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第11話 猫派と犬派



 登校中に現れた犬飼 月音(いぬかい つきね)星音(しおん)の親友である彼女は、活発な少女。

 そんな彼女が、絶望の表情を受かべている。


 それは……奏が、"猫派"ではなかったためだ。

 なんだか、そんな表情を浮かべられると、悪いことをしたような気持ちになる。


「えっと……犬も、かわいいとは思うけど……」


 そのため、奏はすかさずフォローを入れた。

 何派かは置いておいても、猫が好きだからじゃあ犬は好きじゃない、とかそういう話ではないのだから。


 だが……


「立宮くん! 妙な慈悲は時に残酷ですよ。

 それとも、猫が大好きと言っていたのは嘘で、本当は犬の方が好きだと!?」


「いや、うん、猫が一番好きです」


 これまで聞いたことのない星音の声に気圧された。その言葉は鋭く、思わず肩が跳ねてしまった。

 ちょっとおそろしくなった奏は、素直に事実だけを答えた。


 "猫派"か"犬派"か。これは、猫や犬を飼っている人には放置できない、大問題だ。

 奏は大の猫好きだ。だからといって、他の動物を蔑ろにしているわけではない。犬だってかわいいとは感じる。


 犬には犬のかわいいところがある。だから、"猫派"と"犬派"の対決など気にしないでもいいではないか。

 ……もしそんなことを言おうものなら……



「そうですか……立宮くんは、そんな不埒な理由で、シロと私を弄んだんですね。最低です」



「……!」


 イメージしてしまった、星音の蔑むような瞳。声。

 実際にそんなことを言われるとは思えないが、今の星音だと似たようなことを言ってきそうだ。


 それどころか、ボキャブラリーの少ない奏では、想像もつかないことを。


(ここは、黙っておいた方か無難か。

 それにしても……)


 悔しそうな表情を浮かべている、月音。

 彼女が"犬派"であることは、もう疑いようのない事実。そしてここにあるのは、"猫派"と"犬派"による派閥争いだ。


 もちろん、星音だって犬を、月音だって猫をかわいくないとおもっているわけでは、ないのだろう。

 少なくとも、嫌いな動物を本人の前でけなすような性格では、ない。


 だがまあ……それはそれだ。"猫派"と"犬派"、これは譲れない問題なのだろう。

 誰でも、自分の飼っているペットが一番かわいいのだ。


「ってことは、犬飼さんは犬を飼ってるのか?」


 ここまで動揺し、犬好きを訴えている月音。

 奏のような事情がなければ、犬を飼っているのだろう。


「うん、そうだよ。ウチのクロは、本当にかわいいんだから」


(クロ……)


 自身の飼い犬の話を持ち出され、月音は少し得意げになる。

 月音も犬を飼っており、たいそうかわいがっているようだ。


 ……白猫にシロと名付ける星音と、ネーミングセンスは近いものがあるらしい。おそらく黒犬だろう。


「はぁ、そっかぁ。立宮は"猫派"かぁ……

 クラス内で、徐々に"犬派"を増やしていくアタシの計画が」


「そんな計画あったんかい」


 ようやく落ち着きを取り戻した月音。彼女と共に、下駄箱で靴を履き替える。

 周りでは、すでに多くの生徒が登校していた。


「おっはよー、奏ぇ!」


「ん、新太」


 外履きから上履きに履き替え、教室に向かおうと思っていたところ……背後から、声をかけられた。

 先ほどは、月音が星音にかけたものだった。


 だが、今回は奏にかけられたものだ。

 そして、振り向かずとも声の主はわかった。クラスメイトの猪崎 新太(いのさき しんた)だ。


「どしたどした、なんか騒がし……ぅお、猫屋敷さんに犬飼さん!?」


「おはようございます、猪崎くん」


「あ、うん、おはようございます」


 奏の肩に腕を回した彼は、近くにいた星音と月音の姿に驚いていた。

 そんな新太の様子に、平常運転の星音が挨拶をした。


 とっさに挨拶を返すが、すぐに奏の耳元に口を近づける。


「おい、どういうこった。なんで二人と一緒にいるんだよ。まさか、一緒に登校とかしたのか?」


 動揺する新太の気持ちも、わからなくはない。

 クラス一の美少女である星音は言わずもがな。月音も、かなりの人気がある。


 星音と月音は、よく一緒にいる親友同士。

 だが、本人の意図とは関係なく、月音は星音の引き立て役になっている……なんてことはない。


 星音がきれいなら、月音はかわいい系。それに話しかけにくい星音と違って、誰にでもフレンドリーなのが月音だ。

 奏にも話しかけてくれるし、話しやすさで言ったら星音より間違いなく月音だ。


 そういえば、星音は告白はされたことがないと言っていたが……月音には、告白されたという話をよく聞く気がする。


「まあ、猫屋敷さんとは途中で会ってな。犬飼さんともついさっき」


「くぅ、うらやましい!」


「ただ偶然会っただけだ」


 逆の立場だと、奏も新太のような感情を抱くのだろうか。


 それから新太は、奏の肩から手を離し、星音と月音に向き合った。

 めっちゃ笑顔で。


「俺も、一緒に行っていいかな」


「もちろんです。許可なんていらないと思いますが」


「そそ。まあ、教室まですぐだけどね」


 現金な奴め……と奏は思った。

 同時に、こうも行動的な新太の性格が、少しうらやましくもあるのは内緒だ。


 四人は、並んで歩く。


「で、三人はなんの話してたのさ」


「あー……猫と犬の話、かな」


 なんとか、会話に混ざろうとしている新太。その問いかけに、奏は答える。

 星音が猫を飼っていて、月音が犬を飼っていて……という話は、勝手にするわけにもいかないだろう。


「あー、いいねぇ猫も犬も。どっちもかわいいよね」


「!」


 にこにこしながら、口を開く新太。

 その言葉に、星音と月音が反応を見せた。気がした。


「えぇ、かわいいですよね。

 ところで猪崎くんは、猫と犬だとどちらが好きなんですか?」


「あー、アタシも気になるなー」


「えー、俺ぇ?」


 新太の顔が、わかりやすくとろけている。

 美少女二人が、自分に興味を持ってくれている。その気持ちは、新太に……いや男子にとって心地のいいものであった。


 奏にも、気持ちはわからないでもない。なにも知らなければ、とても幸せな時間だろう。

 だが、奏は知っている。これは、ある種の死刑宣告なのだと。


 どちらを選ぶかで、どちらかの好感度に変動が生じる。場合によっては、学校生活に多大な影響を及ぼす。

 それをわかっていない、新太は……


「うーん、そうだなぁ。どっちが好きか、改めて聞かれると困っちゃうよなぁ。

 あ、でもさ……猫と犬って聞くと、世の中には"猫派"とか"犬派"とかっているじゃん? 俺あんまそういうの理解できなくてさー。

 いや、好きな動物がいるのはわかるけど、それを押し付け合うのはどうよって話。どっちも好きでいいじゃんってね。だから俺は、猫と犬どっちも好きかなーってね」


「……」


「……」


(新太……)


 ……果たして新太は、今この瞬間に、場の空気が変わったことに気付いているのだろうか。

 そして、奏は思った……やっぱり、新太の性格はうらやましくはないな、と。

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