007 ウィンディーネ
「……マジで?」
冒険者ギルド、いつも温和で丁寧なお姉さんだが、俺の時だけは現代っぽい返事で返してくる。
目と口を見開いて、とんでもなくだらしない顔で驚いていた。
その理由は、S級冒険者しか倒せないとされる、グリアンドル・ヴォイス(だった気がする)という魔物の核を持ち帰ったからだ。
見た目は蛇みたいな感じだった。まあ、ヤマタノオロチぐらいの大きさだったが。
冒険者に合格してから、俺たちは手あたり次第にランクを受けた。
ただ問題は、格上すぎる依頼は低ランクだと受けられないこと。
だがこれには裏技があって、高ランクの依頼を確認し、魔物を討伐してから冒険者ギルドへ行くと成功扱いになる。
原作でしっていたが、それはこの現実ベクトル・ファンタジーでも同じだった。
S級冒険者になれば待遇も良くなる上に権威も上がる。
ただすぐに等級は上がらない。
Fから始まり、EDCBAと上がってSだ。
冒険者のほとんどが目指すのはA級で、Sは神の領域と言われている。
原作でもS級は異質な奴らばかりで、確かに強かった。
まあ、今の俺からすればどの程度かはわからないが。
俺は勇者がいつ出てきてもいいように情報が欲しい。
また、出る杭も打つつもりだ。
ひとまずB級まで最速で上がった俺たちは、突然現れた新進気鋭として騒がれていた。
「神速のデル御一行だ……」
「アリエとペルに目を合わせるなよ。殺されるぞ」
「あれがそうか、すげええな……可愛すぎる」
もちろん、アリエルとペールも一緒。
最初は俺たちを舐めていた冒険者も、今は恐れと尊敬の目を抱いている。
ギルドの勧誘もあったが、ひとまずすべてを断っていた。
ここから先はちょっと時間がかかるだろう。
勇者の軌跡が行うはずだった重要な依頼もこなしておいた。
一応、ある程度は原作通りに進んでほしいからだ。
何も崩壊すると俺がわからなくなる。
すると、魔王城の領地の拡大を任せていたビブリアから連絡がきた。
それは近くの大きな湖に結界があって困っているとのことだった。
力づくでやぶることもできるだろうが、俺は、異種間族での争いを禁じている。
それを律儀に守って俺に連絡してきたのだ。
ということで俺は魔王城へ戻ることにした。
まだやることはあったが、第一に領地優先なのだから仕方がない。
だが重要なことは終わらせた。
名前を売り、王都までの道も確保した。
路地裏に移動し、アリエルに転移魔法を出してもらう。
マークをつけておけばまたこれるようになる。アリエルを連れて来たのはそのためでもあった。
「さて、久しぶりに我が城に戻ろうか」
「はっ! 魔王様!」
「はーい」
まあ、二人と過ごした数日間も悪くなかった。
久しぶりの魔王城は、なぜか落ち着いた。
俺はやはり、デルス魔王なのだろう。
まだ色彩が真っ黒なので、いつかはもう少し色とりどりにしたいが。
そして俺は久しぶりに元の姿に戻る。
そう、金髪ショタに。
すると、アリエルが悶えていた。
「ああっ! やはりデルス様は、そのお姿がお綺麗ですわ! んまっ! 可愛すぎいえ、恰好よすぎます!」
「ありがとうアリエル。君もね」
「何という名誉! ああ、嬉しい!」
アリエルとペールも人間の姿(といってもそこまで変わらない。なんで人間が気づかないのかはご愛敬)
から魔族の姿に戻る。
たゆんっと揺れる胸は、魔族の時の方が大きい。
「魔王様、今度は二人でデートしようね!」
ペールがそう言って、またアリエルと喧嘩していた。
だが仲良しの時もあるし、そのあたりはよくわからない。まあそれが二人の距離感なんだろう。
そして俺は、片膝をついて待っていたビブリアとライフ、声をかける。
俺が声をかけるまで律儀に待ってくれていた。
残りの二人はかなり遠くへ言ってたらしく、戻って来るのにもう少しかかるらしい。
「ビブリア、ライフ、ただいま」
「「はっ、おかえりなさいませ。魔王様」」
「それでビブリア、湖の件を詳しく教えてもらえる?」
「はい。デルス様のご命令通り、領地拡大を進めているのですが、湖に結界が貼られているので困っております。また、水の確保でも必要です。お花畑であったり、これから行う畑でも使います。おそらくですが、水の管理者が守っているかと思われます」
「なるほど……ウィンディーネか」
「そ、そうでございます! さすがです。既にそこまでわかっていたとは」
「まあね。でも確かに厄介だね」
ウィンディーネは水の精霊で管理者だ。魔王城の近くに存在しているとは知らなかったが。
原作では勇者と契約するはずだ。
そういえば……魔王に追い出されて逃げたとかあった気がするな。
ふむ、ならば一度話してみるとするか。
思い出したこともある。
「じゃあちょっと説得してくるよ。欲しいものも、なんとなくわかるし」
「何と……あの無欲の精霊が欲しいののですか? さすがはデルス魔王様、私はすぐに野蛮な考えが浮かんでしまいました。大変申し訳ありません」
「謝らなくていい。お付きはいらないから。その代わり、ちょっと急いで用意してほしいものがあるんだ。ちょうど、王都で買ってきたから、ええとこれが――」
「――わかりました。私が責任をもってすぐに用意します」
そしてビブリアは俺の願い通り、すぐにプレゼントを用意してくれた。
小さな箱を受け取って、城を後にする。
森を突き進んでいると、ほどなくして大きな湖が目に入った。
もちろん、それを囲む結界も。
「なるほど、これは確かに」
ビブリアの言う通り、かなり高密度な高度な結界が張られている。
精霊の名は伊達じゃない。
ベクトル・ファンタジーでは、精霊の力は魔力よりも強大、でそして神聖なものだからだ。
手のひらで触れてみると、水なのに電気のようにビリビリと感じる。
壊すこともできるが、無駄に怒りを買う可能性もある。
俺は術式を頭で描く。なぜかわからないが、よくわかる。
そして、結界は水となってばしゃりと液体となり消えた。
すると、湖だった場所に石畳が出てきた。真ん中には穴がある。
そういえば、原作でこういう場所があった気がする。
確か、蛇の魔物が二体ほど騒いで――。
「おんどりゃあおんどりゃあ!」
「おらぁらあおらぁあ!」
すると、水から頭を出して蛇が二体現れた。
かなり巨大だ。
おそらく門兵みたいなもんだろう。
原作では「ギャギァギャ!」と言っていたが、言語がわかるとこんな感じなのか。
何か、チンピラっぽい。
「なんだなんだぁ、うちのウィンディーネ様に何か用かァ!?」
「ああん!? 何か見たことあるようなァ? ――え、ままままま、魔王!?」
「……え? 嘘?」
すると俺に気づいた二体が、怯え始めた。
そうか、原作では勇者と戦うけど、俺を見ることはなかったのか。
でも、さすが魔王、魔物には知られているんだな。
「で、でも……俺たちゃあここを守らなきゃ……」
「ああ、勇気を振り絞るぞ……弟……」
兄弟なんだ。なんか可哀想だな。
「おらああっやったんぞオラァ! 行くぞ兄!」
「おお、弟!」
突然元気、いやヤケクソで俺に噛みつこうとする。
手出ししなければ何もしなかったが、少し眠ってもらう必要があるな。
確か覚えているかぎりでは、最終局面のボスレベルの強さだった気がする。
まあ――関係ないが。
「――おやすみ。睡眠」
だが俺はひょいと指先から闇魔法をぶつけた。
むやみに傷つける必要はないだろう。
二人は鼻ちょうちんをつけて、すやすや眠りはじめる。
「あにぃ、それうちの抜け殻やァ……」
「……俺はいつかツチノコになるんやァ……」
なんか気持ちよさそうだ。
石畳を歩いて、立ちふさがって来る魔物を眠らせて、奥へ進む。
確かダンジョンの役割も果たしていたはずだ。
眠らせて進む、眠らせて進む。
よくわからない水の罠とかも回避しつつ、気づけば最奥に来ていた。
大きな扉だ。
ここにも結界はあったが、問題なく解除する。
そして扉が開くと、そこにはだたっぴろい真ん中で、ウォーターベッドに眠っているウィンディーネがいた。
口からよだれを垂れしている。目覚まし時計もあるが、魚の形をしていた。
さすが元はゲーム、何でもありだな。
睡眠はかけていない。ただのお昼寝だろう。
「すぅすぅ……」
「起きろ」
「すぅすぅ……」
「おーい」
「すう……ふが? え? だ、だれ?」
口からよだれを垂らしていた。いや、精霊だから綺麗な聖水なのだろう。……なんかエロイな。
見た目は人間と変わらないが、髪の毛は長い水色でキレイだ。かなり綺麗な部類だろう。目鼻立ちも整っている。
全体的にかなり青い。たゆんたゆんたゆんたゆんぐらいある。
「ここは聖なる人間しか入れないはず……だけど魔力、もしかして……魔王!?」
「その通り。ちょっと領土を広げようと思って、その為には湖を使いたいんだ」
「……つまり私にここを出ていけと? 悪いがそれはできない。この神聖な湖は、私たちの大切な場所だ」
その顔は一変し、とても厳しく言った。
なるほど、さすがは水の管理者、ウィンディーネだ。
漲る魔力は六封凶と同等か、それ以上。
次の俺の言葉次第では、戦うことになるだろう。
だが俺は、原作を知っている。
「ウィンディーネ」
「な、なに」
俺は、ごそごそとポケットから箱を取り出し、手渡す。
「……これなに。食べ物? 黄色い……まだあたたかい……?」
「食べてみて」
「いらない。――ああ、何をする、やめろ口にいれるないで――うまっ……なにこの塩味、なにこれうまっ……」
ウィンディーネは頬を緩ませて幸せそうな顔をした。
俺は知っていた。
ウィンディーネの設定は精霊だが、なぜかフライドポテトが好き、と書いていた。
おそらく開発陣のお遊びだろうが、それを覚えていたのだ。
六封凶はみんな設定どおりだ。
ウィンディーネも変わらないと考えた。
戦って勝つこともできるだろうが、できるだけ争いごとは避けたい。
ちょうど王都で買っていたジャガイモが役に立った。
出る前にビブリアに頼んで作ってもらったのだ。
さすがビブリア何でもできる。
ウィンディーネは手が止まらないらしく、ずっと食べ続けていた。
「美味しい……もう……ないの?」
「あるよ。でもお願いがある。ウィンディーネ、俺は魔物の国を創る。それを手伝ってくれないか?」
「……私は精霊よ。確かにこのフライドポテトは魅力的だわ。でも、魔王に手を貸すほど落ちぶれてはいない」
精霊は魔王の敵だ。
そして、勇者の味方である。
精霊を味方にした勇者は、ありとあらゆる水魔法を使えるようになる。ゲームでは、使える魔法が増えていくのが面白くて人気だった。
しかし好きな物には逆らえない、と書かれていたはず。なのにウィンディーネは、下唇を嚙みながらその言葉を放った。涙も浮かべている。
そんなに食べたいのは笑えるが、本能に抗っているのだろう。――すごいな。
だが俺はふっと笑みを零す。
「違う。俺も同じだ。人間たちと争わない為に国を創る。誰も近づけない、最強の国を創るんだ。そのためには水がいる。浄化された水が、君の力が必要なんだ」
「魔王がそんなことを? あなた達は何よりも争いが好きで、人間が嫌いなはず。――でも……あなたの心……嘘はついていない……」
精霊は嘘を見破ることができる。
だから俺は信じてもらえると思っていた。
一人で来たのもそのためだ。
「ああ、本当だ。それに美味しい水でジャガイモを洗って作るフライドポテトは、これ以上に美味いんだぜ」
「え――あはは、ふふふ、それも本当なんだ」
ウィンディーネは、目からこぼれた聖水をぬぐいながら言った。
ちなみに回復と浄化作用がある。
なんかちょっとエロイ。
「でも――もし人間が攻めてきたら? いくら平和を望んでも、そうはいかないときがある。歴史上、完全な平和なんてありえないわ」
「その時は戦うさ。俺は誰よりも死にたくないからな」
それからウィンディーネは、なんと片膝をついた。
そして、真剣な青い瞳で俺を見つめる。
「ふふふ、あっははは。潔い、なんて潔いの――承りました。魔王デルス。私はあなたに忠義を尽くします。最強の国を創る為、水の管理者の名のもとに誓います。もしもの時があれば、私は、あなたの盾となり、矛となります」
俺は驚いていた。
正直、ここまでうまくいくとは思っていなかったからだ。
だけど、気持ちは伝わることを知った。
アリエルもペールも、ライフも、ビブリアも。
俺は、本当に平和な世界を作れるのかもしれない。
「……ありがとう。あーでも、フライドポテトのことは黙ってたほうがいいかも。俺も君も恥ずかしいでしょ」
「そ、そうですね。わかりました。でも……」
「もちろん、ちゃんと作るよ」
恥ずかしそうにしながらも、ウィンディーネは嬉しそうに笑った。
俺は、本来敵である水の精霊、ウィンディーネを仲間にすることができた。
大きな一歩だ。これからはより強固な国ができるだろう。
「今気づきましたが、魔物を傷つけないでくれたのですね。とても疲れたでしょう我が主どうぞ。お水を飲んでください」
「ありがとう」
すると彼女は、水が入ったコップを手渡してくれた。
とても綺麗で澄んでいる。
一口飲むと、身体が軽くなったような気がした。
「この水ってどうやって出すの?」
「すぐ生成できますよ。あなたが望むのならどれだけでも」
「ほう」
ウィンディーネの聖水は浄化作用を持っている。
普通のポーションにはそれがない。
――これも、ライフの回復ポーションと合わせて、特産物にできそうだ。
あと、ちょっとエロイ。