私の歌が世界を救うわけでもないんだし
「なんでメイのお父さんは、メイが歌うと怒るんだろう」
私は不思議に思ったことを口にした。
油やゴムやそれらが焦げ付いているような匂い。人の声が無力に聞こえるぐらいの機械たちの騒音。
そんな中に聞こえる美しい歌声が私は大好きだった。だからこそ、彼女の父がそれを許さないのが不思議に思えて仕方がなかった。
メイは私の言葉を聞いて、明るい声と笑顔を作った。
「別にいいの。私の歌が世界を救うわけでもないんだし」
彼女の大げさな物言いと明るい声と笑顔は、諦観、という単語を連想させた。
彼女の父はもともと、俳優志望だったそうだ。売れない役者。大学時代から始めた演劇にはまり、そのまま俳優を志し、結局売れず、挫折した。
二束三文でどこにでも売ってそうな、ありきたりな話。別にありきたりな話だからと言って、ありきたりな人や心だなんて私は思わないけれど、だけれど私が彼女の父に抱く印象は、そんなありきたりな話にお似合いな薄っぺらい人間だというものだった。
父親が怒るのと裏腹に、娘はほとんど怒らない。ふたりとも何かを諦めたのに、どこか決定的に違う気質を持っていた。
メイは言った。
「お父さんは多分、私に自分がした苦労をさせたくないって考えているのよ」
彼女が本当にそんな風に信じているわけではないのは分かっていた。誰かのために、などと言うのが欺瞞だというのは小学生にだってわかる。だからメイが自分を納得させるために、そんな風に言うのだというはよく分かった。あまり反対の意見を言うのをためらわれたけれど、どうしても口をついて出てしまった。
「メイ、あなたは歌った方がいいよ。お父さんが成功しなかったからと言って、あなたが成功しないとは限らないじゃない。それにそもそも成功しなくてもいいんじゃないの」
私の言葉にメイは返事をしなかった。
どうしても私にはこのままで良いとは思えなかったのだけれど、私に出来ることはなかった。メイが望まない限りは、私は彼女に何もすることはできないのだ。