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#01 覚醒

 やってしまった。

 そう気づいたのは、迫りくる"怪物"が私の身体に触れる寸前だった。




 五月。大型連休は終わりを告げ、何でもない日常が戻ってきたある日の放課後。初夏にも関わらずすっきりしない天気に溜息をつきながら、私は部室へと向かっていた。

 建物を繋ぐ渡り廊下にある外階段で友人たちと別れ、階段を上り、廊下を進む。

 特別棟最上階最奥の教室――音楽室こそが私、八神亜久里(ヤガミアグリ)が所属する合唱部の部室だ。


「おはよう。マロンちゃん」


 教室に入ろうと戸に手をかけた瞬間、背後から声をかけられた。

 マロンというのは私のニックネームで、亜久里のグリの部分を取って栗=マロンという発想で名付けられた。


「おはようございます。メグ先輩」


 声の主は三年生のナツメグこと上田月奈(ウエダルナ)。私と同じソプラノであり、親しみを込めてメグ先輩と呼んでいる。

 さて、軽く挨拶を済ませたところで、改めて戸を開ける。


「おはようございます」


 教室全体に聞こえるくらいの声量で声をかけると、それに気づいた二人の生徒が挨拶を返した。

 女子生徒の方がクローブこと神田美星(カンダミホシ)、男子生徒の方がシナモンこと新田陽介(ニッタヨウスケ)。二人とも三年生だ。


 合唱部員はもう一人、私と同学年の女子生徒で揃う。

 この虹見高校合唱部はいわゆる弱小合唱部であった。




 遅い。

 いつもなら練習を始めているはずの時間になっても最後の一人は現れなかった。

 普段は時間までには着いており、遅くなることがあっても予め連絡を寄越すような人なので、何かあったのではないかと不安になる。


「私、探してきます!」


 いても立ってもいられなくなり、私は先輩たちの静止も聞かずに教室を飛び出す。

 教室横にある外階段を駆け下り、真っ先に向かったのは一つ下の階にある美術室だった。

 ここは合唱部最後の一人、緑茶こと三枝緑(サエグサミドリ)の友人が所属する美術部の部室でもある。


「失礼します!柊木さんはいますか?」


 室内にいた全員の顔が一斉にこちらを向く。


「どうしましたか?」


 一人の女子生徒が戸の近くにやってきた。

 彼女が緑の友人である柊木紫(ヒイラギユカリ)だ。


「りょ……三枝さんがどこにいるかわかりますか?」

「三枝なら図書館に行くって言ってましたけど……何かあったんですか?」

「いや、ちょっと遅かったからどうしたのかなって。図書館ですね、ありがとうございます!」

「あ!ちょっと!」


 あんまり長居するとボロが出そうだ。私は強引に話を終わらせ、図書館へと向かった。




 図書館に入ると、そこそこ生徒がいた。とりあえず受付で話を聞くことにする。


「すみません。ここに二年F組の三枝緑が来ませんでしたか?」

「さっき来ましたが、どうかされましたか?」

「いえ、もういないんですね。ありがとうございます」


 入れ違いになったのかもしれない。そう思って一旦音楽室に戻ろうとした時、大窓の外に衝撃の光景が映った。




(リョク)ちゃん!」


 私が図書館から飛び出して中庭に着いたちょうどその時、"怪物"が緑に噛み付かんとしていた。

 それを把握した瞬間、私は駆け寄って"怪物"と緑の間に滑り込んだ。


 やってしまった。

 そう気づいたのは、迫りくる"怪物"が私の身体に触れる寸前だった。

 ここで終わりか。短い人生だったな。なんて考えられるほどには余裕があったのかもしれない。


 しかし、恐れていた痛みはいつまで経ってもやってこない。

 恐る恐る目を開けてみると、"怪物"は私の目の前で止まっていた。

 まるで壁に阻まれるようにそれ以上近づけない様子の"怪物"に少しずつ平静さを取り戻していく。


「八神さん」


 背後から聞こえた私を呼ぶ声に振り返ってみると、いつもと変わらない様子で微笑む緑がいた。


「これを使ってください」


 そう言って緑は一枚のカードを差し出した。一見白紙にしか見えないが、裏表と返してみると中央に大きな蝶が光って見える。

 使ってと言われても使い方などわかるはずもない。私は思いつくままにカードを"怪物"の鼻っ面に押し当てた。


 その瞬間、"怪物"は私たちと同じ女子生徒の姿に形を変え、その場に倒れ込んだ。


「大丈夫ですか!?」


 すぐさま呼びかけたが、意識がないようだ。このまま放置するわけにもいかないので、私たちは二人がかりで彼女を保健室に運び込んだ。




「ただ今戻りました」

「ご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした」


 こうして、ようやく音楽室に到着した私たちは、練習をしながらも待っていてくれていた先輩たちに謝罪を済ませ、少し短くなってしまった合唱部の練習に混ざることができた。


 しかし、これは事件の始まりでしかない。裏に潜む陰謀をこの時の私たちは知る由もなかった。

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