009 最強種
簡単に倒してやる、とはいったものの、ベクトル・ファンタジーの竜はラスボスと変わらない強さを持つと言われている。
まあ、ラスボスは俺のことなんだが。
とはいえそれは本当かどうかはわからない。
あくまでも勇者目線の話だ。
俺は、魔王デルス。勇者以外に倒されることのない最強のボス、後、可愛い金髪ショタ。
この2つが揃っていて負けるわけがない。
だがちょっとだけドキドキしていた。
創作物で一番有名といってもいい魔物と戦うのだから。
しかし無事終われば、俺はハーピー一族を迎え入れることができる。
空を飛ぶ配下、それも知能も高い。
そしてこれは本当にどうでもいいことだが。
本当にどうでもいいが――めちゃくちゃ綺麗だ。
スレンダーな体形に、天使の羽。
肌の露出も激しい。
まあ、これは本当にどうでもいいんだが。
「もうすぐです」
「ああ、わかった」
「デルス様、私が動きを止めましょうか?」
「いや、アリエルは周りに被害が及ばないように見ていてくれ。まあ、一応支援できる準備くらいはしておいてもらったほうがいいか」
「畏まりました。すぐに動けるようにしておきます!」
結局、アリエルだけは一応着いてきてもらった。最悪、転移で飛ぶこともできる。
飛行すると音でバレるので、静かに森を抜ける。
すると大きな谷が見える。
崖の近くで、竜が翼を畳んで眠っていた。
――想像していたよりもデカい。
俺の50人分ぐらいはありそうだ。
全身が深緑に覆われた鋼のような鱗を持つ魔物。
深淵を見据える眼、大きな翼と鋭い牙が、凶器のように光輝いている。
最強種と言われる所以は伊達じゃないだろう。
だが――楽しみになってきたな。
「私が……囮になります」
すると、肩を震わせながらシルティアが羽を動かそうとした。
てっきり見ているだけだと思ったが、随分と意外がある子だ。
だが俺は肩を叩く――ことは身長的にできないので、裏ふとももを叩く。
「俺一人で大丈夫だ。だがその気持ちは受け取った。――いってくるよ」
「魔王様、アリエルはいつでも動ける準備をしておきます!」
「ああ」
といっても、不意打ちをするつもりもない。
俺自体が被害を受けたわけじゃないからだ。
俺はゆっくりと竜に歩みよっていく。
魔力に気づいたのだろう。眠りから妨げられた竜は身体を起こし、周囲を静かに見渡す。
その貫禄と漲る魔力が、凄まじいことはすぐにわかった。
さすが竜、最強種は伊達じゃない。
「……何者だお前」
「俺のことがわからないのか?」
俺の媚びない態度に驚いたのか、少しだけ目を細めた。
しかし俺の魔力には気づいているはず。今は隠していない。
なのに態度に出さないのは、さすが竜というべきか。
正直、少しだけ飽いていた。
ラスボスになったせいで、俺と対等に戦える相手が存在しないのだ。
あの光の軌跡ですら、まるで赤子をひねるかのようだった。
俺は争いごとは嫌いだ。
だがアリエルとペールと訓練して思ったが、戦うこと自体は嫌いじゃない。
むやみやたらに傷つける気はないが、俺の夢の為には多少の犠牲も必要だとわかっている。
「――貴様、魔王か」
「そうだ。わかってるのなら話は早い。ここから出ていってくれるか。うちの未来の配下が困ってるんでな」
しかし竜はビリビリと魔力を漲らせて、俺に殺意をぶつけてくる。
竜の鱗はただ固いだけじゃなく、ありとあらゆる魔法もはじき返す。
更に炎のブレスは骨をも残さないと言われている。
アリエルに見ておけといったのは、第一に危険だったからだ。
俺の完全防御でも耐えられるかどうかわからない。
原作では、それこそ何度死んだか記憶にない。
そのくらいの相手だ。
「ふっははははは! 面白い、お前は何と面白いことをいう! 俺様はここが気に入った! なのに出ていけというのか」
すると竜は、低い声で高笑いをした。魔王だとわかっているというのに態度を一切崩さない。
高潔な生き物だと知っていたが、ここまでとは。
「ああ、そうだ」
「――そうか、ならば」
すると竜は、さらに立ち上がる。
翼を広げて、俺を睨む。
――デカい。いや、デカすぎる。
太陽を覆い隠すほどの大きさだ。
爪は俺の頭部ほどあるだろう。
まるで研ぎ澄まされた名刀のようだ。
後ろのアリエルとハーピーが少し声を漏らした。
きっと驚いたのだろう。
だが竜は――。
「――それでは失礼する」
「……え?」
いそいそと離れようとする。いやむしろちょっと速足で離れようとしていた。
「待て」
「……出ていけといっただろう。だから、出ていくのだ」
「……いやまあそうだけど……聞き分けよすぎないか?」
よくみるとこいつ……震えてないか?
なんか足が、がくがくブルブルしてる気がする。
「……それの何が悪い?」
「いや……悪くないんだけど……なんかこう、戦うのかと思ってたからさ」
「戦う? 俺とお前がか?」
「ああ」
「ふっははははは! おもしろい! おもしろいな!」
そういいながらも、竜はすり足で離れようとする。
あれもしかして……え、もしかして……。
「待て(2回目)」
「……な、なんだ」
「なんか足震えてない?」
「そ、そんなことはない。私は竜だぞ。誇り高き最強種だ」
……こいつ、ビビってるな。
まあでも、どいてくれるならそれでいいか。
ちょっと残念だが、争いごとを避けられるのならそれでいい。そうしよう。
そして俺はアリエルとハーピーに顔を向けた。
終わりだと告げる為に。
だがその隙を竜は見逃さなかった。
俺は、油断していたのだ。
「――バカめ、これを待っていたのだ!!!」
「――な」
竜は喉奥におぞましい程の魔力を溜め、炎ブレスを吐き出した。
直撃すれば命がないと思えるほどの高魔力。
俺は咄嗟に防御を詠唱した。
「フハハハハハ! バカめバカめ! 魔王デルス、オレ様がこの世界を支配してやろう!!」
さらに炎は、俺にまとわりつくようにぐるぐると竜巻を起こす。
凄いな……でも……熱くないな。
なんだこれ、ライターぐらいの熱さしか感じないぞ。
「どうだ、我が炎は! もう喋れないだろう! ふははは!」
どうだ、と言われても、ちょっと熱いだけだ。
普段入っている風呂のが熱い。
そして炎の竜巻が消える――。
「それで終わりか?」
「な!? ど、どいうことだ!?」
驚いた竜は炎を再度吐きだす。
アリエルが手助けしそうになるが、俺は制止した。
竜はそれから数十秒間吐き続けて、そして息が切れた。
「ハァハアッ……我が炎はどう……だっハァハァ……」
凄いしんどそうだ。
なんだか申し訳ない。尊厳とか全部消えたような気がする。
まあでも、攻撃されたのは確かだ。
いくらライターレベルとはいえ、俺を殺そうとしたのは事実。
――見逃せるわけがない。
「次は俺の番だな」
俺は右手に魔力を漲らせた。
魔力砲を放つ。
完全防御と言われるほどの鱗にどれだけ食らうのか。
争いごとはしない。だがこれは正当防衛だ。
報いはうけてもらう。
「少し痛いぞ」
右手の平から無属性の魔力砲が放たれる。
かなりデカく高密度の魔力が一直線に飛び出す――。
だが竜はすさまじい反応を見せた。
巨大な体躯を翻し、攻撃を回避する。
しかしそのせいで後ろの里にぶつかりそうになる。
急いで魔力砲を空に曲げて四散させる。
――あぶねえ……。
しかしよく避けたな。さすが竜だ。
さあ――これからだ――。
「……しゅ、しゅいましぇん……!」
「……え?」
「降伏しましゅ……どうか、どうか攻撃しないでくださしゃい……どうかペットとしてお仕えさせてください……できれば愛玩として……」
高潔で気品あふれる竜、最強と呼ばれる竜。
だが今は、限りなく背中を丸めて、尻尾を下げて、服従のポーズをしていたのだった。
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