると大爆笑するだろう。

俺はファンタスティックで愚かな死に方をした。


当日の朝も普通に過ごしてた。

昨年より静かに感じるぐ調子に乗って買った英国産のコートを羽織ってメロ子とカツオを散歩に連れて行った。いつも通り、朝食を親戚がやってる定食屋で食った。

特別なことと言えば家に帰る途中で同期の伊与田(いよた)に出会った事だろうか。

出会いがしらに、「阿久津くんが白くない服羽織ってるの珍しいね」と言って色違いのポ〇モンを見つけたみたいにはしゃいでいた。

伊与田は少し変わっている。

この場合どう考えても白衣を着ながら街中を出歩く伊与田のほうがおかしい。

伊与田もペットの散歩に来てたらしい。

メロ子とカツオに自分のペットを紹介する伊与田を見て苦笑いした。

「僕の家族のタマです、よろしくね」と、言いながら目玉シール貼り付けたツルツル石を犬二匹の前にお辞儀させた。


タマデス!!コンニチハ!!


伊与田はどこかおかしい。

「阿久津くん、今日も頑張ろうね~」とタマを振りながらスキップで過ぎ去っていった。

タマの目がグルグル揺れる。

伊与田の頭のネジはかなり飛んでいる。

俺が生涯最期にあった友人はコイツらしい。

微妙に美味しいと言えないジュースを飲んだ時と同じ気分になった。


大学で高校の教員免許取ってから配属された二校目の高校が『県立亀泉高校』で、今の俺の勤め先だ。

今日はオンライン授業の日だった。

例のウィルスが収束し始めて、ようやく生徒が学校に通えるようになったというのに、不足の事態への準備としてオンライン授業の日がある。

パソコン越しに高校二年生に向かって『解糖系とクエン酸回路』の説明をしていた。

本当だったら来週やる予定のツンベルク管の実験の説明をして小話を挟んでいい顔してやろうと思ってのに。

何なら、当日は実験書どおりに「新鮮なハトの胸筋」まではいかなくても「新鮮なイノシシとかシカとか鴨の肉」を用意して「これ朝、先生が自分で狩ってきたやつなんだよ」とか言って自慢しようと思っていた。生徒に「先生スゲェ!」「カッコイイ!」と言われたかった。


一通りのクエン酸回路の説明を終えて「オクイアサコ不倫」なんて語呂合わせを紹介し終えた頃だった。

俺は尿意を催した。

というか、ずっとまえからトイレにはいきたかった。

膀胱の訴えかけが悲鳴に変わった。

俺が勤務している高校は二階にしか男子トイレがない。

俺は用を足すのに毎回、生物室の四階から二階へと階段を降りなければならないのだ。

それがあまりにも面倒くさい。

膀胱が階段の上り下りを無理だ出来ないと言っている。

「ワーク106ページの演習405と406のクエン酸回路の問題を解いてください。その間、来週行う実験の映像資料の準備をしますのでわからないところがあったら教科書や資料集を確認してください」

タイマーを5分にセットして全画面に共有した後にマイクをオフにした。

信じたくないがこれが俺の人生最後の言葉だ。

いや、そのあとに何かつぶやいたかもしれないがきっとくだらないことを言った。


俺は教師とは言え、一人の人間だ。

窓から見えるのは誰もいない静まり返った校舎裏。

真下にはおそらく排気口のような機械、科学部が栽培管理しているビニールハウス、小さな池。

正面の建物は工事中、工事の人はみんなビニールの中。

ここからなら、誰にもみられていない。

俺はズボンをおろし、教科書を置く棚の上によじ登った。

あとは、察してくれ。

これが読めるというのだから人間なのだから、絶対にわかる。

自分を解放する瞬間というのはかなり気持ちがいい。

上に凸の放物線を描きながら、体が軽くなる。

このような瞬間を副交感神経が働くというのだろう。

3歳児向けのトイレトレーニング本のように目玉キラキラですっきりさっぱりする……、つもりだった。


体がものすごい痛みと共に動かなくなり、バランスを崩した。

全身がすさまじい震え方をして痺れる。

思考が全く動かない。

再始動した時には地面に思いっきりぶつかっていた。

痛みより先に衝撃が来た。

痛みの記憶は一切ない。


気づいたら映画館の中にいた。

天国でも地獄でもなく映画館だ。

ぼんやりとした頭の中で思い出す。

俺はきっと窓から立ちションして何かしらに感電して死んだのだろう。

死んだのが俺じゃなかったら俺は爆笑していた。

俺だったから溜息をついて頭を抱えている。

映画館の椅子は駅前の芸術センターと同じで柔らかい革製で座り心地が良い。

絶妙にポップコーンのキャラメル味の匂いがする。

スクリーンには何かの映像が流れている。

音は流れていない。

恐らくSF映画だろう。

宇宙服を着た外国人の男が宇宙に漂っている。

男は今、窒息して死んだ。

見た事はあるがどの映画の場面だったかは思い出せない。


今の俺には死んだこと以外何もわからない。

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