リナ、最後の登校日
20xx年3月14日(水曜日) 中学3年生
**朝**
目が覚めても、私はベッドから出られなかった。
明日は卒業式。
制服を着るのも、この部屋で目覚めるのも、あと一日。
「終わるんだ」
声に出すと、現実味が増した。
階段を降りると、お母さんが「今日で最後の登校ね」と言った。
「うん」
言葉が続かない。
朝食を食べながら、太一が「お姉ちゃん、卒業したらいなくなるの?」と聞いてきた。
「いなくなりはしないよ。高校に行くだけ」
でも、何かは確実に終わる。私にもそれが分かる。
「いってきます」
いつもの言葉。でも、今日が最後。
玄関を出る前、私は振り返った。見慣れた廊下、階段、リビング。
全部、当たり前だった。でも、当たり前はいつか終わる。
**午前**
私は通学路を歩いた。ゆっくりと。
この道も、明日からは「思い出の道」になる。
校門をくぐる。いつもの景色。でも、今日は違って見えた。
昇降口で、美香ちゃんと会った。
「おはよう」
「おはよう」
二人とも、いつもより静かだった。
教室に入ると、みんながいた。3年間、毎日見てきた顔。
黒板には「最後の一日を大切に」と誰かが書いていた。
朝のホームルーム。山田先生が「今日は特別な日だ」と言った。
「明日、お前たちは卒業する。でも今日は、まだ中学生だ。最後まで、この時間を大切にしろ」
先生の目が赤い。泣いているのかもしれない。
1時間目、授業はなかった。代わりに、クラス全員で思い出を語り合う時間。
「1年の時、文化祭で迷子になったよね」
「2年の修学旅行、夜中まで話したよね」
笑い声。でも、その奥に涙がある。
拓也くんが「リナの脚本、良かったな」と言った。
バレンタインから一ヶ月。まだ少し気まずい。でも、彼は優しい。
「ありがとう」
私は素直に言えた。
**昼**
最後の給食。
メニューは、カレーライス。シンプルだけど、美味しい。
「この味、忘れないな」
健太くんが言った。
「うん。給食、もう食べられないんだね」
当たり前だったものが、特別になる。
食べ終わって、私は美香ちゃんと屋上に行った。
「ここ、よく来たね」
「うん。告白した日も、ここだった」
美香ちゃんは「あの日、リナすごく勇気あったよ」と言った。
「でも、振られた」
「それでも、伝えられたこと。それが大事なんだよ」
風が吹いた。春の風。冷たくない。
「ねえ、美香ちゃん。高校離れても、友達でいてくれる?」
「当たり前じゃん。一生の友達だよ」
涙が出そうになった。
「ありがとう」
「こっちこそ。リナと友達になれて、本当に良かった」
私たちは抱き合った。
**午後**
午後は大掃除。3年間使った教室を、綺麗にする。
窓を拭きながら、私はふと1年生の時を思い出した。
緊張していた。友達ができるか不安だった。
でも今、たくさんの友達がいる。
私は黒板を拭いた。チョークの粉が舞う。
この黒板に、何度「田中里奈」と名前を書いただろう。
掃除が終わって、私は教室を見渡した。
机も椅子も、いつも通り。でも、明日からは後輩たちのもの。
最後のホームルーム。
山田先生が一人一人に、メッセージを書いた色紙を渡した。
私の番が来た。
「田中。お前は強い子だ。でも、一人で抱え込むな。頼ることも強さだ」
先生の言葉が、私の胸に染みた。
「ありがとうございました」
私は頭を下げた。涙をこらえて。
「高校でも、頑張れ」
「はい」
色紙を受け取った。重かった。
ホームルームが終わって、みんなで円になった。
「せーので、ありがとうって言おう」
誰かが提案した。
「せーの」
「ありがとう!」
声が重なった。そして、泣き声も。
**夕方**
帰りのホームルームが終わった。でも、誰も帰ろうとしなかった。
教室に残って、ただ話していた。他愛もない話。でも、それが宝物だった。
「そろそろ帰らないと」
拓也くんが言った。
「そうだね」
みんな、ゆっくりと荷物をまとめた。
教室を出る前、私はもう一度振り返った。
「さよなら」
心の中で言った。
校門を出た。みんなで、少しだけ歩いた。
「じゃあ、また明日」
「うん、明日」
一人ずつ、別れていく。
最後、美香ちゃんと二人になった。
「明日、泣かないようにしよう」
美香ちゃんが言った。
「無理だよ、絶対泣く」
二人で笑った。
「じゃあ、明日ね」
「うん、また明日」
私は家への道を一人で歩いた。
振り返ると、学校が見えた。
明日が来るのが怖い。でも、楽しみでもある。
矛盾した気持ち。でも、それでいい。
**夜**
家に帰ると、制服がアイロンがけされて置いてあった。
「明日、綺麗な制服で卒業しなさい」
お母さんの字でメモがあった。
夕食の時、家族みんなが「明日頑張ってね」と言った。
「うん」
食後、お父さんが「リナ、ちょっといいか」と声をかけた。
二人でリビングに座った。
「明日で中学生も終わりだな」
「うん」
「この3年間、色々あったな」
「うん。本当に」
お父さんは、昔のアルバムを取り出した。
「これ、リナが入学式の日の写真」
見ると、大きめの制服を着た私がいた。初々しい顔。
「こんなに小さかったんだ」
「ああ。あっという間だった」
お父さんの目が潤んでいた。
「お父さん...」
「リナ。お前は本当によく頑張った。誇りに思う」
涙が溢れた。
「お父さん、ありがとう」
「こちらこそ。お前の父親でいられて、幸せだ」
私たちは二人で泣いた。
部屋に戻って、私は制服を見た。
明日、最後にこれを着る。
机に向かった。
3年間の思い出が、走馬灯のように蘇る。
入学式。初めての友達。部活動。文化祭。修学旅行。受験。失恋。
すべてが、今の私を作っている。
窓の外を見ると、星が輝いていた。
「明日、いい日になりますように」
私は祈った。
ベッドに入った。でも、眠れない。
携帯を見ると、クラスのグループチャットが盛り上がっていた。
「明日、泣かないようにしよう」
「無理無理」
「絶対泣く」
みんな同じ気持ちなんだ。
「3年2組、最高だったね」
私もメッセージを送った。
すぐにたくさんの返信が来た。
「最高!」
「ずっと友達だよ」
「明日、笑顔で会おう」
画面を見つめながら、涙が溢れた。
でも、幸せな涙だった。
「おやすみ、みんな」
携帯を置いた。
明日が来る。
最後の日が。
**感想文**
**20xx年3月14日(水曜日) 中学3年生 田中里奈**
明日、私は卒業する。
今日が最後の登校日だった。
朝から、すべてが「最後」だった。
最後の通学路。最後の教室。最後の給食。最後のホームルーム。
当たり前だったことが、すべて特別になった。
山田先生は言った。「頼ることも強さだ」と。
この3年間、私は学んだ。一人で抱え込まないこと。弱さを見せること。それが本当の強さだと。
模試でE判定を取った日、私は家族に泣いた。バレンタインで振られた日、美香ちゃんに泣いた。
その度に、私は支えられた。
だから、今がある。
教室で、みんなで「ありがとう」と言った。
ありがとう。その言葉では足りないくらい、私は感謝している。
お父さんが、入学式の写真を見せてくれた。
小さかった私。何も知らなかった私。
今、私はあの頃より少しだけ大きくなった。心も、体も。
でも、まだまだ小さい。知らないことだらけ。
高校では、もっと学ぼう。もっと成長しよう。
明日で、中学生が終わる。
嬉しいような、寂しいような。
でも、これは終わりじゃない。新しい始まり。
お母さんが言っていた。「終わりは、次の始まり」と。
そうだ。明日からが、本当のスタート。
3年間の思い出を胸に、私は前を向こう。
みんなと過ごした日々を忘れない。
笑ったこと、泣いたこと、怒ったこと、すべてが宝物。
明日、私は泣くと思う。たくさん泣くと思う。
でも、最後は笑おう。
どんな時でも笑顔で。それが、私のモットー。
ありがとう、中学校。
ありがとう、3年2組。
ありがとう、先生。
ありがとう、家族。
そして、ありがとう、今まで頑張ってきた私。
明日、私は最高の笑顔で卒業しよう。




