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「かりのー、ここちょっと見てー。」
「狩野くん、怖いから手握ってくれる?」
「ちょっと!狩野くんは私をお姫様抱っこしてくれるはずなんだから!」
「いや、しないよ…」
狩野は装備を身につけながら苦笑いした。今日も安定のモテモテだ。
野生のいちご狩りは午前中に行われる。日が登る前に学校集合、それからバスで森まで向かうのだ。
キラキラメイクしてる女子達よ、甘い、君たちは甘い。いちご狩りをなめている。
朝早くに集合だったにも関わらず、髪の毛までくるくるにアイロンをかけてきている女子たちを横目に、ひな子は髪の毛をきゅっとおだんごにした。
去年は一応かわいい格好をしてきたのだ。が、終わってみれば髪の毛はぐちゃぐちゃ、新品のブーツ(登山ブーツなんてふつー持ってないし)は泥と土でベトベト、可愛いと思って買った白のパーカーは黒と赤(土といちご汁ね)で染まり、手袋をしていなかった手には爪に土が入り込み、とぼとぼと家に帰ったら、『あんた!玄関で服脱いでそのままお風呂入りなさい!服はゴミ袋!』とママに怒られたのだ。
ちなみに参加賞でもらったいちごは家族と食べた。とても美味だった。
『いやー、栽培いちごが食べれなくなっちゃうなー』とのほほんと言った父に、『じゃあパパが狩ってきてよ!』と八つ当たりしたのはしょうがないと思う。
「みんなよく聞け!チーム分けをするぞ!」
大きい声を張り上げてみんなを集合させたのは狩野の兄だ。背が大きく、ガタイがしっかりしている。狩野家の遺伝のようだ。
今回のいちご狩りは、あくまでも学校の課外活動の一環だ。『次世代のいちご狩りの担い手の養成と伝統行事への理解』を目的とした体験学習である。そこに狩野家がボランティアとしてきているのだ。狩野家のようにいちご狩りを生業としているプロは、もっと森の中に進んで危険を伴ういちご狩りを行う。
わらわらと集まった生徒たちを、狩野兄が一人づつ指名してチーム分けをしていく。
10人のグループが、4つ。狩野兄が率いるAチーム、狩野の母親が率いるBチーム、狩野の父親が率いるCチーム、そして狩野のおじさんが率いるDチームだ。狩野はおじさんのチームにアシスタントとして入っている。
「田辺ひな子、Dチーム。」
狩野兄が告げた。
やった!狩野君と同じチームだ!
心の中でガッツポーズを決めたひな子は、Dチームに足早に加わった。
「田辺、また同じチームだな!よろしく!」
狩野が笑顔で迎えてくれた。
「うん!よろしく!」
えへへへへ。嬉しいな。
「ブリーフィング始めるぞ!」
いかん、気を引き締めていかないと。今年は活躍するのだ!
「野生いちご狩りの決まりごと。1、いちごは直に触らないこと。その場で破裂するからな、くさいぞ。匂いは一週間は取れないと思え。」
えー、やだーという声がする。
「2、蔦は切らないこと。いちごへのエネルギー供給が切れて、いちごがそれ以上動かなくなっちまうからな。」
野生のいちごは蔦を伝わって動く。つまり、蔦があるところなら、自由に動ける。さらに、小ぶりになるにしたがってどんどんすばしっこくなっていく。
「3、武器類は一切使用禁止だ。」
ナイフ、猟銃などは持ち込み禁止。見つかったら監視員に一発で蹴り出され、プロはいちご狩りのライセンスを剥奪される。
「4、狩ったいちごは無断で持ち出し禁止だ。いいか、ポケットに入れておけばバレないだろうなんて考えるなよ。」
狩ったいちごは取れ高を協会に申請しないといけない。ブラックマーケットで高値で取引されてしまうからだ。今回はあくまで体験教室なのでその辺りはゆるい。ほとんどをその場でみんなで食べて、残りはお土産になる。
「いちご狩りの手順はこうだ。まず、全員で大きな声を出しながら威嚇して、いちごを追いかける。最初はゆっくりしか動かないから、とにかくいちごに触らないようにだけ気をつけて、大きく虫取り網を振り回せ。」
唯一許されている武器は虫取り網だ。いちごは音と振動に敏感なので、これでいちごを威嚇しながら移動させていく。
「これから移動するが、各チームのポジションに着いたら、森の中心に向かっていちごを追い込んでいく。ちょうど真ん中あたりに草地になっているところがあるからな、そこに誘導するように頑張れよ。」
狩野兄がマップを指す。ぐるっと円状に森を囲むよう各チームの配置が書かれており、真ん中には大きく赤丸で塗られている。
あとは怪我をしないこと、解散!という締めでブリーフィングは終わった。おー!という掛け声と共に、各チームが配置に移動し始めた。