第19話 立宮くんのが食べたい
浮気を疑われた猫屋敷 星音は、対策をして再びこの場所にやって来た。
字面だけ並べると、やばい展開になりそうだ。
「立宮くんは、普段から猫カフェには通っているのですか?」
猫と戯れながら、星音は聞く。
問われ、奏は苦笑いを浮かべた。
「俺は、そんなにかな。あのチケットだって、新太が来店スタンプ貯めて貰ったものを、俺が貰ったわけだし」
本当ならば、奏だって猫カフェ通いをしたい。
だが、そうできない理由があるのだ。
「妹がさ……」
「妹がいるのですか?」
「あぁ。俺より一つ下なんだけど、最近生意気になってきて。
で、妹が言うんだ。お兄ぃは猫狂いの変態なんだから、猫カフェ通いなんて始めたらとんでもないことになるからやめな、って」
当時、妹空音に言われたことを思い出す。
あのときは、何を大袈裟なと思ってはいたが……
あとから考えて、あながち間違ってはいないかな、と思った。
だって、写真だけでああなのだ。生の猫に触れたら、きっと自分で自分が抑えられない。
「あとは、単純にお金の問題かな。
だから正直、無料チケットは助かった」
猫カフェ通いを始めれば、あっという間に奏の財布は空だろう。
なので、今回のことは助かったと言える。本人には言わないが。
「カップル限定でしたけどね」
「そ、それは……忘れてくれ」
「ふふっ」
先ほどは、あんなに恥ずかしがっていたカップル限定。星音はもう、奏をからかえるまでに回復したようだ。
男を弄ぶその姿、普段は見ない新鮮な姿だ。
それから二人は、注文した昼食を食べることに。
フリータイムに無料でついてきたものだ。なので量は少ないが、猫を見ながらの空間での食事は癒やされる。
「このパスタ、美味しいです」
「カルボナーラだってね。無料なのに、よくできてるよ」
「立宮くんは、サンドウィッチですか」
「パンが食べたかったんだよね」
星音が注文したのは、カルボナーラスパゲッティ。奏は三つ組のサンドウィッチだ。
中身は卵のみ、野菜のみ、ハムのみとシンプルだが、無料でこれなら充分だろう。
もちろん、本格的なランチを楽しみたいなら別途注文となる。
ふと、奏はじっと視線を感じていた。
「もしかして、食べたい?」
「えっ……と……どんな、お味なのかな、と……」
食べたいのかと突っ込まれ、星音はぎょっとして、視線をさ迷わせる。
その様子から、食べたいのだと奏にはわかるが、素直にそう言えないのは乙女心だろうか。
若干頬も赤いし、恥ずかしいのだ。
食いしん坊と思われないか。それはそれとして、気にもなるわけで。
恥ずかしさと好奇心を天秤にかけた結果、好奇心のほうが勝った。
「いいよ。けど、卵は今俺が食べてるから……
野菜かハムの、どっちがいい?」
現在、手を付けていないのは二つ。
卵のみサンドは、すでに半分ほど奏が食べている。
どちらを食べるかの質問に、星音は野菜かハムのサンドウィッチを交互に……
そして、なぜか奏の手元のサンドウィッチを、見た。
「立宮くんが食べてるの……」
「えっ」
「あ、こほん。卵が、気になりますので」
なんだか変な口調になりつつ、星音は奏の持つ、卵入りサンドウィッチを指さした。
まさか、今自分が食べているものを選ばれるとは思っていなかった奏は、驚きに声も出ない。
しかし、星音の表情は変わらない。
じっと奏の手元のサンドウィッチを見つめ、こくこくとうなずいている。
「……卵、好きなんだ?」
「まあ、そうですね」
卵か、野菜か、ハムか……どれを選べと言われたら、奏だって卵を選ぶだろう。現に一番に手を伸ばしたのが卵だ。
アレルギーとかなら別だが、どうやら星音はそうではないらしい。
卵が気になっていたなら、食べる前に言ってくれたらよかったのに……
そうは思いつつも、奏は言わなかった。
「……なら、えっと、反対側からなら……」
さすがに、奏が食べてしまった部分からというわけにもいくまい。
なので、反対側を星音に勧める。
サンドウィッチを手渡そうと、手を伸ばすと……しかし、星音は受け取らない。
どうかしたのか、と思うと同時……
「ん」
と、声が聞こえた。
手元に落としていた視線を上げ、奏は星音の顔を見た。
……そこには、目を閉じて口を開けた、星音の姿があった。
「っ!?」
その様子に、奏は飛び上がりそうになった。
驚きから大声を上げなかったのは……人間、本当に驚くと声が出ないものだ。
口を開けて、なにかを待っているらしい星音。
それがなにを意味するのか、奏にはわかった。
(まさか、た、食べさせろってこと!?)
星音の仕草は、自分から食べようとするものではない。
人から、つまり奏から食べさせてもらおうとしている、それだ。
星音はなにも言わない。しかし、そうとしか思えない。
(う、わっ、まつ毛長……唇もぷるぷるで、鼻筋もスッとしてて……って変態か俺は!)
無防備に目を閉じ、口を開けている星音。
その姿に奏は、邪な感情を抱きそうになるのを、ぐっと耐える。
すると、星音は薄く右目を開けた。
早くしろ、ということだろうか……しかし、その仕草はどこか色っぽい。
食べさせるのが奏の勘違いでないのがわかり、奏は息を呑む。
そして、恐る恐るサンドウィッチを、星音の口元に近づけて……
「あむっ」
パンの端を、星音の小さな口が、かじり取った。