1
ひな子は校舎の3階の音楽室から校庭を見た。
野球部が外周から帰ってきたようだ。トレーニングウェアの男子がグラウンドの中心に集まってきている。
今は春休みなので、校舎は静かだ。聞こえるのは、部活をしている生徒の声か、ひな子が所属する吹奏楽部の楽器の音くらいだ。
あっ狩野君いた!ストレッチしてる。
遠くなのに、ぱちっと目が合った気がした。突然、狩野がばーっとひな子の方に走ってきて、音楽室下まで来ると、大きな声で
「田辺ー!明日のいちご狩りよろしくな!」
と言った。
「うっうん!こちらこそよろしく!」
ひな子も大きな声で返す。
ひな子はそのまま走ってグラウンドに戻っていってた狩野を目で追いかけた。
「楽しそうね?なに?デート?」
フルートの先輩が肩越しにニヤニヤしながら言った。
「明日いちご狩りなんです。」
狩野の余韻に浸りながらひな子は返す。
「いっいちご狩りに行くの!?あの、いちご狩り!?」
「はい!」
「え、あの、例のいちご狩りよね?ビニールハウスのじゃなくて。森の、ガチなほうの。」
「もちろん森のほうです!今年こそ、いちごゲットです!」
ひな子は拳を握って宣言する。
「うわぁ。がんばってね。」
先輩は引きながら言った。
「先輩、ひな子は今年で2年目のベテランなんですよ。」
親友の愛子が言う。
「そっか。あの行事に参加してる子っているんだね。怪我しないようにほどほどにね。」
「はいっ!この一年の特訓の成果をご覧あれ!です!」
ひな子はお腹に力を入れてトランペットを吹く。
プーーーーー
負けないぞーーーー!!!
去年
くやしい、くやしい。
もっとできることがかあったはずなのに。1人でワタワタして。バカみたいだ。バカバカバカ。
ひな子はぼろぼろと泣き出した。地面にしゃがみ込んで、腕に顔を埋めて、しゃくり上げる。全身ぼろぼろ。朝早起きして結った髪もピンが弾け飛んでいる。服なんて泥だらけだ。
「田辺、頑張ったな。」
狩野がひな子の頭にぽんっと手を置いた。
「わっわたし、ひっく、何にもっできなくて。ごっごめんなさい。」
ひな子は顔を上げずに言った。
情けなくて狩野君の顔が見れない。
「頑張っただろ。最後、全身でダイブしたからあの群のいちごは捕まえられたんた。」
顔面から地面にダイブしたひな子は顔も泥だらけだ。
「あれくらいしかできなくて。みんなもっと活躍してたのに。狩野君もすごい活躍してたのに。」
「慣れだよ。俺だって最初はなんの役にも立たなかったよ。五歳くらいかな、最初に連れてこられた時はギャン泣きしてたらしいよ。」
狩野は苦笑いしながら言う。
「にいちゃんに聞いたけど、途中でギブするやつも結構いるんだって。こんな泥臭いことやってられるかって。でも田辺は最後まで食らいついたじゃん。すげーよ。だからコレ、食って元気出せよ。」
いちご一粒をひな子の目の前に差し出す。
「内緒な。一つくすねてきた。」
狩野はそう言っていたずらっ子のように笑った。
「狩野君は?」
「俺は家に山ほどあるからいいよ。」
おずおずとひな子が手を出すと、手のひらにいちごが乗る。狩野の指先が一瞬触れた。
びりっ
その瞬間、ひな子は狩野に恋をした。そこからひな子の猛特訓が始まったのだ。
この一年間、ひな子はいちご狩り対策の訓練に励んだ。
瞬発力のないひな子は、素早くなったいちごに対抗することは難しい。なので、ひたすら持久力特化を目指してマラソンをしたり、体育の授業を真面目に受けたり、吹奏楽部という文化系の部活とは思えない体力アップの訓練を積んだ。
おかげでトランペットはだいぶ息が続くようになったけど。吹奏楽も何気に体力勝負だならなあ。今年はソロをやらせてもらえるかもしれない。
ひな子はへへと思い出し笑いをした。
音楽室からはグラウンドが見えるから、前から狩野のことはなんとなく知っていた。最初は、なんて大きな声を出す男子がいるんだって思っただけだった。
吹奏楽部の一年生の初めの頃は、ひたすら音が出るようになる練習ばかりだ。楽器が吹けたらカッコいい!と思って吹奏楽部に入ったが、高校から吹奏楽部に入ったひな子はなかなか息が続かない。やっぱり中学からやってた子とは違のだ。単調な練習に飽きていたひな子は、声の大きい狩野を時々見かけては、いいなぁ、この子が吹奏楽部に入ればサックスとかすごい吹けるようになるんじゃないかなと思っていた。そのうちに、狩野を毎日を見るのが日課になっていった。
いちご狩りのチームで一緒になったときも、あの声の大きい男子だなと思ったが、初めてのいちご狩りの雰囲気に圧倒されていたひな子は不安で頭がいっぱいだった。