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いよいよだ。
ぐっと拳を握りしめたひな子は、靴紐をもう一度結び直す。
「頑張ろうな。」
狩野がしゃがんでいるひな子の頭をポンポンする。
「うん!」
元気チャージ満タンだ。いつでも来い。
狩野はすうっと息を吸うと、
「ウオーオオー、オーオー」
と大きな声で雄叫びを上げた。狩野のおじさんがそれに続き法螺を吹く。
「うっウオーオオー、オーオー」
ひな子は恥ずかしかったが、ええいままよと続いて大きな声を出した。
「えーやだ恥ずかしいー。」
他の女子がクスクス笑っているが、周りの人達が声を出し始めると、おずおずと続いた。
「ウオーオオー、オーオー」
「ウオーオオー、オーオー」
森に配置された別のグループからの雄叫びも聞こえる。
いちご狩りの始まりの合図だ。
「行くぞ!」
掛け声と共に横一列に並んだ一同は森へ入る。足を踏みならしながら、オーオーオーと大声を出し、虫取り網をブンブンと振り回す。
オーオーオー!
マラソンとトランペットで鍛えた肺活量で、ひな子は大きな声で叫ぶ。
オーオーオー!
狩野の声もよく響く。
ぉーぉーぉー
やる気なさげに声を出しているのは、初参加のメンバー達だ。
分かる。恥ずかしいよね。でもこういうのは、はっちゃけた者勝ちなんですよっ!
オーオーオー!
ひな子は更に大きな声を出した。
狩野がちらりとひな子の方を見た。ひな子がそれに気づいて視線を合わせると、狩野は眉を上げてニヤリと笑った。ひな子もつられて笑う。
やってやろうじゃないの。
オーオーオー!!
冬眠中のいちごは甘夏くらいの大きさでぶよぶよしている。これをそのまま放っておくと、初夏に地面に落ちて割れ、異臭を放ちながら他の植物を窒息させてしまう。野生のいちご狩りは、森にとっても人にとってもウィンウィンな活動なのである。
さわさわさわ
さわさわさわ
音と振動に起こされたいちごのヘタが、かすかに音を立て始める。
ふるふるふる
ふるふるふる
続いていちごの本体がゆっくりと揺れ始める。
「よし!起きてきたぞ!ゆっくり蔦に近づけ!実には触るなよ!」
木に絡まっているいちごの蔦は地面から3メートルほどの高さにまでしか伸びない。虫取り網を振り回すとちょうど届くほどの高さだ。
「えー何これ。ちょっとプルプルしててキモくない?」
きれいな格好をしてたキャピキャピ系女子が蔦に近づいて手をパタパタさせると、持っていた虫取り網が頭の上にあるいちごの実にぶつかった。
べちゃ
女子の顔面にいちごが落ちて潰れる。
「……」
途端に辺りは異臭で包まれる。
「鈴!だっ、大丈夫?うっ!」
友達が慌てて鈴に近寄ろうとしたが、臭いに耐えきれず後退する。ひな子はカバンからハンカチを出すと、鈴に渡した。
「早く拭いたほうがいいよ!臭いが取れなくなるよ!」
鈴は震える手でハンカチを受け取ると、顔についたいちごを拭いた。真っ赤に染まるハンカチ。それを見てふっと半笑いを浮かべると、
「じょうとうだコラァぁ!!!いちごごときが何様だあああああ!」
と叫んだ。
「信じらんない!女の敵!なにがいちごだ!」
「たかがいちごの分際で舐めんな!」
周りの女子達がつられてキレ始める。さきほどまでの気だるけな様子は失せて、目に闘志が宿った。女子達は一斉に虫取り網を高速で振り回して、いちごを威嚇し始めた。
「…父さんがチームに女子は絶対入れろって言った意味がわかったよ。」
「あ、ああ…」
「怖ぇ、女子怖ぇ、絶対に怒らせないようにしよう…」
狩野と男子達は、少し離れた場所から女子の変貌ぶりを眺めながら呟いた。
「はっはっは!みんなやる気になったな!いいぞ!もっとやれ!」
狩野のおじさんは虫取り網をぶんぶんと振り回しながら豪快に笑った。
ぐぐぐぐぐぐぐ
いちごの蔦が波打ち始める。それに合わせていちごも揺れる。
ぐぐぐぐぐ
ばしんっ
蔦が大きくうねると同時に、一粒のいちごが動いた。
「動いたぞ!」
他のいちごもそれに続く。
ばしんっ
ぐぐぐ
ぐぐぐぐぐぐ
いちごが虫取り網を逃れるようにゆったりと動き始めた。
「森の外に逃すな!隙間を開けないように、ゆっくり森の中に誘導していくぞ!」
狩野のおじさんが指示を飛ばす。その指示に従って、チームは乱れた列を整えると、等間隔に並んで少しずつ森の中へ進んでいく。
「おー!」
「掛け声はどうしたあ!?」
「「「オーオーオー!」」」
「足音はどうしたあ!?」
ドンドンドン!
ゆっくりと動き出したいちごは、蔦を伝わるうちに少しずつ中の水分が減っていく。