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第一話 失われた光

 エピローグ


 2045年、人類は「ルーメン」と呼ばれる古代エネルギーを発見し、技術革新と共に世界は飛躍的な発展を遂げた。

 無限にも思えるエネルギー源は、人々に豊かさと安定をもたらし、街は光に満ち、生活は希望に溢れていた。だが、その輝きの裏に潜む危険を誰も知ることはなかった――ルーメンそのものが、未知の力を解き放つ扉となることを。



 列車は穏やかなリズムで進み、車内には旅の期待感に満ちた空気が漂っていた。

 家族連れや観光客たちが楽しげにおしゃべりを交わし、車窓には豊かな自然が流れていく。


「ほら、ハル! 見えてきたぞ!」

 列車の窓から見えるのは、青空の下に広がる遊園地のカラフルな建物。観覧車がゆっくりと回り、ジェットコースターが山のようにそびえ立っている。その光景に、ハルは目を輝かせながら身を乗り出した。

「すごい! ほんとにあるんだ、かんらんしゃ!」

 まだ遊園地に行ったことのないハルにとって、そこはまさに夢の世界そのものだった。


「お父さん、お母さん、かんらんしゃってどれくらいたかいの?」

 ハルの素朴な質問に、父は窓の外の景色を指差した。

「あの山の木より高いんじゃないかな。頂上に行けば、すごく遠くまで見渡せるぞ」

「そんなにたかいの!? こわくない?」

「ちょっとだけ怖いかもしれないけど、それよりも景色がすごいから楽しいぞ」

「じゃあ……こわくてもがんばる!」

 ハルの小さな決意に、母が「頼もしいわね」と笑顔で応じた。


 列車がゆっくりと停車し、家族三人はホームに降り立った。空気は少しひんやりとしていたが、天気は快晴で空は澄み渡っている。遊園地へ向かう道には、同じように家族連れや若者たちが楽しげに歩いていた。


「みて! あれがゆうえんちのいりぐちだ!」

 ハルが指差した先には、大きなゲートが見える。その上には「ANGELIVE ON STAGE」とカラフルな文字が描かれ、ゲートの周りにはキャラクターの像が並んでいた。

「さあ、行こうか」

 父がそう声をかけ、家族は手を繋いで歩き始めた。ゲートの向こうには、ハルがまだ見たことのない冒険と楽しさが待っている。


 ゲートをくぐると、目の前には夢の世界が広がっていた。メリーゴーラウンドの音楽が響き、カラフルなバルーンが空に舞い上がる。ハルはその光景に圧倒され、しばらく呆然と立ち尽くしていた。

 入り口付近には象徴的な古い石碑が立っていた。

「そういえば、この辺りは昔、ルーメン採れたんだっけ?」

「そうね。でも今はもう枯れ果てて、ただの観光地になってるって話よ。」

「ルーメンってなに?」

「すっごく大事なエネルギーさ。ここもルーメンのおかげでいろんなアトラクションがあるんだぞ」

「へぇ、そうなんだ」

 ハルの興味はすっかり遊具に移っていて、そんな話は耳に入っていなかった。

 アトラクションによる振動からか地面がかすかに揺れている。


「あった!かんらんしゃ!」

 ハルは、観覧車を指差した。

「まずはあれ! いっちばんたかいところからみたい!」

「よし、じゃあ観覧車からだな!」

 家族三人は観覧車に向かい、列に並んだ。


 観覧車の頂上に近づくにつれ、ハルの目には広がる遊園地全体と遠くの山々が映った。

「こんなにたかいんだ……すごい!」

 父と母も窓の外の景色を楽しみながら、ハルの喜ぶ顔を見て微笑み合った。


 観覧車から降りた後、家族三人は昼食を取るためにレストランへ向かっていた。遊園地の中央広場には人々の笑い声が響き渡り、穏やかな休日の空気に包まれていた。

「お父さん、つぎはジェットコースターだね!」

「そうだな。でもその前にしっかりご飯を食べないと動けなくなるぞ」

 父が笑いながら答えると、ハルは大きく頷き、母に手を引かれてレストランへ向かった。


 遊園地での時間は夢のように楽しく、家族三人は笑顔の絶えない一日を過ごしていた。

 しかし、その幸せなひとときは突然の異変によって引き裂かれることになる。遠くから響いたかすかな轟音。遊園地の空気が一変し、周囲がざわめき始める。


「どこか、変じゃない?」

 母が小さな異音に気づき、足を止める。その声に父もハルも立ち止まり耳を澄ませた。

 低い轟音が地面を通じて体に伝わり、まるで内臓を締め付けるような振動が周囲に広がった。空気が重く変わり、肌にまとわりつく異様な感覚が走る。

「何だ……?」父が呟いた瞬間、巨大な影が動いた。


 大地が弾けるような轟音とともに、遊園地の一角が爆発した。否、それは爆発ではない。地中から何かが飛び出したのだ。

 体表は白い殻に覆われ、まるで機械と生物の融合体のように滑らかに蠢いている。

 無数の目のような器官が皮膚の下でぼんやりと発光し、知性の有無すら分からぬまま、観覧車と同等の大きさの怪物が人々を見下ろしていた。

 それは明らかにこの世界のものではなかった。無数の触手が無機質な皮膚に覆われてうねり、機械か生物かもわからない、ただ存在するだけで世界の秩序を壊していく異物。見た者の脳が本能的に理解を拒むその姿は、言葉では形容できない絶対的な異常性を放っていた。


 一閃。

 その巨体からは想像もできないほどに、まるで高速で振るわれた刀のように触手がメリーゴーランドの支柱を一瞬で両断する。金属が悲鳴を上げるように軋み、無慈悲な衝撃音が轟いた。遊具ごと人々を押し潰し、悲鳴が響く。

 親を求めて泣き叫ぶ子供がいる。

 逃げ惑う人々の群れを、触手がまるで虫を潰すように叩き落としていく。

 意志があるのか、ないのかすら分からない。

 ただ、そこにいるものを無差別に破壊し、殺す。

 そして、その体から伸びる鞭のような触手が、遊園地の建物を次々と襲い始めた。

「逃げろ!!!」

 誰かの叫びを皮切りに、群衆が一斉に散り散りに駆け出した。だが、その背後から触手が振り下ろされる。

 観覧車が軸から引き剥がされ、転がるように落下する。

 巻き込まれた人々は叫ぶ間もなく、鉄の檻の中で肉片と化した。

 群衆が阿鼻叫喚の中で押し寄せ、踏み潰される者、道端で絶望する者もいた。


「ハル!ここに伏せて!」

 母が咄嗟にハルを抱き寄せ、近くのベンチの陰に身を潜めた。父は周囲を見回し、逃げ道を探そうとする。しかし――

「おい……!」

 父の視線が固まった。

 ハルたちが隠れる建物の壁面に、影が落ちた。

 見上げると、怪物の触手がまるで意志を持ったかのように空を裂き、彼らの方向へと振り下ろされる。

「来る!!!」

 父が叫んだ瞬間、壁が爆発するように粉砕された。


 衝撃波が辺り一帯を飲み込み、瓦礫が空中に舞う。ハルは母の腕の中で体を縮め、息を詰めた。

「あぶない! お母さん!」

 ハルは母の上に覆いかぶさるようにして抱きついた。その瞬間、父が二人の前に立ちはだかり、迫りくる瓦礫を必死に押し返そうとした。

「お父さん!ダメだよ!」

「いいんだハル! お前たちは絶対に守るから!」

 父の必死の形相に、ハルはその言葉の重みを本能的に感じ取った。

「ダメだ、お父さん!!!」

 ハルは泣き叫んだ。

 父は、それでも必死に瓦礫を支えようとする。だが、圧倒的な質量を前に、人間の腕など無力だった。

「クソッ……!!!」

 最後の力を振り絞るように父が踏ん張るが、その瞬間――


 グシャッ……


 鈍い音とともに、父の身体が瓦礫に押し潰された。

 視界の隅で、父の血が砂埃に染み込んでいく。

「お父さんッ!!!!!」

 ハルが駆け寄ろうとするが、母が必死に押さえ込む。

「ハル……見ちゃダメ……!」

「でもっ!!」

「お願い……!」

 母の震える声に、ハルは動きを止めた。その時、瓦礫の向こうから、異様な気配が広がる。


「こっちを見ている……?」


 ハルは、直感的に理解した。

 ――ヤツは、まだ終わっていない。

 父を殺しただけでは満足せず、次は自分たちを狙っている。


 瓦礫が降り注ぐ中、母が震える手で彼の顔を掴んだ。

「ハル、逃げなさい……!」

 母はハルを抱きしめ、瓦礫の隙間へ押し込もうとする。しかし、ハルは抵抗した。

「いやだ!! お母さんもいっしょにいこう!!」

「行けないの……!」

 母の足は、瓦礫に押し潰されていた。

 気づいた瞬間、ハルの体から血の気が引いた。

「そんなの、やだよ……!」

「ハル、よく聞いて――」

 母の声は低く震えていたが、その目は強い意志を宿していた。

「お父さんみたいに、誰かを守れる人になりなさい」

 母の目に涙が溜まり、それが頬を伝い落ちる。ハルはその言葉に何も答えられず、ただ首を横に振るばかりだった。

 ハルは母の足が瓦礫の下敷きになっているのを見て何かを悟ったが、それに気づこうとしなかった。

「いやだよ…お母さんもいっしょにいようよ…」

「ごめんね。でも、ハルならきっと強く生きていけるわ……」

 母は薄く微笑んだ。その表情の奥には悲しみと深い愛と彼女の覚悟がにじんでいた。

 その言葉を聞いた瞬間、ハルは母の体に抱きつこうとした。しかし、母はハルの肩をしっかりと押さえ、動かないようにした。

「だめ、ハル!ここにいてはだめ!――」

 母が必死に声を張り上げたとき、建物の崩落する音が聞こえる。

 母は全身に力を込めてハルを抱きしめた。

「ごめんね、愛してるわ。ハル」

 次の瞬間、二人の頭上から瓦礫が迫る。

 母は痛みに顔を歪めながら、それでも力強く、最後の力でハルを押し出した。

「お母さんッ!!!」

 ハルが叫んで伸ばした手は空を切り、瓦礫が崩れ落ちる音が鼓膜を破るように響き、鼓動が耳の奥で鈍く反響する。

 彼女の最期の顔はいつもと同じ愛する息子に向ける慈愛に満ちた笑顔だった。


 瓦礫の隙間から立ち上る煙の中、ハルは動けなかった。

 全身が冷たくなるのを感じた。すぐそばで潰れた父と母を見たとき、ハルの心は何かを理解することを拒んだ。ただ、胸の奥で鈍い痛みが膨らみ続けていた。


 ふと、瓦礫の中で銀色に光るものが目に入った。それは父のZIPPOだった。

 ハルは手を伸ばし、冷たい金属の感触を確かめる。父がいつも大切に磨いていたそのライターには、細かな傷とともに長年の愛着が刻まれていた。

 毎晩仕事から帰ると、それをカチリと開き、タバコに火を灯すのが父の日課だった。

「これ、どうしてそんなに大事にしてるの?」と、昔ハルが聞いたことがある。

 父は少し照れくさそうに笑いながら言った。

「お母さんからもらったんだ。俺たちが結婚するずっと前、まだ若かった頃にな。」

「じゃあ、ラブレターの代わり?」

 その言葉に父は声を出して笑った。母も遠くから微笑んで「そうかもね」と答えた。

 その時は何気ない話にしか思わなかった。父がZIPPOを愛おしそうに磨く姿や、火を灯す音が家族の日常の一部であったことを、ハルはずっと覚えている。

 そんな父の言葉と、母が微笑んで頷く姿が、頭の中で蘇る。

 だが、今そのZIPPOを持つ手は、目の前に横たわる現実を突きつけていた。


 群衆が叫びながら走り抜ける中、近くにいた男がハルに気づくと、男はハルを抱え、振り返りもせずに走り始めた。彼の動きには目的や感情の痕跡はなく、ただ生存本能に従って足を動かしているように見えた。

 ハルは、抱き上げられたまま後ろを振り返った。


 無残な両親の姿。もう二度と戻らない温かな日々。破壊と虐殺の限りを尽くす怪物。

 涙を流しながら、ハルはただその光景を目に焼き付けることしかできなかった。

 遠ざかる両親の姿に手を伸ばすも、虚空を掴むだけだった。その瞬間、心の中で何かが音を立てて崩れ、温かかった世界は灰色に染まった。


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