第21話 イチャイチャなんて、してませんっ
ハンカチを受け取った星音は……チャック付きの袋からハンカチを取り出し、袋を奏へと手渡した。
「ありがとうございました、立宮くん。本当に。
こちら、お返ししますね」
「俺も、返せてよかったよ。袋は別に、返さなくても」
「そういうわけにはいきません」
ハンカチを保管していた袋、それを奏は受け取る。
星音は改めて、ハンカチを大切そうに握りしめていた。
よほど、大切なハンカチなのだろう。
気にはなったが……ここで一歩を踏み込むほど、まだ二人の関係性は出来上がっていない。
「ふふ、安心したら余計お腹すいちゃいました。
あーん」
「ぁ……」
ハンカチを鞄の中にしまい、ほっとした様子の星音は食事を再開する。
フォークでスパゲッティを巻き、口元へと運び食べる……のだが。
星音の口が、フォークに触れた瞬間。たまらず奏は声を漏らしていた。
先ほど、奏も食べたフォーク……同じものを、星音も食べた。
これは、つまり……
「あ……か、間接キスに、なっちゃいましたね?」
「!?!?!?」
そう、思ってしまったことを……星音が、言葉にして表現した。
少し頬を赤らめ、照れたように笑い……片目を閉じて、困ったように眉を下げている。
たった今気づいた、という彼女の仕草。多分それは、「やっちまった」といった感情を表しているのだろうが……
そんな仕草をされ、奏の感情はもうぐちゃぐちゃだった。
(えっ、えっ……どど、どういう、こと!? 猫屋敷さん、今気づいて……じゃあさっきのは、天然!?
ていうか、か、関節キスだってわかっても、嫌そうにしてない……?)
「た、立宮くんも食べてくださいっ。私が先に、食べ終わっちゃいますよっ」
「あ、お、ぅ」
じっと見られていることに妙な気恥ずかしさを覚えているのか、星音は奏の食事を再開させる。
嫌ではなくても、恥ずかしいのか……そんな、淡い感情を抱く。
奏もハッとして、まるで今のごちゃごちゃをごまかすかのように、手にしていたサンドウィッチを口にする。
かじって、千切って、頬張って……夢中で、手にしていた一つを完食した。
……ふと、視線に気づいた。
夢中で食べていたから、気づかなかった。星音がじっと奏の顔を見ている。正確には、奏の口元を。
「……」
若干頬を染め、ジトーっとした目で、奏を見ていた。
「……ぁ」
星音に見られて恥ずかしい奏だが、遅れてその視線の正体に気づいた。
今奏が完食したサンドウィッチは先ほど、星音が一部だけとはいえ口をつけたものだ。
スパゲッティあーんの衝撃で吹っ飛んでいたが、サンドウィッチあーんもどうしようかと悩んでいたではないか。
それを、こうもあっさりと……
「ご、ごめんなさい私っ。そんな、つもりでは……」
「いや、まあ……なんていうか、気にしてはない……ことも、ないけど」
「うぅう、サンドウィッチに関しては千切って貰えばよかったですよね」
どうやら天然で、あんな大胆なことをしていた星音。
変に意識してはいけない、と奏は、自分を戒める。
しかし、他の男と一緒にお昼を食べた時も、同じようなことをするのだろうか。
そう思うと、ちょっともやっとした。
「は、はしたない子と、思わないでくださいね?
今のはその……気が緩んでいて、つい……」
「あ、あぁ……うん、そうだな」
気が緩んでしまったと言う星音に、奏は自分を無理やり納得させる。
普段、学校で凛としている星音がこんなになってしまうほど、猫カフェの魔力は恐ろしい。
だから、猫カフェの魔力が彼女に、油断を与えてしまった。
きっと、それだけのことなのだ。
「いやぁ、お二人とも初々しいカップルですねぇ!」
「!? て、店員さん?」
ふと、背後から優し気な声がした。
振り向くと、そこには受付で対応してくれた店員が、にこにこしながら立っていた。
見られていたのか……いったい、いつから。
「いやぁ、いいですねぇカップルというのは。
でも、せっかく猫カフェ来てるんだから、イチャイチャするならネコちゃんとにしてくれないと」
「い、イチャイチャなんて、してませんっ」
……どうやら、先ほどの『あーん』を見られていたらしい。
とてつもなく恥ずかしいが、先ほどの行為が図らずも、二人がカップルだと証明したようだった。
星音は否定するが、それは図星を突かれてごまかそうとしているようにしか見えない。
「い、今のはちょっとしたアクシデントです。猫ちゃんたちのことは忘れてませんよ」
「そうですか? ま、そういうことにしておきましょう」
眼鏡を光らせ笑う店員に、絶対楽しんでるなこの人……と思う奏であった。
それから、しばらくの間猫たちとの戯れを楽しんだ。
普段猫を飼っているだけあって、星音の猫の扱いはたいしたものだった。
「ネコちゃんを抱くときには、リラックスさせるのが大事です。暖を求めてやって来ることもあるので、おとなしく待ちましょう。
あと、嫌がったら離してあげましょう」
猫を抱いている店員の説明を、奏は真剣に聞いていた。
猫好きとはいえ、猫を飼っているわけではないし猫を飼っている友達がいるわけでもない。最近では野良猫も見かけないし、思いの外猫と接する機会が少なく、猫の抱き方など気にしたことがなかった。
一方、自宅でシロを飼っている星音にとっては、説明されるまでもないことかと思っていたが……
意外にも、真剣に聞いていた。
店員のアドバイス通りやったら、奏も猫を抱くことができた。
「お、おぉ、猫が、猫が抱けてる……!」
「やりましたね、立宮くん」
猫を抱き、感動している奏の横で、星音は腕に猫を抱え、膝に猫を寝かせていた。
他にも、周囲に猫が集まっていた。
(なんか、猫を集めるフェロモンでも出てんのかな)
猫と戯れる星音の姿に、奏はすっかり和んでいた。
結局、フリータイムを選んだ二人は三時間とちょっと、存分に猫カフェを堪能したのだった。




