第17話 壊れかけの猫屋敷さん
「立宮くん……」
猫カフェに入店した二人は、受付を済ませて奥の部屋へと向かう。
未だ腕を絡ませたままなのは、カップルのふりをしているからだ。
猫カフェの無料チケットが、カップル限定だと知らなかった二人……とっさにカップルのふりをするため、こうして二人は腕を絡ませている。
足を進めつつ、受付の店員には聞こえないよう、猫屋敷 星音は奏をジト目で見つめる。
彼女の方が背が低いので、奏は見上げられている形だ。少しドキドキする。
「あ、いや、俺も知らなかっ……いや、確認不足でごめんなさい」
星音からの視線と台詞を受け、奏は……言い訳は無駄だと思い、素直に謝罪をした。
無料チケットを持っていたのは、奏なのだ。確認していなかった奏に非がある。
星音には、無料チケットを渡した。しかしその後、奏から星音を誘うことになったので、チケットは奏の手に戻った。
チケットの詳細を確認する術もない星音に、カップル限定だとわかるはずもないのだ。
「まったく……次からは、気をつけてくださいね。確認事項はきっちりと把握していないと。一緒に来たのが男性だったら、どうするつもりだったんですか」
「返す言葉もない」
星音はきちんと注意しながらも、未だ手を離す気配はない。
まだ店員も見ているし、カップルのふりをしなければいけないのだが……柔らかいものが押し当てられ、奏は気が気でない。
それに、『次』とは……単に、奏の注意不足を指摘したものか。
それとも、またこうして一緒に出かけて……
(いやいや、考えすぎだったの)
奏は首を振り、それからチケットをくれた新太のことを、思い浮かべる。
彼もまた、猫カフェに通っている。奏ほど猫好きではないが、癒やしを求めて飛び立つのだとか。
癒やしイコール猫は、奏の影響だろうか。
無料チケットをもらった身として、あまり文句を言いたくはないが……
(あの野郎、カップル限定のチケットを渡してくるとは……俺に彼女いないの知ってるだろ! 嫌がらせかくそ!)
少し、悪意を感じるのは考えすぎだろうか。
それとも、いざとなれば空音と一緒に行けばいい、とでも思ったのだろうか。
カップル限定のチケットを、妹と使う……それが現実になれば、本格的に軽蔑されそうだ。
「た、立宮くん。い、行きますよ」
「あ、あぁ」
そうこう考えているうちに、星音は立ち止まる。それに続いて奏も。
目の前には、ガラス張りの扉……透明であるため、向こうの部屋の様子が見える。
扉一枚隔てた先には、たくさんの猫が歩き回っていた。
それを見て、星音は鼻息荒くドアノブに手をかけようとしている。
よほど楽しみなのは、見ていればわかる。が、少し落ち着いて欲しい。
「猫屋敷さん、扉開けた途端いきなり飛びかかったりしないでよ」
「し、しませんよ」
それから、何度か深呼吸。
ちなみに息を吸う度に胸が膨らむので、奏の腕に押し付けられる圧力が増す。全神経を腕に集中していた。
準備のできた星音がらドアノブに触れ……ゆっくりと回し、扉を開いた。
「みゃー」
「はぁーーーーっう!」
「猫屋敷さん!?」
扉を開け、部屋へと足を踏み入れる。
すると、近くを歩いていたまだら模様の猫が、星音の姿を見上げ……小さく、鳴いた。
すると星音は、声にならない声を上げ、その場に膝から崩れ落ちた。
「えっ、鳴き声聞いただけで!?」
「か、か、かわいぃいい……!」
もはや星音の姿は、教室で見るものとは天と地の差だ。
もしもクラスメイトに、これがあの猫屋敷 星音だと見せても、信じてもらえなさそうだ。
というか、よその猫でこの反応だ……果たして、自宅ではシロとの生活は大丈夫なのだろうか。
奏はただただ、心配になった。
「お客様、こちら猫ちゃんとのフリースペースになっておりますので」
「あ、はい。ほら、猫屋敷さん行こう」
「は、はぁい……」
今まで新太や妹 には、奏の猫好きは度を越している、と言われたことがあるが……
星音のこの姿を見ると、自分なんかまだまだ平凡だぞと思う。
男性店員の勧めで、フリースペースへと向かう。そこにはソファーといった休憩道具に、積み木など猫が遊ぶ道具が纏められている。
進む奏は、ちらりと星音を見た。
今なんか、腰に力が入らないのか、四つん這いになって進んでいる。
「大きい猫かな」
先ほどのまだら模様猫が、星音の隣を歩いているのが面白い。
あと、スカートじゃなくてよかった、と思った。
……残念だという気持ちがあるかないかは、ノーコメントとしておこう。
「それにしても、さすが猫カフェ……猫がいっぱいだなぁ」
周囲の猫を見ていると、奏も自然と笑顔になる。
猫を怖がらせないように、静かに歩く。
「た、立宮くんは、へ、平気なんですか……?」
「あぁ、えっと……」
この幸せ空間の中で、平気にしているのが信じられない……と言わんばかりに、星音は口を開いた。
格好のせいで普段の凛とした姿は、見る影もない。
奏だって、この空間にテンション爆上がりだ。
だが……
「近くに自分より怖がってる人がいると、自分は怖くなくなる現象に似てるっていうか……」
「?」
普段なら、もうちょっとハジケていたであろう奏。しかし、星音の姿を前に多少なり落ち着いていた。
「猫屋敷さん、よく学校でボロ出さないよね」
「なんの話です?」
学校での姿……あの、完璧とも言える佇まいを、今の星音に見せてやりたい。
よく、学校ではあの姿を保てるなと思う。
もっとも、この間の迷い猫トラブルでもない限り、学校では猫と関わることはない。
猫と関わらなければ、いいというわけだ。